第四話・いびつな世界(脚本)
〇近未来の病室
「ベリル・オークランドさん」
「面会希望の方がお見えです」
ベリル・オークランド「通してください」
ユーラ・スノーヘル「久しぶりね、オークランドさん」
ベリル・オークランド「ユーラさん?」
ユーラ・スノーヘル「安心したわ、元気そうで」
ベリル・オークランド「どうして、ここに」
ユーラ・スノーヘル「お見舞いよ」
ユーラ・スノーヘル「父から聞いたの、あなたが怪我をしたって」
ベリル・オークランド「しかし、なぜあなたがわざわざ・・・・・・」
ユーラ・スノーヘル「だって、あなたは命の恩人だもの」
ユーラ・スノーヘル「心配くらいするわ」
ユーラ・スノーヘル「それに・・・・・・」
「オークランドくん」
ベリル・オークランド「この声──」
「失礼するよ」
ベリル・オークランド「局長閣下!?」
テオ・スノーヘル「君が怪我をしたと聞いてね」
ベリル・オークランド「ご足労いただき恐縮です」
テオ・スノーヘル「まあ、そうかしこまらないでくれたまえ」
テオ・スノーヘル「具合はどうだね」
ベリル・オークランド「おかげさまで順調です」
ベリル・オークランド「近いうちに、職務に復帰できるかと」
テオ・スノーヘル「ああ、そのことなんだが」
テオ・スノーヘル「君、少し休暇を取りなさい」
テオ・スノーヘル「ずっと働きづめだったからね」
ベリル・オークランド「休暇を?」
テオ・スノーヘル「そうだ、少し羽を伸ばしてくるんだ」
テオ・スノーヘル「ユーラ、お前一緒に行ってやりなさい」
テオ・スノーヘル「彼は仕事一筋でね、遊んでいる姿を見たことがないものだから」
ユーラ・スノーヘル「はい、お父さま」
ユーラ・スノーヘル「私で良いならば、ご一緒させていただきたいわ」
ユーラ・スノーヘル「オークランドさん、あなたはそれでよくて?」
ベリル・オークランド「えっ・・・・・・と」
ベリル・オークランド「本当に、良いのですか?」
ベリル・オークランド「局長閣下のご息女と、一緒に」
テオ・スノーヘル「君ならむしろ歓迎だよ」
ベリル・オークランド「では、その・・・・・・承知しました」
テオ・スノーヘル「仕事の命令じゃないんだ、固く考えなくて良い」
テオ・スノーヘル「ではユーラ、頼んだぞ」
ユーラ・スノーヘル「はい、お父さま」
ユーラ・スノーヘル「と、いうわけだから」
ベリル・オークランド「つまり、私があなたと一緒に出掛けると?」
ユーラ・スノーヘル「そういうことね」
ベリル・オークランド「なぜ?」
ユーラ・スノーヘル「お見合いよ、お見合い」
ベリル・オークランド「お見合い!?」
ユーラ・スノーヘル「最近、母が勧める人と食事ばかりでつまらなかったの、ちょうどいいわ」
ユーラ・スノーヘル「父は父で、母と違うやりかたで私の結婚相手を探しているみたいね」
ユーラ・スノーヘル「父はあなたに相当目をかけているようだし」
ユーラ・スノーヘル「治安維持局の人間なら、人となりも知っていて話が早い」
ユーラ・スノーヘル「父の考えそうなことだわ」
ベリル・オークランド「しかし、私は──」
ユーラ・スノーヘル「何か問題?」
ベリル・オークランド「いえ、その・・・・・・」
ユーラ・スノーヘル「もちろん、あなたが嫌なら無理にとは言わないけれど」
ベリル・オークランド「嫌では、ありませんが」
ユーラ・スノーヘル「なら、決定ね」
ユーラ・スノーヘル「あなたが退院して、落ち着いたら連絡するわ」
ユーラ・スノーヘル「どうか、お大事に」
ベリル・オークランド(お見合い?俺が?)
ベリル・オークランド(治安維持局長のご令嬢と、第六階層出身の俺が?)
ベリル・オークランド「なぜ、こんなことに・・・・・・」
〇レトロ喫茶
一か月後──
第二階層・とある喫茶店
ユーラ・スノーヘル「今日は来てくださってありがとう」
ベリル・オークランド「いえ、こちらこそ」
ユーラ・スノーヘル「オークランドさん、甘いものは好きかしら」
ベリル・オークランド「はい、実は、その・・・・・・」
ベリル・オークランド「かなり」
ユーラ・スノーヘル「あら、意外!」
ユーラ・スノーヘル「甘いもの、召し上がらないとばかり思っていたわ」
ベリル・オークランド「こういう店は、なかなか自分だけでは入りにくいものでして」
ユーラ・スノーヘル「なら、今日はちょうど良いんじゃないかしら」
ユーラ・スノーヘル「このお店、ケーキが美味しいの」
ユーラ・スノーヘル「よく来たわ、母と一緒にね」
ユーラ・スノーヘル「父が仕事で忙しくて、ほとんど家に帰ってこなくて──」
ユーラ・スノーヘル「母はよく、私を連れ出してくれたわ」
ユーラ・スノーヘル「もう、ずいぶん昔のことだけど・・・・・・」
ユーラ・スノーヘル「いつからかしらね、母と一緒に出掛けなくなったのは」
ユーラ・スノーヘル「あら、ごめんなさい」
ユーラ・スノーヘル「変な話をしたわ」
ベリル・オークランド「いえ、お気になさらず」
ユーラ・スノーヘル「オークランドさん、ご両親は?」
ベリル・オークランド「それは──」
ベリル・オークランド(俺は、親の顔を知らない)
ベリル・オークランド(気づいたら第六階層で暮らしていた)
ベリル・オークランド(でも言えないな、そんなことは)
ベリル・オークランド「亡くなりました、父も母も」
ユーラ・スノーヘル「・・・・・・ごめんなさい」
ベリル・オークランド「あなたが謝るようなことではありません」
ユーラ・スノーヘル「そう、ありがとう」
ユーラ・スノーヘル「ねえ、オークランドさんはこのあとどこに行きたい?」
ベリル・オークランド「私の?」
ユーラ・スノーヘル「あなたの快気祝いみたいなものでもあるのよ、好きなところを仰って」
ベリル・オークランド「なら、本屋に」
ユーラ・スノーヘル「本屋?」
ベリル・オークランド「はい、好きなんです」
ユーラ・スノーヘル「私もよ」
ユーラ・スノーヘル「食べたら、行きましょうか」
ベリル・オークランド「ええ」
〇本屋
ユーラ・スノーヘル「オークランドさんはどんな本を読まれるの?」
ベリル・オークランド「主に小説を」
ユーラ・スノーヘル「私も!」
ユーラ・スノーヘル「本は良いわ、自分がどの世界で生きるかを自分で選べるんだもの」
ベリル・オークランド「どの世界で、生きるか?」
ユーラ・スノーヘル「どの階層に、どの家に生まれてくるか」
ユーラ・スノーヘル「すべて私の意思では決められない」
ユーラ・スノーヘル「でも本は違うわ」
ユーラ・スノーヘル「自由に、私の意思で選べるの」
ユーラ・スノーヘル「それが私が、本を好きになった理由」
ベリル・オークランド「わかります」
〇近未来の開発室
思い出す。あれは十年前のこと。
ちょうど、ナイラ先生と出会ったときのこと。
フーカ・ナイラ「ベリルくん、本は好き?」
ベリル・オークランド「訓練がないときは読んでいます」
フーカ・ナイラ「そう。なら、こんなものは?」
ベリル・オークランド「小説、ですか」
フーカ・ナイラ「面白いよ、貸してあげるから読んでみて」
ベリル・オークランド「はい」
〇本屋
ユーラ・スノーヘル「──さん、オークランドさん?」
ユーラ・スノーヘル「どうかなさったの?」
ベリル・オークランド「いえ、なんでもありません」
ベリル・オークランド「失礼しました」
ユーラ・スノーヘル「そう・・・・・・あ、私が好きなシリーズの新刊が出てる!」
ユーラ・スノーヘル「行きましょう、オークランドさん」
ベリル・オークランド「は、はい!」
ベリル・オークランド(自分で生きる世界を選べる、か)
ベリル・オークランド(確かに、その通りだな)
ベリル・オークランド(第六階層に生まれたことも、〈トモシビト〉となったことも、何一つ俺の意思ではない)
ベリル・オークランド(ただそんな中でも、本だけは選ぶことができた──)
ベリル・オークランド(先生も、だから俺日本を勧めたのかもしれないな)
〇王宮の広間
第二階層・美術館
ベリル・オークランド「ユーラさん」
ユーラ・スノーヘル「どうなさったの?」
ベリル・オークランド「本、重いでしょう」
ベリル・オークランド「お待ちしますよ」
ユーラ・スノーヘル「あら、ありがとう」
ユーラ・スノーヘル「私、楽しくてつい買いすぎてしまったわ」
ベリル・オークランド「それはとても──」
ベリル・オークランド「何か、音がした」
ユーラ・スノーヘル「何か不気味ね」
ベリル・オークランド(もしかして、〈昏人〉?)
ベリル・オークランド(いやしかし、第二階層での目撃情報はまだ──)
ユーラ・スノーヘル「あれ、何」
ベリル・オークランド「まずい、とうとう第二階層まで来たか・・・・・・!」
ベリル・オークランド「ユーラさん、今すぐ逃げてください」
ユーラ・スノーヘル「でも、あなたが・・・・・・」
ベリル・オークランド「早く!」
ユーラ・スノーヘル「は、はい!」
ベリル・オークランド「ここで戦いたくはないが、仕方ない」
ベリル・オークランド「今、送ってやる!」
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