第弐拾話 初めての〇〇 穂村瑠美の場合(脚本)
〇街中の道路
穂村瑠美「みんな揃って、一体どうしたの?」
辰宮玲奈「たまたま出くわしただけだよ」
姫野晃大「単なる偶然さ」
穂村瑠美「それで、何を話してたの?」
姫野晃大「龍使いになった時の話」
姫野晃大「いつからやってるのか気になってさ」
辰宮玲奈「さっきはあたしの話をしてたの」
穂村瑠美「玲奈の?」
辰宮玲奈「そう」
姫野晃大「瑠美はいつ龍使いになったんだ?」
実の所、晃大が一番気になるのは瑠美についてだった。
姫野晃大「全然そんな素振りが無かっただろ、今まで」
穂村瑠美「まあ、ね」
瑠美は微笑む。
穂村瑠美「いつも一人って訳じゃなかったし、頻繁でもなかったからね」
穂村瑠美「割と余裕はあったから」
姫野晃大「ふーん・・・」
穂村瑠美「で、やっぱり聞きたい?あたしが龍使いになった時のこと」
姫野晃大「聞きたい」
穂村瑠美「それじゃ、教えてあげる」
〇市街地の交差点
穂村瑠美「ここ、どこ・・・?」
その日、穂村瑠美は道に迷っていた。
いや、迷い込んでしまっていた、という方が正しいかもしれない。
見知った近所の町中を歩いていたはずだった。
なのに、いつの間にか全く知らない場所に来てしまっていた。
穂村瑠美「うそでしょ・・・」
夢遊病にでもなっていたのだろうか。
周りの建物も、遠くに見える景色も、記憶にない。
穂村瑠美「どうしちゃったの、あたし・・・」
もう空が赤くなっている。
そんなに長い時間歩いていたというのか。
穂村瑠美「今何時よ・・・」
スマホを見た瑠美は、
穂村瑠美「え」
言葉を失った。
〇市街地の交差点
穂村瑠美「そんな・・・」
やっと絞り出せた言葉は、現状が信じられないことを示している。
スマホの時刻はまだ昼過ぎ。
加えて、電波は圏外。
穂村瑠美「何なのよ、もう・・・」
分からない。全く訳が分からない。
穂村瑠美「うーん・・・」
辺りを見回しても、人の気配は無い。
どこか近場の家を訪ねて、ここがどこなのか聞いてみるしか無い。
取りあえず歩き出した。
瑠美の足音が響き渡る。
穂村瑠美「・・・あれ?」
そこで気が付いた。
思わず足が止まる。
穂村瑠美「音がしない・・・」
全く音が聞こえない。
正確には、瑠美が出した音しか聞こえてこない。
生活音も、動物の声も、瑠美以外の出す音が一切聞こえてこない。
穂村瑠美「・・・」
改めて、もう一度周囲を見回す。
前後左右、そして上下。
穂村瑠美「あ」
そして気が付いた。
人間以外の動物も、いない。
穂村瑠美「・・・」
何か嫌な予感がする。
ある種の恐怖にも似た感情が湧き上がってくる。
穂村瑠美「何なの、一体・・・」
???「随分と怖じけているな」
穂村瑠美「!!」
どこからともなく声が響いた。
〇市街地の交差点
辺りを見回したが、それらしき影が見えない。
???「ここだよ」
穂村瑠美「!!!!!!」
スウ、と。
男が突然姿を現した。
穂村瑠美「ひっ!!」
上擦った声を上げ、瑠美は数歩後ずさる。
何もない所に急に姿を見せたのだから無理もない。
魔族「ここにいるのは貴様だけだ」
魔族「心置き無く死ね!」
男は手の爪を鋭く伸ばし、瑠美に襲いかかった。
その爪が瑠美に届こうとしたその瞬間、
瑠美の右腕から炎が走り、
魔族「ぬうっ!!」
男を弾き飛ばした。
穂村瑠美「え、な、何!?」
???「貴様ごときにやられはせん」
穂村瑠美「え!?」
炎の龍が瑠美を背にして男と向かい合っている。
しかも、
穂村瑠美「あたしの腕から!?」
その体を辿っていくと、瑠美の右前腕に繋がっている。
穂村瑠美「何なの、これ・・・」
赤龍「私は赤龍、故あって君を宿主とさせてもらった」
穂村瑠美「せきりゅう?」
赤龍「詳しい話は後だ、まずは奴を倒すぞ」
穂村瑠美「倒すって、どうやって?」
赤龍「私の力を君に預ける」
赤龍「自由に使ってくれ」
穂村瑠美「そんな事言われても、」
急に言われてもどうしたら良いか皆目見当がつかない。
赤龍「私は炎を司る」
穂村瑠美「炎・・・?」
赤龍「何か武器をイメージしてみろ」
穂村瑠美「武器、武器・・・」
武器と言われて思いついたのは、
穂村瑠美「コレ!!」
一振りの刀。
鍔などの金具は赤銅色、柄糸は緋色、更には刀身にも赤い文様があるという見事なものだった。
穂村瑠美「炎を・・・」
その刀を見ていると、炎を動かすイメージが少しずつ湧いてくる。
赤龍「私の力を引き出す呪文を教えよう」
穂村瑠美「!!」
瑠美の脳裏に呪文が直接響き渡る。
何度も、何度も。
不思議な響きのその言葉は、次第に瑠美の意識をぼんやりとさせていく。
焦りも、不安も、あらゆる感情が薄れて意識が広がっていくような感覚。
そして自然と、呪文が口をついて出ていた。
穂村瑠美「──────────!!!!!!」
魔族「!!!!!!」
炎が広がって男を囲み込む。
〇市街地の交差点
魔族「ええい、『奥』に引き込んでも力は衰えずか・・・」
暑さも相まって男の顔が歪む。
赤龍「『そちら側』に近いなら私の力も出しやすいさ」
赤龍「たとえ『器』を介していてもな」
穂村瑠美「何のこと?」
赤龍と男の会話の内容が理解できない。
赤龍「それは後々話す」
赤龍「まずは奴を倒す事に集中だ」
穂村瑠美「ええ」
目の前の男を倒さない限りどうにもならない事は、何となく理解した。
しかし、普段の瑠美からは思いもよらない程に積極的で闘志に満ち溢れている事には、瑠美自身は気付いていなかった。
〇市街地の交差点
穂村瑠美「いくわよ!!」
刀を振る瑠美。
間合いは遥かに離れているが、
炎が伸びて男へと向かっていく。
男は横に跳んで躱した。
魔族(戦意は充分か・・・)
瑠美の目には怯えが無い。
心も体も戦闘態勢に入っている。
魔族「ならば此方も相応の力を出さねばな!!」
男は全身に力を込める。
魔族「ヌウゥ・・・っ!!」
男の体が膨れ上がっていく。
穂村瑠美「な、何!?」
魔族「フウ・・・」
男の姿は、人に似た人でないものに変わっていた。
背丈は瑠美の倍ほどもあり、筋骨逞しく、手には鋭い爪、口には牙。
そして、額には角が生えている。
穂村瑠美「お、鬼・・・!?」
昔話に出てくる鬼そのもの。
赤龍「動じるな、瑠美」
赤龍の声が聞こえる。
赤龍「異形となろうと、我らが勝てぬ相手ではない」
気を取り直して瑠美は刀を構える。
使い方を教わった訳ではないが、取りあえず体の前に出して切っ先を相手に向ける。
赤龍「もう一度、あの呪文を唱えろ」
穂村瑠美「でも、」
先程は効かなかった。
同じ事をして勝てるとは思えない。
魔族「オオッ!!」
鬼が飛び掛かる。
速い。
手足が伸びた分だけ届くのが速く、体格が増した分だけ威圧感もある。
反射的に掲げた刀に鬼の爪が当たった瞬間、炎が飛び出す。
魔族「!!」
手を熱に弾かれた鬼の動きが止まる。
瑠美も下がって間合を取ったが、
穂村瑠美(強い・・・)
刀を持つ手が僅かに痺れている。
魔族「まだまだ!!」
鬼は再び攻め掛かる。
紙一重のところを鬼の爪が何度も掠めていく。
そのたびに炎が瑠美の右腕や刀から飛び出し、鬼の攻撃を弾く。
瑠美は攻撃を躱すので精一杯だった。
穂村瑠美「どうすれば・・・」
鬼の攻め手が止まり、二人は再び睨み合う。
この相手に勝てるのか、自信が持てなくなってきた。
赤龍「息を整え、イメージしろ」
赤龍の声が聞こえた。
赤龍「炎を、どのように動かすのか」
穂村瑠美「・・・やってみる」
瑠美は鬼と睨み合いながら深呼吸をした。
対する鬼も、今までと違う瑠美と赤龍の様子に気付いた。
出方を窺い、力を溜めている。
緊張しながらも、体内に力が満ちていくのを瑠美は感じていた。
穂村瑠美(・・・見えてきた)
満ちた力が炎となって、刀から迸るイメージも脳裏に浮かぶ。
伸びた炎が如何様に鬼を倒すのか、鬼が如何様に倒れるのか、その映像が鮮明に浮かぶ。
そのイメージが、確固たる事実として瑠美の腑に落ちた時、
穂村瑠美「────────!!!!!!」
爆ぜた。
轟く爆音に瑠美の声はかき消された。
否、瑠美の声が炎となり爆ぜた。
鬼の顔が驚きと恐怖に歪み、
爆炎に飲み込まれた。
〇荒野
穂村瑠美「う、わぁ・・・」
爆炎が消えた時、街の様子は一変していた。
家も、塀も、草木も、アスファルトも、全てが消滅していた。
住宅街は一瞬にして荒野へと変わっていた。
穂村瑠美「うそでしょ・・・」
赤龍「これはまた、派手にやったな・・・」
瑠美の右腕から出てきた赤龍も唖然としている。
穂村瑠美「そうだ、敵は!?」
辺りを見回すと、
穂村瑠美「!!」
離れた所に、あの鬼が立っていた。
腰を落として両腕を交差させた防御態勢をとっている。
の、だが、
魔族「・・・」
穂村瑠美「・・・」
鬼は全身が真っ黒。
ブスブスと煙まで立ち上っている。
穂村瑠美「!!」
体の一部がボロリと崩れた。
落ちた部分は砕けて散り、見えた内側も又真っ黒。
穂村瑠美「っ!!」
瑠美は察した。
瑠美の見ている前で鬼の身体は崩れ去り、炭の山は無数の光の粒子となって霧散していった。
穂村瑠美「倒した、の、よね・・・?」
赤龍「ああ、そうだ、よくやったな」
穏やかな声音で瑠美を労った赤龍だったが、
赤龍「む?」
表情が険しくなった。
穂村瑠美「どうしたの?」
瑠美が訊ねると、
赤龍「まだ、誰かいる」
穂村瑠美「え?」
赤龍「結界が解けていない」
穂村瑠美「結界?」
瑠美が怪訝な顔をすると、
???「赤龍、腕試しだ!!」
頭上から声がした。
〇荒野
穂村瑠美「────────!!!!」
何の躊躇いもなく瑠美は呪文を唱えた。
炎の渦が巻き上がる。
???「うおお!?」
頭上で驚愕の声が上がったが、
瑠美は驚いた。
炎が、黒い霧に呑み込まれて消えたのだ。
???「あぶねえ・・・」
黒い霧の向こう側から現れたのは、
一人の少年だった。
橘一哉「え、女の子!?!?」
少年は瑠美を見るなり驚きを顕わにした。
穂村瑠美「女じゃ悪い?」
棘のある口調で瑠美が返すと、
橘一哉「いや、派手な爆発だったから男性がやったものだとばかり」
赤龍「ふむ、確かにそうかもしれん」
赤龍「瑠美がこれ程思い切りが良かったのは私も想定外だった」
良い意味でだがな、と出てきた赤龍は頷き、
赤龍「君は何者だ」
少年に問うた。
橘一哉「俺は橘一哉」
少年は名を名乗り、
橘一哉「黒龍使いさ」
そう言って左腕を見せる。
橘一哉と名乗った少年の左前腕には、黒い龍の紋様が浮かんでいる。
穂村瑠美「黒龍?」
赤龍「黒龍は私の仲間だ」
しかし、と赤龍は前置きし、
赤龍「その割には黒龍の力が感じられないな」
橘一哉「ああ、それなら、」
一哉は天を指さし、
橘一哉「結界の秘密の張り直しで大分消耗したみたいでね」
赤龍「ふむ」
赤龍「ならば、証拠を見せてもらおう」
橘一哉「証拠?何の?」
赤龍「君が黒龍使いである証拠だ」
赤龍「瑠美の放つ私の力を君が黒龍の力で防げたのなら、信じよう」
穂村瑠美「ええ!?」
思わず瑠美は声を上げた。
〇荒野
穂村瑠美「ちょっと、何言ってるのよ赤龍!!」
橘一哉「マジっすか!?」
瑠美も一哉も揃って驚いているが、
穂村瑠美「あたしに、彼と戦えと!?」
一哉との戦いを言い出したことに驚いた瑠美と、
橘一哉「話が早くて助かるわ!」
願ったり叶ったりの一哉。
驚きの中身は正反対だった。
穂村瑠美「待って、ちょっと待って!!」
赤龍「案ずる必要はない」
赤龍「彼はお前の炎に対抗できる」
赤龍の言う通りだ。
ついさっき、繰り出した炎を打ち消したのを見たばかりだ。
穂村瑠美「そうじゃなくて、」
瑠美は先ほどの戦いで何度も呪文を唱えて炎を放っている。
初の実戦を経たばかりの彼女は、心身共に疲労が甚だしい。
立っていることはできる。
歩くこともできそうだ。
だが、激しい運動はできそうにない。
赤龍「案ずるな」
赤龍「一回だ」
穂村瑠美「一回?」
赤龍「一回、炎を放てば良い」
随分簡単に言ってくれるが、それをやるのは瑠美だ。
橘一哉「君の放った炎を、俺が黒龍の力で潰せば、それで良いんだろ?」
赤龍「そうだな、それができれば君を黒龍の宿主と信じよう」
穂村瑠美「・・・本当に?」
赤龍「ああ、本当だ」
穂村瑠美「・・・分かった」
瑠美は刀を構え、呼吸を整え始めた。
一哉も刀を右の脇構えに構え、態勢を整える。
瑠美の刀の紋様から、赤い火の粉が散り始める。
対する一哉も、左前腕から黒い霧が断続的に出始めた。
互いの宿す龍の力が高まってきている証拠だ。
赤龍(・・・ふむ)
この時点で赤龍は察したが、二人の立ち会いを止めようとはしなかった。
なぜなら、
穂村瑠美「────────!!!!!!!!」
言葉が炎と変じて一哉へと向かう。
橘一哉「せい!!」
前方へと振り抜かれた刃が黒い霧を纏い、炎へと食い込む。
赤と黒が混じり合い、光を放って無数の細かい粒子となって霧散した。
赤龍「見事だ」
互いに技を繰り出した態勢のまま動かない二人の間に、瑠美の腕から出てきた赤龍が割って入った。
橘一哉「ふう」
一息ついて残心を取り、一哉は刀を納めた。
穂村瑠美「・・・はあ」
大きくため息をついて肩を撫で下ろし、瑠美の方も刀を下ろす。
橘一哉「これで、信じてもらえたかな」
赤龍「うむ、信じよう」
赤龍は力強く頷いた。
赤龍「今の一撃、確かに黒龍の息吹を感じた」
赤龍「よろしく頼む」
それから暫く瑠美は赤龍と一哉から簡単に事情を聞いた。
魔族、龍、神獣、神獣使い。
〇街中の道路
穂村瑠美「大体そんな感じだったかな」
姫野晃大「なんか、すげえな」
穂村瑠美「何が?」
姫野晃大「おまえ、そんなに肝据わってたんだな」
穂村瑠美「意外だった?」
姫野晃大「かなり」
穂村瑠美「アハハ」
姫野晃大「・・・」
割と物怖じしない気丈な性格だと思ってはいたが、ここまでとは思っていなかった。
辰宮玲奈「女の子って結構強いんだから、油断しちゃダメだよ」
姫野晃大「確かにな・・・」
???「あら、みんな集まってどうしたの?」
と、そこへ輪の外から女性の声。
この場の誰もが聞いたことのある声の主は、
草薙由希だった。