4.依頼(脚本)
〇駅前広場
――まつりが、靴を見に行くのは今度にするよ、と言ったので、いよいよ帰るしかなくなって
そして今。駅に居る。
外は雨が降っている。
近くにある駅は、会社や学校帰りの影響で、人が増えてきて、ちょっと進みにくい。
傘を忘れたので、とりあえず、濡れて帰る道中、
少女が頬を膨らませて、まつりをひたすら怒り続けていた。
女の子「なんなんだ、貴様はっ! こっちがわざわざ誘ったというのに!」
女の子「違うやつとのんきにデート、しかも、指定場所に、二人で来るとは、本当に、貴様は私を侮辱して!」
佳ノ宮まつり「悪かった。さぼろうか、さりげなく帰ろうかの、二択で迷ってたんだけどね、せっかくナナトが連れ出してくれるっていうから」
女の子「なんだと! 正面から連絡して断る選択肢がなんでないんだよっ!」
それは確かに。
だけどあと、もうひとつかふたつ、気になるポイントがあるようなないような。
行七夏々都「なーんだ、最初から、約束あったのかよ。それなら言ってくれればさ」
佳ノ宮まつり「──えー、だって、そうまでしたくはなかったし、でも、せっかく、ナナトが外に出るっていうから・・・・・・」
ちょっと拗ねた言い方だった。
まつりが、一人で遠くに行くのが嫌だというのは、決して、寂しいからではない。
最も恐れる事態があって、その身だけではどうしようもなく危険なのだ。
女の子「貴様、そんなにも、そいつといちゃつきたいか?」
少女の目付きが怖くなる。
口を挟む気になれないので、おろおろしていると、まつりが、信じられない! みたいな顔をした。
佳ノ宮まつり「それ、人生で56番目くらいに侮辱の言葉だよ!」
佳ノ宮まつり「って、いうか、正直、食べ歩くうちに忘れてたんだ・・・・・・約束をじゃなくて、誰と、かを」
ふざけているわけではなく、まつりはよくそうなるみたいだった。
約束や、予定は覚えていても、人物情報が簡単にごちゃごちゃになることがある。
〇駅前広場
ぼくとしか話さない日が続く間は、覚えてくれていても、
その間に違う人の情報が入ると、どちらを優先するかで、混ざってしまう。
その記憶には、時系列等は特に関係ないらしく
覚えている記憶と覚えてない記憶が、一人一人に対し、ごちゃごちゃしているらしい。
だから、いつか、もう一度、ぼくらは途切れるのだと思う。繰り返してきた昔みたいに。
佳ノ宮まつり「そのうちナナトと約束してたんだっけ、って思ってきちゃって・・・・・・」
面倒そうな言い方だった。
女の子「私を見たら、思い出すだろ!?」
佳ノ宮まつり「いや・・・・・・なんで、あいつがここにいるんだろ、と素直に思ってた」
佳ノ宮まつり「なーんだ。そういや、姉じゃなくて妹のほうだったな」
佳ノ宮まつり「最近、脱走したって聞いてたからてっきり──いや、あれは・・・・・・あれ? 誰だっけ」
女の子「脱走?」
おや、という反応だった。少女は、訝しげな顔をしている。
なんだか、様子が変だ。
まつりは、どうしてそんな顔をするんだ、と言わんばかりに話し続ける。
佳ノ宮まつり「──あ、でも、そうだ、そもそも、あの姿しか知らないんだった。おんなじ体型でいるわけがないな・・・・・・」
女の子「おい、それより、脱走って、何だ」
佳ノ宮まつり「えっ、おまえのねーさんだろ? コウカが」
女の子「だがっ、お姉ちゃんは、戻って来ていない! だから、貴様の手にっ」
〇駅前広場
雨が止んだ。
予測して、すでに傘を閉じた人、周りを見て傘をしまう人、
気付かずに傘をさし続ける人、気付いたが、傘をさし続ける人。いろいろだった。
駅から2つ隣のコンビニのあたりで、まつりは首を傾げた。
佳ノ宮まつり「嫌だなあ。そんな、情けないこと、もうやめてるよ」
佳ノ宮まつり「ふふ、そういう顔が見られたから、満足だよ」
女の子「じゃあ、どこに? てっきり、貴様のことだから、もし、そっちにいるのなら・・・・・・を・・・・・・」
女の子「に、・・・・・・とか・・・・・・って、いたぶってるんだろうと。だから早く、迎えにって」
一部が小声で、よくわからない。しかし、当事者には理解出来るようだ。
佳ノ宮まつり「誰に聞いたか知らないけど、昔のやからの類いは、そんな話ばっかして」
佳ノ宮まつり「おまえは、見たわけじゃないと思うんだけど」
喧嘩が始まりそうだった。
佳ノ宮まつり「人をイメージばっかで語るからぺっらぺらと言えるんだ」
ぼくはまつりの過去なんて知らない。少女の過去も、知らない。
知ろうともしないし、大した説教なんて出来る立場でもないけれど、とりあえず、食後なので横腹が痛い。
行七夏々都「お前は、腹とか痛くないか?」
佳ノ宮まつり「はぁ!? ナナトじゃないんだから、そんな柔じゃないよ」
女の子「くすっ」
佳ノ宮まつり「なんなら腹筋だっ・・・・・・て」
少女が吹き出した。
まつりもつられて笑った。
佳ノ宮まつり「ふふっ・・・・・・」
ぼくは、だんだんこみあげる何かに、喉がひりひりした。
女の子「悪かった」
少女が呟いた。まつりは何も言わなかった。それを見て、消え入りそうな声で言い直す。
女の子「すみませんでした」
まつりが少女の方を向く。今度は、ちゃんと焦点を合わせている気がした。
佳ノ宮まつり「ふふ、そういう顔が見られたから、満足だよ」
佳ノ宮まつり「おまえの姉の居場所は、よくわからないけれど、おまえが、思い込みとはいえ、せっかく、まつりを頼ったのだから」
佳ノ宮まつり「まあ、なんとか、するだろう」
予言みたいな応えだった。
理由はどうあれ、嫌がって避けていた依頼を受け入れることを選んだらしい。
少女がまっすぐにまつりを向く。
女の子「おまえじゃない」
女の子「ケイガだよ」