エピソード1(脚本)
〇宇宙空間
はるか宇宙の片隅、膨大な漆黒の闇の中、流線形の物体が孤独に漂っていた。
それはかつて銀河間の旅路を可能とし、惑星をも一瞬で原子の塵に変える力を持った戦闘艦の成れの果てだった。
そんな墓標にも似た廃艦に接近する物体がある。小型ながらも空間転移能力を持った宇宙艇だ。
艇は艦の回りをゆっくりと周回する。その様子は彼我の質量の差から、さながら陸に打ち上げられた魚にたかる羽虫のようだ。
どうやら満足したのだろう、しばらくして宇宙艇は艦の格納庫ハッチに吸い込まれるようにして機体を滑り込ませる。
悠久とも言える孤独にあった宇宙艦は、小さな訪問者によって眠りを覚まされようとしていた。
〇近未来の通路
アルディン「帝国歴標準時間856年9月7日10時15分」
アルディン「これより自分、アルディンは以前から目につけていたアントワープ級戦艦の探索を開始する!」
アルディンと名乗った若い男は音声で状況報告を終えると、与圧ヘルメットを被る。
更に彼は仕事道具を入れたバックパックを背負い、護身用の銃を腰に下げて準備を整えると宇宙艇を出た。
彼の生業は漂流物、いわゆる宇宙ゴミの中から価値のある物を探し出す廃品回収業者である。
この廃艦も彼がサルベージ権を所有する宙域に浮かぶゴミの一つだった。
アルディンはナビゲートに従い、戦艦の司令室であるブリッジを目指す。
今回の探索に際して彼は、なけなしのクレジットを注ぎ込んでこの艦の設計図を購入している。
投資を回収できなければ、独立したサルベージ業者としてやっていくのは不可能となるだろう。
一旗揚げる機会であるとともに、これまで築き上げてきたささやかな実績を失う瀬戸際に立たされていた。
〇コックピット
アルディン「なんだ・・・艦設備の殆どは無傷じゃないか!」
喜ばしい状況にアルディンは独り言を漏らす。
ブリッジに辿り着いた彼は早速とばかりに艦長用の端末からマザーシステムにアクセスを開始し、
休眠状態にあった艦機能の一部を復旧させていた。
本来戦闘艦は総員退避の際には機密保持のために自沈処理、もしくは最低でもデータ消去を行うはずのだが、
この艦は敢えて休眠状態を保つよう設定されていたのだ。
アルディン「まあ・・・その方が助かるが・・・」
艦制御が不可能な程の損傷を受けたわけでもなく、
休眠状態にしてこの艦を去ったかつての乗員達の行動を疑問に思いながらも、アルディンは作業を続ける。
旧式とはいえ航行可能なまでに復旧させれば、船体を丸ごと売ることも出来る。彼にとっては願ってもないことだ。
〇コックピット
その後、アルディンは旧式の船を現代システムに変換する制御端末を接続して船内ネットワークを完全掌握し、
更に予備ジェネレーターを発動させ艦内の疑似重力と生命維持機能を再起動させる。
アルディン「ふう・・・、これで一息つけるな」
今日の作業目標を終えたアルディンは与圧服とヘルメットを脱ぐ。
既に一度完全減圧を実施して、供給される空気のメディカルチェックも終えている。
与圧服を着たままの無重力生活には慣れているが、やはり頭の周りがスッキリするのは心地良かった。
気分を一新したアルディンはこの艦に起きた事実を詳しく知ろうと、航海日誌を端末で呼び出した。
その結果、艦に起きた大まかな事実が判明する。
およそ三百年前、当時は最新鋭の戦艦アドラーは突発的に発生した戦役の最中、
急遽艦隊を離れ、恒星間組織エクリール帝国の首都である惑星ナビルへ戻る帰還命令が下されていた。
だが、運悪く敵に補足され逃走と戦闘を繰り広げ、最後には艦を休眠状態にして乗員の退避を行っていたのだ。
この内容は、現在でも存在するエクリール帝国の市民権を持ち、
かつては帝国軍に身を置いていたアルディンからすれば、いくつか腑に落ちない点がある。
最新鋭の戦艦が明確な理由がないまま、逃げるように後方に退くのは普通ではあり得ない。
以前から艦にトラブルが生じていた可能性もあるが、それは航海日誌に報告されていなかった。
むしろ、戦役が勃発する一週間前のパトロール巡行では艦内全てが良好と記録されている。
これらの事実は、アルディンに一つの推測を導き出させる。
この戦艦、アドラーが航海日誌に記せることが出来ない隠された任務に従事していた可能性だ。
アルディン「・・・帝国の隠し財産でも運んでいたのか?!」
アルディンは自分の胸に湧き上がる喜色を隠し切れずに思わず笑みを浮かべる。
戦艦アドラーが担当していた区域は恒星ペラルゴ星系を含んでいる。
その第四惑星ペラルゴ-18-4はかつて帝国内でもリゾート観光地として有名であった星だ。
帝国内の金持ちがこぞってバカンスに訪れる惑星であり、希少金属や天然宝石の宝飾品の売買も活発だった。
戦役を逃れるためにそれらの資源を密かに持ち出していた可能性は高い。
この推測が真実なら航海日誌に残せないはずである。
艦を捨てるのに自沈処理しなかったのも、後から回収する可能性を期待していたからだろう。
アルディンは自分の予想に胸を膨らませると、これまで以上に集中して艦内データの解析を進めた。