第拾陸話 初めての◯◯ 古橋哲也の場合(脚本)
〇電器街
古橋哲也「へえ、そんな感じだったんだ」
姫野晃大「そうそう、いきなり窓にヌゥって」
哲也と晃大は街中を歩いていた。
今日は土曜日。
お互い部活も無く、折角だから遊びに行こうということになった。
古橋哲也「びっくりしたでしょ」
姫野晃大「そりゃそうさ」
姫野晃大「律儀に窓まで開けて来てさぁ」
姫野晃大「鍵掛かってたのに、強引に開けたから鍵が壊れちゃって」
過ぎた今では笑い話だが、魔族との初遭遇はトラウマになっても不思議ではない。
古橋哲也「魔族の行動ってさ、冷静に考えると結構ツッコミ所あるよね」
姫野晃大「だよな」
こうして笑い話にできるのは、仲間がいるという安心感もあるのだろう。
姫野晃大「ところでさ、」
古橋哲也「何?」
姫野晃大「哲也が龍使いに覚醒したのって、いつ頃なんだ?」
古橋哲也「僕が?」
姫野晃大「そう」
古橋哲也「たしか、去年だったかな・・・」
〇白い校舎
中学生だった頃、哲也はサッカー部だった。
三年生の一学期、最後の大会に向けて部員たちは練習を重ねていた。
そんなある日。
古橋哲也「あ」
紅白に分かれて練習試合をしていた最中の出来事だった。
ボールがコート外に出た。
自分が一番近かったので取りに行き、戻ろうと振り返った時、
古橋哲也「・・・あれ?」
誰もいなくなっていた。
同じサッカー部員だけではない。
陸上部も、野球部も、グラウンドで練習していた全ての部員が忽然と姿を消していた。
古橋哲也「・・・静かだ・・・」
テニスコートのある方角からも、掛け声や球を打ち返す音が聞こえてこない。
校舎の方から聞こえてくるはずの、吹奏楽部の奏でる音や合唱部の声も、全く聞こえてこない。
古橋哲也「・・・何かのドッキリかな?」
などと暢気なことを考えていると、
古橋哲也「!!」
妙な感覚がして、手にしていたボールを取り落とした。
???「気を付けろ」
脳裏に声が響く。
古橋哲也(気を付ける、って、何に・・・?)
???「来るぞ!!」
同じ声が、先程よりも強く響いた。
〇白い校舎
空が一瞬で暗くなった。
古橋哲也「!?」
古橋哲也「あっつ!」
急に地面が揺れ、同時に右の前腕が熱を帯びる。
自然と右腕が持ち上がり、それに導かれるようにして土は更に盛り上がって哲也の周りに壁を作り出した。
???「龍に先手を打たれたか」
壁の外から声がした。
古橋哲也「誰だ!!」
???「知る必要はない」
古橋哲也「!!」
土の壁に穴が空き、
鋭い爪が伸びてきた。
古橋哲也「うわ!」
紙一重で躱す哲也。
古橋哲也「な、な、」
一体何なのだ。
腕が引っ込み、
魔族「紙一重でかわしたか」
男がこちらを見ていた。
古橋哲也「なんだ、あんたは!!」
声を上げる哲也。
声を上げることしかできなかった。
四方は土の壁。
唯一空いている所には男が立ちふさがり、こちらを見つめている。
鋭く、冷たい、殺意に満ちた瞳で。
古橋哲也(一体どうすれば・・・)
逃げ場が無い。
???「私を使え」
古橋哲也「!?」
右腕から声がした。
思わず自分の右腕を見る。
古橋哲也「!!」
古橋哲也「これは・・・!!」
ジャージの袖越しに、自分の右前腕が光を放っている。
魔族「黄龍め・・・」
男の顔が険しくなる。
黄龍「私は黄龍。訳あって君の体を借りている。私の力を使え」
古橋哲也「使えって言っても、どうすれば」
魔族「死ね!」
地を蹴り飛びかかる男だったが、
魔族「ぐおぉっ!!」
壁の一部が崩れ落ちて次々と男に激突し、男は埋もれていった。
黄龍「一旦離れろ!」
黄龍の声が聞こえる。
哲也の後ろの土壁が開いた。
古橋哲也「!!」
哲也は慌てて走り出す。
魔族「待てい!!」
古橋哲也「嘘お!?」
早かった。
そして速かった。
落石を押し退け、男が哲也に迫る。
黄龍「早いな!!」
黄龍にとっても予想外だったらしい。
あっという間に男は哲也との間を縮めていく。
黄龍「右手を地に着けろ!!」
古橋哲也「!!」
言われるがまま、哲也は足を止めて右手を地に着けた。
古橋哲也「っつ!!」
熱いような痺れるような刺激が、哲也の右手を走る。
魔族「!!!!」
幾つもの土の柱が飛び出し、男を遮った。
黄龍「素手のままでは危険だ、武器をイメージしろ」
古橋哲也「武器?」
黄龍「そうだ、何でも良い」
古橋哲也「武器・・・」
とりあえず手に何かを持つことをイメージしてみる。
黄色っぽい靄が哲也の手に集まって次第に形になっていき、
古橋哲也「これで、いいのかな?」
黄龍「勿論、充分だ」
哲也の手には一振りの日本刀が握られていた。
柄巻の糸や鍔の色は、ややくすんだ黄色。
哲也の右腕に宿る龍、黄龍と同じ色だ。
黄龍「これで、私の力を使うのも楽に出来るはずだ」
古橋哲也「そういうことなら、」
哲也は男に向けて刀を構える。
黄龍「我が名は黄龍 土の黄龍 土を操り大地を形成すものなり」
黄龍の声が哲也の中に響き渡る。
古橋哲也(・・・そうか)
そして哲也は理解した。
黄龍の力、如何にして用いるべきか。
古橋哲也「せっ!!」
哲也は刀を逆手に持ち替え、地面に突き刺す。
そして、
魔族「うおぉっ!!」
土が盛り上がり、龍の頭の形となって男を飲み込んだ。
古橋哲也「やったか・・・?」
土の龍が崩れて元の地面に戻った時、そこに男の姿は無かった。
衣類も、血液も、身体も、あらゆる痕跡が消え去っていた。
黄龍「見事だ」
どうやら男を倒すことができたようだ。
古橋哲也「ふう・・・」
大きく溜め息をつく哲也だったが、
黄龍「まだ気を抜くには早いようだ」
古橋哲也「え?」
〇白い校舎
古橋哲也「・・・あれ?」
敵を倒して元に戻るかと思ったら、未だに空は暗いまま。
黄龍「結界を張り直した奴がいるらしいな」
古橋哲也「結界?張り直し?」
哲也が首を傾げていると、
???「黄龍使い、お手前拝見!」
突如として響き渡る声。
黄龍「上だ!」
黄龍が声を上げた。
古橋哲也「このっ!!」
再び刀を地面に突き刺す哲也。
土の柱が上へと伸びていき、
古橋哲也「!!!!」
止まった。
哲也がその高さで止まるようにしたわけではない。
黄龍「なんと!!」
黄龍が驚愕するということは、黄龍が止めたわけでもない。
何か煌めくものが見えたが、
橘一哉「中々どうして、やるじゃないの」
土の柱の上に、一人の少年がいた。
着ているのは道着に袴。
手にした刀を柱に突き刺し、片膝を着いて柱の上でしゃがんでいる。
光ったのは少年の刃だったのだろう。
古橋哲也「誰だ!!」
橘一哉「俺は黒龍使いの橘一哉」
古橋哲也「橘・・・?」
聞き覚えがある。
古橋哲也「もしかして、剣道部の橘くん!?」
剣道部の団体戦では負け回避要員にして、彼が勝てば団体戦での勝ちは確定するという噂の名剣士。
橘一哉「御名答」
数日前の朝礼の時、剣道部男子団体戦優勝の表彰を季節にそぐわぬ汗だくの姿で受けていたのが記憶に残っている。
彼は部長ではないが、昇段審査には最も早く合格しており一目置かれているのだとか。
橘一哉「で、君は」
古橋哲也「僕はサッカー部の古橋哲也」
橘一哉「じゃあ、てっちゃん、でいいかな?」
古橋哲也「ああ、いいよ」
橘一哉「よし、それじゃあ哲ちゃん、ちょっと腕試ししようか」
古橋哲也「何で!?」
どこをどうすればそんな話になるのか。
黄龍「そうか、黒龍の力で止めたのか」
橘一哉「正解」
古橋哲也「黒龍?」
黄龍「哲也、その少年は君と同じで龍の宿主だ」
黄龍「彼が宿すのは闇を司る黒龍」
黄龍「その特性は、あらゆるものを『止める』ことにある」
古橋哲也「闇・・・止める・・・」
橘一哉「解説ありがとう、黄龍」
橘一哉と名乗った少年は土の柱から飛び降りると、
橘一哉「さあ、腕試しだ」
刀を中段に構えた。
古橋哲也「待って、待って待って!」
一哉は剣道部で、哲也はサッカー部。
二人の武器は共に日本刀。
腕前の優劣は明らかだ。
橘一哉「大丈夫、撃ち合いと切り合いは違うから」
橘一哉「それに、これは神獣使いの戦いだ」
橘一哉「属性の使い方も、大事になってくる」
言うが早いか一哉は間合いを詰める。
古橋哲也「ああ、もう!!」
地に刺したままの刀に力を込めると、土の刺が二人の間を遮るように伸びた。
橘一哉「そう、コレだ!!」
一哉は次々と伸びる棘を切り払い、再び間合を取った。
橘一哉「んじゃ、最近練習してる新必殺技を出しますかね」
橘一哉「都合よく道着も来てることだし、丁度いいや」
そう言って一哉は刀を一旦鞘に納めた。
古橋哲也(居合、か・・・?)
刀を素早く抜き放つ技術があるのは哲也も知っている。
しかし、哲也が聞いたことがあるのは相手が切りかかってきた時の対応の仕方としての居合。
いわゆる『後の先』、カウンターだ。
古橋哲也(居合で先手が取れるのか?)
分からない。
しかし、一哉は居合を使う気だ。
古橋哲也(どう仕掛ける・・・?)
下手に力を使えば、一哉に大怪我を負わせることになってしまう。
古橋哲也(彼が来ないように、それでいて、体勢を崩せれば)
古橋哲也(・・・よし、)
初手の方針が決まった。
あとは、隙を窺うだけ。
橘一哉(・・・へえ)
一哉の方も、哲也の変化に気付いた。
目付きが違う。
迷いが無い。
橘一哉(・・・それなら)
一哉の身体がやや前傾する。
まるで獲物に飛びかかるタイミングを窺う獣のようだ。
鍔に親指を掛け、いつでも抜き打てる準備をしておく。
古橋哲也(・・・いつでも、来い)
互いに隙を窺い、張り詰めた空気が流れる。
と、その時。
古橋哲也「!!」
一哉の姿が消えた。
刀だけを残して。
黄龍「下だ!!」
黄龍の声が脳裏に響く。
古橋哲也「下!?」
目をやれば、一哉は腰を低く落として上体を伏せる体勢になっている。
刀は既に半ば以上が鞘から出ている。
古橋哲也「くそっ!!」
慌てて刃を地面に突き刺し、黄龍の力『龍気』を地面に通す。
地面が揺れて盛り上がるが、
古橋哲也「!?」
タイミングがずれた。
一哉の立っていた場所の地面を崩すことはできたが、その時にはもう一哉は元の立ち位置から動いていた。
古橋哲也「!!」
刀を自分の側に傾け、自分の目の前で龍気を纏った土が盛り上がるイメージをする。
ギイン、と金属音が響き、
古橋哲也「!!」
哲也の手が痺れる。
抜き打った一哉の太刀が哲也の刀と交差していた。
一哉の一閃が哲也の刀に当たったことで黒龍の力が黄龍の龍気を遮り、攻撃を封じたのだ。
「・・・」
二人はしばし睨み合う。
一旦間合を取るか、それとも近接戦に移行するか。
互いの動きと龍気を読みながらの静かに張り詰めた時間は、長くは続かなかった。
一哉が先に後退して間合を取り、
橘一哉「いや、お見事」
刀を鞘に納めた。
古橋哲也「もう、いいのかい?」
哲也が訊ねると、
橘一哉「ああ、充分だよ」
一哉は笑顔で頷いた。
橘一哉「これだけ語れりゃ充分さ」
それじゃあまたね、と言い残して一哉は姿を消した。
古橋哲也「何アレ」
黄龍「縮地だな」
黄龍「地脈を使った瞬間移動だ」
古橋哲也「へえ・・・」
〇電器街
古橋哲也「とまあ、こんな感じで」
古橋哲也「魔族と初めて戦ったのが、カズとの出会いでもあったんだ」
姫野晃大「あいつ、俺だけにやってたわけじゃないんだな・・・」
覚醒直後の龍使いを襲撃するのは何かの儀式なのだろうか。
古橋哲也「本人曰く、『武で語る』らしいけど」
姫野晃大(全く同じか・・・)
晃大の時と全く同じことを言っていたようだ。
姫野晃大「その時は何か分かったのか?」
古橋哲也「いや、全然」
哲也は首を横に振った。
姫野晃大「だよなぁ」
突然すぎるし急すぎるし、理解できるはずがない。
古橋哲也「でも、気は解れたかもしれない」
姫野晃大「それはあるかもな」
思い返せば、晃大も一哉と刃を交えた事で、魔族と戦った後の気の高ぶりが落ち着いたように思える。
古橋哲也「案外、それを狙ったのかもね」
姫野晃大「どうだろうなぁ」
姫野晃大「で、何で斧を使ってるんだ?」
古橋哲也「一言で言うなら属性との相性だね」
姫野晃大「すぐに変えたのか?」
古橋哲也「いや、少し時間が掛かったよ」
話を続けようとした哲也だったが、
古橋哲也「・・・ん?」
何かに気付いた。
姫野晃大「どうした?」
晃大が哲也の目線を追ってみると、
古橋哲也「飯尾くんがいる」
哲也が呟く。
本屋の前に佳明がいた。