第九話 弁当宣言(脚本)
〇街中の道路
翌朝。
姫野晃大「いやー、橘の言った通りだな」
足取りも軽く学校への道を歩く晃大。
今朝目を覚ますと、昨日の痛みが嘘のように消えていた。
気分も良い。
鞄の重さも全然感じない。
姫野晃大「スゴいんだな、草薙先輩って」
穂村瑠美「属性の使い方なら、多分草薙先輩が一番上手なんじゃない?」
古橋哲也「そうだね」
瑠美の言葉に哲也は頷く。
古橋哲也「色んな相性がピッタリ嵌まってるよね」
穂村瑠美「そうね」
武器、属性、本人の性格。
この三つが最も上手く噛み合っているのは由希だろう。
先日の戦いでも、何とか窮地を脱した後は間断無く迫る攻撃を巧みに捌いていた。
そんな戦闘技術だけでなく、激しい消耗を回復させる術まで使えるのだ。
姫野晃大「そういえば、橘も言ってたな」
〇教室
橘一哉「属性の使い方なんて連想ゲームだからね」
〇街中の道路
姫野晃大(連想ゲーム、か・・・)
多分、晃大が考えている以上に属性の使い方は多彩なのだろう。
姫野晃大「それにしても、気持ちいい〜」
普段よりも余計に体を動かしてみる。
首を回したり、腰を捻ったり、腕を回したり、膝を上げてみたり。
身体の可動域も広がったような気がする。
穂村瑠美「ちょっと、あんまり腕振り回すと危ないよ」
古橋哲也「公道だから気を付けてね」
姫野晃大「おっと」
腕を下ろす晃大。
オーバーアクションが人目を引いてしまっていることにも気付いたようだ。
姫野晃大「それにしても、橘の方は本当に大丈夫だったのかな?」
昨日の朝、始業前にトイレから帰ってきた一哉は、何だか大人しかったような気がする。
古橋哲也「大体あんな感じだけどね、彼」
穂村瑠美「目に見えて不調ってわけでもなさそうだったし、いいんじゃない?」
姫野晃大「そんなもんかなあ・・・」
晃大の考えすぎだろうか。
一哉の考えていることは今一分かりにくいが、どうにも彼らしからぬ何かがあったような気がする。
姫野晃大(まあ、会ってみれば分かるか)
〇教室
辰宮玲奈「・・・」
梶間頼子「どうしたのさ、玲奈」
辰宮玲奈「・・・」
昨日に引き続き、今日も玲奈の様子がおかしい。
頬杖をつき、眉間にしわを寄せて憮然としている。
だいぶ機嫌が悪い。
梶間頼子「今度は何があったの?」
辰宮玲奈「・・・てた」
玲奈はボソリと呟いた。
梶間頼子「なに?」
よく聞き取れなかった頼子が再び訊ねると、
辰宮玲奈「・・・食べてた」
梶間頼子「?」
今度は聞き取れたものの、述語だけでは今一要領を得ない。
辰宮玲奈「カズが、食べてたの!」
主語も加わったが、しかしまだ分からない。
尚も頼子が怪訝な顔をしていると、
辰宮玲奈「由希さんと!」
辰宮玲奈「美鈴さんの!」
辰宮玲奈「手料理を!」
辰宮玲奈「昨日、入学祝いの夕食パーティーで!」
はっきりと、区切りを入れて玲奈は叫んだ。
玲奈も自身の感情に振り回されているのが窺える。
要点を整理すると、昨夜、由希と美鈴が一哉の入学祝いと称して手料理を彼に振る舞ったらしい。
しかも、橘家で。
梶間頼子(あちゃー・・・)
それは確かに玲奈にとっては激おこ案件だ。
玲奈だけ除け者にされた形になってしまっている。
辰宮玲奈「あたしも行けば良かったー!」
梶間頼子「二人とも料理上手だしね」
頼子も以前、偶然にも橘家の集まりに巻き込まれたことがある。
その時に由希と美鈴の料理を振る舞われたのだが、非常に美味しかった。
が、
辰宮玲奈「違う!」
玲奈は顔を上げるとキッと頼子を見据え、
辰宮玲奈「あたしも何か作ってあげたかったの!」
梶間頼子(そっちかぁ・・・)
辰宮玲奈「だから明日、作ります!」
梶間頼子「何を?」
辰宮玲奈「カズの分のお弁当!」
まあ妥当な線ではある。
辰宮玲奈「もちろん頼ちゃんも協力してくれるよね?」
梶間頼子「え」
玲奈の口から出てきた言葉に、頼子は自分の耳を疑った。
何故そうなる、と言いたかったが、
辰宮玲奈「ね?」
梶間頼子「・・・」
玲奈の無言の圧力が強すぎて言い返せなかった。
〇高い屋上
昼休み。
辰宮玲奈「そういう訳だから、明日は手ぶらで来てね」
橘一哉「お、おう?」
玲奈の勢いに、一哉は若干引き気味である。
辰宮玲奈「腕によりをかけて作るから、期待しててよね!」
ビシッと一哉を指差す玲奈。
やる気満々、自信も満々といった様子である。
梶間頼子「愛妻弁当にあたしの手が加わるのは良いのですかね」
半日たって漸く口にできた頼子の疑問に、
辰宮玲奈「もちろん!」
玲奈は笑顔で頷いた。
辰宮玲奈「頼ちゃんは家族同然だもん!」
梶間頼子「あ、そう・・・」
面と向かって言われると、嬉しいような、恥ずかしいような。
橘一哉「あんまり頼ちゃんに迷惑かけるなよ?」
辰宮玲奈「分かってるって」
〇街中の道路
辰宮玲奈「何を作ろうかな〜」
帰り道。
商店街を歩く玲奈の足取りは軽い。
浮かれているのがよく分かる。
今日は部活を休んで買い出しだ。
一哉の好物も食事量も、玲奈はよく知っている。
作る中身の選択や量、配分を考えるだけでも楽しくなってしまう。
頼もしい助っ人の頼子もいる。
梶間頼子「この際だからさ、パーティー系にしない?」
辰宮玲奈「パーティー系?」
梶間頼子「大きめの箱に詰めてさ、重箱みたいな」
辰宮玲奈「それもいいかも!」
あえて多めに作っておいて、余りを部活の後に食べる、というのも一つのアイディアだ。
辰宮玲奈「じゃあ、全部作っちゃおっか」
梶間頼子「全部?」
辰宮玲奈「そう、全部」
頼子の何気ない提案と玲奈の思い付きが、修羅場を呼ぶことになる。
〇街中の道路
辰宮玲奈「これだけあれば充分よね」
梶間頼子「さすがに買い過ぎのような気がする・・・」
二人の両手は買い物袋で塞がっている。
弓道部で鍛えている玲奈はともかく、手芸部の頼子には些か重い。
辰宮玲奈「部活終わりのおやつの分も計算したからね」
梶間頼子「本当に作る気なの・・・?」
辰宮玲奈「そうだけど?」
梶間頼子(藪蛇だったかも・・・)
余計な事を言ってしまったかもしれない、と頼子は自身の発言を悔やんだ。
辰宮玲奈「どうする?もう遅いし、荷物持ってもらうだけでもいいけど」
もう日が暮れている。
買い物中も話の花が満開だったから、余計に時間が掛かったのだろう。
量の多さや、効率的な袋詰めの仕方で四苦八苦したのもある。
梶間頼子「下拵え位は手伝うよ」
梶間頼子「協力する約束だし」
辰宮玲奈「うん、ありがとね、頼ちゃん」
〇シックな玄関
辰宮玲奈「今日はありがとね、頼ちゃん」
梶間頼子「あたしらの仲じゃん、気にしないで」
中々の修羅場だった。
下拵えだけとはいえ、やはり量の多さが最大の敵だった。
頼子は最後まで手伝おうと言ったのだが、流石にそれでは帰りが遅くなるからと帰ることになった。
辰宮玲奈「帰り道、気を付けてね」
梶間頼子「うん、それじゃ」
おじゃましました、と言って頼子が玄関から出ようとしたら、
辰宮玲奈「ちょっと待って」
玲奈が呼び止めた。
梶間頼子「何?」
頼子が振り向くと、
辰宮玲奈「一人じゃ危ないから、カズに付き添って貰いなよ」
梶間頼子「や、さすがにそれは」
その為だけに呼び出すのは気が引けたのだが、
辰宮玲奈「カズのために頑張って貰ったんだもん、それぐらい大丈夫だって」
玲奈はどうしてもと言って聞かない。
梶間頼子「うーん・・・」
頼子は渋ったのだが、
〇街中の道路
結局、一哉に付き添ってもらうことになった。
梶間頼子「ごめんね、カズ」
一哉と玲奈の家は隣同士だが、頼子の家は二人の家と少し離れている。
橘一哉「いいってことよ」
橘一哉「玲奈の我儘に付き合って貰ったんだし、これぐらい安いもんだ」
一哉はあっさりと付き添いに応じてくれた。
玲奈が橘家に突撃したら二つ返事である。
本当に一哉はお人好しで人懐こい。
一旦玲奈を家まで送ってから、一哉と頼子は出発したのだが、
梶間頼子(あんたはもう少し玲奈に寄り添った方が良いと思うよ・・・)
言いたかったが、言えなかった。
言ってしまえば、三人の関係性が壊れてしまいそうな気がする。
玲奈の気持ちは分かっているが、二人の仲が進展すると自分が入る余地が無くなってしまいそうで怖い。
何となく適当に距離感のある今の関係性が、頼子には居心地が良い。
もう少し、このゆるい関係を続けていければ、などと考えていたら、
〇街中の道路
梶間頼子「ん?」
橘一哉「あ」
街の灯りが急に消えた。
人通りも無くなった。
魔族の結界だ。
梶間頼子「来た」
頼子は右手に意識を通し、金剛杵を出して握りしめる。
???「エスコートとは余裕だな」
橘一哉「そっちは一人かい?」
???「まさか」
一哉の問いに、魔族は鼻で笑って答える。
???「そこな黒龍が不安定な今こそ好機、逃すわけがあるまい」
梶間頼子(どういうこと?)
頼子が横目に一哉を見ると、既に腰に巻いた帯に刀を差して戦闘態勢を整えていた。
梶間頼子「ねえカズ、」
橘一哉「来るぞ頼ちゃん」
一哉は体を捌いて刀を抜きながら受け流すが、
梶間頼子(・・・あ)
頼子は気付いた。
梶間頼子(避けた?)
後の先を取る時、一哉は相手の攻め手に真っ向から当たる。
攻めを以て受けとし、相手を潰す。
『気の張り合いで負けたら勝てない』。
以前、一哉から聞いた言葉だ。
だから、一哉は相手よりも出遅れたら相手の攻めを潰すように動く。
今の攻め手も、一哉なら潰せたはずだ。
梶間頼子「ねえカズ、」
橘一哉「?」
頼子が一哉に質問を投げかけようとしたが、
???「はっ!!」
別の魔族が頼子に襲いかかる。
手首のスナップを効かせて頼子は金剛杵を放り投げた。
雷が飛び散り、魔族は慌てて足を止めて防御体勢をとるが、
魔族「ぬう!」
雷に押し戻された。
戻ってきた金剛杵を頼子は再び手に取って構える。
橘一哉「頼ちゃん大丈夫か、」
一哉は頼子を見やり、
橘一哉「ん?」
ある事に気が付いた。
梶間頼子「カズ?」
目だけを動かして頼子も一哉を見たが、
梶間頼子「え?」
こちらもある事に気が付いた。
魔族「どうした、何を驚いている」
橘一哉「何をって、」
梶間頼子「そんなの、」
一哉と頼子を囲んでいるのは、
橘一哉「あんたら、」
梶間頼子「一卵性の兄弟?」
「はあー・・・」
魔族達は揃って溜め息をついた。
魔族「まさか」
魔族「我らの」
魔族「区別が」
「つかないというのか?」
梶間頼子(滅茶苦茶息ぴったりじゃん)
魔族は総勢三人。しかし、
一人は長衣、一人はマント、一人は短衣。
服装こそ異なるものの、顔と背丈は全く同じ。
三つ子かとも思えたのだが、
魔族「残念だが我らは三つ子ではない」
魔族「親族にも非ず」
魔族「赤の他人よ!」
「それは言いすぎだろう」
魔族「や、すまぬ」
どうやら血縁関係には無いらしい。
しかし、息がピッタリ合っているのは確かだ。
魔族「まあいい」
魔族「揃わぬ足並みでどこまで保つかな!」
三人は散開し、
それぞれが一哉と頼子に対して異なる距離をとって包囲した。
橘一哉「そっちこそ、いつまで連携が続くか見ものだね」
〇L字キッチン
辰宮玲奈「〜♫」
玲奈は鼻歌を歌いながら調理を進めていた。
頼子が下拵えを手伝ってくれたおかげで、かなり時間の短縮ができた。
遅くても日付の変わる前には終わるはずだ。
テーブルには重箱が置かれている。
これに、今作っている一哉の好物を目一杯詰め込むのだ。
そして、明日の昼は皆で仲良くランチタイム。
余ったら、部活の後のカロリー補給で食べてもらえばいい。
辰宮綾子「随分気合が入ってるじゃないか」
辰宮玲奈「あ、お姉ちゃん」
姉の綾子が入ってきた。
辰宮綾子「こんなにたくさん作って、食べ切れるのか?」
辰宮玲奈「あたしとカズと頼ちゃんの三人で食べるから大丈夫だよ」
辰宮玲奈「余ったら部活の後のおやつにするの」
辰宮綾子「そうか」
綾子は微笑み、
辰宮綾子「何か手伝えることはある?」
玲奈に聞いてみた。
辰宮玲奈「それじゃあ、」
玲奈は幾つか綾子に指示を出した。
辰宮綾子「ああ、分かった」
綾子もエプロンを着けて作業に加わった。
やはり姉妹というべきか、二人の後ろ姿は何となく似ていた。
〇街中の道路
橘一哉「ふい〜、なんとか片付いた」
軽く背伸びをする一哉。
二人とも得物は既に消してあり、結界が解けるのを待つだけになっている。
梶間頼子「相変わらずカズはメチャクチャだね・・・」
二対三の戦いだったが、三人全員に一哉が留めを刺す形になった。
いざ仕留めるとなった時の一哉の動きは早く、速い。
獣や猛禽が獲物を仕留める様子にも似ている。
橘一哉「全力で頑張ってるだけだよ」
空の左手を振り、一哉は言った。
梶間頼子「でさ、」
橘一哉「うん?」
最後に一つ、頼子は気になることがあった。
梶間頼子「『倶利伽羅』って、何?」
橘一哉「!!!!」