龍使い〜無間流退魔録外伝〜

枕流

第拾伍話 出会い(脚本)

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〇校長室
  天蛇王との戦いから数日後。
  その日、一哉は理事長室に呼ばれていた。
橘一哉「失礼します」
理事長「こんにちは、橘くん」
理事長「こうして会うのは初めてだね」
橘一哉「はい」
理事長「まあ座りなさい」
  理事長に促され、一哉はソファに座った。
理事長「君の名剣士ぶりは聞き及んでいるよ」
理事長「『不敗の引き分け名人』『負け回避要員』・・・」
  一哉の異名が、理事長の口から出てくる。
理事長「気になって調べてみたが、中学生の頃から有名人じゃないか」
橘一哉「いやあ、大したもんじゃ無いですよ」
  はにかむ一哉。
理事長「今日は、君に頼みたい事があってね」
橘一哉「俺に?」
理事長「そう」
  理事長は頷いた。
橘一哉「見ず知らず同然の俺にですか?」
理事長「私は君のことをよく知っているよ」
理事長「部活に励む君を、こっそり近場で拝見したこともある」
橘一哉「え?」
理事長「生徒たちの事を少しでも知りたくてね」
  理事長は、ここで一つ秘密を明かした。
理事長「ただ見て回るのではつまらないからね」
  理事長などというお偉いさんが来たのでは、生徒も教師も緊張したり萎縮してしまう。
  それでは、生徒達の素の姿を見ることなど出来ない。
理事長「実は、用務員のフリをして校内を回っているんだ」
橘一哉「それって、まさか!」
  理事長の言葉を聞いた一哉はハッとした。
理事長「もしかして、気付いていたのかな?」
  確かに、一哉には思い当たる節があった。
橘一哉「あの掃除が下手くそな用務員のおっちゃん!?」
理事長「!!!!!!」
  場の空気が凍り付いた。
橘一哉「身のこなしがド素人くさくて」
  思い出した様子と、
橘一哉「高齢者の再雇用なのかなぁ、慣れないだろうに大変だなぁ、って思ってました」
  思った通りの事を口にする一哉に対し、
理事長「・・・」
  理事長は愕然とした顔をしている。
「・・・・・・・・・」
  気まずい沈黙が流れる。
理事長「・・・そうか・・・そうかぁ・・・」
  理事長は震える声で呟き、ガックリと肩を落として項垂れている。
  相当ショックだったらしい。
橘一哉「ああすいません、それで用件って何ですか?」
理事長「そうそう、それなんだがね、」
  理事長は顔を上げ、話を再開した。
理事長「孫娘に会ってほしいんだ」
橘一哉「お孫さんに?」
理事長「ああ」

〇可愛い部屋
  少女は、真っ暗な部屋の中でベッドの上にうずくまっていた。
安曇紗那「・・・・・・・・・」
  ヘッドフォンをつけ、パーカーのフードを目深に被り、瞳を閉じて。
安曇紗那「・・・・・・・・・」
  いつからだろう、世界が怖くなったのは。
  色とりどりに輝いて、色んな声が鳴り響いて。
  止まること無く変化していく様子は、片時も目が離せなかった。
  眩しくて、楽しくて、刺激的で。
  でも、皆が見ている世界は自分が見ている世界とは全然違っていたのだと、ある時気が付いた。
  植物の声も、蝙蝠の声も、皆には聞こえないのだという。
  虹の色は無限のグラデーションではなく七色だという。
  あらゆるものは不断の変化をしているのに、そんなに目まぐるしく変わらないという。
  自分の感覚と周囲の人間の話す世界が、あまりにもかけ離れていた。
  見えているのに、聞こえているのに、皆は口を揃えて『違う』という。
  じゃあ、自分が感じているものは何?
  感じるもの全てが間違っているというの?
  少女は、いつしか自分を信じられなくなった。
  感じたくないのに否応無く感じてしまい、世界が怖くなった。
  そして今は、こうやって部屋に引きこもっている。
  目を閉じ、耳を塞ぎ、心を殺して、唯只管にじっとしている。
  これが、自分を護る唯一の方法だから。
安曇紗那「だれ?」
  少女は他人の気配を感じ取った。
  伝わる僅かな軋みは、二人分の足音だ。
  僅かに震える空気は、二人分の呼吸だ。
  部屋の外に人が二人いる。
  一つは祖父だ。
  もう一つは、多分、お客さん。
  足遣いに躊躇いがある。
  ドアの真ん中より少し上のあたりが振動した。
安曇紗那「どうぞ」
  ガチャリ、とドアが開く。
  少女は入ってきた光に目を細めた。
理事長「紗那、少し、お話をできるかな?」
  祖父と一緒にいたのは、
橘一哉「こんにちは、安曇紗那さん」
  安曇紗那より幾つか年上と思しき少年だった。

〇校長室
理事長「君の、いや、黒龍の力を貸してほしい」
橘一哉「あんた、何者だ」
  一哉は腰を浮かせて左手に刀を出現させる。
理事長「魔族の一人、とだけ言っておこう」
理事長「『向こう側』から『こちら側』を狙う動きも、神獣達の動きも、ある程度は把握している」
  理事長の顔色も声音も、普段と何ら変わった様子は無い。
橘一哉「なら、色々と聞きたいことがある」
橘一哉「事と次第によっては、」
  一哉は鯉口を切ったが、
理事長「まぁ待ちたまえ」
  理事長が手を上げて制した。
理事長「今は君と事を構える気はないよ」
理事長「同胞として、孫娘を病から救ってやってほしいのだ」
橘一哉「孫娘を?救う?」
  怪訝な顔をする一哉。
理事長「そうだ」
  理事長は頷いた。
理事長「孫娘は生まれつき感覚が過敏でね」
橘一哉「『HSP』ってやつですか?」
理事長「医師の診断では一応、な」
橘一哉「一応?」
理事長「孫娘のそれは、一般的なHSPの範疇を遥かに超えている」
理事長「視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、霊感」
理事長「その全てにおいて、人間が決して感じ取れないような範囲のものすら感じ取る」
理事長「その上、精密なセンサーですら判別できないような微細な変化や差異を感じ取る」
橘一哉「それって、」
  HSPという言葉で括るには余りにも敏感で繊細に過ぎるのではないか。
理事長「あの子にとって、世界は余りにも変化に満ち満ち過ぎている」
理事長「せめて自分の部屋の中くらいは安心して暮らせるように、と色々工夫を凝らしてはみたのだが、」
  防音、断熱、遮光といった考えうる限りの刺激低減対策を家屋や部屋に施してはみたのだが、
理事長「かえって部屋から出てくることができなくなってしまった」
  中と外の刺激の差が出たことで、部屋の外に出ることを余計に躊躇うようになってしまったのだという。
  今や部屋から出てくるのはトイレに行く時と気が向いた時にする入浴の時だけ。
橘一哉「・・・・・・」
  一哉はしばし黙考し、
橘一哉「そういうことなら、提案に乗りましょう」
  理事長の頼みを聞くことにした。
橘一哉「あなたがどういう立場なのか、それも今は置いておきます」

〇豪華なリビングダイニング
理事長「わざわざすまないね、紗那」
  三人は居間で向かい合っていた。
橘一哉(これは・・・)
  紗那の様子は明らかにおかしい。
  この居間は何の変哲もない、ごく普通の家屋の居間のはず。
  なのに、紗那は苦しそうな様子をしている。
  必死に耐えて、平静を取り繕っている様子が手に取るように分かる。
安曇紗那「この人は?」
橘一哉「橘一哉です。よろしく」
  一哉が手を差し出すと、
安曇紗那「!!!!」
  紗那は理事長にしがみついて背後に隠れようとする素振りを見せた。
理事長「すまない、この子は極度の人見知りでね」
  理事長は紗那の手を優しく握り、もう一方の手でゆっくりと背中を撫でる。
橘一哉「そうなんですか」
  一哉は出した手を引っ込めた。
安曇紗那「・・・ごめんなさい」
  消え入りそうな声と共に紗那は目を伏せる。
橘一哉「いいんだよ、気にしないで」
  余計な不安を抱かせないように、なるべく穏やかに話しかけて一哉は微笑む。
理事長「どうだい紗那、少し落ち着いたかな?」
安曇紗那「・・・うん」
  紗那は小さく頷き、
安曇紗那「・・・!!!!」
  目を見開いた。
理事長「どうしたんだい?」
  理事長が紗那を見ると、
安曇紗那「・・・静かに、なってる」
  紗那がボソリと呟いた。
理事長「静かに?」
安曇紗那「うん」
  頷く紗那。
安曇紗那「音も、光も、声も、匂いも、全部、静かになってる」
安曇紗那「全部、おさまってる」
  それは、紗那にとって奇跡だった。
  光の瞬き、色の移り変わり、絶え間なく漂い来る匂い、響き続ける雑多な音。
  それらが全て、鳴りを潜めている。
理事長「・・・そうか」
安曇紗那「何が、起きたの?」
  紗那が理事長を見上げると、
理事長「君だね」
橘一哉「ええ」
  理事長の言葉に、一哉は頷く。
安曇紗那「?」
  理事長の視線に釣られて、紗那も一哉へと目を向けた。
橘一哉「静かになる魔法を、チョイとね」
安曇紗那「!!」
橘一哉「波動を沈静化する結界を敷地内に張りました」
橘一哉「少し専門的な話をすると、平均的な人間の感覚内で察知できない周波数の紗那ちゃんへの伝達を遮断する結界です」
橘一哉「敷地内にいる限り、紗那ちゃんの感じるものは普通の人間と同じになります」
橘一哉「これで、家の敷地内であれば普通に過ごせるはずです」
理事長「テレビやラジオなどはどうなる?」
橘一哉「問題ないはずです」
理事長「そうか・・・」
理事長「すまないね、橘くん」
橘一哉「これで、家の敷地内なら自由に動き回れるはずです」
理事長「ああ」
安曇紗那「ありがとう、橘さん」
橘一哉「どういたしまして」
  一哉と紗那は握手をしたが、
安曇紗那「!!」
橘一哉「どうしたの?」
安曇紗那「・・・・・・」
  紗那は一哉の手を離そうとしない。
理事長「紗那、橘くんも帰らないといけないから」
安曇紗那「・・・・・・」
  渋々といった様子で紗那は一哉から手を離した。
橘一哉「また遊びにくるから、ね」
安曇紗那「うん、約束」
橘一哉「じゃあ、また」

〇屋敷の門
理事長「今日はすまなかったね」
橘一哉「いえいえ、お役に立てたのなら何よりです」
理事長「紗那も見送りたかったようだが、まだ外には出られないみたいだ」
橘一哉「構いませんよ、今日知り合ったばかりですし」
理事長「あんな約束をして本当に良かったのかね?」
理事長「学業に部活だけでなく、魔族との戦いもあるだろうに」
橘一哉「理事長なら御存知でしょう、俺は一人じゃない」
橘一哉「頼りになる仲間がいます」
橘一哉「俺が抜けても、余程の事がない限り大丈夫ですよ」
理事長「仲間を信じているのだな」
橘一哉「ええ」

〇街中の道路
橘一哉「もう夕方か・・・」
  夕方、逢魔時。
  昼と夜の境目となる狭間の時間。
橘一哉「・・・」
  一哉は違和感に気付いた。
  通行人が消えている。
  車の通りも無い。
  結界だ。
橘一哉「待ち伏せかい」
  気配を感じた一哉は顔を向けて口を開いた。
矢口朱童「なに、私からも礼を言いたくてね」
  街路樹の陰から男が出てきた。
  晃大が倒したはずの魔族、矢口朱童だった。
  しかし一哉は驚いた様子はない。
橘一哉「あんたが?俺に?」
矢口朱童「理事長は私にとっても恩人なんだ」
矢口朱童「彼女の感覚は、鋭さも細やかさも並外れている」
矢口朱童「そんな彼女の苦しみを和らげてくれたことに礼を言っておきたかった」
矢口朱童「・・・ありがとう」
  朱童は一哉に向けて軽く会釈をした。
橘一哉「・・・で?今やるかい?」
  一哉は左手に軽く力を込めるが、
矢口朱童「いいや」
  朱童は首を横に振った。
矢口朱童「今の私は、こうして結界を張るのも精一杯なんだよ」
  自虐的に微笑む朱童の口元は、ぎこちなく引き攣っている。
橘一哉「なら、わざわざ結界を張る必要はなかったんじゃないか?」
  無理をする必要があったとは思えない。
橘一哉「普通に会いに来て、普通に話をすれば済むことだと思うんだが」
  雑踏の中で話をするだけでも事足りたはずだ。
矢口朱童「君とサシで話がしたかった、それだけさ」
橘一哉「そうかい」
  そのためだけに、結界を張ったようだ。
矢口朱童「それではまた、戦場で」
  朱童は再び街路樹の陰に入り、姿を消した。
橘一哉「・・・こっちにも挨拶くらいさせろよな」
橘一哉「さて、帰りますか」

〇普通の部屋
橘一哉「ごめんな、黒龍」
黒龍「なに、気にするな」
黒龍「私の力は、本来はあのように用いられるべきものだ」
黒龍「過剰な力の抑制や、少ない力の留保、それこそが本来の役割だ」
橘一哉「恒常的に力が使われ続けることに問題はないのか?」
黒龍「何を今更」
黒龍「常にお前を守り続けてきたのだ、結界一つ増えたところで問題は無いよ」
黒龍「あれを破ろうとする輩もおるまい」
橘一哉「そうだよな」
  紗那に危害を加えようとする輩がいるとは考えにくい。
黒龍「あの結界、紗那という少女の回復に合わせて徐々に強度を落としていくことになる」
黒龍「恒常的な消費量は日を追って減っていく筈だ」
橘一哉「そうだな」
黒龍「本来であれば、あの娘自身の感覚を制御する方法も模索せねばならん」
黒龍「だが、そこまでをあの男が求めているのかどうか」
橘一哉「・・・」
黒龍「そもそも、あの男の立場も分からん」
橘一哉「こちらから踏み込む必要は無い、か」
黒龍「そうだな」

次のエピソード:第拾陸話 初めての◯◯ 古橋哲也の場合

コメント

  • ついに紗那ちゃんが登場…!
    楽しみにしてました、彼女の活躍と次の話に期待します!

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