第弐拾参話 大殺陣(脚本)
〇街中の道路
橘一哉「また八人揃うなんて、珍しいね」
飯尾佳明「俺が立ち読みしてたのを絡まれたんだよ」
姫野晃大「見つかったのが運の尽き、だったな」
飯尾佳明「まったくだ」
などと雑談をしていると、
???「龍気剥き出しで雑談とは、呑気なものだな」
何処からとも無く声が響き渡り、
〇街中の道路
「!!!!」
結界が張られた。
???「龍気剥き出しで実に捕捉しやすかったぞ」
飯尾佳明「橘、姫野、お前らのせいだぞ」
一哉と晃大が龍の痣で色々やったのが原因で、見つかってしまったようだ。
橘一哉「かえって好都合だ」
橘一哉「で、何処にいる?姿を見せなよ」
一哉の言葉に応えるように、
飯尾佳明「!!」
隙間や物陰から無数の人影が現れた。
飯尾佳明「おいおい」
古橋哲也「これは・・・」
穂村瑠美「そんな・・・」
前後左右、更には上。
物陰、軒下、ベランダ、窓際。
更には看板や軒の上まで。
至る所に人、人、人。
いや、人ではない。
彼らの放つ雰囲気は、常人のそれとは全く異なっている。
八人の少年少女に一様に向けられている殺気。
中には殺気を形に変えて、人から別のものに変わりつつある者もいる。
魔族だ。
橘一哉「随分と数を集めたじゃないか」
魔族「貴様らを相手にするのだ、これでも足りないくらいだよ」
橘一哉「よく分かってるじゃないの」
一哉が刀を出して帯刀すると、他の面々も互いに背を向けて武器を出して構える。
しかし、
姫野晃大(やる気満々かよ)
晃大だけは違っていた。
〇街中の道路
姫野晃大(多勢に無勢じゃないか・・・)
周りを埋め尽くす魔族の大軍。
対するのは、たった八人の龍使い。
自分一人だったら即座に逃げてしまえるが、
姫野晃大(瑠美を、どうする・・・?)
極端な話、他の六人はどうなっても構わない。
だが、瑠美を放っておくことはできない。
姫野晃大(!!)
そこまで考えて、晃大はハタと気が付いた。
穂村瑠美「ふえ!?」
急に手を掴まれた瑠美が間の抜けた声を上げると、
姫野晃大「瑠美、逃げるぞ!」
穂村瑠美「ええ!?!?」
言うが早いか、晃大は瑠美の手を掴んだまま駆け出した。
〇街中の道路
飯尾佳明「光龍のヤツ、全力で宿主に協力しやがった・・・」
呆れて呟く佳明。
橘一哉「さあ、二人ばかり抜けちまったわけですが、」
腰に差した刀の鯉口に手を掛ける一哉の目は嬉々として輝いている。
草薙由希「また始まったわ、カズの悪い癖が」
ため息を付く由希。
辰宮玲奈「援護は任せて」
器用に複数の矢を番える玲奈。
飯尾佳明「姫野には、後で説教だな」
両手の鞭剣を軽く打ち合わせて鳴らす佳明の目は怒りに燃えている。
古橋哲也「そのためにも、まずは火の粉を払おうか」
哲也は片手斧ではなく長柄で刃も大きい両手斧を出して構えている。
魔族の包囲が狭まっていく。
龍使い達も互いに背中を預け合い、様子をうかがう。
物量差のある戦い。
主体は近接戦。
下手に突出すれば、袋叩きにあう。
そんな緊張感をはらんだ睨み合いの中、
???「一番首、取った!!」
ザッ、という歩を進めた音。
ドタリと何かが倒れる音。
ぐえ、という呻き声。
ゴキリ、という骨折音。
そして、達成感に満ちた雄叫び。
高まりに高まった緊張の中での出来事だった。
そして、あまりにも鮮やかだった。
故に、双方共に気が緩んだ。
その緩んだ気を引き締めたのは、
驚きのあまり弓引く力の緩んだ玲奈が放った矢だった。
〇街中の道路
体に染み付いた射術は、番えた複数の矢の全てを玲奈の正面にいた一人に尽く的中させた。
互いの矢が纏った旋風は不規則で複雑な刃の烈風を作り出して一人の魔族を打ち倒した。
これが戦闘開始の合図となって動きが出たのだが、
〇街中の道路
橘一哉「大将は何処だ!!」
手当たり次第に切り伏せ、殴りつけ、蹴り飛ばし、怒号を上げ、群れの中で一哉は暴れ回っていた。
飯尾佳明(戦術・戦略には興味なしかよ畜生!)
自身の誤算と一哉の協調性の無さに、佳明は内心毒づいた。
状況が状況だから多少は配慮するかと思ったが、全くの無配慮。
そんな一哉の暴走じみた狂闘ぶりを除けば、
飯尾佳明(まあまあ、かな)
概ね佳明の予想通りだった。
古橋哲也「っせいや!」
普段よりも腹に力の入った気声を上げ、足を踏ん張って長柄斧を振るう哲也。
襲い来る魔族を薙ぎ払い、大地に斧を打ち付けて土塁を作り出して進撃を阻む。
中空を振る時には大地を踏みしめた力を利用して軌道を変え、魔族を断ち割っていく。
哲也の一撃が僅かでも掠った魔族は地に倒れ伏し、黄龍の龍気によって土に還っていく。
中には討ち漏らしもいるが、
辰宮玲奈「そこ!!」
急には止まれず隙の生じる哲也の死角。
そこへ玲奈は次々と矢を放っていく。
烈風を纏った矢は、当たらずとも周囲の敵の態勢を崩し、あるいは傷を与え、波状攻撃に僅かな停滞を作り出す。
のみならず、
古橋哲也「せいやあ!!」
哲也の勢いを増す追い風となり、黄龍の龍気を巻き上げている。
その反対側では、
草薙由希「邪魔よ邪魔!!」
薙刀を振り回し、自身も巧みに体を捌き、舞い踊るような動きで次々と魔族を撫で斬りにしていく由希の姿。
青龍の龍気が迸り、無数の水の渦が絶え間なく生まれて魔族を飲み込んでいく。
無数の渦は由希が動けば動くほど勢いを増し、
玲奈の放つ矢と、矢を放つ度に生まれる弦鳴りとが生み出す風によって更に分かたれて新たな渦を作り出す。
それぞれの属性を活かし、多数相手を意識した連携が成り立っていた。
だが、
飯尾佳明「うん?」
佳明は気が付いた。
飯尾佳明(梶間は何処に行った?)
頼子が、いない。
飯尾佳明(逃げ出すようなヤツでもないしな・・・)
属性の性質上、最も目立つのは頼子だ。
雷を操る紫龍の力は、毎回五月蝿い。
なのに、雷鳴は聞こえず稲光も全く見えない。
代わりに聞こえてくるのは、
橘一哉「ダラッシャアオイヤッサア!!!!」
手当たり次第に暴れまわる一哉の怒声。
飯尾佳明「うるせえぞ橘!もっと静かに戦え!!!!」
そう叫びつつも、
佳明の間近で鈍い破砕音や打撃音が絶えることは無い。
飯尾佳明「鬱陶しいんだよ!!」
二刀流の利点は攻防一体。
防御と攻撃を同時にこなし、次々と敵を叩き潰していく。
不破。
金属を司る緑龍の力は、何よりもその強靭な耐久力にある。
いわば、佳明は最強の盾なのである。
佳明が剣に似た形の鉄鞭の二刀流であるのも、彼自身の合理性の現れ。
片手で扱うことができ、刃毀れの心配も不要。
角で叩けば威力も期待できる。
継戦にあたり、これほど楽で便利な形状はない。
魔族「ガアッ!!」
横合いから飛びかかってきた大猿型の魔族の腕を、佳明は得物を交差させて受け止める。
飯尾佳明「ぐっ・・・」
両手にビリビリと衝撃が走る。
体重と勢いが充分に乗った剛力に足腰が負けそうになったが、
魔族「ぐげっ」
うめき声と共に大猿の体がよろめき、倒れていく。
そして入れ替わりに佳明の視界に入ったのは、
一哉だった。
体当たりに刀を大猿の脇腹に突き刺し、そのまま倒れ込み組み伏せる。
そして左手で大猿の喉元を鷲掴みにすると、
飯尾佳明(・・・食いやがった)
左腕を黒い霧が包み込み、霧は龍と変じて巨大化し、その巨大な顎を開いて大猿を丸々飲み込んだ。
一片の欠片も残さず、黒龍が喰らい尽くしてしまった。
橘一哉「一丁上がり」
一哉は何事もなかったかのように立ち上がり、佳明と向かい合う。
橘一哉「頼ちゃんがコウちゃん達追っかけてったよ」
飯尾佳明「見えてるなら早く言え」
橘一哉「てっきり承知してるとばかり」
飯尾佳明「俺は全知じゃねぇぞ」
掛け合いをしながら歩み寄る二人の目線は、互いの背後を見ている。
橘一哉「さあ、ジャンジャン行くぜ兄弟」
飯尾佳明「おまえと盃を交わした覚えは無えよ」
二人はゆっくりとすれ違い、
「はあっ!!」
飛び出す。
そこからの二人の連携は見事だった。
機敏な立ち回りで攻守を目まぐるしく入れ替えながら、次々と敵を倒していく。
数に勝り波状攻撃を繰り返している魔族の陣立てが、少しずつ崩れ始めていた。
〇電器街
穂村瑠美「ちょっと、待って!」
手を引く晃大を制止しようとするが、
姫野晃大「待ってられるか!」
晃大は全く聞く耳を持たずに走り続ける。
穂村瑠美「みんなが戦ってるのよ!?」
姫野晃大「なら、あいつらに任せておけばいい!!」
穂村瑠美「ええ・・・!?」
姫野晃大(無理して戦うことはないんだ)
逃げるのは恥ではない。
それに、
姫野晃大「奴は俺と瑠美だけを狙ってるわけじゃない」
突然の晃大の行動には魔族も驚いたようで、咄嗟に二人を阻もうとした者はいなかった。
残る六人の龍使いの動向を気にして動けなかったのだが、実のところはそれだけではない。
その理由を晃大が知るのは、もう少し後のことになる。
姫野晃大(見えたんだ)
晃大には道が見えた。
十重二十重の魔族の囲みの隙間、通り抜けられる道筋が、はっきりと。
このまま逃げて、逃げて、逃げ続けて。
姫野晃大(やりすごせれば、それでいいんだ)
無我夢中で、晃大は走り続ける。
穂村瑠美「あたし達は、」
戦わなきゃいけない。
好むと好まざるとに関わらず、選ばれてしまったのだ。
だから、
穂村瑠美「戻りましょうよ!」
姫野晃大「嫌だ!!!!」
強い否定の言葉と共に晃大は一旦足を止め、瑠美を見た。
姫野晃大「あんな数を相手に、たった八人で戦えってのか?」
馬鹿げている。
姫野晃大「やりたい奴だけでやればいいだろ」
魔族は強い。
単純な身体能力だけでも、人間を上回っている。
一対一であれば、龍の力を借りて勝つことも出来るだろう。
だが、あれだけの数の差を覆せるとは考えられない。
こちらは素人なのだ。
姫野晃大「やつらは魔法まで使うんだぞ?」
誰にも悟られる事無く結界を張り巡らし、自分たちを閉じ込めることが出来る。
少なくとも、晃大の二度の戦いは後手に回るばかりだった。
姫野晃大「俺はまだ死にたくない」
まだ高校生になったばかりだ。
姫野晃大「毎度毎度律儀に正面切ってぶつかる必要なんて無い」
逃げたって、構わないじゃないか。
穂村瑠美「みんなが戦ってるのに?」
姫野晃大「俺はあいつらとは違う」
好き好んで戦ってる訳じゃない。
姫野晃大「命のやり取りなんて、したくない」
晃大の言葉は、年頃の若者としては当然の言葉だった。
穂村瑠美「・・・誰も、好きで殺し合いなんかしないよ」
目を伏せ、震える声で瑠美は呟いた。
穂村瑠美「どんな相手でも、どんな理由があっても、命を奪うのは、嫌なことだよ」
拳をギュッと握りしめる瑠美の右腕から、赤い火の粉が散り始める。
穂村瑠美「殺したくなんか、ない」
穂村瑠美「でも、私だって殺されたくはない」
穂村瑠美「だって、」
生きたいから。
生きて、やりたい事があるから。
穂村瑠美「彼らに望みがあるように、私にも望みがある」
穂村瑠美「彼らを止める方法が一つしかないなら、そうするしか、ないじゃない・・・」
姫野晃大「瑠美・・・」
穂村瑠美「人類とか世界とか、そんなスケールの大きな話なんて、どうでもいいの」
穂村瑠美「私は、私が生きるために戦ってるだけ」
穂村瑠美「私の友達も龍使いだったから、友達を守るために戦ってるの」
穂村瑠美「それが、私に出来ることだから」
大切なものを守るため。
ごく自然で、真っ当で、当たり前で。
姫野晃大(俺は、)
どうしたいのだろう。
瑠美の話を聞いて、晃大は漸く落ち着きを取り戻せた気がした。
ここ数日で、色々とあり過ぎた。
創作の中でしか起こり得ないような事が立て続けに起きていたのだ。
思考が麻痺しかけていたかもしれない。
姫野晃大(俺は、)
一人でも逃げることができたのに、なぜ瑠美の手を引いてきたのだろうか。
姫野晃大(俺は、)
何のために戦うのだろう。
穂村瑠美「出来ること、したい事、すべき事ってさ、意外と分からないよね」
やってみなければ分からない。
???「やあ、ご両人」
〇電器街
姫野晃大「誰だ!!」
声のした方を睨みつけると、
梶間頼子「あたしだ」
穂村瑠美「頼ちゃん!?」
曲がり角から出てきたのは頼子。
梶間頼子「姫野くん、敵さんの分断、ありがとうね」
姫野晃大「え?」
梶間頼子「頑張って走ってたみたいだけど、まだここは魔族の結界の中だよ」
姫野晃大「マジ?」
梶間頼子「マジです」
頼子は鸚鵡返しに頷く。
姫野晃大「ここまで結構走ってきたんだぞ!?」
梶間頼子「空の色、変わってないでしょ」
姫野晃大「確かに」
空の色は夕暮れ時のまま、元の時間に戻っていない。
穂村瑠美「あたしとしたことが、不覚だったわ・・・」
梶間頼子「瑠美ちゃんは姫野くんしか見えてなかったみたいだしねえ」
穂村瑠美「ちょ、」
頼子の言葉に瑠美は顔を赤らめる。
姫野晃大「それで、梶間さん、」
梶間頼子「ん?」
姫野晃大「もしかして、魔族の連中は周りに潜んでる?」
梶間頼子「御名答」
梶間頼子「二人の後詰であたしが来たから、随分慎重に様子を窺ってるみたいだけど、」
頼子は金剛杵を道端の道祖神目掛けて投げつけた。
姫野晃大「おい!」
なんて罰当たりな、と言いかけたが、
???「ギャアアァアッ!!!!!!」
道祖神が絶叫を上げて砕け散った。
そして、
穂村瑠美「うわ」
姫野晃大「うえ・・・」
瑠美と晃大の顔が引きつる。
石像の破片は肉片に変わり、肉の焼ける嫌な臭いが漂ってきた。
梶間頼子「こんな感じでね」
梶間頼子「さすがにゴミ捨て場の脇に道祖神は有り得ないよね」
肉片は消し炭に変わり、消し炭の中から黄金の金剛杵が飛び出して頼子の手の中へと戻った。
梶間頼子「この結界の主を倒さないと、永久に出られないよ」
梶間頼子「早く見つけないと」
手の中で金剛杵をクルクルと回す頼子。
僅かにこびり付いた灰が、回転の勢いでふるい落とされていく。
姫野晃大「でも、どうやって?」
晃大が訊ねると、
???「全てを白日のもとに曝すのだよ、コウちゃんの力で!!!!」
〇電器街
声の主は分かりきっている。
無駄に馴れ馴れしい呼び方。
空回り気味の芝居がかった台詞。
こんなことを言えるのは、
姫野晃大「何言ってるんだ、橘」
一哉だけだ。
橘一哉「隠れられる陰を無くしちまえば一発ですがな」
姫野晃大「だから、それをどうやって」
姫野晃大「うわ!!」
右腕が熱を帯びたと思った瞬間、まばゆい光を放った。
橘一哉「おう、グラサン欲しいぜ」
目を細めながら一哉が呟くと、
梶間頼子「似合わないからやめときなって」
穂村瑠美「ただの変な人に見えるよ、それ」
黒龍「芸人でもやるつもりか?」
橘一哉「容赦ねェ」
総出できついツッコミが入った。
片手で目を覆い天を向いて大袈裟に嘆く一哉だったが、
橘一哉(お、)
僅かな視界の隅にチラリと見えたもの。
微かに揺れ動いたそれが、一哉の勘に引っ掛かった。
橘一哉(この『におい』、)
橘一哉「そこだ!!」
感じ取り断じたその瞬間、一哉は動いていた。
間合いを詰めて繰り出した一刀は空を切り、空中に現れた印を両断した。
魔族「全てを照らし出す光龍の光、厄介なものだな」
切り裂かれた印の向こうに、一人の男が姿を現れた。
橘一哉「術師の割に、動きがいいな」
残心をとったまま、術師に顔を向ける一哉。
腰を落とした半身の下段の構えで、術師を見る。
姫野晃大「あれが、結界の主・・・」
光龍「そうだ」
姫野晃大「人間じゃないか」
晃大にも分かる。
あれは、人間だ。
今まで対峙した魔族は、人の形をしていても、人ならざる雰囲気を纏っていた。
だが、目の前の相手には人ならざる何か、尋常でない何かが全く感じられない。
姫野晃大「こいつのどこが魔族なんだ?化け物でも何でもない、ただの人間じゃないか」
魔族「私を人間と一緒にするな!!!!!!」
術師は大音声で怒鳴りつけた。
魔族「私を貴様らと一緒にするな」
魔族「我らを化け物呼ばわりするなど無知蒙昧も甚だしい!」
魔族「思い上がるな!!」
術者の全身に幾つもの紋様が浮かび上がり、光を放つ。
紋様は全てが繋がっており、無数の光点が線の上を忙しなく動き回っている。
光龍「奴自身が結界の要のようだな」
光龍の言葉に晃大は頷く。
晃大の目には、術者の身体から力が広がって空間や物体に繋がっているのがはっきりと見えた。
その繋がりの中で、一哉の切り込んだ場所にだけ綻びが生じている。
姫野晃大「橘、もっと切り広げろ!!」
一哉が更に綻びを広げることができれば、結界は破れるかもしれない。
魔族「この程度の綻び、すぐに直せる」
術師の眼光が強くなり、紋様の上を走る光点の数と速度が増す。
同時に術師から流れ出す力も増し、結界の力が厚みを増していく。
一哉の目の前の綻びも急速に小さくなっていくが、
橘一哉「おりゃあ!!」
下段から手首を返し、足元に刀を突き立てた。
魔族「ぐっ!!」
同時に術師が呻き声を上げる。
一哉が刀を突き立てたのは、丁度力の流れている所だった。
一哉は敵の呻き声など意に介さず、更に刀を深く差し込み、
橘一哉「ふん!」
時計回りに一回、逆時計回りに一回。
刀を回して地を抉ると、
橘一哉「っせい!!」
地から天へと逆風に切り上げた。
地面には大きな溝ができ、
魔族「ぐ、う、・・・」
全身の紋様から血を流して術師は膝を着いた。
姫野晃大「なんで、」
術師が血を流しているのか。
一哉は彼に切りつけてはいない。
光龍「この結界が奴自身だからか」
驚く晃大に、光龍は言葉を続けた。
光龍「結界の消失は即ち奴の死と同義」
光龍「奴に我らを逃すつもりが無い以上、手段は一つ」
姫野晃大「やるしかないのか・・・」
苦い顔で晃大は術師を見る。
魔族「光龍、貴様さえいなければ我が術は成っていたものを・・・」
晃大を睨みつける術師。
その双眸は、敵意と殺意と憎悪に満ちていた。
その足元では、赤黒い水溜りがどんどん広がっている。
彼の命数が尽きつつある事は確実だが、
光龍「止めを刺せ、晃大」
姫野晃大「でも、」
ためらう晃大だが、その手には黄金の剣が握られている。
分かってはいる。
分かってはいるのだが、
姫野晃大「おい」
それでも、晃大は問わずにはいられなかった。
姫野晃大「術を解いて、退け」
魔族「断る」
魔族「この結界の中で、野垂れ死ね」
橘一哉「ちくしょう!!!!」
一声叫び、晃大は剣を大上段に振り上げる。
剣が輝きを増し、同時に自分の四肢に力が漲っていくのを感じる。
そして、意を決して剣を振り下ろそうとした瞬間。
姫野晃大「あ」
呆けた声が口をついて出た。
漲っていた力が、急速に小さくなっていく。
力の弱まりに合わせ、晃大はゆっくりと剣を下ろす。
それは、短時間で行われた、実に器用で、非常にえげつない出来事だった。
目の前で起きたことを漸く把握した晃大は、胃の内容物を吐き戻していた。
穂村瑠美「コウ、大丈夫?」
晃大の背中を擦る瑠美の顔も青褪めている。
姫野晃大(これが、)
戦いなのか。
いや、違う。
姫野晃大「これは・・・」
殺戮だ。
薄れていく意識の中で、晃大は呟いた。