第弐拾壱話 初めての〇〇 草薙由希の場合(脚本)
〇街中の道路
草薙由希「どうしたの、道端に集まって」
姫野晃大「みんなから話を聞いてたんです」
草薙由希「何の?」
穂村瑠美「私達が龍使いになった時の話」
草薙由希「物好きねえ」
姫野晃大「由希さんもやっぱり橘に襲われたんですか?」
草薙由希「襲われたというか、来たわね」
姫野晃大「やっぱりか・・・」
草薙由希「何?」
穂村瑠美「橘くん、あたし達全員の所に来てたみたいですよ」
草薙由希「ああ、アイツならやるでしょうね」
草薙由希「だって、あたしの時なんか、」
〇湖畔
草薙由希「バカじゃないの・・・?」
由希は呆れ返っていた。
橘一哉「ぜえ、ぜえ・・・」
眼の前にいるのは、全身ずぶ濡れで濡れ鼠と化した従弟、橘一哉。
巨大な湖の岸で、膝立ちで両手を着き、肩で大きく息をしている。
一哉が背にしている湖は自然のものではない。
人為的にできたものだ。
〇荒野
今から十数分前、由希は荒野に迷い込んでいた。
中学三年生の秋、部活も引退して放課後は自由に使える時間帯。
街中に買い物に出かけたはずが、気付けば荒野に迷い込んでいた。
草薙由希「あれぇ・・・?」
家を出て、いつもの道を通って、いつもの所に向かっていたはずなのに、
草薙由希「こんなとこ、あったっけ・・・?」
見たことも、来たことも、聞いたこともない場所に出てしまった。
草薙由希「あたし、おかしくなっちゃったのかな・・・?」
目の前が突然荒野になったのだ。
扉を開けて違う場所に入るように、急に目の前が開けたのだ。
帰ろうかと思い後ろを振り返ると、
草薙由希「・・・!!」
そこにあった景色に由希は目を見開いた。
草薙由希「なんで・・・?」
無い。
通ってきた道が、無い。
道だけではない。
通り過ぎてきた全てが、無い。
家、建物、塀、電柱、生垣、街路樹。
全てが、無い。
改めて周囲を見回す。
草薙由希「そんな・・・」
由希は、荒野の真っ只中に、唯一人、立っていた。
〇荒野
草薙由希「どうなってるの、一体・・・」
見渡す限りの荒野。
何の予兆も前兆も無かった。
由希自身が気づくまでにも、少し間があった。
それほど自然に、この空間に迷い込んでいた。
???「かかったな」
草薙由希「誰!?」
魔族「私だ」
草薙由希「!?」
突如として眼の前に人が現れた。
草薙由希(なんなの、コイツ)
魔族「貴様は少々厄介なのでな、手の込んだ真似をさせてもらった」
魔族「ヌゥン!!」
男は目を見開いて歯を食いしばり、全身に力を込める。
男の身体が極度の力みで震え、同時に空気もビリビリと震えている。
耳が痛くなってきた由希は耳を塞いだ。
そして、それは正解だった。
魔族「ガアアッ!!!!」
男が天に向かって吠えた。
腹に響く大音声。
加えて、男の姿が変わっていく。
毛が生え伸び、顔つきも人のそれから獣のような、いや獣そのものへと変じていく。
草薙由希「・・・!!」
由希は言葉が出ない。
虎の顔、虎の毛並み、手足は人寄りの獣の四肢。
獣人と呼ぶに相応しい姿に、男は変わってしまった。
虎人とでも呼べば良いだろうか。
魔族「四神の一角、油断はできぬからな・・・」
虎人の両手の爪が伸びる。
魔族「ガアッ!!」
咆哮と共に飛び掛ってきた。
速い。
草薙由希「!!」
由希は死を覚悟したが、
魔族「うお!?」
大量の水が噴き出して虎人の動きを止めた。
草薙由希「え、何!?」
???「虎に変ずるとは、随分な念の入れようだな」
魔族「ちっ、青龍か・・・」
〇荒野
草薙由希「え!?え!?」
由希の右腕から青い龍が出ている。
理解が追いつかない。
???「よほど私を討ち取りたいらしいな」
魔族「当たり前だ」
青龍「この青龍を討てるものなら討ってみるがいい」
虎人に啖呵を切ると青い龍・青龍は由希に向き直り、
青龍「武器を取れ、由希」
草薙由希「え!?」
いきなり話を振られた由希は困惑する。
青龍「何でも良いから武器を思い浮かべろ」
草薙由希「あ、うん」
由希が何となく思い浮かべたのは、
一振りの刀。
従弟が最近居合道を習い始めたのを唐突に思い出したら、いつの間にか手に握られていた。
青みを帯びた金具、青色の柄糸。
そして、刀身にも流水のような紋様が浮かんでいる。
草薙由希「うわあ・・・」
真剣を持つのは初めてだ。
武器自体、持つのは初めてだ。
手の内にズシリとくる重み、鋭く光る刀身。
武器というのは、持つだけでも斯くの如き緊張感を抱かせるものなのか。
青龍「私の力を引き出す言葉を教えよう」
由希の脳裏に言葉が流れ込む。
その言葉を、
草薙由希「────────!!!!」
由希は自然と口にしていた。
〇荒野
刀身から水が流れ出す。
勢いこそあまり強くはないが、幾筋もの流れが虎人の方へと向かっていく。
青龍「よし、上出来だ」
虎人が避けようとしても、流れの分岐が多すぎて必ず足元に来てしまう。
いつの間にか虎人の足元は大河の浅瀬になっていた。
魔族「ええい!!」
虎人が前に出ようとしたが、水の抵抗が思ったよりも強い。
青龍「もう一度、気を込めて唱えてみろ」
青龍に言われ、由希はもう一度唱えることにした。
深呼吸をして息を整える。
一度だけ見たことのある従弟の剣道の稽古姿を思い出し、刀を大きく振りかぶり、
草薙由希「────────!!!!」
呪文を唱えながら真っ向から振り下ろした。
大量の水が噴き出し、
魔族「ッッッ!!!!!!」
巨大な水龍と化して虎人に食らいついた。
魔族「ぬ、お、お、」
虎人は全身に力を込め、五体を鋼の如く固めて水龍の牙に抵抗する。
その間にも水龍は進み続け、流れ出し続ける水によって大きさを増していく。
大きさが増すと共に噛みつく力も強まっていき、
魔族「オオオオオオオッッッッッ!!!!!!!!」
あらん限りの力を振り絞り、虎人は吠えた。
空気が震え、水龍も震え、
草薙由希「!!」
ついに耐えきれなくなったのか、水龍は砕け散った。
そして、
〇湖畔
水龍の爆発と虎人の咆哮は、巨大な湖を形作った。
魔族「青龍・・・」
全身から血を流し、変身も解けていたが、男はまだ生きていた。
青龍「あと一撃、いけるか?」
青龍の問いかけに、
草薙由希「・・・やるわ」
由希は刀を握る手に力を込める。
倒さなければ終わらない。
由希は理屈でも感情でも納得していた。
奴を倒す。
草薙由希「・・・」
倒すべき相手をしっかと見据え、由希は呼吸を整える。
さっきの龍よりも、強く、激しく、鋭い力を男に叩き付ける。
ただそれだけをイメージして、
草薙由希「──────────!!!!!!!!!!」
腹の底から声を出し、呪文を唱えた。
〇湖畔
水が噴き出し、
龍の形を取って男に食らいつく。
速い。
龍はうねりながら大きさを増し、男を押し込んでいく。
もはや男に抵抗する力は残されていなかった。
激流に揉まれ、その行き着く先は先ほど出来上がった巨大な湖。
男を咥えた水龍は湖へと飛び込み、
しばらく泡沫が浮かんできたが、それも消え、
細かい光の粒子が浮かんで霧消した。
男が浮かび上がって来ることは無かった。
〇湖畔
草薙由希「やった、の・・・?」
青龍「ああ、やったな」
右腕から出てきた青龍の言葉に、由希はホッと胸を撫で下ろす。
青龍「一段落ついたし、説明をしたい所だが、」
青龍はそこまで言うと頭上を見上げ、
青龍「まだ、誰かいるようだ」
???「青龍、腕試しさせてもらう!!」
上から声がした。
草薙由希「────────!!」
反射的に由希は呪文を唱え、刀を振り上げる。
湖が渦を巻き、巨大な水の竜巻となって天高く立ち上る。
???「えええええええ!?!?!?!?」
素っ頓狂な声が響き渡り、
水の竜巻が凍りついた。
青龍「なんと!!」
思わず青龍も声を上げたが、
???「うわああああぁぁぁぁ!!!!!!」
一つの人影が湖に落ちるのが見えた。
〇湖畔
そして、今に至るのである。
草薙由希「それで、何をしに来たのかしら?」
湖から上がってきたのは、二つ年下の従弟の橘一哉だった。
由希が一哉に問うと、
橘一哉「青龍使いの、腕試しに、きました」
咳き込みながら一哉は答えた。
草薙由希「あんた、何か知ってるのね?」
由希の言葉に一哉はコクリと頷き、
橘一哉「俺、由希姉と同じ、龍使い」
切れ切れに言いながら左腕を見せる。
草薙由希「あんた、ソレ、」
一哉の左前腕には、黒い龍の痣がはっきりと浮かんでいる。
由希の右腕と一緒だ。
橘一哉「俺のは黒龍」
草薙由希「詳しく話を聞かせなさい」
橘一哉「あい」
青龍も交え、由希と一哉は話をした。
魔族のこと。
龍、及び神獣について。
神獣の宿主について。
草薙由希「大体のことは分かったわ」
草薙由希「つまり、私やカズは神獣の宿主、神獣使いになってて、魔族と戦え、ってことね?」
橘一哉「そう」
一哉は首を縦に振った。
草薙由希「向こうも私達を狙ってるから、逃げようはない、と」
橘一哉「そう」
重ねて一哉は頷く。
草薙由希「ふーん・・・」
由希は少し考えた。
目の前にいる一哉は、どうやら本物だ。
見た目だけでなく話し方や言葉の選び方、仕草まで、由希の知る一哉と寸分違わない。
この今の状態も随分とリアルだ。
夢か現実かはもう少し確認が必要だが、否の返事をする必要は無いだろう。
草薙由希「わかったわ、やってあげる」
青龍「助かる」
青龍も安心したようだ。
草薙由希「で、最初に言ってた腕試しって、何?」
橘一哉「現時点でどれくらい馴染んでるのか、確認だよ」
草薙由希「どうやるの?」
橘一哉「俺と一合、打ち合ってくれればいい」
草薙由希「どうやって?」
橘一哉「全力の一撃」
草薙由希「じゃあ、さっきのアレを打てばいいの?」
橘一哉「それでいいよ」
草薙由希「分かったわ」
〇湖畔
草薙由希「・・・」
由希は刀を構え、目を閉じる。
橘一哉(へえ、わかってるみたいだな)
由希は頭の回転が良く、飲み込みも早い。
先程の戦いで、力の出し方の概要は掴んでいるようだ。
橘一哉(じゃあ、こっちも)
一哉も刀を脇構えに構えた。
「・・・・・・」
互いに息を整える。
柄頭を握る左手から刀へ、黒龍の力『龍気』を流し込んでいく。
草薙由希「よし」
落ち着いた様子で由希は目を開いた。
由希は中段、一哉は脇構え。
二人は互いのタイミングを見計らいつつ睨み合っていたが、
草薙由希「────────!!!!!!」
呪文を唱え、由希が水龍を放つ。
水龍が一哉に食らいつこうとした瞬間、
一哉も動いた。
一哉の刀の振りに合わせて巨大な黒い帯が出てきて水龍にぶつかり、
無数の光の粒子となって霧消した。
草薙由希「え、何、どういうこと!?」
橘一哉「水龍の龍気と黒龍の龍気がぶつかって消滅したんだ」
草薙由希「そんなこと、できるの!?」
橘一哉「互いの力が同じなら、ね」
相生相剋。
互いの力の強弱により、ぶつかり合った時の変化は様々だという。
つまり、
草薙由希(あたしが出したのと同じだけの力を、カズは出したって事か・・・)
初見の由希の技に対し、タイミングも力の大きさも合わせた一撃を一哉は放った。
一哉は相手の見切りも力の制御もできている、ということだ。
草薙由希(すごいわね・・・)
由希は素直に感嘆した。
どれだけの経験を、この従弟は重ねてきたのだろうか。
橘一哉「んじゃ、またね」
一哉はスッと姿を消し、由希だけが残された。
〇街中の道路
草薙由希「着地ミスってドボンとか、バカよね、アイツ」
姫野晃大「うわあ・・・」
なんと言って良いかわからない。
あの一哉が失態を犯すとは。
辰宮玲奈「気が抜けてるにも程があるよね」
草薙由希「でしょ?」
一哉をよく知る由希と玲奈は笑っているが、
飯尾佳明「ばかじゃねーの」
佳明は呆れ返り、
古橋哲也「そんな事もあるんだ・・・」
哲也は驚いている。
梶間頼子「猿も木から落ちるんだねぇ」
頼子もクスクスと笑っている。
穂村瑠美「コウも橘くんのイメージが固まってきたんじゃない?」
姫野晃大「よく分からない奴だ、ってのはよく分かった」
穂村瑠美「そうだね」
草薙由希「っと、噂をすれば影ね」
「?」
由希の言葉に一同が顔を向けると、
橘一哉「あれ、みんな集まってる」
一哉がいた。