第拾四話 再戦(脚本)
〇中庭
一哉は足を開いて腰を落とし、体を前傾させた体勢をとる。
刀は出していない。
出した所で、今の状態では両手持ちでも保持できるだけの力が入らない。
第一、意識しないと五指もろくに動かせないのだ。
そんな状態なので、両腕は手首を腹の前で交差させている。
都筑恭平「なんだ、刀は使わないのか?」
橘一哉「お前のお陰で、持てる状態じゃないからな」
都筑恭平「・・・へえ」
回復はしたが、まだ毒は効いているようだ。
草薙由希(本当に大丈夫なの・・・?)
思ってはいても、由希は口には出さない。
今の一哉は、戦闘に集中しきっている。
やめろと言われても決して引き下がらない。
手を前に下ろした前傾姿勢は、どことなく獣を思わせる。
獲物に飛びかかる寸前の獣のような体勢こそ、彼の意識の現れだ。
今の一哉には、天蛇王しか見えていない。
飯尾佳明(アイツ、)
先ほどの出来事を佳明は思い出していた。
飯尾佳明(鞭剣を素手で受け止めやがった)
佳明の武器は鈍器だから、理屈の上では可能だ。
だが、単なる物質ではなく龍の力が宿った武器である。
龍気の宿ったものを素手で止めたのだから、無傷ではないだろう。
飯尾佳明(やっちまったかな・・・)
突発的なアクシデントとはいえ、同士討ちが起きてしまったのはマズかったかもしれない。
〇中庭
橘一哉(どうしたものかな・・・)
啖呵を切って対峙したものの、一哉は初手をどうするか迷っていた。
剣術を補う意味で素手での戦い方は黒龍から仕込まれてはいる。
それはあくまでも剣技を補うためのものだ。
素手でも剣術と同じ要領で動くことは意識している。
しかし、足技主体の戦い方は経験がない。
しかし、毒という枷を打ち込まれて剣技も手技も封じられた今の自分が使えるのは、この二本の足しかないのだ。
橘一哉「そいや!!」
先手は一哉。
回し蹴りを放つ。
都筑恭平「はっ!!」
バグナクを着けた手で払おうとする天蛇王に、
橘一哉「せっ!!」
一哉は軸足を蹴り上げて天蛇王の手を狙う。
都筑恭平「っ!!」
咄嗟に手を引っ込める天蛇王。
一哉は着地すると間合を取り、二人は再び睨み合う。
都筑恭平「足癖悪いな、お前」
連続蹴りを放つとは正直驚いた。
都筑恭平(素人じゃ、無いみたいだな)
橘一哉「こちとら通常営業だ、残念だったな!」
攻め立てる一哉。
体捌きも利用して位置を細かくずらしながら隙を狙う。
橘一哉「剣術は大好きだし得意だが、それだけじゃないんでね!」
都筑恭平「クソッ・・・」
想定外だ。
素手での戦いも手強いとは。
天蛇王も拳法の心得があるが、ここまで器用に足技を使う相手には出会ったことがない。
手技と同じように足技を操っている。
最大の弱点である両腕を狙いたくても、身体にピタリと寄せているために中々手が届かない。
その上、前後左右に体を振り、伏せたりもして回避しながら巧みに死角に入り込んでくる。
都筑恭平(本質は剣術か・・・)
その動きは、彼が手に得物を持っていれば相手を仕留めることができる動き方だ。
加えて、一哉の蹴りは速く、鋭い。
重さよりも鋭さが目立つ。
剣の代わりに足を振るっているような印象だ。
都筑恭平「そんなに足をビュンビュンされるとなぁ、」
天蛇王は蛇行剣を素早く逆手に持ち替え、
都筑恭平「ぶった斬るぞ!」
狙うは一哉の足首の腱。
橘一哉「う、お!」
慌てて足の向きを変えて膝を曲げる。
片足立ちになった一哉に、
都筑恭平「オラ!」
膝の真下目掛けて刃を向ける。
橘一哉「この!!」
一哉は体を倒す勢いで腕を叩きつけた。
都筑恭平(かかった!!)
手首を返し、蛇行剣の柄頭を振り下ろされた一哉の右手へと向ける。
僅かに位置をずらして狙いを調整する。
橘一哉「えあっ!」
一哉も咄嗟に右手に力と龍気を込める。
とても生身がぶつかったとは思えない音が鳴り響き、
都筑恭平「ぐっ!!」
橘一哉「くうっ!!」
歯を食いしばって耐える二人。
〇中庭
草薙由希「何、今の・・・」
由希は自分の目と耳を疑った。
一哉の手が天蛇王の蛇行剣の柄頭に当たった瞬間、とんでもない音がした。
そして、自分の目が確かならば、
草薙由希(獣、いえ、龍の手・・・?)
一哉の手が、一瞬ではあるが人間ではないものの形に見えた。
その異形の手が、口を開けて上に飛び上がろうとした蛇を押さえつけたように見えた。
草薙由希(まさかね・・・)
見間違いだろう、と由希は己に言い聞かせる。
草薙由希(どっちも人間同士だもの)
黒龍使いの橘一哉。
蛇使いの天蛇王。
神獣使いの二人は人間のはずだ。
〇中庭
橘一哉「くっ・・・」
都筑恭平「こいつ・・・」
歯を食いしばり、
橘一哉「痛えじゃねえかコノヤロウ!」
都筑恭平「それはこっちのセリフだバカヤロウ!」
睨み合う二人。
都筑恭平「腕が使えねえのはフェイクか!」
橘一哉「そう見えたなら、お前の目は節穴だな」
都筑恭平「何ィ!?」
橘一哉「どうだ、見てみろ、この腕!」
ぎこちない動きで一哉は袖を捲り上げる。
橘一哉「バッチリ効いてんだよ、てめえの毒は!」
橘一哉「得物なんざ持てやしねえ!!」
都筑恭平「お、おう・・・」
一哉の剣幕に天蛇王は若干引いた。
橘一哉「だから手技は使いたくなかったのに!」
都筑恭平「勝手に使ったのはテメェだろうが!」
橘一哉「使わせたのはそっちだろ!」
どちらからともなく動き出し、再び激しい応酬が始まる。
飯尾佳明(戦いというより喧嘩だな、こりゃ)
ナイフ術又は小太刀術対蹴り技という世にも珍しい組み合わせではある。
〇中庭
橘一哉「オラオラそらそら!」
都筑恭平「っ・・・!!」
通常であれば、武器持ちの方が有利なはずである。
しかし、蛇行剣を持ちバグナクを着けている天蛇王の方が押されていた。
橘一哉「だああっ!!」
とにかく、一哉の手数が多い。
立っての蹴りだけではない。
飛んだり、伏せたり、時には地に手を着いて逆立ちしたり。
縦横無尽に足を振り回し、天蛇王に隙を与えない。
草薙由希(こんなに動けるなんて)
一体どこで習い覚えたのだろうか。
都筑恭平「っ!!」
一哉の蹴りが天蛇王の右手に当たった。
都筑恭平「ぐうっ!!」
蛇行剣を取り落とすまいと堪える天蛇王に、
橘一哉「はあぁっ!!」
一哉が追い打ちをかける。
都筑恭平「!!」
天蛇王の左手が弾かれ、
橘一哉「ふっっ!!」
一哉の蹴りが天蛇王の顎を捕らえた。
都筑恭平「あ・・・」
気の抜けるような声を漏らし、天蛇王が崩れ落ちる。
橘一哉「ふう・・・」
足を地に下ろして腰を落とし、大きく一息つく一哉。
草薙由希「終わった、の・・・?」
飯尾佳明「やりやがった・・・」
佳明は信じられないといった顔で一哉と天蛇王を交互に見る。
橘一哉「俺の勝ちだな、天蛇王」
〇中庭
橘一哉「これで一段落、と」
軽く屈伸する一哉。
橘一哉「足技限定は初めてだったな」
周囲が薄暗くなり始めている。
結界が解け始めているのだ。
草薙由希「カズ、大丈夫?」
橘一哉「・・・やばいっす」
口調は軽いが、表情は重い。
由希が一哉の制服の袖をまくると、
草薙由希「さっきよりもひどくなってるじゃない!」
あれだけ激しく動き回れば気血の巡りも早い。
毒の回りも促進されてしまったのは想像に難くない。
草薙由希「そのままにしてて」
由希は未だ残る傷口の一つに右手を添えて意識を集中する。
草薙由希「流れ流れて淀みを流し、清め清めて穢れを祓う・・・」
神気発勝。
水を司る青龍の龍気を傷口から流し込み、毒気を清めて浄化する。
龍気を利用した治癒術だ。
草薙由希「どう?少しは楽になった?」
橘一哉「うん、ありがとう、由希姉」
完治とまではいかないが、不快さはかなり減っている。
黒龍の属性を併用すれば、傍目には何の問題もないように見えるだろう。
あとは自然回復を待てば良い。
草薙由希「あんまり無理しないでよ」
飯尾佳明「得物も無しに渡り合うなんて、出来るのはお前ぐらいだろうな」
〇高い屋上
そして昼休み。
辰宮玲奈「はい、これ、お弁当」
橘一哉「うわ、すげえ」
玲奈が出してきたものを見て一哉は驚きの声を上げた。
辰宮玲奈「食べきれなかったら、部活の後のおやつにすればいいからね」
梶間頼子「こうして見てみると壮観だねえ」
ぎっしりと隙間無く詰め込まれた大量の唐揚げ。
下の重には俵型で一口サイズのおにぎりが、これまたぎっしり。
辰宮綾子「頼子が帰った後、私も手伝ったんだ」
橘一哉「綾姉も?」
辰宮綾子「そうだ、心して食えよ」
今日は珍しく玲奈の姉の綾子も一緒だ。
昨夜の奮闘が気になって様子見に来たらしい。
橘一哉「それは、ちゃんと食べなきゃ罰が当たるな」
辰宮玲奈「残してもいいからね」
辰宮玲奈「部活終わりのおやつにするから」
橘一哉「そいつは有り難いな」
一口サイズだから、部活の後の空きっ腹には丁度良い。
橘一哉(完食しろとか言われなくてよかったぁ・・・)
半分くらいは部活終わりのおやつに回すことになりました。
〇校長室
都筑恭平「なんだよ、なんなんだよ、アイツは!」
理事長「落ち着きたまえ」
理事長「一体どうしたというんだ?」
天蛇王が少しでも落ち着きを取り戻せるように、男はゆっくりと、穏やかな口調で問い掛ける。
都筑恭平「どうもこうもあるか!」
都筑恭平「黒龍使いだよ!奴は本当に人間なのか!?」
天蛇王は事の顛末を洗いざらい話した。
一哉が蛇行剣に対して素手を当てようとしたこと。
天蛇王の顎を、刀で『刃筋を立てて』『殴った』こと。
毒で自由の利かない腕を使って、蛇行剣を持ち蛇の気を纏った手を止めたこと。
龍の力を宿した武器を使わず、足技だけで天蛇王を破ったこと。
理事長「なんと、まあ・・・」
これには男も目を丸くした。
都筑恭平「黒龍使いは覚醒が早い分、龍と宿主がよく馴染んでるのは知ってたさ」
都筑恭平「けどな、あそこまで人間離れしてるなんて聞いてねえぞ!」
一流の〇〇、という言葉では片付けられないような腕前の持ち主だった。
都筑恭平「あれは、もう、人間じゃねえ」
ギリ、と奥歯を噛みしめる音が聞こえた。
都筑恭平「奴は、むしろ、魔族だ」
理事長「魔族、か・・・」
瞑目した男は、十数年前の出来事を思い出していた。
都筑恭平「心当たりがあるのか?」
理事長「あるにはある」
男は天蛇王の言葉に頷いた。
理事長「だが、まさかな・・・」
都筑恭平「何を知ってる?」
理事長「ある一族の、顛末だよ」