第拾九話 初めての〇〇 辰宮玲奈の場合(脚本)
〇街中の道路
辰宮玲奈「私が龍使いになった日のこと?」
梶間頼子「うん」
姫野晃大「みんなはどんな感じだったのか気になって」
辰宮玲奈「う〜ん・・・」
玲奈は眉を八の字にして唸った。
梶間頼子「あんまり話したくない?」
辰宮玲奈「そんなわけじゃないけど・・・」
辰宮玲奈「あれは、ちょっとね・・・」
顔を赤らめて口籠る玲奈。
姫野晃大「無理に話さなくてもいいよ、俺が勝手に興味もってるだけだし」
辰宮玲奈「まあ、今ならカズも居ないし、いいかな・・・」
〇女性の部屋
辰宮玲奈「このっ、このっ、このっ!!」
狭い部屋の中で旋風が吹き荒れる。
家具も調度も倒れたりズレたり傾いたりしてグチャグチャになっている。
そんな部屋の壁に背中を預け、辰宮玲奈は刀を振り回していた。
とはいえ、握り方も振り方も全くなっていない。
ただただギュッと握りしめて手の内など利かせず、刃筋も立っていない。
素人そのもの。
しかし、一振りする度に風が巻き起こり、あらゆるものを吹き飛ばしている。
魔族「ええい、鬱陶しい!」
足を踏ん張り、男は何とか壁際で堪えている。
魔族「風で上着が剥がされるとは・・・!!」
布の切れ端が散乱している。
断続的に吹く風で舞い上がっては落ちていく。
白龍「落ち着いてください、玲奈」
玲奈の右腕に浮かぶ白い龍が明滅しながら語りかけるが、全く聞いていないようだ。
魔族「目覚めたばかりと侮っていたか・・・」
〇一戸建て
白龍の微かな気配を感じ、辿り着いた一軒の家。
更に感覚を研ぎ澄ましてみると、
〇女性の部屋
少女が気配の主、即ち白龍の宿主と分かった。
〇女性の部屋
龍の気配を確認して結界に引き込み、さあ仕留めようとした時、
急に風が吹き、
旋風となって男を弾き飛ばした。
???「この子をやらせはしない!」
少女の右腕から白い龍が飛び出し、少女の前に出た。
魔族「白龍・・・」
男は舌打ちした。
出てこられる程に回復しているとは。
白龍「未だ力は万全ではないが、貴様を退けるくらいは出来る!」
再び風が吹き、男に圧をかける。
白龍「玲奈、何か武器を思い浮かべて」
辰宮玲奈「ぶ、武器!?」
困惑する玲奈。
白龍「私の力を使うためには、その方が楽です」
辰宮玲奈「う、うん」
急に武器と言われても、思いつくものではない。
辰宮玲奈(あ、そういえば)
幼馴染の少年のことを思い出した玲奈は、
辰宮玲奈「ん〜・・・」
両手を前で握って重ね、イメージしてみた。
ズシリと両手に重みが現れ、
辰宮玲奈「わ、スゴ」
一振りの日本刀が玲奈の手の中にあった。
柄糸どころか金具も白く光り、更には刀身にも白光りする紋様がある。
白龍「さあ、思い切り振って」
辰宮玲奈「えいっ!!」
魔族「!!」
白龍に従い、何の躊躇もなく刀を振った玲奈の行動に男は驚愕した。
早速順応しつつあるというのか。
その風は鋭さを伴って男に襲いかかり、
魔族「ぬ、う」
肉体へのダメージは防げたが、上衣を千々に切り散らした。
〇女性の部屋
そして、この状況である。
魔族(龍の力、やはり手強い・・・)
白龍が玲奈と呼ぶこの少女、まだ順応はしていない。
ただの少女に、それほどの胆力も沈着さもあるわけがない。
無我夢中になっているだけだ。
付け入る隙を探してはいるが、龍の力が強すぎる。
中々風が途切れない。
狭い空間のまま結界に引き込んだのが失敗だった。
旋風に舞う大小様々な家具調度が障壁となって近づけない。
風に乗り近付こうとしても、その隙間が無い。
魔族(手詰まりか・・・)
万事休すかと思われたが、
〇美しい草原
「!!!!」
急に景色が変わった。
部屋から草原へ。
玲奈も男も動きが止まり、風も止まって巻き上げられたものが落下していく。
辰宮玲奈「な、何?」
魔族「誰かが結界に手を加えたか」
男の張り巡らした結界は、少女の家を取り込んだはず。
この風景は、もっと『奥』の世界だ。
魔族「誰かが手を貸しに来たか・・・?」
手こずっているのを見かねた誰かが助力に来てくれたのだろうか。
???「ああ、手を貸しにきたよ」
魔族「なんと!!」
驚く男の耳に入ったのは、更なる驚きだった。
???「白龍さん、手を貸すよ!」
声が上から響き、
???「そいや!」
魔族「ぬん!」
爪を伸ばし、男は腕を振り上げる。
硬質なものがぶつかり合う音が響き、
橘一哉「よく防いだね」
男と玲奈の間に着地したのは、刀を引っ提げた少年。
魔族「何者だ」
辰宮玲奈「カズ!?」
その少年は、玲奈のよく知る人物だった。
〇美しい草原
橘一哉「やっぱり玲奈か・・・」
振り返った少年はため息をついた。
辰宮玲奈「やっぱりって、何よ!」
魔族「貴様ら、知り合いか?」
橘一哉「ああ、お隣さんで幼馴染さ」
少年は男に向き直り頷いた。
橘一哉「おかしな気配を感じたから来てみりゃ案の定だ」
そこまで言って少年は再び玲奈へと振り返り、
橘一哉「玲奈だったのはマジで驚いたけど」
辰宮玲奈「・・・」
ムスッとする玲奈を尻目に少年は刀を男に向けて構え、
橘一哉「黒龍使い橘一哉、白龍と玲奈に加勢するぜ」
名乗りを上げた。
少年・橘一哉の左腕から黒い火の粉のようなものが舞い散る。
魔族「ちい・・・」
橘一哉「さあ、二対一だ、どうする?」
魔族「どうするも何もあるか!」
魔族「まとめて葬るまでよ!」
男の体が肥大化する。
身長が伸びて筋骨も増し、その姿は正に鬼。
魔族「フウウ・・・」
ただ身体を大きくしただけではない。
皮膚が金属的な光沢を帯びてつややかに光っている。
辰宮玲奈「これ、勝てるの!?」
玲奈が一哉を見る。
見るからに厳つい風貌、巨大な体躯。
勝てる気がしない。
橘一哉「やらなきゃやられるだけだ」
一哉はサラリと言い放ち、
橘一哉「玲奈なら大丈夫」
玲奈を顧みて笑った。
橘一哉「服一枚剥くのはできたんだろ?」
橘一哉「あとは吹っ飛ばすなり切り刻むなりすればいいだけだ」
辰宮玲奈「簡単に言わないでよ・・・」
白龍が出てきたのはつい先ほどの話。
戦い方など全く知らない。
この幼馴染の少年は、自分に何を期待しているのだろうか。
橘一哉「前衛は俺がやる」
辰宮玲奈「はい!?」
橘一哉「玲奈は白龍に力の使い方聞いて、思い切りぶちかませ」
辰宮玲奈「え〜!?」
魔族「では貴様から!」
橘一哉「来いや!」
体に力を漲らせ、男は一哉に襲い掛かる。
辰宮玲奈「どどどどうしよう・・・」
刃を交え打ち合う一哉と男の脇で玲奈がオロオロしていると、
白龍「玲奈、私の力は風です」
辰宮玲奈「!!」
玲奈の脳裏に白龍が話しかけてきた。
白龍「刃の刃筋を揃えて振りなさい」
辰宮玲奈「分かった!!」
白龍「吊るした食材を切るつもりで」
辰宮玲奈「うん」
玲奈は頷き、
辰宮玲奈「えいっ」
左から右へ、スッと刀を振ってみた。
空気抵抗が少ない分、スムーズに刀が通り、
橘一哉「うおわ!!」
慌てて身を伏せる一哉。
背後から迫る鋭い風切り音と圧力に、本能的に体が動いた。
魔族「!!!!」
魔族「ぐ、う」
男の体が揺らぎ、動きが止まる。
白龍「今です玲奈、畳み掛けて!!」
辰宮玲奈「うん!!」
白龍に促され、玲奈は立て続けに刀を振った。
刃筋が立つように、慎重に。
それは意外と楽だった。
刃の空気抵抗が最も少なくなるようにしてやれば、比較的簡単だった。
玲奈が女性で筋力に乏しく力任せが難しい点もプラスに働いたかもしれない。
鋭い風が次々と男に当たり、押し込んでいく。
橘一哉「ちょ、ちょ、ちょ、」
そんな玲奈と男の間で一哉は身を低く屈め、玲奈が繰り出す風に巻き込まれないように慎重に離脱を図る。
橘一哉「ふぅ、危なかった・・・」
玲奈の射線から無事外れることが出来、一哉はため息をつく。
橘一哉(さあ、どうする・・・?)
〇美しい草原
辰宮玲奈「コレで!」
とどめとばかりに一段と勢いを付けて一振り。
一際鋭く強い風切り音と共に烈風が放たれ、
竜巻が男を巻き上げた。
回転しながら宙に巻き上げられた男は、
態勢を立て直す事も出来ないまま地面に叩きつけられた。
ズウン、という音と共に地面が揺れる。
魔族「ぐ、う・・・」
何とか身体を起こした男の皮膚には、幾つもの罅が走っている。
橘一哉「もう少しだ、バラバラに吹き飛ばせ!!」
辰宮玲奈「ちょ、怖いこと言わないでよ!!」
一哉の言葉に思わず玲奈が反応して声を上げると、
魔族「まだまだ!!」
その隙を狙って男が玲奈に飛び掛かった。
辰宮玲奈「うぇえ!!」
反射的に玲奈が刀を掲げると、
再び強風が巻き起こり男の動きを阻んだ。
白龍「玲奈、私の力を引き出す言葉を教えます!」
辰宮玲奈「!!」
白龍の声が玲奈の脳裏に響いた。
白龍「さあ、唱えて!!」
辰宮玲奈「分かった!!」
玲奈は刀を構え直し、大きく息を吸い込む。
そして、
辰宮玲奈「────────!!!!!!!!」
玲奈があらん限りの声で叫んだ言葉は、吹き荒ぶ暴風の音にかき消された。
〇美しい草原
魔族「ぬ、う、・・・」
暴風が止んだ時、男は立っているのが精一杯だった。
全身を叩かれ、刻まれ、揺さぶられ、外側も内側もボロボロになっていた。
それでも、
魔族「はく、りゅう・・・」
足を引きずりながらも男は一歩踏み出す。
橘一哉「玲奈、止めを」
辰宮玲奈「でも、」
橘一哉「もう奴に余力は無い」
橘一哉「止めを刺すのが、せめてもの情けだ」
辰宮玲奈「できないよ!!」
橘一哉「そうか」
一哉は瞑目して刀を鞘に納め、
一瞬だった。
素早く間合いを詰め、逆袈裟に抜き打ち。
返す刀で袈裟懸けに一閃。
一哉の切りつけと同時に黒い霧が男を包み込み、霧が晴れると男の姿は消えて光の粒子が霧散していった。
辰宮玲奈「カズ・・・!?」
玲奈には信じられなかった。
いつも楽天的で笑顔の絶えない幼馴染が、躊躇いもせず、慣れた動きで男を斬った。
そして、何かの力で男を消した。
辰宮玲奈「何なの!?一体、何なのよ!?」
〇美しい草原
それから、玲奈は色々と話を聞いた。
魔族、龍、龍使い。
人類を滅ぼすべく、『向こう側』の世界から魔族が来ている。
龍は魔族に反旗を翻したが、力及ばず『向こう側』を追われて人類の世界である『こちら側』に逃れてきた。
龍は共に戦う『宿主』を求め、資質のある人間に宿り、再起の時を伺っていた。
一哉は龍使いの一人で、黒龍の宿主。
玲奈は龍使いの資質があり、白龍の宿主になっている。
辰宮玲奈「そんな、勝手に宿主にされても困るよ」
橘一哉「そりゃそうだわな」
辰宮玲奈「なんでカズは落ち着いていられるの?」
橘一哉「もう慣れた」
辰宮玲奈「慣れた?」
橘一哉「魔族は宿主を狙ってくる」
橘一哉「生きるために戦うのに必死だった」
何度も魔族の襲撃を受け、その度に討ち破り退けてきた。
辰宮玲奈「そんな事が、あったの・・・!?」
初めて知った。
一哉がそんな過酷な戦いをしているなど、全く知らなかった。
辰宮玲奈(私は、)
もう玲奈の心は決まった。
辰宮玲奈「あたしも、カズと一緒に戦う」
一哉を放ってはおけない。
自分も龍使いになったのは、このためだと玲奈は確信した。
しかし、
橘一哉(・・・)
一哉としては些か複雑なものがあった。
橘一哉(玲奈が、か・・・)
共に戦う仲間が親しい間柄の人間というのは、心強い一方で不安もある。
身内が戦いに巻き込まれるというのは、あまり気持ちの良いものではない。
橘一哉(でも、)
そんな事は言っていられない。
選ばれてしまったのだ。
自分たちにしか出来ない戦いに。
〇美しい草原
橘一哉「じゃあ、いっちょ腕試しといこうか」
辰宮玲奈「腕試し?」
橘一哉「さっきの技、使ってみなよ」
そう言って一哉は少し玲奈から離れて向かい合った。
辰宮玲奈「別に良いけど」
玲奈が横を向こうとすると、
橘一哉「待って待って、こっち向いて」
一哉が引き止めた。
辰宮玲奈「え?」
橘一哉「こっちに向かって打ってみて」
辰宮玲奈「え?」
玲奈は自分の耳を疑った。
橘一哉「だから、俺の方に打ってみて」
辰宮玲奈「はあ!?」
流石に玲奈も驚いた。
辰宮玲奈「危ないよ?」
危ないどころの話ではない。
男〜魔族〜をズタズタにしたのだ。
屈強な体躯にあれ程のダメージを与えたのだから、普通の体躯ではどうなるか。
橘一哉「大丈夫だって」
一哉は笑って答え、
橘一哉「俺にはコイツがある」
帯に差した刀と左腕の龍の痣を見せる。
辰宮玲奈「うーん・・・」
唸る玲奈に、
白龍「大丈夫、彼なら受けきれます」
白龍が後押しした。
辰宮玲奈「・・・分かった」
渋々といった様子で玲奈は頷くと、刀を構えて深呼吸して意識を集中し、
辰宮玲奈「──────!!!!!!」
先程と同じ、呪文を叫んだ。
橘一哉「うえ!?」
何の予告もなく放たれた必殺の烈風に一哉は驚いたが、
橘一哉「ふっ!!」
それは顔と声だけ。
身体はしっかり反応して刀を抜き打ち、
黒い霧が烈風を押し留めて旋風に変え、
共に光の粒子へと変じて霧散した。
辰宮玲奈「わあ・・・」
目を丸くする玲奈。
橘一哉「おお・・・」
一哉も同じ反応だった。
橘一哉「こういうのは初めて見た・・・」
辰宮玲奈「初めてなの?」
橘一哉「うん」
白龍「互角でしたね」
白龍が顔を出してきた。
橘一哉「いきなり来て驚いたからかな」
白龍「それでしょうね」
一哉の集中力が足りなかったのだろう。
橘一哉「じゃあ、また明日」
一哉は刀を納めるとクルリと踵を返し、
橘一哉「ちゃんと寝なよ」
姿を消した。
〇女性の部屋
辰宮玲奈「あ、元に戻ってる」
気がつけば草原は玲奈の部屋に戻っていた。
辰宮玲奈「全部元通りだ・・・」
あれだけ乱れた部屋の中も、何事も無かったかのように元通りになっている。
辰宮玲奈「カズに聞いてみるしか無いね」
詳しい事は、明日一哉に聞けば良いだろうと楽観的に考えてベッドに腰掛けた玲奈だったが、
辰宮玲奈「ん・・・」
急に眠気がやってきた。
ゆっくりと身体が傾いていき、
辰宮玲奈「zzz・・・」
そのまま身体を横たえて眠ってしまった。
〇街中の道路
辰宮玲奈「色々有りすぎて大変だったなぁ」
辰宮玲奈「それに、カズの別の顔が分かってびっくりしたんだよね」
姫野晃大「あ、そうか」
姫野晃大「辰宮さんと橘って幼馴染なんだっけ」
辰宮玲奈「そう」
玲奈は頷く。
辰宮玲奈「家も隣同士なんだよ」
辰宮玲奈「なのに、カズがあんなことしてるなんて全然知らなかった」
玲奈の顔が曇る。
???「玲奈、遅れてゴメン」
姫野晃大「お?」
晃大にとっては聞き慣れた声がした。
穂村瑠美「あ、コウもいる」
晃大の幼馴染で赤龍使い、穂村瑠美がやって来た。