龍使い〜無間流退魔録外伝〜

枕流

第弐話 陰陽邂逅(脚本)

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〇普通の部屋
橘一哉「・・・」
  少年は部屋の真ん中に座り、窓の外を眺めていた。
  視点は遥か彼方を見つめている。
  焦点が遠すぎて、逆に虚ろにすら見える。
橘一哉「お、」
  声が漏れ、ピクリと眉が動いた。
橘一哉「行きますか」
  少年はスッと立ち上がると窓に向かって歩き出し、
  差し込む西日の中に消えた。

〇草原
姫野晃大「なあ光龍、その敵はどこにいるんだ?」
「わからん」
「いるのは分かる 結界が存在するからな だが、位置までは把握しきれん」
姫野晃大「じゃあ、このまま閉じ込められっぱなしってのも有り得るのか?」
「あり得なくはない」
姫野晃大「マジかあ・・・」
  晃大はため息をついた。
  明日は高校の入学式だ。
  初日から欠席か遅刻だなんて運がない。
「あー、それは俺も困るんで流石にやらないよ」
  どこからともなく声が響き渡る。
  若い男の声だ。
姫野晃大「誰だ!」
「上だ!」
  晃大の誰何と光龍の怒号が同時に響き渡る。
  反射的に晃大は両腕を振り上げた。
  光の盾が晃大の頭上に形成される。
  間一髪、攻撃を受け止めることができた。
  魔族を倒した時よりも遥かに重い衝撃が両腕に伝わる。
  耐えきれずに晃大は数歩後ずさる。
  合わせて光が強くなる。
  光龍のフォローによる目眩ましだ。
  ザッ、と地を踏む音が聞こえた。
橘一哉「いきなりごめんね、コウちゃん」
  晃大の眼の前に、抜き身の刀を引っ提げた少年が立っていた。
  年の頃は晃大と同じくらい。
  身長は晃大よりも数センチ低いか。
  それにしても、
姫野晃大「(緊張感のないやつだな)」
  雰囲気が緩い。
  それに、
姫野晃大「コウちゃん?」
  初対面の相手にちゃん付けとは。
橘一哉「そう、光龍使いだからコウちゃん」
姫野晃大「・・・」
  光龍使い、という言葉に晃大は警戒感を募らせた。
姫野晃大「お前、何か知ってるのか?」
橘一哉「ああ、だいたい知ってる」
  少年はサッと血振りをすると腰に差した鞘に刀を納め、
橘一哉「俺は黒龍使いの橘一哉。よろしく」
  右手を差し出した。
姫野晃大「・・・」
  しかし晃大は手を出さない。
「貴様が黒龍の宿主か」
  光龍が声を発した。
橘一哉「いかにも」
  光龍の言葉に、橘一哉と名乗った少年は首を縦に振る。
「大丈夫、彼は敵ではない」
姫野晃大「本当に?」
「彼は我が同胞である黒龍を宿している」
  一哉は鯉口から左手を離し、左前腕を晃大に見せた。
  よく見ると、細長い何かが巻き付いているような痣がうっすらと見える。
  手首側の先端は角の丸い菱形のような膨らみがあり、細長い線が二本伸びている。
  確かに、龍に見えなくもない。
橘一哉「これが竜の宿主の証拠」
姫野晃大「・・・姫野晃大(ひめの こうだい)だ」
  晃大も自分の名を告げた。
  だが、握手はしない。
  そこまで信用しきれていない。
橘一哉「お、なんだ、コウちゃんで良いじゃん」
  ニッ、と一哉は笑った。
姫野晃大「(初対面なのに馴れ馴れしくないかコイツ)」
橘一哉「じゃあ、腕試しといこうか」
姫野晃大「なぜそうなる!?」
橘一哉「まあ、武で語る、的な?」
  一哉は刀の差し位置を調整し、
橘一哉「ほいじゃあ、いくぜ」
  僅かに腰を落とし、軽く膝を曲げた。
  とはいっても、傍目には力を抜いた程度にしか見えない。
  だが、浮ついていたものがスッと沈み込むのが晃大にも感じられた。
姫野晃大「・・・」
橘一哉「・・・」
  沈黙が流れる。
姫野晃大「ぬ」
  抜かないのか?と聞こうとした瞬間、
  フッ、と一哉の姿が刀を残して視界から消えた。
「後ろに跳べ!」
姫野晃大「!?」
姫野晃大「!!」
  鋭い風切り音が晃大の眼の前を走った。
  きらめく一閃が下から上へ抜けていく。
  下がった晃大の視界に、体を大きく前傾させて刀を逆袈裟に抜き打った一哉の姿が映った。
  一哉は体を起こしながら左手で柄頭を握り、
橘一哉「フッ!!」
  二の太刀を繰り出す。
  前に大きく一歩踏み込みながら体を沈めつつ前傾させ、叩きつけるような一撃。
姫野晃大「くそっ!!」
  さらに後ろへ下がってかわし、体勢を立て直そうとすると、
橘一哉「もう一丁!」
  体を伏せて地面すれすれまで刀を振り下ろした体勢から、まるで獣が獲物に襲いかかる時のような、前に大きく飛び込んでの突き。
  体ごと飛び込みながら繰り出される突きは、想像以上の速度と伸びで晃大に迫ってくる。
  互いの刃が交わり、火花が飛び散る。
  紙一重のところで受けることができた。
  刃が交わった状態のまま、一哉は無表情で目だけを晃大に向けている。
  対する晃大の表情は険しい。
橘一哉「まあこんなもんか」
  一哉は後ろに下がると刀を片手でクルリと一回転させ、鞘に納めた。
「随分手荒い歓迎だな、黒龍の宿主」
  晃大の右腕が光り、光龍が姿を現した。
「晃大は今日が初陣だ 連戦させる必要性があったか?」
橘一哉「ない!!」
姫野晃大「即答!?」
  胸を張り即答する一哉。
「ならばなぜ」
橘一哉「趣味です!!」
姫野晃大「趣味ぃ!?」
  続けての問いにも爽やかに即答。
橘一哉「いやあ、コウちゃんのツッコミが気持ち良いなあ」
姫野晃大「(なんだよコイツ)」
「私の結界を再利用するほどの使い手が誰かとは思ったが、敵ではなかったのは幸いだったか」
橘一哉「コッソリ結界張り直すのにも苦労したよ」
橘一哉「久々に全力出したせいで黒龍も寝ちゃってるし」
「ん?」
姫野晃大「ん?」
  今、聞き流してはいけない言葉が聞こえたような気がする。
  黒龍が、寝ている?
姫野晃大「おい橘、」
橘一哉「ん?」
姫野晃大「黒龍が寝てる、って、どういう意味だ?」
橘一哉「そりゃあ言葉通りの意味さ。 龍の力は強力だからね、取っかかりを見つけても、その先がさ、」
橘一哉「構造を変えずに変質させる、しかも担い手に悟られないように進めていくのは流石にキツかったみたい」
橘一哉「光龍も随分頑張ってたからねぇ」
橘一哉「結界の維持とコウちゃんの守護に全力を注ぎ込んでたみたいだし」
橘一哉「ちょっとでも異変があれば見逃さずに力ずくで潰してただろうさ」
橘一哉「コウちゃんだけじゃなく、結界に手を出したやつも無事では済まなかっただろうね」
「宿主の守護は最優先だからな」
橘一哉「まだ宿主との繋がりが出来上がってないのに、大変じゃなかった?」
橘一哉「宿主との繋がりも、一つミスれば共倒れなんだろ?」
「なら貴様の行動は危険だったのだと分かりそうなものだがな」
橘一哉「俺はコウちゃんと光龍を信じてたから」
橘一哉「ついでに黒龍も」
  黒龍はついでなのか。
姫野晃大「いい話っぽくまとめようとしても騙されないからな!」
  どうにも胡散臭い。
橘一哉「よし、じゃあ第2ラウンドいこうか」
姫野晃大「なぜそうなる!?」
  まだやるというのか。
橘一哉「大丈夫大丈夫、さっきと同じで龍の力は使わずに人間業だけだから」
橘一哉「龍の力は得物が壊れないようにしてるだけだから」
姫野晃大「待て待て、最初にお前が消えたの、龍の力じゃなかったのか?」
橘一哉「あれは腰を落として太刀の陰に隠れただけ」
「意識の虚を突いた錯覚、というやつだな」
橘一哉「さ、ネタバラシも済ませたことだし、いざ尋常に」
姫野晃大「だったら、」
  晃大は一哉に歩み寄り、
姫野晃大「これで刀は抜けないよな」
  柄頭を押さえた。
橘一哉「お、賢い」
橘一哉「でも惜しいな」
姫野晃大「(!?)」
  柄頭を押さえる手の抵抗が消えた。
  抵抗の喪失に気付いた次の瞬間、
姫野晃大「っつ!」
  右手を叩かれ、思わず引っ込めた。
橘一哉「鞘を動かせば問題ないんだなあ」
  一哉の刀は鞘から抜き放たれ、切っ先を晃大に向けて腰だめに付けられていた。
  右手を見る。
  傷はない。指も五本ある。
  赤みがさしているだけだ。
  切られてはいないらしい。
橘一哉「ああそうだ、切れ味も無くしてあるんだっけ」
  ツツ、と左の人差し指で刃をなぞる一哉。
  強く押し付けてなぞったのに、血が出ていない。
橘一哉「ほら、切れてない」
姫野晃大「それは早く言えよ」
橘一哉「ごめん、忘れてた」
「それで?続けるのか?」
  光龍が問いかける。
橘一哉「いや、今日はここまで」
  一哉は首を横に振った。
橘一哉「明日は入学式だから早起きしないと」
橘一哉「じゃあね、コウちゃん」
橘一哉「また明日」
姫野晃大「消えた・・・」
「あれは龍の力だ」
「縮地と言ってな、霊脈に乗って長距離を一瞬で行き来する」
姫野晃大「はえー」
「あいつは龍の力をかなり使いこなせている」
「覚醒が早かったのだろう」

〇本棚のある部屋
姫野晃大「お、部屋に戻ってる」
  いつの間にか広野は見慣れた自分の部屋に戻っていた。
「結界が解けた証拠だ」
姫野晃大「窓が直ってる・・・」
  魔族によって鍵を破壊されて開けられたはずの窓が閉まっていた。
  鍵も壊れていない。
「あの魔族が現れた時点で、この家と寸分違わぬ形の結界にすり替わっていたらしいな」
姫野晃大「光龍は気付かなかったのか?」
「お前の魂の叫びが聞こえるまでは眠っているような状態だったからな」
  それからしばらく、晃大は光龍から話を聞いた。
  魔族と呼ばれるもの達の活動が活発化し、人間の社会を破壊しようとしている。
  龍は、それを止めるために人間に味方するべく動いている『神獣』の一種。
  しかし、神獣たちが力を発揮するには『宿主』と呼ばれる適性のある人間が必要であること。
  魔族も神獣達の動きは把握しており、様々な妨害をしている。
「私も宿主のお前に辿り着くのが精一杯だった」
  力が回復してきたところで魔族に探知されてしまったのだろう、と光龍は語った。
姫野晃大「それで、俺にも戦えと?」
「そうだ」
姫野晃大「やだよ」
姫野晃大「そんな怖いこと、真っ平御免だ」
「それがそうも言ってられない状況でな」
姫野晃大「何だよそれ」
姫野晃大「お前が俺から出ていけば、俺は狙われなくなるだろ」
「さっきも言ったな、魔族の動きが活発化していると」
姫野晃大「ああ、聞いた」
  魔族は神獣の宿主の適性がある人間を片っ端から襲撃し、命を奪っている。
姫野晃大「!?」
  光龍の一言に晃大は言葉を失った。
「魔族は我ら神獣だけでなく、宿主の適性がある人間も標的にしている」
「お前には神獣の宿主の適性がある」
  遅かれ早かれ、晃大は魔族に襲われていた。
  しかし、魔族に襲われる前に光龍は晃大に辿り着き、宿ることができた。
  とはいえ、晃大に辿り着くまでの間に受けた魔族の妨害によって、光龍は力を大幅に消耗してしまった。
「時折、お前を通じて外の様子を窺い知るのが精一杯だったよ」
  覚醒してしまった以上、魔族が晃大を見逃すことは無い。
姫野晃大「・・・避けられないのか」
「ああ」
  魔族は神獣の宿主と宿主適性の持ち主を潰すことに総力を挙げている。
「戦いは避けられない」
  宿主にしてしまった以上、最低限の責務として晃大は絶対に護る。
  しかし、今回のように一人で魔族を退けることができる保証はない。
  逃げ続けることはできるが、それは魔族に追われ続けることにもなる。
  他の神獣の宿主『神獣使い』を見つけ出し、共同戦線を張るのが現状では最も無難ではないか、と光龍は結んだ。
「約束しよう お前だけは何があっても必ず守り抜く」
姫野晃大「そうか」
  正直言って、怖い。
  先の見えない戦いに飛び込むのは気が進まない。
  でも、一人ではない。
  自分の力だけでなく、光龍が力を貸してくれる。
  同じように魔族と戦っている者もいるのなら尚更。
姫野晃大「(信じよう)」
  光龍を信じて、晃大は決心した。
姫野晃大「魔族と、戦う」
「感謝する」
  光龍が全身を現し、深々と頭を垂れた。
姫野晃大「・・・」
姫野晃大「・・・」
姫野晃大「そういえば」
橘一哉「明日は入学式だから」
橘一哉「また明日」
姫野晃大「あいつ、入学式とか、また明日、って言ってたよな・・・」
姫野晃大「いや、まさかな、ハハハ」
  とりあえず寝よう。
姫野晃大「さあ、明日が楽しみだな〜」

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