龍使い〜無間流退魔録外伝〜

枕流

第拾壱話 蛇 前編(脚本)

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〇教室
橘一哉「えぇ・・・」
  結界が張られたのは分かった。
  しかし、
橘一哉「ぼっちかよ・・・」
  中にいるのは一哉だけ。
  少なくとも、同じクラスの晃大と哲也と瑠美は結界内に取り込まれていない。
  まだ授業中である。
  誰もいない教室で、一哉だけがポツンと席に座っていた。
  時計の針は止まり、まだ午前中だというのに逢魔時の日差しになっている。
橘一哉「まあ、いいや」
  慎重に、周囲に気を配りながら立ち上がる。
橘一哉「どこにいるんだろうねぇ」

〇屋上の入口
橘一哉「こっち、かな・・・?」
  違和感の強くなっていく方へと一哉が足を進めていくと、屋上へと向かっていた。
橘一哉「これはまた、随分とあからさまな・・・」
  屋上へは昼休みを除いて原則出入り禁止のため、ロープが張られているはずだった。
  しかし今、進入禁止を示すロープは張られておらず、
橘一哉「やっぱり開いてら」
  ノブは何の抵抗もなく回すことができた。
  鍵がかかっていない。
橘一哉「はーい、こんにちはー・・・っと」
  一哉はおそるおそるドアを開けた。

〇高い屋上
橘一哉「誰かいませんかー・・・」
  周りを見回すが、警戒も怠らない。
  既に得物は腰に巻かれた帯に差してある。
  と、その時。
  突如発生した霧に、一哉は咄嗟に飛び退いた。
橘一哉「くっさ!」
  嫌な臭いが鼻をつく。
  思わず袖で鼻と口を覆った。
「はっは、ちょっともらったなぁ」
橘一哉「何者だ」
都筑恭平「そりゃあ、魔族に決まってるだろ」
  さも当然と言いたげな顔で男は返すが、
橘一哉「人間の間違いじゃないのか?」
  一哉は男の言を否定した。
橘一哉「魔族の『におい』がしないんだよ、お前からは」
  魔族には、魔族特有の気配がある。
  それを一哉は『におい』と呼んでいるのだが、その『におい』が目の前の相手からは感じられない。
都筑恭平「さっそく感覚が鈍ってるらしいな」
  クク、と男は楽しげに笑う。
橘一哉「なんだと?」
  怪訝な顔をして一哉が問い返すと、
都筑恭平「詳しい話が聞きたけりゃ、俺をぶちのめしてみろ」
  ブワリと右の袖が膨らみ、袖口から波打つ刃の短剣が飛び出す。
  日本では蛇行剣と呼び、外国ではクリス・ナーガとも称される物だ。
橘一哉「神獣使いか」
  一哉は察した。
  神獣の気『神気』を発して武器を出す、神獣使い特有の動き。
  彼は、神獣使いだ。
都筑恭平「我が名は天蛇王!」
  男は得物を逆手に握り、名乗りを上げると一哉に突進した。
都筑恭平(避けないのか?)
  鞘の内にあり、柄を真っ直ぐこちらに向けているために正確な長さは分からない。
  とはいえ、その長さは天蛇王の得物よりも明らかに長いはず。
  しかし一哉は腰の物を抜く素振りを見せない。
都筑恭平(柄当てか?)
  抜かずに柄頭を当てに来るかと予測したが、
都筑恭平「ちぃっ!」
  天蛇王の刃が届く寸前で一哉は刀を抜き打った。
  咄嗟に受け流して間合いを取る。
都筑恭平「その長さ、この間合の抜き打ち・・・」
  天蛇王は一哉の抜き打ちの仕方に心当たりがあった。
都筑恭平「林崎の居合でもやってんのか?」
  居合の開祖と言われる林崎甚助。
  彼の流れを汲む流派は幾つもあるが、中でも林崎の名を冠する流派には特徴がある。
  刀身三尺三寸の長い刀を用い、短刀で間近から突いてくる相手に対応する稽古をするという。
  見たところ、一哉の刀は刀身三尺前後。
  対する天蛇王の蛇行剣は、柄頭から切先までの長さが30cmほど。
  天蛇王が突き入るギリギリ、寸前の所で一哉は得物を抜き打った。
  正に教科書通りの対応だ。
  違う所は、一哉の狙いが天蛇王の右手であること。
都筑恭平(躊躇うことなく潰しに来やがった)
  カウンターなどではない。
都筑恭平(あくまでも攻め、か)
  避けるとか、流すとか、防御のための動きではない。
  あくまでも攻めの一手。
都筑恭平(それが、こいつの強さの秘訣か)
  黒龍使いの強さは聞き及んでいる。
  しかし、誰も対策を打つことが出来ていない。
  その理由が分かった気がする。
都筑恭平(だが、既に奴は抜いた後だ)
  黒龍使い・橘一哉の強さの秘訣が必殺の居合にあるのなら、その必殺をしくじった今が好機。
都筑恭平「しゃっ!!」
  重ねて天蛇王は間合を詰めるが、
橘一哉「せぇや!!」
  柄を右前腕にピタリと付けて左手を柄頭に添え、体ごと叩きつけるように振り下ろす。
都筑恭平「!!!!」
  それがまた速かった。
  紙一重の所で天蛇王は受け流し、体を一哉の右前方へと逃がす。
  火花が散り、流れた太刀が床にまで斬り込んだ。
  一瞬、一哉の顔に同様が浮かぶ。
  それを天蛇王も逃さなかった。
都筑恭平「そら!!」
  一哉の一刀を当てられた衝撃が残る右手ではなく、左の手を一哉へと延ばす。
橘一哉「ちぃっ!!」
  一哉は右手を柄から離し、天蛇王の左手を振り払う。
  更に左手で刀を床面から素早く引き抜き、切っ先を返して天蛇王へと突き出しながら飛び退いた。
  天蛇王も得物を繰り出して流しつつ、一歩下がって体勢を立て直す。
都筑恭平「古流やってるだろ、お前」
  構えを取り、天蛇王は語りかけた。
  柄を前腕につけた振りかぶり。
  柄から手を離しての対応。
  いずれも剣道にはない動きだ。
橘一哉「さあ、どうだかね」
  再び右手で鍔元を握ろうとした一哉だったが、
橘一哉(!?)
  右腕に痛みが走った。
  目だけを動かして見てみると、袖に鈎裂きができている。
橘一哉「何をした」
都筑恭平「わざわざ種を明かすと思うか?」
  ニヤリと笑う天蛇王。
橘一哉「そりゃあ、その通りだわな」
  対する一哉も笑って返し、痛みは無視して右手で鍔元を握った。
橘一哉(にしても、おかしいな)
  右腕の痛みではない。
  流された己の太刀筋が、だ。
橘一哉(力が出過ぎてる)
  止まらなかった。
  止められなかった。
  地面スレスレの所で止めるはずだったのに、である。
  刃筋正しく引いたからこそスムーズに引き抜けたが、そうでなければ最悪得物を手放す羽目になっていた。
橘一哉(強いな、こいつ)
  剣道三倍段、という言葉がある。
  剣道の使い手に素手の武道で相対するなら、相手の三倍の段位が必要になるという。
  剣道に限らず、武器を持っている相手は厄介だ。
  武器を持ち、間合いも攻防能力も勝る相手に素手で立ち向かうのは並大抵のことではない。
  しかし、天蛇王は間合で一哉に劣りながらも技術によって拮抗している。
都筑恭平「どうした?来ないのか?」
橘一哉「余裕じゃないか」
  一哉は中段から刃を寝かせて半身を開き、平正眼の構えを取る。
橘一哉(競り合う所、左で勝つべし)
  右手は軽く添えるだけ、という剣道を習い始めた頃に言われた言葉を思い出しながら、一哉は地を蹴って間合を詰める。
  狙いを僅かに変えながらの連続突き。
  いずれも天蛇王は紙一重で避け、
都筑恭平「右手が軽くなってるぜ!」
  即座に左の手を伸ばして一哉の右腕を掴む。
橘一哉「甘いのはそっちだ!」
  一哉は腕を捻り、刀の棟を天蛇王の腕に被せながら左半身を引いた。
  天蛇王の左腕に沿いながら一哉の刀が天蛇王の首筋に迫る。
  波打つ刃の凹んだ部分で受け止めつつ膝蹴りを打ち込もうとしたが、一哉も膝を上げて防いだ。
都筑恭平「ええい!」
  天蛇王が左の手に力を込める。
橘一哉「くっ!!」
  激痛に一哉の顔が歪む。
  鋭い何かを刺されたような痛み。
橘一哉「この!!」
  一哉も負けじと柄頭から左手を離して龍気を込め、天蛇王の右腕めがけて繰り出す。
都筑恭平「くそっ!」
  天蛇王は一哉の右腕を掴んだまま強引に斜め上に持ち上げて刀を己から外し、
都筑恭平「オラッ!!」
  右手で逆手に握るクリス・ナーガの切っ先を迫りくる一哉の左手に向けて振った。
  バヂィッ!
  刃と手がぶつかり、轟音と共に小さな爆発が起きた。
  黒と青紫の霧が飛び散り、爆発の勢いで二人の間合が開く。
都筑恭平「お前こそ、魔族じゃないのか?」
  天蛇王は信じられなかった。
都筑恭平「素手で、刃物を弾くかよ」
  自分は得物を一哉の手にぶつけたはずだ。
橘一哉「龍気込みだ、素手じゃないさ」
  右手で刀を持ち、一哉は左手の五指に力を込めて肘を引いた。
都筑恭平(こいつ、拳法の心得もあるってのか?)
  掴まれた腕を捻っての対応や、膝蹴りの迎撃。
  咄嗟に出したにしては熟れている。
都筑恭平(相当デキるな)
  天蛇王は認識を改めた。
  一哉の強さは必殺の居合ではない。
  総合的に強い。
  神獣使いとしての熟練度も、個人の戦闘技術も、高いレベルにある。
都筑恭平(動けない程度に痛めつけろという指示だったが、)
  殺す気でかからねば、彼の目的は達成できそうにない。

〇高い屋上
都筑恭平「気が変わった」
  天蛇王は右足を引いて半身になり、肘を軽く曲げて構えを取る。
橘一哉(これは)
  一哉も天蛇王の変化を感じ取った。
橘一哉(ヤバいな)
  本気だ。
都筑恭平「シャッ!!」
  間合を詰める天蛇王。
  合わせて一哉も動くと、
  速い。
  もう真左に回り込んでいる。
  一哉が刀を返すよりも早く左の手で刀を押さえ、
都筑恭平「シュっ!!」
  一哉の左上腕を切りつけた。
橘一哉「クッソ!!」
  左腕に龍気を込めて振り上げるが、
都筑恭平「ハッ!!」
  丁度得物のお陰でフックとなっている天蛇王の右手に止められてしまった。
都筑恭平「そら!」
  天蛇王の左手が一哉の喉に迫るが、
橘一哉「っ!!」
  一哉の刀の柄頭が天蛇王の上腕に打ち込まれた。
  一旦間合を離して睨み合う二人。
都筑恭平(片手打ちもできるよな、そりゃ)
  一哉の強さの理由が、分かってきた気がする。
橘一哉(どうしたものかな・・・)
  流石は神獣使いというべきか、天蛇王は強い。
  名乗りから察するに、神獣は蛇で間違いない。
橘一哉(なら、こっちは)
  一哉は右足を引き、刀は右手だけで持って脇構えに、左手は龍気を込めて五指を曲げ、肘を引き掌を上に向けて脇腹に付けた。
都筑恭平「・・・へえ」
  見たことのない構えだ。
  一哉にとっても、初めて取る構えだった。
橘一哉「はっ!!」
  体を回して太刀を横に薙ぐ。
都筑恭平「シッ!!」
  天蛇王は太刀をかわして右側に回り込む。
  一哉は振り抜いた太刀の刃を返して左手を峰に添え、
橘一哉「せい!!」
  添え手切りで逆袈裟に刃を押し出す。
  天蛇王は右手を斜め下に繰り出して得物で一哉の太刀を受け止める。
橘一哉「破!!」
  一哉が左手から刀身に龍気を流し込むと、
都筑恭平「っ!!」
  咄嗟に身を引いて刀身から発する龍気を躱し、
都筑恭平「らぁ!!」
  すぐさま腰を落として間合を詰め、得物で一哉の右の裏小手を切りにかかる。
橘一哉「っ!!」
  一哉もすかさず刃を返して押さえにかかり、更に添え手突きを出そうとしたが、
都筑恭平「そら!!」
  天蛇王に左前腕を掴まれた。
橘一哉「!!」
  一哉が腕を捻ると天蛇王は一瞬強く握りしめ、直後に素早く手を離す。
橘一哉「・・・」
  一哉の左袖にも鈎裂きの跡が作られた。
橘一哉(こいつ、)
  中々巧みな戦い方だ。
  必殺ではなく、ジワジワとこちらを追い込むように攻め手を重ねてくる。
橘一哉(埒が明かねえ)
  このままでは徒に戦いが長引くだけだ。
橘一哉(それなら、)
  柄頭を左手で握り、太刀に龍気を込めていく。
  両手から刀に流れ込む龍気が大きいのは承知の上ではあったが、
都筑恭平「何だと!?」
  天蛇王が目を丸くした。
  歯を食いしばる一哉。
  火の粉のような、霧のような、漆黒の力が刀から吹き出した。
  今までで一番、龍気の放出が大きい。
橘一哉「片を付けようか、天蛇王!」
  空気が揺れる。
  体内の龍気が膨れ上がる。
  もう、止まっていることが出来ない。
橘一哉「倶利伽羅!!」
  気合一声、一哉は天蛇王目掛けて突進した。

〇高い屋上
  龍気の勢いに任せて一哉は刀を何度も振るう。
都筑恭平「くっ!!」
  天蛇王は得物を盾に使いつつ、一哉の剣戟を捌いていく。
  の、だが。
  一哉の斬撃が粗い。
橘一哉「だあぁっ!」
  息もつかせぬ連続攻撃が攻防一体の形を成してはいるのだが、
  剣先は何度も床を削り、
  足の踏み込みは無駄に強く、
  自ら作り出した細かな瓦礫を更に剣の風圧で巻き上げている。
都筑恭平(こいつ、)
  天蛇王は見抜いた。
都筑恭平(自分の力に振り回されてる!!)
  天蛇王の読みは当たっていた。
橘一哉(流れが・・・!!)
  攻める意識に合わせて、手足が勝手に動く。
  天蛇王に近寄りすぎないように無理矢理足を踏ん張り、
  刀を握る手が丹田と正中線から外れすぎないようにして斬撃の隙を減らす。
  その二つを維持することに全力を注いでいた。
都筑恭平(息切れも近いだろうな)
  攻める一哉と、防ぐ天蛇王。
  一見すると、一哉が有利に見える。
  しかし、実際のところの形勢は天蛇王が有利だった。
  攻めきれない一哉。
  一哉の息切れを窺い、守りに徹する天蛇王。
  精神的な余裕が全く違う。
橘一哉(もう一声!)
  一哉が更にもう一歩踏み込もうとした、その瞬間。
都筑恭平「貰った!」
  わずかな変化に生じた隙を、天蛇王は見逃さなかった。
橘一哉「くそっ!」
  黒と青紫、互いの神獣の神気も交わり飛び散りながら二人の刃が交錯し、
橘一哉「くっ・・・!!」
  互いの手が止まった時、何れが優ったのかは明らかだった。
都筑恭平「俺の勝ち、かな?」
橘一哉「何を言う」
  一哉は天蛇王を見据えて刀を握る手に力を込める。
橘一哉「っ!!」
  傷の痛みとは違う、違和感と痛み。
都筑恭平「俺の毒は、如何かな?」
橘一哉「俺はまだ、生きてるぞ」
  腰を深く落として下段に構える一哉。
  正直、切っ先を上げる余力がない。
  しかし、
橘一哉「お前の秘密も、分かったよ」
  ニィ、と笑う一哉。
  その瞳から、未だ闘志は失われていなかった。

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