読切(脚本)
〇電車の中
──まもなく、渋谷。まもなく、渋谷。
周囲の音も察知できるように日頃片耳だけにイヤホンをしている大学生の僕は、今日だってそのアナウンスを逃さない。
そして、毎回、同じルートで埼玉から上京させてくれるこの電車への感謝も忘れない。
そんな日常に包まれたこの空間を出る。
これもある意味、日常である──
〇駅のホーム
しかし、今日の渋谷のホームは何かが違った。
目の前にあったベンチが消えていた。
不思議と同時に、気のせいを悟った。
そして、予報外れの雨を見て、ツイてないことも悟った。
〇広い改札
イヤホンが次の曲を流し、気づけば、僕は改札まで歩いてきていた。
すると、改札にも違和感があった。
駅員さんがいなかった。
不思議が続き、僕は片耳にしていたイヤホンを取り外し、冷静を装って、360度見渡してみるが、原因がわからなかった。
〇地下街
人流に押し出されるように改札を抜けた僕は、忘れていた取り外しのイヤホンと目的を思い出した。
そして、片耳につけ、友達と待ち合わせをしているハチ公前を目指した。
日頃、イヤホン越しに音楽の世界にのめり込んでいる僕は、歩く時は目線が落ちている。
だから、すれ違う人と目が合うことはない。
しかし、今日だけは違った。
すれ違う人を可能な限り目で追ったし、合わせようとした。
けれども、わからない。
〇渋谷駅前
イヤホンが次の曲を流すと、僕にはもうハチ公が目に入った。
コンビニで買った傘を差して、現地へと向かう。
現地にはすでに友達が待っていた。
遅刻ではない。
いうならば5分前である。
いつもの僕なら15分前にはそこにいるが、今日は予報外れの雨で、傘を買う必要があったから、この時間になった。
僕「おはよー」
イヤホンを取り外し、ポケットにしまいながら、ひと言かける。
友達「お前にしてはおせーじゃん」
予想はしていたが、少し悔しさが滲む。
友達「今日どこいく?」
続けて友達が言う。
少し考える素振りは見せて、それどころではないことを伝える。
僕「今日の渋谷変じゃない?」
僕「駅のホームにあったベンチは無くなってしたし、」
僕「改札にいるはずの駅員さんもいなかったし・・・」
質問を質問で返す。
僕が普段なら絶対やらない会話の手段。
これもまた、違和感。
すると、友達が、
友達「あー、そういえば」
友達「ついに、渋谷は若者が支配したらしいよ」
友達が何気なく言う。
開いた口が塞がらないを体現した。
雨の音すら聞こえないほど、僕の空間は無音で狂いだした。
渋谷には、「若者の街」なんていう異名がある。
それは、現代を生きる僕にも馴染みのある言葉だ。
しかし、だからといって、まさか若者が、大人達を排除し、渋谷を独占してしまう日が来るとは思ってもいなかった僕は、
絶句した。
日常が全てだった僕に、非日常は絶望を指した。
周囲の音も察知できるように日頃片耳だけにイヤホンをしていた大学生の僕でも、明日からはそのアナウンスを逃すのだろうか。
そして、毎回、同じルートで埼玉から上京させてくれるこの電車への感謝も忘れてしまうのだろうか。
そんな非日常に包まれているこの空間に早くも背を向けてさよならを告げたい、
そう思ったが、僕には気になることがあった。
僕「けど、何でそれがベンチがなくなったことや駅員さんが消えたことと繋がるの?」
嘘だと言って欲しかった。
けれども友達は平常を保って、
友達「今の若者にとって、それらは必要ないんだって」
どういうことだろうか。
悩む間も無く、友達は間髪入れづに、
友達「席が空いていても座らないし、困っても駅員さんに話しかけたりしないんだって・・・」
友達「それが優しさだったのか、面倒だからなのか、俺にはわからないけど、なんせそういう傾向にあるらしいぜ」
僕はハッとした。
でも、僕はそんな渋谷を認めたくなかった。
だから、根拠のない理由を盾に、友達に再び質問した。
僕「でも、ここに向かう途中、僕は色々な人とすれ違い、目で追った」
僕「その中には、少なくとも1人くらいは大人はいたはずだって!!」
僕は僕の景色を信じたい。
しかし友達は見透かしたように、続けて、
友達「お前が認めたくないのもわかる!!」
友達「けど、渋谷は変わったんだ」
友達「それに──」
見たことのない友達の表情だった。
怒りというより、悲しみに満ちていた。
友達「少なくとも、いつもイヤホンを片耳にして、自分の世界に入り込んで、視線が自然と下に落ちているお前には見えていないはずだよ」
友達は僕のことをよく知っていた。
一方で、僕は友達のことを何も知らなかった。
〇渋谷駅前
見上げると、目に見える雨は止んでいた。
代わりに、悔しみと悲しみの雨が僕の心に降り注いだ。
曇天としていると、友達が沈黙を破って、
友達「けど、変わり果てた渋谷で、"俺たち若者"が新しいものを作っていくのも、悪くはないよな」
そう、気づかなかったが、俺たちだって若者だ。
今回の出来事の当事者とも言える。
今回起こったことは、確かに非日常だ。
けど、日常はまた、作り出せばいい。
そう思った僕は──
「僕らもこの若者の街"渋谷"を変えていこう──」
そう呟いた。
今日もまた渋谷を行く。
視線を前にして、
僕「僕の──」
友達「俺らの──」
新たな"日常"が始まる──
若者だけの街になった渋谷が、どう変化していくのかが気になります。
面倒だからと、全てを切り捨てていくのか、はたまたそれを改革していくのか。
興味深い作品でした。
これからの未来は若者たちが作っていくものなんでしょうね。その若者たちが便利なものに妥協し、人との繋がりを否定していったらどうなるのかな?考えさせられました。
渋谷問わず、日本自体を若者が変えていって欲しいと思う今日この頃です。
若者の括りはどこからだろうとは思いますが、変化を求めない現状を新しい風を取り入れてほしい!って気持ちです!