双つの顔のお狐様

北條桜子

第20話『お狐様の花嫁』(脚本)

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〇古びた神社
満弦「ぐ ・・・うぅ ・・・!」
鵺「安心してよ。君を喰らい尽くしたら、すぐに大切な彼女と会わせてあげる」
鵺「僕の腹の中でだけどね」
満弦「たわ、け ・・・が!」
遠山陽奈子「満弦!!」
  ギリギリと、さらに強い力で満弦の首を絞めあげていく鵺。
遠山陽奈子(どうしよう、どうしたら ・・・? このまま満弦が死んでしまうのを見てることしかできないの!?)
  鵺の尾に爪を立てていた満弦の腕から、いよいよ力が抜けていくのが見てとれた。
遠山陽奈子(満弦が ・・・満弦が死んじゃう!)
鵺「ああ、本当にそろそろ終わりの時が近づいてきたみたいだね」
鵺「でも元妖怪としては本望だろう? 人間に忘れ去られて朽ち果てていくよりも、僕の中で力となって残るほうがさ」
遠山陽奈子(人間に忘れ去られて ・・・それだ!)
  それは、ほんの一縷の望み。
  ごく薄いと言わざるを得ない、可能性だ。
遠山陽奈子(満弦の力が弱っているのは、人間の祈りが足りないから)
遠山陽奈子(だったら、私の祈りが力になるはず!)
  私は、ボロボロの社に向かって駆け出した。
鵺「あれ? なんだ、やっぱり逃げたくなったのかな? 仕方ないか。それが人間ってものだもんね」
鵺「まあ、絶対に逃がしたりしないけど」
  背後で、にわかに雷鳴がとどろいた。
  直後、激しい光の点滅が起こり、右足に焼けつくような凄まじい衝撃が走った。
遠山陽奈子「ああああっ!!」
満弦「陽奈子!!」
遠山陽奈子(何? 何が起こったの!? 足が ・・・!)
  立っていることもままならず、その場に這いつくばる。
  右足には、まるで稲妻をそのまま刻みこんだような火傷のあとが出来ていた。
  上空に稲光が光り、再び雷鳴が耳に届く。
  それでようやく、足に雷が直撃したであろうことを理解した。
遠山陽奈子(あいつが、雷を呼んだの!? こんなことって ・・・!)
鵺「その足じゃ、もう逃げられないね」
遠山陽奈子「最初から、逃げるつもりなんてない」
鵺「ならばどういうつもりだ?」
満弦「陽奈 ・・・何を ・・・?」
  私は使い物にならなくなった片足を引きずり、這いずりながら、なおも社殿を目指した。
  落雷に貫かれた足は、今も燃え盛る炎の中に突っ込んでいるかのごとく熱を発し、神経を焼き、地獄のような痛みを発している。
  全身から脂汗が吹き出して、意識が飛びそうだ。それでも、諦めるわけにはいかなかった。
遠山陽奈子(絶対に助ける。満弦は、私が助ける!)
  あと少しで社にたどり着くと思われた、その時だ。
  ひときわ強く上空が輝き、何本もの大きな光の柱が社殿を包むように落ちてきた。
  まるで落雷の檻のようだった。
遠山陽奈子「ああっ、そんな! あと少しだったのに」
鵺「何がしたいのか知らないけど、これで社には近づけないよ」
  すぐに、まともに雷を受けた社殿から火の手が上がり始め、あっという間に大炎に変わった。
  それでも、私は前に進み手を伸ばした。
満弦「陽奈子、よせ!」
遠山陽奈子「いや。私、絶対に諦めない!」
遠山陽奈子(まだご神体は燃えてない。 せめてあれさえ取り出せれば ・・・!)
鵺「今さら何ができるというんだ!」
  真っ赤に燃え盛る熱波が、私の手を、顔を焼いていく。
  ひと息吸う毎に肺が熱で侵されて、どうにかなりそうだ。
満弦「陽奈子! お主、死ぬ気か!」
遠山陽奈子(違うよ満弦。 私は満弦を置いて、死んだりしない)
遠山陽奈子(ただ、満弦を助けたいだけ!)
  その一心で、私は社の奥に置かれている狐の置物を、両手でしっかりとつかみ取った。
遠山陽奈子(お願い。人間の想いが満弦を神様にしてくれたなら、私の祈りも聞き届けて!)
遠山陽奈子「私、遠山陽奈子は満弦の花嫁になります!」
満弦「陽奈子 ・・・?」
鵺「無駄なことを!」
  突如、社殿ごと私を焼いていた炎が消え、鵺が満弦の体を放り投げ、ものすごいスピードでこちらに向かってくるのが見えた。
  けれど、口を閉じるわけにはいかなかった。
遠山陽奈子「私の全てを、満弦にあげる! だから、満弦の力を元に戻して!!」
鵺「それ以上、言わせるか!」
遠山陽奈子(やられる ── !?)

〇黒
  目の前に鵺の鉤爪が迫ってきて、私は思わず目を閉じた。
  しかし。
(なんとも、ない?)

〇古びた神社
  恐る恐る目を開けると、そこには、今にも振り下ろさんと鉤爪を構えたまま、動けなくなっている鵺がいた。
鵺「ぐっ ・・・これは ・・・どうなっている!?」
遠山陽奈子(まるで縛られてるみたい ・・・?)
遠山陽奈子(これって、満弦が来た最初の夜に私がやられたやつだ!)
満弦「まさか、このような方法で救われることになろうとはの」
  その声に、視線を鵺の後方へと向ける。
  満弦は、余裕の笑みを浮かべて、鵺の背中に向かって手をかざしていた。
遠山陽奈子「満弦 ・・・力が戻ったの!?」
満弦「ふふん。どうやら、戻ったのはわし自身の力だけではないようだがの」
遠山陽奈子「え?」
鵺「どういう ・・・意味だ!?」
満弦「わからぬか?」
満弦「ならば両の眼をしっかりと開き、この光景を脳裏に焼きつけるが良い!」
  満弦の言葉と共に、神社の中に突風が吹き荒れた。
  大木をも揺らすほどの強い風なのに、どこか優しく清い風だ。
  気づけば、全身をひどい火傷に覆われて、もはや痛みも感じられなくなっていた私の体は、すっかり元に戻っていた。
  そうかと思ったら、木々の間から溢れるように注ぎ込む光が神社を包み ──

〇神社の本殿
  ボロボロに朽ちていた社を美しい姿へと変えていった。
遠山陽奈子「ど、どうなってるの?」
鵺「何が、起こっている!?」
満弦「ここは我が神域。 それが本来の姿に戻ったまでのことだ」
遠山陽奈子「これが、月ノ森神社の本当の姿 ・・・」
鵺「馬鹿な! たった1人の人間の祈りが、死にかけの狐神に力を与え、神域までも元に戻しただと!?」
満弦「他者の力を、ただ貪り喰うばかりの貴様には、到底信じられぬだろうが ・・・」
満弦「これが、我が花嫁となる者 ──人間の祈りの強さなのだ!」
鵺「ぐぉっ!?」
  綱を引く様に満弦が拳を作ると、鵺の体はたちまち宙を飛んでいった。
  そして。
満弦「貴様のこれまでの悪行、その命で贖ってもらうぞ!」
鵺「──ッ!!」
  悲鳴を上げる間もないほどの速さで、満弦の鋭い爪が鵺の体を貫いた。
鵺「ば ・・・かな ・・・こんな、簡単に ・・・」
満弦「これが、神と為ったモノと、神に為りそこなった貴様との力の差だ」
鵺「僕は ・・・神をも、食べて ・・・」
満弦「水神を喰らおうとも、その身が神と為るわけではない」
満弦「我らは、共に妖怪。それを神と為らしめるのは人間の祈りのみだからの」
鵺「は、はは ・・・それじゃ、僕には無 ・・・」
  胴に大きな穴をあけながら、鵺が地べたに倒れて動かなくなる。
  鵺の流した血で真っ赤に染まった満弦の手には、小さな光の玉のようなものが握られていた。
満弦「眠れ。そして、神の元で償いをしてまいれ。天にいる本物の神の元でな」
遠山陽奈子「満弦、それ ・・・」
満弦「鵺の魂を、天へと送ったのだ」
満弦「他の多くのあやかしとは異なり、彼の者の魂は罪を背負いすぎておった。故に、ただ消えることも許されぬ運命だったようでの」
遠山陽奈子「ちゃんと ・・・罪を償ってくれるといいね」
満弦「時間はかかるだろうがの」
満弦「その男も無事、元の生活に戻れるはずじゃ」

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