第八話 大丈夫(脚本)
〇古びた神社
橘一哉「はあ・・・」
部活を終えた一哉は八十矛神社に来ていた。
何となく調子が悪い時、一哉の足は自然と八十矛神社に向く。
ここにいると気分が落ち着く。
橘一哉「そんなに気味悪いかねえ・・・」
境内を見回して一哉は呟いた。
晃大のリアクションを思い出す。
一哉からすれば、自然の息吹が盛んに感じられて気持ち良いくらいだ。
深呼吸をすると、肺の中に流れ込む生命の力に感動すら覚える。
橘一哉「その辺の感じ方は、人それぞれか」
どうにも左腕が疼く。
魔族に直接叩きつけたのがいけなかったかもしれない。
黒龍に『直接』『喰わせた』のだから。
橘一哉「腹、壊したり、してないよな・・・?」
黒龍に問い掛けても、答えは返ってこない。
橘一哉(大丈夫そうだな・・・)
などとぼんやり考えていると、
佐伯美鈴「あらカズくん、今日も来たの?」
美鈴が姿を現した。
橘一哉「めずらしいね、二日連続なんて」
佐伯美鈴「んふふ〜、それは、女の勘ってヤツよ」
橘一哉「そうなの?」
佐伯美鈴「そうなのよ」
美鈴は頷き、
佐伯美鈴「カズくんがいそうな気がしたから」
美鈴は一哉の隣に腰掛けた。
佐伯美鈴「今日は由希ちゃんと一緒じゃないの?」
佐伯美鈴「せっかく高校生になって又一緒に登下校できるようになったのに」
美鈴も、由希と一哉の仲の良さはよく知っている。
由希は何かにつけて一哉を誘い、一哉の方も喜んでついていく、仲良し従姉弟として親戚の間ではよく話題になっていた。
橘一哉「由希姉はまだ部活の最中」
橘一哉「剣道部は早めに終わったから」
何となく、来てみたという。
佐伯美鈴「カズくんは稽古し足りないんじゃない?」
一哉は剣道好きだ。
居合道も習っており、家でも熱心に練習していると聞いている。
橘一哉「いや、何か今日は朝から怠くて」
佐伯美鈴「風邪でも引いた?」
美鈴が一哉の顔を覗き込む。
橘一哉「風邪の怠さじゃないよ、疲れてるだけ」
佐伯美鈴「ふーん・・・」
ぼんやりと前を見る一哉の姿に美鈴は何か感じる所があったようで、
佐伯美鈴「えいっ」
橘一哉「!!」
美鈴は一哉に抱きついた。
橘一哉「ちょ、」
佐伯美鈴「大丈夫、カズくんは大丈夫だよ」
優しく一哉の頭を撫でる。
佐伯美鈴「カズくんは、生まれる前からこの神社の神様に護られてるんだもの」
佐伯美鈴「ここに来れば、どんな悩みも困りごとも、ぜ〜んぶ解決できちゃうよ」
橘一哉「・・・そうだね」
美鈴は昔からこの調子だ。
一哉の様子を敏感に察してくれる。
こうして美鈴の声を聞いて温もりを感じていると、心の曇りが少しずつ消えていく。
佐伯美鈴「どう?落ち着いた?」
橘一哉「うん」
一哉は立ち上がり、
橘一哉「ありがと、美鈴姉」
神社を後にした。
〇祈祷場
八十矛神社の社殿の中。
佐伯美鈴「カズくん、大丈夫かな・・・」
美鈴は呟いた。
美鈴の家は代々続く神職の家系である。
人ならざるものの存在にも肯定的な見方をしており、そういった存在に対する感度も人一倍持ち合わせている。
そんな中で育ってきた美鈴は、人よりも勘が利く。
今日は何となく胸騒ぎがして八十矛神社に来てみたら、一哉がいた。
一哉を一目見て、異変にも気付いてしまった。
佐伯美鈴「何があったのかしら・・・」
影を背負う、という表現の似合う、沈んだ雰囲気。
普段の落ち着きながらも溌剌とした明るさが見えなかった。
佐伯美鈴「どうしちゃったんだろう・・・」
ボソリと呟いたその時、
急に美鈴の髪の色が変わった。
同時に、室内の空気も一変して重苦しいものに変わる。
佐伯美鈴「力を、使ったのね」
呟く美鈴の声音はやや低く、腹の据わったものになっている。
佐伯美鈴「余程の相手が出てきたか・・・」
佐伯美鈴「でも、まだ、時は来ていない」
佐伯美鈴「あの子はまだ、目覚めていない」
佐伯美鈴「あの子は、私が護る」
再び髪の色が変わり、元に戻った。
先程までの重苦しい雰囲気も消え、神社ならではの清々しく澄み渡る空気が戻っている。
佐伯美鈴「あとでカズくんの所に差し入れでもしよっと」
声音も普段通りの暖かく柔らかいものに戻っている。
佐伯美鈴「さ、お務めは終わり、っと」
簡単な掃除と整頓を終えた美鈴は、社殿を出ていった。
〇街中の道路
橘一哉「大丈夫、か」
一哉は街中を歩きながら美鈴の言葉を反芻していた。
又従姉の美鈴は不思議な存在だ。
家が近所なので、一哉が生まれた時から交流がある。
しかも、一哉に何かあった時には必ず傍にいる。
接している時間は同い年の幼馴染の玲奈が一番長いかも知れないが、密度となると美鈴が最も濃いかもしれない。
話に聞くところでは、一哉の母が妊娠した時、美鈴が八十矛神社の安産祈願御守を持ってきたのだとか。
橘一哉「相性がいいのかもしれないな、八十矛神社は」
八十矛神社の御守を届けてくれた美鈴が、今は八十矛神社を預かっている。
橘一哉「そう考えると、お世話になりっ放しだな・・・」
橘一哉「今度行く時に何か持ってくか」
などと考えていたら、
〇街中の道路
橘一哉「うおおぉおい!?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
橘一哉「また結界かよ!?」
本日二度目の魔族襲来である。
今度は真っ暗な深夜、『丑満時』だ。
橘一哉「しょうがないな、もう」
左手に刀を出して腰につける。
帯が巻き付いて鞘を固定した。
橘一哉「さあ、どこから来ますやら」
そろそろと腰を落として蹲踞の体勢をとる。
ゆっくりと静かに深呼吸して瞼の力を抜き、『観の目』を開いていく。
眉間の力が抜け、むず痒さの後にジンワリと暖かくなっていく。
全身も程良く力みが取れて感覚が冴え渡り、周りの様子を全感覚で把握できるようになった時、
橘一哉「!!」
来た。
しかし、間に合わない。
身を翻して抜刀しながら受け流し、後退して間合いを取る。
橘一哉「今日はやけにしつこいじゃないか」
???「朱童の奮闘を無駄にするわけにはいかん」
橘一哉「そうかい」
橘一哉「こっちも早く帰りたいんだ、手早く終わらせるぞ」
一哉は左手で柄頭を握り、
橘一哉「ふう・・・」
両手を通じて黒竜の力を刀に通していく。
が、
橘一哉(・・・まずい)
龍の力『龍気』の流れが、普段よりも大きい。
普段から絶対量ではなく体感による割合で龍気の量を測っているのが裏目に出ている。
龍気が刀からはみ出して刀身を覆い、独特の形を成していく。
橘一哉「ええい、ままよ!」
ならば致し方なし、と一哉は覚悟を決めた。
刀身だけでなく形成す龍気にも意識を繋げ、
橘一哉「倶利伽羅!」
一喝と共に刀を振り抜いた。
「なんと!」
刀身から飛び出した龍気は黒い龍の形をとって魔族に向かっていく。
しかも、ただ飛び出してきただけではない。
発せられる龍気の圧は魔族を押さえ込もうとしている。
魔族は辛うじて紙一重で避けたものの、
「!!!?!?!?」
背中から広がる強烈な衝撃に目を白黒させた。
いつの間にか一哉に背後を取られ、自身の胸から切っ先が突き出ている。
???「があぁっ!!!!」
気付くと同時に痛みも生まれ、驚きも加わって魔族は叫んだ。
橘一哉「来い!」
挟撃。
一哉が叫ぶと、黒い龍も方向転換して魔族に喰らいついた。
橘一哉「ふう・・・」
魔族は黒い闇に呑み込まれて跡形もなく消滅した。
黒い龍気も刀身に吸い込まれるようにして消え、結界の中には一哉だけが残される。
一哉は一歩下がって残心を取り、刀を鞘に納めた。
橘一哉「やばかった・・・」
思った以上に力の調整が出来なくなっている。
橘一哉「やりすぎた気がする」
それは力の使い方か、はたまた倒し方であったか。
〇街中の道路
橘一哉「ふう」
結界も解除して元の世界に戻ると、
???「あんた、全然大丈夫じゃないじゃない」
橘一哉「うえぇ!?」
草薙由希「見たわよ」
振り向いたら由希がいた。
草薙由希「随分と派手な技、使ったわね」
橘一哉「見てたの?」
草薙由希「結界の反応が『観えた』からね」
様子見をしたら、丁度一哉が技を繰り出して魔族を仕留めたところだったらしい。
草薙由希「あんな大技使わなくても、いつものカズなら倒せたはずよね?」
橘一哉「あー、えっと・・・」
困った。反論できない。
草薙由希「少しでも普段と違うなら言いなさいよ」
橘一哉「うん・・・」
〇一戸建て
そして橘家の前。
橘一哉「なんで家までついてくるのさ」
なぜか由希も一緒にいた。
草薙由希「いいじゃない、昔からよく行き来してたんだし」
由希はポンポンと一哉の背中を軽く叩き、
草薙由希「ただいまー」
元気よく玄関のドアを開けると、
〇飾りの多い玄関
「お帰り〜」
奥の方から聞き慣れた、しかしこの家では聞くはずのない声が返ってきた。
橘一哉「ん?」
草薙由希「この声って、」
柔らかく、おっとりとした声音。
その主は、
佐伯美鈴「あら、由希ちゃんも一緒なの?」
美鈴だった。
エプロンを身に着けている。
草薙由希「なんで美鈴さんがいるわけ!?」
佐伯美鈴「由希ちゃんこそ、どうしたの?」
草薙由希「いいじゃない別に」
佐伯美鈴「こんな所で立ち話もなんだし、さ、上がって上がって」
橘一哉「た、ただいまー?」
佐伯美鈴「もう、住人が遠慮してどうするの」
佐伯美鈴「さあさあ、主賓はこちらにどうぞ」
草薙由希「・・・」
美鈴に手を引かれていく一哉を、由希は憮然とした顔で見送りながら靴を脱いだ。
〇おしゃれなリビングダイニング
佐伯美鈴「由希ちゃんのおかげで助かったわ〜」
佐伯美鈴「カズくんの入学祝いが、こんなに豪華になって」
テーブルには所狭しと料理が並べられている。
佐伯美鈴「橘家のお祝いメニューのフルコースね」
橘一哉「うん、まあ、そうなんだけど」
橘家で年末年始や祝い事の時に出るメニューがズラリ。
佐伯美鈴「それにしても、防具袋を使うなんて、由希ちゃんも中々の知恵者じゃない」
草薙由希「ま、まあ?ちょうど良いな、って閃いたから?」
ちょっと食材の匂いがするが、その内に薄れて消えるだろう。
佐伯美鈴「ほんと、いい奥さんになりそう」
草薙由希「褒めたって何も出ないからね!?」
そう言いつつも、由希は一哉の御飯茶碗に赤飯を山盛りにしている。
草薙由希「さ、いっぱい食べなさい!」
橘一哉「ありがとう、由希姉」
赤飯山盛りの御飯茶碗を受け取る一哉。
「いただきます!!」
〇おしゃれなリビングダイニング
橘一哉「ごちそうさまでした」
佐伯美鈴「お粗末様でした」
草薙由希「どう?少しは落ち着いた?」
橘一哉「うん、お腹いっぱい」
「よかった」
「!!」
同じ言葉を同時に口にしたことに気付いた由希と美鈴は笑い合う。
橘一哉「由希姉も美鈴姉も、ありがとね」
佐伯美鈴「身内だもの、当たり前よ」
草薙由希「あんたが調子悪いと、みんな心配するからね」
草薙由希「さ、片付けしましょ、美鈴さん」
佐伯美鈴「そうね」
手際良く片付けをしていく由希と美鈴の姿は、まるで実の姉妹のようだった。
〇普通の部屋
橘一哉「あー、眠い」
今日の夕飯は期せずして豪華になった。
満腹で眠い。
橘家の祝い事献立は、一哉の好きなものばかりだ。
それを姉同然の二人と一緒に食べる。
心も体も、これほど満たされたのは久しぶりだ。
橘一哉「でも、何かが足りないような・・・」
その答えは翌日に明らかになる。