龍使い〜無間流退魔録外伝〜

枕流

第四話 龍使いだよ全員集合! 中編(脚本)

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〇学校の裏門
  晃大、瑠美、哲也の三人は裏門に来ていた。
  一哉が由希に連行されていった後、三人は帰宅しようという結論に落ち着いた。
  『龍使い』について、色々話をしたいと哲也から提案があり、晃大も色々と聞いておきたいことがあった。
  他人には聞かれたくない話なので、人の出入りも少なめの裏門から出ようということになったのだが、
  裏門から出た方が晃大と瑠美の家からは近い上に、哲也の家も二人と同じ方向にあることが判明した。
  しかも、哲也と晃大の家は結構近所にあった。
  近所な上に温厚な性格もあり、晃大と哲也はすんなり打ち解けることができた。
姫野晃大「あれ?」
穂村瑠美「どうしたの?」
姫野晃大「門が閉まってる」
古橋哲也「裏口だからじゃない?」
姫野晃大「そっか」
  晃大は扉を開けようとしたが、
姫野晃大「ん?」
  開かない。
穂村瑠美「鍵は?」
姫野晃大「開いてる」
古橋哲也「錆びてるのかな」
  哲也が扉に手をかけたが、
古橋哲也「・・・結界だ」
  低い声で呟き、眉をひそめた。
穂村瑠美「そういうことね」
  瑠美の右腕から炎が迸り、斧槍へと姿を変える。
姫野晃大「瑠美、お前、」
穂村瑠美「古橋くんが言ってたじゃない、私たちは龍使いだ、って」
姫野晃大「聞いてないぞ」
穂村瑠美「教室で話したはずだけど?」
姫野晃大「あれって草薙先輩だけの話じゃなかったのか?」
古橋哲也「そこは穂村さんも一緒にいた時点で気付いてほしかったな」
穂村瑠美「今まで黙っててごめんね」
穂村瑠美「コウを巻き込みたくなかったから」
姫野晃大「ところでさ、俺が光龍使いになったのをいつ知ったんだ?」
  晃大が覚醒したのは昨夜だ。
  直接会った一哉はともかく、二人はいつ晃大が光龍の宿主だと知ったのだろうか。
古橋哲也「共鳴、っていうのかな」
古橋哲也「光龍の力が目覚めたのは感じたんだ」
穂村瑠美「龍が教えてくれたのよ」
姫野晃大「俺のことを?」
古橋哲也「いや、そこまでは分からなかった。分かったのは、光龍が目覚めた事だけ」
穂村瑠美「コウが光龍使いだって事は、橘くんが教えてくれたの」
姫野晃大「橘が?いつ?」
  知り合い同士なら携帯で連絡でもしたのかと思ったが、
古橋哲也「今朝」
姫野晃大「は?」
  返ってきたのは意外な答えだった。
古橋哲也「彼、今日は学校に一番乗りだったらしいよ」
穂村瑠美「それで、私たちに教えて回ってたみたい」
  中学時代の知り合いに片っ端から声を掛けて回り、一番乗りを自慢したりクラス分けで喜んだり寂しがったりしていたらしい。
  そして、龍使いには晃大が光龍使いだ、とコッソリ教えていたのだという。
姫野晃大「わからん・・・」
  橘一哉という人間の行動が今一理解できない。
古橋哲也「携帯やPCを使わないのは、見られたりハッキングされる可能性があるから、だってさ」
姫野晃大「そりゃ確かに、そういうリスクはあるけどさ」
  そこまで厳重な警戒をするものなのだろうか。
穂村瑠美「魔族はどこに潜んでいるか分からないから、とか言ってたわ」
古橋哲也「それにしても、うまいカモフラージュだよね」
古橋哲也「沢山の人に話しかけてれば、カズの目的もバレにくい」
穂村瑠美「そんなに色々考えてるようには見えないけどなぁ」
古橋哲也「とりあえず、ここから離れよう」
  敵が物陰に潜んでいて、こちらの隙を狙っているかも知れない。
古橋哲也「黄龍」
  哲也が呼びかけると、右の袖から一丁の斧が飛び出した。
  哲也は斧を握る右手を振りかぶり、
古橋哲也「それっ!!」
  素早くしゃがみ込んで斧を地面に叩きつけた。
  アスファルトに無数のヒビが入り、土と共に盛り上がって通路の左右に高い壁を作り出す。
  土壁は長身の哲也よりも更に高いところで内側に向けて傾いて伸びていき、トンネルとなった。
姫野晃大「すげえ」
古橋哲也「黄龍は土を操れるんだ」
穂村瑠美「私の赤龍は、」
  瑠美が斧槍を振ると、炎が巻き起こった。
穂村瑠美「見ての通り、火を操れる」
  炎が延びて土のトンネルの表面をなめていく。
穂村瑠美「古橋くんの土壁を焼き固めたから、少しは強度が上がってるはず」
古橋哲也「運動場まで保ちそうだね」
姫野晃大(こうやって組み合わせることもできるのか・・・)
  単一の属性だけではなく、複数の属性の組み合わせによる変化。
  確かに、他の神獣使いと力を合わせることができれば戦術の幅は大きく広がる。
穂村瑠美「さ、行きましょ」
古橋哲也「余熱も残ってて近づけない今がチャンスだ」
  三人が運動場に向けて歩き出そうとした瞬間、
  閃光と爆発音が轟いた。

〇道場
  武道場の中央で、草薙由希は立ち尽くしていた。
  右手には薙刀を引っ提げている。
  道場の床は一面水浸しになっていた。
  四方の壁にも水が途切れることなく流れている。
草薙由希「さあ、どこからでもかかってきなさい」
  全ての扉も閉ざされており、水が流れ落ちている。
  これが由希の龍使いとしての特性だった。
  青龍使い、草薙由希。
  特性は水。
  武器は薙刀。
  水を操り、薙刀を振るう。
  得物の習熟のために習い始めた薙刀道でも頭角を表し、部の主将を任されてしまう程になってしまった。
草薙由希「まったく、いいところだったのに・・・」
  ため息をつく由希。
  一哉と玲奈が武道場を出ていった後、見学者向けの余興を剣道部主将の辰宮綾子に提案した。
  薙刀部主将の自分と剣道部主将・辰宮綾子との剣道vs薙刀の他流試合である。
  綾子の方も快諾したので各部員と見学者に宣言。道場に歓声が響いたと思いきや、
草薙由希「魔族が来るなんて・・・」
  武道場から由希以外の人間が突如として消え去り、一切の騒音も消えた。
  魔族の結界だと悟り、武道場を閉鎖。
  内側全体に水を張り巡らせた。
  侵入者や接触したものがあれば、水の揺らぎで察知できる。
草薙由希「まあ、すぐには来ないでしょうけど」
  龍は神獣の中でも強力な存在だ。
  その宿主が複数集まっている今、向こうも軽卒に動くようなことは無いだろう。
草薙由希「!!」
  水が揺らいだ。
  波紋が生まれ、広がって行く。
  波紋の中心、即ち起点は正面の出入り口。
  扉が勢いよく開かれる。
草薙由希「そこ!」
  由希は薙刀の刃を返して逆袈裟に振り上げる。
  水が波となり、侵入者に襲いかかった。
  が、
  波が止まった。
  時間が止まったかのように。
  次の瞬間、
  停止した波が一瞬で霧となって消えた。
  そして、
橘一哉「びっくりしたぁ・・・」
  霧の中から従弟の橘一哉が姿を現した。
草薙由希「あら、カズ」
草薙由希「ごめんね、敵かと思って、つい」
橘一哉「いや、しょうがないよ」
橘一哉「こっちもいきなり飛び込んできちゃったわけだし」
草薙由希「敵はどこ?玲奈ちゃんは?」
  矢継ぎ早に由希は問いかける。
橘一哉「玲奈は頼ちゃんとよっくんと一緒。 運動場に出てる」
草薙由希「正解ね。校舎内のレイアウトは把握しきれてないだろうし」
橘一哉「もうね、よっくん様様だよ」
橘一哉「エア電磁ライフルで強行突破なんて」
草薙由希「エア、でん・・・?」
  急におかしな単語が飛び出してきた。
草薙由希(気にしたらダメな気がする)
  この従弟は、たまに突飛な事を言う。
  下手にツッコむと、余計に混乱させられることになる。
  余計なツッコミは入れない、というのが、長い付き合いの中で辿り着いた結論だった。
橘一哉「敵さんが何処かは不明。縮地ですっ飛ばして来たから」
橘一哉「とりあえず武道場の周りにはいないっぽい」
  手短に一哉は状況を伝えた。
草薙由希「そう・・・」
草薙由希「なら、出ましょうか」

〇白い校舎
  トンネルの中を進む晃大、瑠美、哲也の三人。
  閃光と轟音の正体が掴めないこともあり、敵の気配を探りながらゆっくりと歩を進めていると、
姫野晃大「ん・・・?」
  運動場が視界に入った時、晃大は気付いた。
穂村瑠美「どうしたの?」
古橋哲也「なにかあった?」
姫野晃大「光がおかしい」
  呟いて空を見上げると、
  運動場の上空に網が張り巡らされていて、人がぶら下がっているのが見えた。
  だが、頭を下にして、足裏を網に密着させるという、誰がどう見ても異常な状態だった。
矢口朱童「・・・・・・・・・」
  男は黙って校舎側を見ている。
古橋哲也「あれか」
穂村瑠美「どう見ても魔族よね」
姫野晃大「人間じゃないのか?」
  見た目は人間だ。
穂村瑠美「よく見て。普通の人間に、あんな真似ができると思う?」
姫野晃大「何か特殊な素材や技術を使ってる、とか?」
古橋哲也「あの網はどう説明する?」
  網は運動場の上にあるが、それを釣るワイヤーやロープが見えない。
  自分の目を信じるならば、あの網は空に『浮いている』ことになる。
  男は、『宙に浮いた』網に、『足裏で』『逆さまに』『張り付いて』いる。
姫野晃大「人間には、無理だな・・・」
  何れも人間の技術では不可能。
  となれば、彼は人ならざる者、即ち魔族ということになる。
穂村瑠美「よく気付いたわね」
姫野晃大「なんか、日差しが妙だったんだよ」
姫野晃大「うまく言えないんだけど、なんかおかしいなって」
  今の晃大には、適切な言葉が見つからない。しかし、彼の足が止まるほどの強烈な違和感があった。
古橋哲也「光龍は光を操るから、光の変化を感じやすくなったんだろうね」
  哲也曰く、神獣使いになると、神獣の特性─光や水、土などの得意とする要素─に対する感受性が高くなるらしい。
穂村瑠美「だから、環境の違いに敏感になるの」
矢口朱童「む?」
姫野晃大「やばい、気付かれた!」
矢口朱童「こんにちわ」
  男は晃大たちの方に向き直り、両腕を伸ばした。
  鋭い風切り音と共に、男の袖の中から無数の縄が飛び出して迫りくる。
穂村瑠美「せい!」
  瑠美が斧槍を横に薙ぐ。
  炎の帯が生まれ、縄の行く手を遮った。
  焦げ臭い匂いは、縄が炎で焼かれたからだろう。
古橋哲也「っそい!」
  斧を地面に叩きつける。
  盛り上がった土が炎を縄の燃えかすと共に持ち上げた。
矢口朱童「巧いが、甘いな」
  更に追加の縄が男の袖から繰り出される。
  壁を乗り越えて飛び込んできた縄を、
姫野晃大「だあっ!」
  晃大が刀を振るって弾こうとしたが、
矢口朱童「はい、捕まえた」
  数本の縄が晃大の刀と両手に巻き付いた。
姫野晃大「!!!!」
姫野晃大「くそっ!」
  振りほどこうとするが、逆に締め付けが強くなっていく。
矢口朱童「さあ一人目だ」
  男が腕を引き、晃大を引き寄せようとした時、
  晃大の右腕から光が走り、晃大に絡み付いた縄を弾き飛ばした。
矢口朱童「おっと」
  男はたたらを踏み、網の上を数歩後ずさる。
穂村瑠美「コウ!」
  瑠美が斧槍に炎を纏わせて跳躍し、縄を焼き切った。
姫野晃大「助かったぁ・・・」
矢口朱童「炎と土の使い手は中々やるようだが、残る一人、光の使い手はまだ未熟か」
矢口朱童「それに、」
  スドドッ!!!!!!!!
  先端に鋭い円錐のついた縄が、哲也が築いた土壁に幾つも突き刺さる。
古橋哲也「その程度で壁は、」
穂村瑠美「古橋くん!」
  哲也の言葉を遮って瑠美が声を上げた。
姫野晃大「おい!!」
  晃大も目の前の変化に声を上げた。
古橋哲也「んな!?」
  土壁に無数の斑点ができ、急速に大きくなっていく。
矢口朱童「いつまで保つかな?」
  ボロリ、と斑点の部分が崩れ落ちて穴が空き、
  液体が吹き出した。
「!!!!!!!!」
  液体が吹き出すのと同時に地面が激しく揺れた。
  倒れまいとして三人が後ろに下がると、
  間髪入れずに業火が三人の前に広がり、
  液体を飲み込んで蒸発させた。
  不快な臭いが鼻を突く。
  あの液体は何らかの毒だろう。
古橋哲也「不用意に近づくのは危険だな」
  穴を開けられた土塁はそのまま、後ろに下がった分だけ生まれた空白に二つ目をの土塁を作り出す哲也。
  ギリギリの間合いで睨み合いをしていると、
  武道場の方から歩いてくる人影が見えた。

〇白い校舎
飯尾佳明「どこまで行ったんだ、あの鉄砲玉は」
  一哉の姿が見えない。
  しかし、少なくとも非常扉の周囲には敵はいないようだ。
  元々いなかったのか、一哉が始末したのかまでは分からないが、出口周辺の安全確保には成功した。
  あとは運動場まで出なければならないが、
飯尾佳明「まったく」
  これでは自分が盾になるしかない。
  両の手に双鞭剣を携えて歩き出した佳明を、
辰宮玲奈「待って」
飯尾佳明「あ?」
  玲奈が呼び止めた。
梶間頼子「なになに?」
  続いて頼子も玲奈の傍に近寄ってきたが、
  鋭い風切り音。
飯尾佳明「!!!!」
  間に合わないと感じた瞬間、勝手に佳明の腕が動いて鞭剣を振るった。
  ガイン!
  飛んできたものが右手の鞭剣に衝突し、硬質な衝撃音が響く。
飯尾佳明「あぶねえ・・・」
  右手が痺れる。佳明の背中を冷や汗が流れ落ちる。
  防御した鞭剣の向こう側には、
矢口朱童「龍に護られたか」
  男が逆さまになって宙に浮いていた。
  男の袖口から縄が伸び、先端には分銅が付いている。
辰宮玲奈「この!」
  目一杯引き絞った弓から矢を放つ玲奈。
  衝撃波で植木の葉や花が飛び散り、矢は唸りを上げて男に向かっていく。
梶間頼子「せい!」
  頼子も金剛杵を投げた。
矢口朱童「ぬう!」
  縄を振るい、男は矢と金剛杵を弾いた。
  風と閃光が周囲に散らばる。
辰宮玲奈「こっち」
飯尾佳明「お、おう」
  玲奈に促され、三人は一番枝振りの良い木の陰に身を隠した。
飯尾佳明「なんなんだ、アイツ」
  改めてよく見ると、男は空中に張られた網に逆さまに立っている。
  先程の動きといい、魔族であることは間違いない。
梶間頼子「どうする?」
辰宮玲奈「もう一回仕掛けてみる?」
  玲奈と頼子が各々攻撃準備に入ろうとするが、
飯尾佳明「待て、向こうを見てみろ」
  佳明は運動場を挟んだ向かい側、裏門に続く空間を指し示した。
梶間頼子「あ、」
辰宮玲奈「あれって、」
梶間頼子「瑠美と哲也、それに、姫野くんだっけ?」
  三人が様子を窺っているのが見える。
  しかし、
飯尾佳明「やべ」
  逆にそれがいけなかった。
  こちらの動きから読み取られてしまったらしい。
  男は晃大たちに向き直り、攻撃を仕掛けたのである。
飯尾佳明「やられてくれるなよ・・・」
  晃大たちは男の攻撃を凌ぐことはできた。
  しかし、
飯尾佳明(龍のフォローがなければ、危なかった)
  先程の佳明と同じように、龍が宿主の身体を動かして力を発動していなければ確実にやられていた。
  三人一組のチーム二組で男を挟撃する形になっているが、あの男は強い。
  たとえこちらを見ていなくても、軽卒に仕掛けるのは危険だ。
飯尾佳明(俺が龍の力を使うんじゃなく、龍が俺を使わなければ勝てないかもな・・・)
  一旦、身体の主導権を完全に龍に委ねるという選択肢が頭に浮かんだが、
辰宮玲奈「あ、カズだ」
飯尾佳明「あん?」
梶間頼子「由希さんも一緒にいるね」
飯尾佳明「はあ?・・・って、」
  確かに、玲奈と頼子の言う通り。
  草薙由希と橘一哉が、歩いてきた。

〇白い校舎
橘一哉「まったく、誰だよ由希姉を一人にしたのは・・・」
橘一哉「・・・」
橘一哉「・・・」
橘一哉「って、俺か!!」
草薙由希「そうね、玲奈ちゃんと一緒に脱走したわね」
  心なしか由希の声音が冷たいような気がする。
橘一哉「脱走って・・・」
草薙由希「その通りでしょ」
草薙由希「うまい答え方が見つからなくて、丁度いい理由があったから、その場を離れた」
橘一哉「はい、その通りです・・・」
  ぐうの音も出ない。
  由希は本当に鋭い。
  薙刀部主将として部員をまとめている経験もあるからか、目配り気配りが利いている。
草薙由希「それはそれとして、」
草薙由希「姫野くんには瑠美ちゃんがいるし、古橋くんも一緒なんでしょ? 同じクラスみたいだし」
橘一哉「ああ、うん」
草薙由希「なら一先ずは安心ね」
  安堵の溜め息を漏らす由希。
橘一哉「あ、いた」
  校庭の片隅で、土塁に身を潜める人影が三つ。
  手を振ろうとした時、
草薙由希「うひゃあ!!」
橘一哉「由希姉!?」
  一哉が振り向くと、
草薙由希「こっち見んなバカズヤ!」
  上から響く、羞恥混じりの怒声。
  見れば、由希が上下逆さまに吊られていた。
  スカートが捲れそうになるのを両手で必死に押さえている。
「いやあ、釣れた釣れた」
  別の方向、運動場側から声が聞こえた。
  そちらの方を見上げると、
橘一哉「お前か!」
  中空には網が張られており、
矢口朱童「行きは良い良い帰りは怖い」
矢口朱童「出てきた時には速すぎて捉えられなかったが、帰りがこれほどゆっくりとはねえ」
矢口朱童「身内と一緒で気が緩んだかな?」
  網の裏側に足裏を着け、頭を下に向けて直立し、
  手足の長い男が、逆さまに、立っていた。

〇白い校舎
飯尾佳明「あー・・・」
辰宮玲奈「由希さん・・・」
梶間頼子「わ、結構エグいの穿いてる」
  あそこまで無警戒に歩いてくるとは思わなかった。しかも、
飯尾佳明「なんで草薙先輩まで・・・」
  普段なら警戒を怠らないはずの由希も、まんまと罠に引っ掛かってしまっている。
飯尾佳明「武道場に行ってたんだな、アイツ」
辰宮玲奈「そうみたいだね・・・」
  一哉と玲奈が武道場を離れた結果、由希は単独になった。
  それに気付いて急行したのだろう。
  脇目も振らず縮地で移動したために運動場上空の男に気付けなかったのだろうが、その後の失態は擁護のしようがない。
梶間頼子「由希さん、オトナだ・・・」
飯尾佳明「梶間、それは一旦スルーしろ」
梶間頼子「はーい」
飯尾佳明「梶間、おまえ、だんだん橘に似てきたな・・・」
辰宮玲奈「それは後でいいから」
飯尾佳明「どうしたものかな・・・」
  人質発生。

〇白い校舎
姫野晃大「おいおい・・・」
古橋哲也「嘘でしょ・・・」
穂村瑠美「勘弁してよ・・・」
  まさか、あっさりと引っかかるなんて。
  ごく自然な様子で歩いてきたのも、こちらに手を振ろうとしたのも、何かの作戦だと思った。
  しかし、そんなことは全く無かった。
姫野晃大(あいつ、本当は何も考えてないんじゃないか?)
  昨夜の言動は事前に色々知っていた上での仕込みであって、突発的な事態に全く対応できないのではないか。
  晃大は急に不安が込み上げてきた。

〇白い校舎
矢口朱童「他の連中は警戒して動いていないのに」
矢口朱童「強い割には頭が足りないらしいな、黒龍の宿主は」
橘一哉「本当のことを言うなよ、傷つくじゃないか」
草薙由希(なんで照れてるのよ)
矢口朱童「とても傷ついてるようには見えないな」
矢口朱童「おっと、動くなよ」
  柄に手をかけようとしていた一哉を男が制止した。
矢口朱童「動けば君の姉上が恥をかくことになる」
  網から縄が数本伸びて由希の両腕に絡みつく。
草薙由希「っ・・・」
  頬を真っ赤にする由希。
矢口朱童「さて、」
  男は二重の土塁を一瞥し、
矢口朱童「あっちの三人は土壁に炎と光の目眩ましで逃げられた」
  哲也、瑠美、晃大の三人のことだろう。
  次いで、
矢口朱童「向こうの三人は風と雷で捉えきれなかった」
  校舎の隅、花も葉も吹き飛び裸になってしまった植木のあたりを見やる。
  佳明、頼子、玲奈のことだ。
矢口朱童「ただただ歩いてきただけの君等は実に間抜けだなぁ」
  男は苦笑する。
橘一哉「それで、どうする」
矢口朱童「動かずにそのままでいてもらおうか」
矢口朱童「まずは君からだ、黒龍の宿主」
  男は一哉を指差した。
矢口朱童「せっかく人質も取れたことだし、君から始末させてもらう」
矢口朱童「まともにぶつかり合っては勝てないからな」
橘一哉「ふうん」
矢口朱童「さらば!!」
  袖の内側から、鋭い尖端を持つ縄が飛び出して一哉に向かっていく。
  しかし、
矢口朱童「なに?」
  縄が一哉に届かない。当たらない。
  何度飛ばしても、届く前に勢いを失ったり方向が逸れてしまう。
橘一哉「どうした?俺は動いてないぞ?」
矢口朱童「何をした!何をしている!」
橘一哉「俺自身は何にもしてないぜ?」
  ニッ、と一哉は笑い、
橘一哉「ちょっと大気中の浮遊物質に動きを止めてもらっているだけだ」
矢口朱童「そんなことがあり得るものか!」
  有り得ない。
  大気中には様々な物質が浮遊しているが、酸素と窒素が大半を占める。
  酸素と窒素の割合が少しでも変化すれば、人間は呼吸に異常を来して活動が困難になる。
  酸素と窒素の動きを止めるわけにはいかないだろうし、その二つを除いた大気中の物質の量は極々僅か。
  目に見えるほど大きな物もないのに、これほど狙いを逸らすことができるというのか。
橘一哉「あり得るさ」
橘一哉「この膠着状態に入る前に何があった?」
  一哉の問いに、
矢口朱童「まさか!!」
  男はハッとした。
橘一哉「そのまさかだよ」
橘一哉「俺は直接見ていない。でも、」
  一哉は晃大たちがいる方向、校舎隅の非常口、と順番に視線を移し、
橘一哉「これだけ変化があったんだ」
  再び男に視線を戻す。
橘一哉「普段では有り得ない量の物質が浮遊してるに決まってるじゃないか」
橘一哉「ぶっちゃけ、ちょっと埃っぽくてむせる」
  わざとらしく咳払いをする一哉。
橘一哉「高い所にぶら下がってるアンタには分かりにくいかもしれないが」
橘一哉「それに、何があっても動かないようにキッチリ固定しとけば、ね」
  橘一哉、黒龍使い。
  属性は『闇』。
  特性は『エネルギーのゼロ化』。
  大気中に浮遊する物質の持つエネルギーを奪い、空中に固定された状態を作り出しているのだ。
矢口朱童「小賢しいマネを・・・!!」
矢口朱童「ならば!」
  由希の方を睨み、指先を動かす。
  スカートを押さえている両腕を引っ張って動きを完全に封じようとしたが、
矢口朱童「なに!?」
  由希の両腕に絡みついていた縄がスルリと解けた。
草薙由希「残念だったわね!」
  よく見ると縄の表面にぬめりがある。
  粘度を高めた水を、自分と縄の間に張っていたのだ。
矢口朱童「いつの間に・・・!」
  由希の足に絡みついている縄もスルリと解けた。
  由希は片手でスカートを押さえたまま、薙刀の鍔元を逆手に持って石突を先に地に着け、クルリと身体を反転させ着地した。
草薙由希「カズ、あとはよろしく!」
橘一哉「あいよ」
  一哉は剣呑な笑みを浮かべて返事をすると、
橘一哉「いよっ、と」
  足を上げ、
  下ろし、
矢口朱童「なんと!」
  中空で踏みしめ、
橘一哉「ほっ」
  更にもう片方の足を上げるが、先に上げた足は落ちない。
  そこに見えない階段でもあるかのように、一哉は空中を一歩ずつ登っていく。
  動きを止めた大気中の物質に『乗って』いるのだ。
矢口朱童「おのれい!」
  縄を繰り出すよりも、一哉の方が早かった。
矢口朱童「ぐふう」
  空中を滑るようにして間合いを詰めた一哉は男の丹田に柄頭を打ち込んだ。
  続けて、足をスッと真上に伸ばし、
橘一哉「よいしょお!」
矢口朱童「いぎ!」
  股間に踵落とし。
  経絡であり急所の一つ、前後の排泄器の中間にある会陰に踵が直撃した。
  男は激痛のあまり白目をむき、手足が弛緩する。
橘一哉「ふん!」
  体ごと重心を沈めると、男の足裏が網から離れて真っ逆さまに落下した。
矢口朱童「げぶっ」
  重力を味方につけた一哉の体重と背中を強かに打ち付けた二つの痛みに、男は呻き声を上げる。
橘一哉「手の込んだ真似をしてくれたじゃないか」
  一哉は男の右足の付け根を左脛で押さえ、左上腕を右足で踏みつけ、鳩尾に柄頭を当てる形で組み伏せていた。
草薙由希「今回はあなた一人?」
  由希の問い掛けに、
矢口朱童「言えるものか」
  男は答える気はないようだ。
橘一哉「だよな」
橘一哉「で、どうする?」
矢口朱童「どうする、とは?」
橘一哉「魔族を抜けるのも選択肢にあるんじゃないか?」
橘一哉「龍のように」
矢口朱童「バカを言え」
  フッ、と男は鼻で笑い、
矢口朱童「人としての名も生もとうに捨てたわ!」
矢口朱童「我こそは魔族の矢口朱童!」
矢口朱童「魔道に殉ずるが我が悲願!網から落とし組み伏せた程度で私に勝ったと思ったか!」
  名乗りを上げた魔族・朱童は肘を曲げて五指を一哉に向け、指先から糸を放つ。
  この至近距離では刀を抜き打つのは難しい。
  間合いを取るか、あるいは朱童が一哉を捕縛するかの二択に思われたが、
橘一哉「ふん!」
  一哉は柄頭で朱童の右手を、右膝と右手で朱童の左腕を制しながら腰を浮かせ、勢いよく体を前に倒した。
矢口朱童「!!」
  何が来るのか瞬時に察した朱童も頭を勢いよく持ち上げ、
矢口朱童「ぬん!」
  ゴッ、と鈍い音を立てて一哉と朱童の額がぶつかり合った。
  朱童の放った糸は狙いが逸れ、勢いを僅かに緩めたものの止まることなく上に向かって伸びていく。
草薙由希「カズ!」
  糸を始末しようと由希が前に出るが、いささか遠く薙刀が届きそうにない。
草薙由希「いやぁっ!」
  由希は石突を片手で持ち、力一杯横薙ぎに振り抜いた。
  刃こそ届かなかったものの、薙刀からは
  無数の水飛沫の弾幕が打ち出されて糸の勢いを完全に殺し、
辰宮玲奈「カズ!」
  更に、玲奈が放った矢の巻き起こした風が糸を千切り吹き散らした。
橘一哉「まだやるか!」
矢口朱童「当たり前だ!」
  二人は互いに歯を食いしばって睨み合っていたが、
  同時だった。
  カッと目を見開き、闘気を膨れ上がらせる。
草薙由希「神気発勝!?」
  人間が耐えうる限界ギリギリまで神獣の気を全身の隅々に行き渡らせる奥の手。
  神獣の気を発現して勝れた力を発揮する。
  故に、神気発勝と称す。
矢口朱童「ふん!」
  朱童は左足を蹴り上げ、先程のお返しとばかりに一哉の股間を狙うが、
橘一哉「なんの!」
  一哉は朱童の頭の左右に柄頭と右手を着けると両足を上げて足裏で朱童の膝を受け止め、
「おおっ!!」
  二人は揃って雄叫びを上げた。
  朱童は自由になった両手で一哉を捕らえようとするが、それよりも速く一哉は跳んだ。
  傍目には、朱童が一哉に巴投げを仕掛けようとして抜けられたようにも見えたかもしれない。
  一哉は足を伸ばして逆立ちに跳び上がると伸身宙返りで朱童に向き直りつつ刀を抜き放ち、
橘一哉「チェストぉ!!」
  着地と同時に太刀を真っ向切り下ろしに叩きつける。
矢口朱童「ちぃ!!」
  朱童は縄を打ち出して少し離れた所の地面に打ち込み、素早く我が身を引き寄せて一哉の一閃を紙一重で回避する。
  一哉の太刀は空を切り、地面スレスレで止まった。
橘一哉「チッ」
  蹲踞の体勢で目だけを朱童に向け、舌打ちする一哉。
橘一哉「何か持ってるな?」
  一哉の切り下ろしを避ける瞬間、朱童は空いた片手の掌を迫る太刀に添え、太刀の勢いを利用して身を翻していた。
  ただ空振るでもなく、生身の肉に触れたのとも違う感触があった。
矢口朱童「全く、侮れんな」
  両手の指を揃えて伸ばし、構えを取る朱童。
橘一哉「峨嵋刺か」
  人間の手首から指先までの長さの細い紡錘の中央に指輪を着けた暗器。
  峨嵋刺。
  その峨嵋刺を、朱童は両手に装着していた。
矢口朱童「巷では、その名で知られているな」
矢口朱童「だが、ただの峨嵋刺と思うなよ」
橘一哉「そりゃ、そうだろうな」
  相手は魔族だ。
  何かの力、朱童の持つ魔族としての力が込められているのは間違いない。
矢口朱童「だがな、貴様だけの相手をしているわけにもいかん」
  ここには今、八人の龍使いがいる。
  間近に対峙する一哉と由希、離れた所には三人ずつ分かれて待機。
  数の上では朱童が不利。
  だが、
矢口朱童「この場は私が作り出した結界だ」
矢口朱童「この程度の物量差など無きに等しい!」

次のエピソード:第伍話 龍使いだよ全員集合! 後編

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