九つの鍵 Version2.0

Chirclatia

第18回『黒く侵食』(脚本)

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〇教会の中
レクトロ「まずは貴女のことを知りたいな」
レクトロ「ここで何をしていたの?」
  レクトロは出来るだけ声を穏やかにして異形に声をかける。
  レクトロは『異形とも友好的に接することが出来れば、倒す必要は無くなる』と考えていた。
  そして笑顔を絶やさぬように、朝起きたら必ず指先で口角を上げている。
レクトロ「大丈夫だよ! 僕は何もしない。ただ、貴女の話を聞くだけ」
  『レクトロフォン』を教会の椅子に置き、危害を加えないことを異形に見せる。
レクトロ「貴女の話はほかの誰にも言うつもりはない。 信じてくれないかな?」
  今度は誠意を見せる。
  にこり、と少し固まった笑みを見せ、相手の反応をただ待つ。
異形「・・・分かった」
異形「私のことを話しましょう」
  ──第18回『黒く浸食』

〇湖畔の自然公園
  ──異形のお話。
  私は、自然が大好きでした。
  ただ、一人でのんびりとすることが好きだったのです。
異形「今日は晴れているなぁ・・・」
異形「お洗濯しなきゃ!」
  晴れた空を見つめ、少し冷たい風に当たり、これからどう生きていくかをぼんやり考えていくのが日課でした。
「────! そろそろご飯だよー」
異形「今行くね!」
  家族とはとっても仲が良くて。
  私のことを大切にしてくれたんだ。
  ──きっと、それが嬉しくて。
  当たり前にあるものだったと思う。

〇ファンシーな部屋
  そんな平和な日常。
  私はそれだけを望んでいた。
  ・・・なのに
「貴女は私たちのために生きることが出来るのよ」
「良かったな、これで親孝行出来るぞ」
異形「・・・・・・・・・」
  私は、知らない間に変な実験の対象になっていた。
  誰かが、母や父に大量のお金を持ってきて、私を渡した、らしい。
異形「・・・・・・・・・・・・」
  私が、大切に、していたのは。
  嘘、だったんだね・・・
「あんな子はいらない」
「好きにしてくださいよ」
  ドアの向こうから、母と父の声が聞こえる。
「見つけたぞ! 娘だ、捕まえろ!!」
  白い防護服を着た人たちが、私を取り押さえていく。
異形「痛い!痛い痛い!!」
  両腕をきつく掴まれる。
  華奢な私の体では抵抗することすらできない。
異形「助けて! 誰でもいいから助けてよ!!」
「うるさい!大人しくしろ!!!」
  あぁ。
  誰も助けてはくれない。
  私は絶望しながら、抵抗を諦めた。
異形「・・・・・・・・・・・・・・・」

〇殺風景な部屋
  目が痛くなるほどの白い部屋に
  白いベッド。
  後は、無機質な机とトイレがあって・・・
  それ以外は特に特徴もなかった。
異形(あれ、どうしてここにいるんだっけ?)
  私は、自分がどうしてここにいるのか、少し忘れていた。
  えっと、えっと・・・
  あれ・・・?
異形(声、出せないや・・・)
  喉が潰れてしまったのだろう、うめき声すら出せなくなっていた。
異形「・・・・・・・・・・・・」
  数分、寝転がっていたら職員らしい人が来た。
  白衣を着た女の人・・・
  お医者さんっていう人かな・・・
医者「『────────』、目を覚ましたね」
医者「まず、君の手首にチップを埋め込まれているわ。どこへ逃げようがすぐに分かるわよ」
  手首が痛いのはこれが理由か。
  納得したわ。
医者「君のスケジュールはこっちで管理するわ。 勝手な行動は一切しないでね」
医者「娯楽なんかいらないよね? 食事はパンと野菜だけよ」
  ──知らない人にスケジュールを管理されるなんて最悪。
  でも、よく考えてみたら、そうか・・・
  ・・・私には選択肢すら無かったね。
  ・・・どうして、私はこんな人たちの言う通りにしなければならないんだろう。
医者「返事は?」
  笑顔で、私の肩を強く握ってくる。
  ・・・痛い。
異形「・・・はい」
医者「ならよし」
  ──こうして、どうしようもない生き地獄が始まってしまった。

〇殺風景な部屋
  生き地獄は確かに存在するんだ。
  私は最初にそう思った。
異形(・・・・・・どうしよう、この問題は解けないや)
  午前4時に目覚め、7時間の勉強をしなければならなかった。
  歴史や数学、天文学・・・
  ありとあらゆる学問を休みや朝食なしで7時間ぶっ続けでやらなければならない。
  誰かが時間を計測しているのか、
  早くやってもダメだし、遅くやるとこっぴどく怒られることになる。
異形(はぁ・・・)
  心の中で大きくため息をつきながら、
  今日も7時間休みなく勉強する。
  途中で涙が出てしまった。
  良かった、誰にも見られていなくて。
  誰かに見られたら、目元を殴られて腫れちゃうから。
  雑に袖で涙を拭う。
  そうだ、泣いたところで何も変わらないんだから、早く勉強に戻らなきゃ。

〇殺風景な部屋
  ──正午になって、ようやく食事がとれる。
  とはいっても、栄養に酷い偏りがあり味も薄くて美味しくはなかった。
  肉や魚が一切食べられないから、体が必要としている栄養素はとれない。
異形(またパン・・・)
  味の薄い、不味いパン・・・
  昔に作られたものだろう、多分。
  何か文句を言おうとすれば怒られる。
  そんなものを連日食べていれば、具合も悪くなるわけで。
異形(お腹痛いなぁ・・・)
  今日も生き地獄を味わう。

〇黒
  ──こんなことを繰り返すこと数年。
  私は瀕死だった。
  呼吸は浅く、貧血になり、体が痛くて痛くて堪らない。
  私が、何をしたの?
  何もしていないのに、何で?
  暖かくて小さな幸せを望んだのに。
  両親に裏切られ、
  言うことを聞かないと殴られ、蹴られ、罵られ。
  ──もういいか。
  この世の全てが、
  全てはこの世界が悪いんだ。
  私を不幸にしたものを憎む。
  恨む、壊す・・・
  それを成すまでは死にきれない。
  私、が・・・
  全部消さないと。
  自分だけでも守らないと。
  ・・・・・・・・・・・・

〇教会の中
  ──そして気づけば。
  重たい目を無理やり開けてみたら。
  死んだはずの私は、まだ意識があった。
  ど、どこだろう。
  ここは。
  ・・・でも。
  ウエディングドレスを身にまとうことが出来たのだけは嬉しかった。
  一番最初の、将来の夢。
  それは『ウエディングドレスを着ること』だった。
  人の気配すらない。
  これで、誰も許さずにいられる。
  これで、誰も認めずにいられる。
  この場所だけは、私だけのものなんだ。
  勝手に入ってくる悪い人は、消さなきゃ・・・
異形「・・・・・・・・・・・・」

〇教会の中
  異形の話を無言で聞いたレクトロから、笑みは消えていた。
レクトロ「君には酷い過去があったんだね・・・」
  異形とは言えど人型やある程度の記憶を保つ『彼女』はトラウマが蘇ったからか涙を流す。
異形「ご、ごめんなさい・・・」
レクトロ「謝らなくていいよ」
レクトロ「むしろ、ボロボロに泣けばいいんじゃないかな」
異形「でも、『子供みたいに泣くな』って・・・」
異形「私が泣いたら、貴方も殴るんでしょう?」
レクトロ「裏切られた挙句、今も苦しみ続けて・・・ かわいそうに」
レクトロ「それに、僕が君を殴るわけないでしょ・・・」
レクトロ「殴りたいのは、君をここまで追い詰めた者たちだよ」
レクトロ「僕は君が望むものを提供したいんだ」
レクトロ「でもね、異形になった君は 本来なら倒されなければならない」
  異形は『世界の敵』である。
  レクトロはこの事実を言おうとしたが、今の『彼女』には酷なので言わないことにした。
レクトロ「僕は、貴女を倒すことになったから この異空間にわざと侵入したの」
レクトロ「まだ貴女に聞きたいことがあってね、いいかな」
異形「?」
  レクトロは、『彼女』を生かすか否かを決めることにした。
  そして、それを決めるのはいくつかの疑問だ。
  寛大なレクトロは、異形に対して必ずと言っていいほどこの疑問をぶつけている。
レクトロ「──人を殺したことはあるかい?」
異形「人・・・を?」
異形「いいえ、殺していません!」
  『彼女』は首を横に振る。
レクトロ「それなら、この異空間に人間を攫ったことはある?」
  2つ目の疑問をぶつけてみる。
  他人を殺めていないことは分かったので、レクトロは心底安心していた。
異形「貴方が初めてです!」
レクトロ(見逃そうかな・・・)
  いきなり物騒なことを聞かれた異形は怯えの色を見せながらも正直に答えている。
  『内面を見通す』力を持つレクトロは、彼女を一度だけ、見逃し様子を遠くから見守ろうと考えた。
レクトロ「最後の質問だよ」
レクトロ「君の『名前』は? 僕は『レクトロ』だよ」
異形「な、『名前』・・・?」
異形「わ、私の名前、は──」

〇城の廊下
  異形の話を自分の気がすむまで聞いたレクトロは、彼女を倒すことなく去ってしまった。
  天井には、異空間に通じる扉がまだ残っている。
レクトロ「・・・・・・」
レクトロ「終わった」
  事実を口に出すレクトロ。
  あの人型の異形は、ただ話を聞いてもらいたかっただけなのかもしれない。
  なのに、『世界の敵』という自分の都合のいい言葉を盾に彼女を一度でも消そうと思ってしまった。
レクトロ(あの子は人間の被害者だった)
レクトロ(でも、分からない・・・)
レクトロ(あの子は僕に、何を求めていたのかな)
  ──レクトロは考え込む。
レクトロ「・・・気持ちが安定しないのは」
レクトロ「僕自身の問題なんだろうなぁ・・・」
  レクトロは
  異形になるという悲惨な末路を辿る可能性のある者の治療を仕事としている。
  科学・・・よりも魔法と言った方がいいソレは、人を殺めることや苦しむことは容易過ぎた。
レクトロ(過去や後のことなんて、考える必要はない)
レクトロ(今を楽しまなきゃ)
  気持ちを切り替えることしか今は出来ないレクトロはゆっくり歩く。
  ──後ろを振り向かず、前を見つめて。
レクトロ「誰からだろう...」
  電話の相手を予想し、少しウキウキしていたが
レクトロ「げっ...」
  スマートフォンの画面を見て、表情が一変する。
レクトロ「景綱君だぁ...」
  電話の相手は、遊佐景綱。
  彼は異形を倒すためならば何でもしてしまう男のため、
  レクトロは彼にはなるべく、自分の仕事の進捗だけは言わないようにしている。
レクトロ(見逃したのバレたかなぁ・・・!)
レクトロ(早くない!!? なんですぐに分かるの・・・!)
  異形を見逃すと必ず、景綱の説教がある。
  レクトロは何とかして言い訳を考えなければならなくなった。
  言い訳を考えながら、スマートフォンに耳を当てる。
レクトロ「もしもし、景綱君。 レクトロだよ」
  動揺か言い訳を考えることに頭を使っているからか、レクトロは音をずらしてしまう。
  それどころじゃないレクトロは気づかないが。

次のエピソード:第19回『うつる』

コメント

  • ちょっと意外な結末でした。
    次回も楽しみにしてます!

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