第拾話 必殺・倶利伽羅剣(脚本)
〇街中の道路
さて、少し時間を巻き戻して。
橘一哉「ふぅ・・・」
刀に龍の力・龍気を伝えていく一哉。
龍使いの戦い方の基本は幾つかある。
まず、龍の力による最低限の身体強化。
龍使いの若者達は、いずれも一般人である。
戦闘の訓練など受けておらず、経験も無い。
人ならざる魔族と戦うには心許ない。
そこで、身体能力をある程度まで龍によって一時的に引き上げる。
第二に、武器の使用。
身体能力を強化しても、戦闘技術までは付与できない。
よって、龍の属性と本人の資質に見合った武器を用いる。
これによって龍の力を引き出しやすくなり、相手を倒せずとも龍使いが我が身を守れるようにする。
よって、龍の属性によって各々の武器は異なる。
武器の違いは、龍に限らず他の神獣でも同様である。
一哉の場合、なぜか最初に使った日本刀から形が変わっていない。
黒龍曰く、『問題は無いし、折角だから使い込んでみろ』だそうで。
黒龍の属性である『闇』の特性は『遮断』である。
たまたまできてしまったために仲間には『停止』と説明した。
力を遮り止めることができるから、間違いではない。
遮断、即ち繋がりを『断ち切る』ことから、刀でも問題が無いらしいのだが、これが最適解かというと不明である。
その後、一哉の練達に合わせて刀身と柄の尺が伸びた位しか変化はない。
橘一哉(またか)
昨日と同じだ。
龍気の量が多い。
龍気が刀身に宿るだけでなく、漏れ出して刀身に巻き付いていく。
梶間頼子「何それ」
頼子も驚いて目を丸くした。
一哉の刀の刀身に、黒く細長い龍気が幾つも巻き付いている。
属性の発現を越えた龍気の形を、頼子は今まで見たことが無い。
梶間頼子(そういう事か)
頼子は察した。
一哉は今、龍気の制御が上手く出来ない状態にある。
しかし、
魔族「多頭龍だと!?」
マントの魔族が驚愕の声を上げた。
彼らにとっては想定外のようだ。
橘一哉「悪いな、まだ加減がきかないんだ」
梶間頼子(すごい顔してる)
自身の不調を悟らせまいとするハッタリだろう。
ニヤリと笑う一哉の横顔は、獣のような獰猛さを湛えている。
橘一哉(まだ制御が)
うまく効かない。
橘一哉「ハァ・・・」
中段の構えから右足を引き、刀身を立てて柄頭を握る左手を胸の前に、右の拳を右頬の横につけた右八相へと構えを変じた。
橘一哉(聞こえる)
刀身に巻き付く龍の息吹を感じる。
刀身に巻き付く螺旋の中を通る龍気が徐々に加速して強さを増していく。
魔族「打たせるものか!!」
マントの魔族が先んじて飛び掛かる。
残り二人も時間差をつけて動いた。
長衣の魔族は頼子へ。
短衣の魔族はマントと同じく一哉へ。
魔族が動くのと、一哉の刀に発現した龍の気が最高潮に達するのはほぼ同時だった。
八相に構えた刀を僅かに上へと持ち上げ、袈裟懸けに振り下ろす。
橘一哉「倶利伽羅!!」
同時に一哉は叫んでいた。
無意識に出た言葉だった。
三つの龍の首が、それぞれ魔族目掛けて飛んでいく。
魔族二人と一哉の距離はそれぞれ異なるが、一哉の刀から飛び出した黒い龍が魔族に迫るのは同時だった。
「ちい!」
二人は龍を回避したが、
魔族「!?」
一哉がいない。
魔族「どこだ!」
魔族「どこへ行った!?」
そんな一瞬の動揺が命取りだった。
魔族「ぐっ!?」
魔族「ああっ!?」
放たれた黒い龍が、向きを変えて二人に喰らいついたのである。
魔族「ぐおぉっ!!」
それは頼子に向かっていった長衣の魔族も同じだった。
頼子の放つ雷撃に対応しようとした一瞬の隙を突いて、一哉の放った黒い龍の一匹が喰らいついた。
そして、
橘一哉「チェストぉっ!!!!」
文字にすれば『チェスト』と表すのが最も近いであろう裂帛の気合と共に、黒龍が喰らいついた箇所目掛けて一哉は刀を打ち込んだ。
マントの魔族には肩口を袈裟懸けに。
短衣の魔族へは脇腹を横薙ぎに。
橘一哉「でやあっ!!」
やや離れた長衣の魔族に対しては、大きく飛び込んで全身を伸ばし、喉元目掛けて左片手突き。
魔族「あ、ふっ・・・っ!!」
長衣の魔族は一哉の刀に手を伸ばし、何かを言わんとして口を動かしたが、
まともな言葉を紡ぐことも叶わず、その手も刀には至ることはなく、黒い霧に包まれて消滅した。
先んじて切りつけた二人の魔族も標的を変えた一哉に追いすがろうとする様子はあった。
しかし、
いざ動き出そうとした瞬間に黒い霧に呑み込まれて消滅してしまった。
梶間頼子(・・・すごい)
これが、一哉の戦い方だというのか。
三人とも、加えたのは一刀のみ。
文字通りの一撃必殺だ。
しかも瞬殺である。
橘一哉「終わった・・・」
一哉は一息つくと残心を取り、血振りをして刀を鞘に納めた。
橘一哉「はい、おしまい」
一哉は右手で刀を帯から外し、鞘尻を軽くコツンとアスファルトに着けた。
すると、それを合図にしたかのように刀と帯が消滅した。
〇街中の道路
梶間頼子「あの時、叫んでたじゃん」
梶間頼子「くりから、って」
橘一哉「あー、それかぁ・・・」
一哉は頭を掻き、
橘一哉「俺にもよく分からないんだよね・・・」
溜め息をついた。
橘一哉「気合を出そうとしたら言ってたんだよな・・・」
梶間頼子「なんかさ、ヒーローの必殺技みたいだね」
クスリと笑う頼子。
梶間頼子「格好良かったよ、ヒーローさん」
一哉の肩をポンと叩き、頼子は歩き出した。
梶間頼子「エスコートも、よろしくね」
橘一哉「はいはい」
〇マンションの入り口
梶間頼子「送ってくれて、ありがとね」
橘一哉「どういたしまして」
二人は頼子の住むマンションのエントランスまで来ていた。
梶間頼子「どうする?家に寄ってく?お茶ぐらいは出すよ」
橘一哉「いや、もう遅いから、このまま帰るよ」
結界の中の時間経過は現実世界に関係ない。
なので、玲奈の家から頼子の家までの正味の移動時間だけが経過している。
それでも、高校生が出歩くには遅い時間だ。
梶間頼子「そっか、残念」
魔族との戦闘もあったので、軽く休憩していって貰いたかったのだが。
ついでにもう少し話もしたかったが、これ以上引き止めたら一哉が帰り道で補導されかねない。
梶間頼子「気を付けてね」
橘一哉「ああ、おやすみ」
梶間頼子「おやすみ」
二人は別れ、各々の家に帰っていった。
〇ファンシーな部屋
梶間頼子「ふー、大変だったなー」
部屋に入ると頼子は早速部屋着に着替えてベッドに寝転がった。
とても宿題をする気にはなれない。
入浴も、もう少し後でいい。
梶間頼子「あの量をホントに作るなんて」
時間を忘れて次から次へ、二人で食材を捌いていった。
よく二人でできたものだ、と我ながら感心してしまう。
調理を終えて重箱に詰め終わる頃には日付が変わっているのではないか。
そう思える程の量だった。
梶間頼子「玲奈ってホントにカズの事好きだよね・・・」
玲奈はいつでも一哉を見ている。
何がそこまで彼女を駆り立てるのだろうか。
梶間頼子「あ、そうだ」
頼子はふと思い出した。
梶間頼子「教えてグーグル先生〜」
スマホを手に取り、一哉の叫んだ言葉を検索してみた。
結果、
梶間頼子「oh・・・」
目を丸くした。
梶間頼子「カズって何者・・・?」
検索結果を見て、彼に対する謎を深めてしまうのであった。
〇普通の部屋
橘一哉「おかしいなぁ・・・」
床にゴロリと寝そべって、一哉は呟いた。
橘一哉「調子は良いのにうまく抑えられないや」
左腕を天井に向けて伸ばし、しきりに手を握ったり開いたりして感触を確かめる。
昨日と違い、今日は特段の不調は無かった。
なのに、龍気の出し方がうまくいかなかった。
「それは、お前自身が変化したということだ」
左腕から黒龍が顔を出した。
橘一哉「オレ自身の?」
「そうだ」
黒龍は頷く。
「光龍が目覚め、八龍が揃ったことによる相乗効果だ」
橘一哉「相乗効果?」
「八龍は互いに独立した存在ではない」
「互いの距離に関係なく、影響を及ぼし合っている」
「五行の相生相剋のようにな」
龍同士の相乗による力の高まりが、宿主の力も高めている。
「他の龍使いたちも、自然と力を高めていくだろう」
「お前はその機会が早く訪れただけのこと」
最も龍に馴染んでいるからこそ、変化の訪れも早かったのだという。
「案ずるな、お前は力を使いこなしている」
「既に二度も勝利しているではないか」
黒龍の言う通りだ。
発現した龍気をうまく使い、倒す事はできている。
橘一哉「けどなあ、あんな戦い方は初めてで」
龍気が形を成し、それを放つなど今までやった事が無い。
刀に龍気を通して強化し、直接切り付けて龍気を当てるだけだった。
「そもそも、龍気を纏うとは龍を使役するのと同義」
「とことん私を使い倒してみろ」
「初めて出会った、あの時のように」
橘一哉「うえ」
一哉の脳裡に覚醒した日のことが過ぎり、顔が引きつる。
「お前は元々『できていた』のだ」
「今更何を怖気付く」
橘一哉「まあ、それは、そうかもしれないけど・・・」
「私からは、慣れろ、としか言えん」
橘一哉「さいですか・・・」
黒龍は一哉の腕の中に消えた。
橘一哉「慣れろ、ねえ・・・」
橘一哉「今の感覚の方が、普通って事か・・・」
つまり、今までの方が、龍と宿主の繋がりにズレがあったということ。
橘一哉「すげえな、龍の力って」
身体の中に流れる龍気を感じながら、一哉は呟いた。
〇タンスの置かれた部屋
辰宮玲奈「準備、よーし!」
玲奈の部屋。
ミニテーブルの上には、風呂敷に包まれた重箱が置かれている。
辰宮玲奈「明日は三人でランチタイム〜」
一哉の家という最高の場所は逃したが、明日は一哉を独占できる。
問題といえば、この重箱の置き場所ぐらいだろう。
辰宮玲奈「あ」
思い出した。
辰宮玲奈「明日は朝練の日だった!」
辰宮玲奈「あんまり寝れないよ〜」
〇校長室
コンコン、と扉をノックする音がした。
???「入りなさい」
椅子に座っていた男は目を開けて入室を促す。
ガチャリと扉を開けて入ってきたのは一人の若者。
???「俺に何の用だい?」
若者はツカツカと歩いて来客用のソファに座り、口を開いた。
???「君に、黒龍の相手をしてもらいたい」
???「黒龍の?」
若者は眉間にシワを寄せ、目を細めた。
???「俺に死ねと?」
???「まさか」
男はフッと口元を緩め、言葉を続けた。
???「黒龍使いの動きを封じてくれれば、それで良い」
???「無理に勝敗や生死を決する必要は無いよ」
???「そもそも、易々と龍に討たれるような君ではあるまい?」
男は若者の目を真っ直ぐに見据える。
???「まあ、その通りだけどな」
若者はニヤリと笑い、右の手に力を込める。
毒々しい色の霧が薄っすらと舞った。
???「で?具体的な内容は?」
理事長「七日」
男は言った。
???「七日間、黒龍使いを戦闘不可能にしてもらいたい」
???「先程も言った通り、無理に勝敗や生死を決する必要は無い」
???「一定期間苦しませることができれば、それで良い」
???「七日というのも一つの目安だ」
???「黒龍使いが即応できない状態になれば、それで充分だ」
???「何を企んでいる?」
若者は問うた。
???「まさか、オレの腕を試すつもりじゃないだろうな」
若者の目付きが鋭さを増す。
???「そうではないよ」
男は首を横に振った。
???「我々の目的は龍の撃滅ではない」
???「しかし、我らの目的のためには龍との戦いは避けられない」
???「彼らと正面からぶつかるのは愚策だ」
???「搦手を使い、動きを妨害できればそれで充分」
???「その間に、我らの目的を達成できれば良い」
???「結構な策士じゃないか」
???「大まかな方針に過ぎないよ」
???「実際に動いてくれる同志達の協力あってこそだ」
男は立ち上がり、窓の外を見やる。
???「この美しい世界を、護らねばならんからな」
???「で、報酬は?」
???「君の言い値で構わん」
???「事が済んで再び来た時に渡そう」
???「了解」
若者は立ち上がり、部屋を出ていった。
???「第九の龍、天蛇王」
???「果たしてどうなるか・・・」