九つの鍵 Version2.0

Chirclatia

第2回『結ばれた定め事』(脚本)

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〇海岸沿いの駅
  神社を出たレクトロとフリートウェイは、海岸沿いの駅の構内を歩いていた。
  フリートウェイは、レクトロにやられ、掴まれている右手首を左手で隠すように圧迫しながら、彼の後を着いていく。
  目的地らしき場所は見つからない。
  駅の構内が長々と続くだけである。
  だが、この先にある目的地で、フリートウェイは運命的な出会いをすることになる。
  ―それはもう少し先で永遠に続くであろうことだ。
  第2回『結ばれた定め事』
フリートウェイ「・・・・・レクトロ」
レクトロ「んー・・・何?」
フリートウェイ「・・・そろそろ離せ」
  レクトロの手を音を立てて無理やり払ったフリートウェイは、右手首を左手で庇った。
フリートウェイ「先程、お前に握られた所が痛いんだけど? マジで何してくれてんだ?」
レクトロ「わわわっ・・・・・・ご、ごめんね・・・ ついうっかり、フルパワーで握ってしまったよ」
フリートウェイ「お前なぁ・・・・・・」
フリートウェイ「大分痛かったぜ? 骨折くらいはしているだろうな」
レクトロ「ううぅ・・・・・・」
レクトロ「そんな怖い顔しないでよぉ・・・・・・」
  半泣きになるレクトロを見たフリートウェイは、大きなため息をついた。
フリートウェイ「・・・あー・・・ ちっと言い過ぎたか・・・・・・」
フリートウェイ「手加減、してくれよな」
フリートウェイ「怒っているわけじゃねぇんだけど・・・ 流石にあれはヤバいぜ」
レクトロ「うん。 僕は握力だけはあるから、物を持つことをなるべく控えてきたんだよ」
レクトロ「だから、力の加減が上手く出来なかったのかもしれない。 ごめんね」
フリートウェイ「いいけど、気をつけてくれよな」
レクトロ「うん・・・・・・ お詫びに、治すね。 右手首を僕に見せてくれる?」
フリートウェイ「治す・・・・・・分かった」
  フリートウェイは、レクトロの言う通りに、自らの右手首を見せる。
  よく見ていると、少しだけ腫れているように見える。
  レクトロは、フリートウェイの右手首に
  優しく触れる。
  そこに黄緑色のリボンが巻き付いた。
レクトロ「僕に任せてよ! 治癒は得意なんだから!」
レクトロ「何事も無かったように、治してみせるさ!」
フリートウェイ「・・・・・・」
  『再生能力』──誰もが欲しがるような能力の存在を疑っているフリートウェイは、思わずレクトロに疑いの言葉をかける。
フリートウェイ「これ、本当に治るのか? リボンを巻かれただけにしか見えねぇんだけど?」
レクトロ「僕って、本当に信用無いんだね! 治るよ、ちゃんと!」
  フリートウェイの疑念にショックを抱きながら、レクトロは彼の右手首のリボンを勢い良く引っ張って外す。
フリートウェイ「躊躇いないなお前・・・・・・」
レクトロ「だって、もう治ってるもん! 痛くないでしょ?腫れも引いているよね?」
  レクトロの言う通り、フリートウェイの右手首の腫れは無くなっていた。
フリートウェイ「ん、痛くねぇな」
  右手首を回してみるが、痛みは無くなっていた。その代わり、何とも言えない妙な違和感が残ってしまった。
フリートウェイ「ありがとうな、レクトロ」
レクトロ「うん、どういたしまして!」
レクトロ「ちゃんとお礼が出来るって、すごいよ!」
フリートウェイ「失礼な奴だな。 お前は、オレを何だと思っているんだ?」
  どこかズレた会話をしながら、フリートウェイとレクトロは構内を歩き続けていた。
  もう少し先に、駅の終わりが見える。それを通り抜けてすぐに、目的地がある。
  レクトロの言動に、時折呆れたり引きながらも、フリートウェイは歩き続けていた。

〇可愛い部屋
  レクトロがフリートウェイを連れて向かう部屋には、一人の少女がいた。
  可愛らしい猫のグッズが部屋を満たす中、彼女はベッドから起き上がって動かない。
  ドアをじっと見つめているだけだ。
チルクラシアドール「・・・・・・・・・」
「おーい、チルクラシアちゃん! レクトロだよ、ドアを開けてくれるかな?」
チルクラシアドール「・・・・・・・・・」
  ドアを凝視しているチルクラシアの瞳が一瞬、黄緑に光る。
  ドアが開かれると、レクトロとフリートウェイは彼女の部屋に入ってきた。
チルクラシアドール「・・・・・・キュ?(「何?」)」
レクトロ「今日は、君の友達を連れてきたの!」
チルクラシアドール「キュルル・・・(「友達・・・」)」
  チルクラシアはフリートウェイを無言で見つめている。
  レクトロの言う『お友達』は彼のことだろうか、と確かめるように。
チルクラシアドール「キュッ?(「誰?」)」
  チルクラシアの目線に合わせて、フリートウェイは彼女の隣に座る。
フリートウェイ「・・・初めまして」
フリートウェイ「オレはフリートウェイ。 これから、よろしくな」
チルクラシアドール「・・・キュ(「・・・うん」)」
チルクラシアドール「キュルル♪(「よろしく♪」)」
  フリートウェイの距離の詰め方や、チルクラシアの友好的な反応に、レクトロは色々な意味で驚愕していた。
  何故なら―
レクトロ(嘘でしょ!!? 僕と面と向かってまともに話せたのに3年かかったのに!)
レクトロ(何でフリートウェイだけ、こんなに友好的なんだろう・・・・・・!?)
  衝撃やら困惑やら色々な感情がごちゃごちゃに混ざってしまったレクトロは、フリートウェイに恐る恐る聞いてみた。
レクトロ「ねぇ、フリートウェイ・・・・・・」
フリートウェイ「何だよ?」
レクトロ「何で君には友好的なんだろう、と思って・・・」
レクトロ「な、何かしたわけじゃ無いよね? 初対面だよね?」
フリートウェイ「はぁ? 意味が分かんねぇな・・・ 何でオレが疑われているんだ?」
  チルクラシアの頭を撫でながら、フリートウェイはレクトロに聞く。
  『自分が何か疑われるようなことはしていない』、と少し不服そうに思いながらも、表情と声色には出さなかった。
  出会ったばかりのチルクラシアに、余計な不安と警戒心を与えないようにするためである。
  だが、レクトロからして見れば、チルクラシアの人慣れが異様に早すぎるのだ。
  だから思わず、フリートウェイを疑ってしまった。
フリートウェイ「初対面に決まっているだろ、何さっきから言っているんだよ」
レクトロ「う、疑っちゃいけないのは分かってるよ!」
レクトロ「だけど、だけど! 今、僕の想定外なことが連続で起こっているの!」
レクトロ「あ”ー!!もうよくわからなくなってきた! 考える時間を、僕に頂戴!!!」
  レクトロは驚いた表情のまま、走ってチルクラシアの部屋を出ていってしまった。
フリートウェイ「お、おう・・・・・・ 何をそんなに驚いているんだ・・・?」
チルクラシアドール「ゥヴ・・・(『レクトロ・・・』)」
フリートウェイ「・・・疲れているんだよ、多分・・・・・・ 放っておいた方が、いいんじゃないか?」
  一人で勝手に騒いで、どこかへ走り去ってしまったレクトロに、チルクラシアは呆れたような表情をしていた。
  レクトロを探しに行こうとする彼女を、フリートウェイは自分が隣にいることで止める。
フリートウェイ「ま、一人で混乱している奴のことはさておき・・・」
フリートウェイ「チルクラシアのこと、オレに教えてくれよ」
チルクラシアドール「キュ?(『私のこと?』)」
  首を傾げるチルクラシアだが、『自分のことを教えてほしい』と言われたことを理解し、嬉しそうな表情になった。
チルクラシアドール「ンニャ!(『いいよ~!』)」
  笑顔を浮かべたチルクラシアは、部屋の隅の本棚を漁る。
  分厚い一冊のノートを取り出すと、フリートウェイの前に見せる。
フリートウェイ「読んでいいのかい?」
チルクラシアドール「キュ!(「うん!」)」
  チルクラシアに言われるまま、フリートウェイはノートを捲っていく。
フリートウェイ「・・・・・・」
フリートウェイ「レクトロが、これを書いたのか? 達筆だな」
チルクラシアドール「ヴゥゥ・・・・・・(「知らない・・・・・・」)」
フリートウェイ「『知らない』・・・・・・か。 レクトロだろうなぁ、多分・・・・・・」
フリートウェイ「・・・・・・!?」
チルクラシアドール「???」
フリートウェイ「困った、読めないな。 オレの知らない言語だ・・・・・・」
  フリートウェイが硬直する原因となった1ページに書かれていた言語は、さながらアラビア語のような字形だった。
  『字が汚い』、というよりは『見たことのないもの』だったせいで、本気で困惑してしまったのだ。
チルクラシアドール「キュルッ?(『どうしたの?』)」
フリートウェイ「あー、うん・・・ 読めねぇ・・・・・・・・・・・・」
  フリートウェイは、これ以上読むことを諦めた。
チルクラシアドール「キュ?(『終わり?』)」
フリートウェイ「悪いな、返してきてくれないか?」
  チルクラシアは、ノートをフリートウェイから返すと、元あった場所に戻した。
  本の整理整頓を終え、チルクラシアはフリートウェイの赤い瞳を無言で見つめる。
フリートウェイ「ん、おいで」
フリートウェイ「瞳が気になるんだろ? 近くで見た方が綺麗に見れるぞ」
  フリートウェイの深みのある赤色の瞳に惹かれたチルクラシアは、彼の瞳をじっと見つめたいようだ。
チルクラシアドール「キュー(『綺麗だね』)」
チルクラシアドール「クルル・・・・・・ニャゴニャゴ、ンニャお!(宝石みたい、ずっと見れるよ!)」
  フリートウェイのような、赤色の瞳は希少なのだ。
  まるでルビーのようなキラキラした瞳は、チルクラシアの心を奪うのに十分だ。
フリートウェイ(あんまり凝視されると、どんな顔をすればいいか分からねぇな・・・)
フリートウェイ(気恥ずかしいと言えばいいか、ちょっとドキドキするような・・・・・・ 別にいいけど・・・・・・)
  チルクラシアがフリートウェイの瞳を見るのは、もう一つ理由があった。
  『表情』だ。
  その時々にコロコロと変わる表情が気になるのと単純に面白いのだ。
チルクラシアドール「ンニャ(『ねぇ』)」
フリートウェイ「何だ?」
チルクラシアドール「ニャーー(『もっと、色んな表情を見せてよ』)」
フリートウェイ「ただ面白がっていないか?それ・・・・・・」
フリートウェイ「他人の表情は楽しむようなものじゃないぜ?気にはなるんだろうけどな・・・・・・」
  フリートウェイは、『チルクラシアが何気なく他人を傷つけてしまうかもしれない』、と思い、彼女の側に居続けようと考えた。
フリートウェイ(こんなに懐いてくれたんだ、ちょっとはオレが側にいてもいいだろ?)
  あのレクトロが困惑のあまり挙動不審になるほどに、チルクラシアはフリートウェイに懐くのが早かったのだ。
  だから、少しは彼女の思考や言動を変えてしまうくらいはいいだろうと思い始めていた。
  フリートウェイは、目覚めてからすぐに、何とも形容しがたい幸福を感じていた。
  ──だが、もう既に何かがおかしいことに、フリートウェイは気づかなかった。

〇可愛い部屋
  その日の夜・・・・・・
  夕食を持ってきたフリートウェイは、部屋に入ってすぐに驚きの表情を浮かべていた。
  ベッドに寝転がっているチルクラシアの左目からは、涙のような黒い液体が溢れており、それが毛布を黒く染めていた。
チルクラシアドール「ギュ・・・・・・」
フリートウェイ「大丈夫か!!? な、何かの病気なのか?!」
  今日の夕食である『シチュー』をテーブルに静かに置くと、寝転がるチルクラシアに駆け寄る。
チルクラシアドール「ヴゥゥ・・・・・・」
フリートウェイ「『腹が痛い』、のか・・・・・・ 夕御飯前にこれとは、食わない方がいいか?」
  ベッドで身体を大の字にして寝転がるチルクラシアを、フリートウェイは心配の面持ちで見つめている。
  が、チルクラシアの胸の宝石が黒く濁っているような気がして、それを注意深く見つめる。
フリートウェイ(痛みの原因・・・・・・ その黒色の何かか?)
フリートウェイ(可哀想に・・・・・・ こんなに痛がって・・・・・・)
チルクラシアドール「・・・い、『痛い』、ギュルルルル・・・・・・」
チルクラシアドール「キュルル、キュッ・・・・・・(『た、助けて・・・・・・』)」
  チルクラシアの小さな懇願を、確かに聞いたフリートウェイは、彼女を助けることにした。
  ぐったりして動けそうにないチルクラシアの背中を擦りながら、彼女を安心させるように、話しかける。
フリートウェイ「分かった、助けてやるよ」
チルクラシアドール「!」
フリートウェイ「その代わり、また痛くなったら、すぐにオレを頼ってくれよ?」
チルクラシアドール「キュ・・・・・・(『分かった・・・・・・』)」
  フリートウェイは、チルクラシアの胸部の宝石に何となく右手の指先で触れる。
  チルクラシアの胸部から、真っ黒の霧のようなモノが出ていき、フリートウェイの指先に入っていった。
チルクラシアドール「・・・・・・」
フリートウェイ「・・・・・・」
フリートウェイ「おーい?チ、チルクラシア? 大丈夫か・・・・・・?」
チルクラシアドール「・・・・・・・・・」
  心配するフリートウェイだが、それは杞憂だったようだ。
  チルクラシアの胸部の宝石を濁らせていた、謎の黒色は無くなっていた。
  そのおかげか──
フリートウェイ「お、おい・・・?何か言ってくれよな・・・・・・」
チルクラシアドール「キュッ!」
  チルクラシアの左目から出ていた黒い『涙のようなもの』は最初から無かったように消えていた。
  数秒前はあれだけ痛みで衰弱していたのに、それを感じさせないほどの明るさを取り戻していた。
フリートウェイ「もう平気か?」
チルクラシアドール「キュッ!(『うん!』)」
フリートウェイ「・・・どこも、痛くないか?」
  『何かがあってからでは手遅れになるかもしれない』、と思ったフリートウェイは、念のために二度確認する。
  それは、チルクラシアのためというよりも、自分のためのようだったが。
チルクラシアドール「キュルル♪(『うん!』)」
チルクラシアドール「ありがとう」
  滅多に話すことのないチルクラシアは、少したどだどしいお礼の言葉を、フリートウェイに笑顔で言う。
  チルクラシアからのお礼の言葉を聞いたフリートウェイは、頬を少し赤らめた。
フリートウェイ「別にオレは、大したことはしてねぇけど・・・・・・」
フリートウェイ「痛みが消えたならよかった!」
  チルクラシアの苦痛が消え、様子も落ち着いたのを見て、本当に安心したフリートウェイは、誰にも見せたことの無い笑顔を見せた。
  すっかり安心したフリートウェイは、本題に入る。
フリートウェイ「さて・・・・・・ オレは夕御飯を持ってきたんだ。 食えそうなら食った方がいいが・・・・・・どうだ?」
チルクラシアドール「ご、飯・・・・・・」
チルクラシアドール「キュッ!(『食べる!』)」
フリートウェイ「食えるか・・・・・・ そりゃ、良かったぜ」
  フリートウェイは、ベッドに寝転ぶチルクラシアを抱っこして、テーブルの前に座らせる。
  少し冷めてしまったシチューを見たチルクラシアは、目を輝かせる。
  チルクラシアの食事は、肉と脂質を抑えたものがほとんどで、必ず野菜がある。
  贅沢は一切しない、素朴なものだ。
フリートウェイ「シチューが好きなのか?」
チルクラシアドール「ウヴ・・・(『違う・・・』)」
  フリートウェイの問いを、チルクラシアは首を横に振って否定する。
  チルクラシアは、『料理』より『食材』を気にすることが多い。
  シチューの中の野菜をじっと見つめて、右手でスプーンを持った。
  チルクラシアの口元に、スプーンで一口掬ったシチューが吸い込まれていく。
チルクラシアドール「!!!」
  が、少し熱かったのかチルクラシアは舌を火傷してしまった。
フリートウェイ「火傷か!?」
フリートウェイ「別に、オレは急かしてないぞ! 水を持ってくるから待っててくれ!」
  チルクラシアの火傷を察したのか、フリートウェイは慌てて水を取りに入った。
チルクラシアドール「ギュ・・・(『うん・・・』)」
  一人になったチルクラシアは舌先がヒリヒリ痛むのを感じていた。
  久しぶりの暖かいもの。チルクラシアは冷ますことを忘れてしまったのだ。
  最近は、腹痛のせいでまともに食べていなかったこともあり空腹感は感じていた。
チルクラシアドール(さっき、フリートウェイがしてくれたこと、のおかげかな?)
  先程のチルクラシアの腹痛の原因は、胸元の宝石を黒ずませていた霧のようなものだろう。
チルクラシアドール(レクトロが、この事について言っていた。確か、『ブロット』・・・っていう名前の危険物だって)
チルクラシアドール(あの黒いのが溜まると、具合が悪くなるんだ)
  チルクラシアは、自分を蝕んでいる『ブロット』について、レクトロから僅かながらに聞いていた。
  聞いて思い出すのはいいが、レクトロの発言の半分は理解出来ないのだ。
  だから、チルクラシアはとりあえず聞くだけにしている。
チルクラシアドール「キュルルルゥ・・・(『考えるの少し疲れたなぁ・・・』)」
チルクラシアドール「・・・・・・ンニャ(『・・・・・・考えるの止めよう』)」
  チルクラシアが考えることを止めた丁度その時。
フリートウェイ「お待たせ」
  フリートウェイは、コップ一杯の水と氷水が入ったボトルを持ってきた。
チルクラシアドール「ありがとう!」
フリートウェイ「いやいや、オレはただ、水を持ってきただけだぜ?」
  チルクラシアは、水を一杯飲むと、シチューをパクパク食べ始めた。
  今度は火傷することはなかったが、チルクラシアがあまりにも勢いよく食べるため、フリートウェイは少し心配になった。
フリートウェイ(相当腹が空いていたのか? 先程の腹痛を思わせない勢いで食っているんだが)
フリートウェイ「ゆっくり食った方がいいぞ! 無理すんな!」
フリートウェイ(色々な意味で一人にはさせられねぇな・・・ 何か、一人にさせるのが怖くなってくる)
  チルクラシアを心配に思いながら、フリートウェイは食事を見守っている。
  黙々と食べるチルクラシアは、どこか嬉しそうな表情をしていた。

〇部屋の前
  チルクラシアがシチューを完食して約2時間後──
  レクトロに『チルクラシアの様子を見てほしい』と言われ、フリートウェイはチルクラシアの部屋のドアの前にいた。
  ノックをして、冷たいドアノブを握る。
  一息ついて、部屋の中にいるチルクラシアに声をかけようとしたその時──
フリートウェイ「!!!?」
  何者かに後ろから腕を強く引っ張られた。
  その衝撃で出かけていた声が喉に引っ込んで、変な声が出かけてしまう。
「貴方、誰かしら? 見慣れない姿ね」

〇部屋の前
シリン・スィ「あ、初めまして~」
シリン・スィ「私、シリン・スィよ。 レクトロから貴方の話は聞いているわ」
  レクトロの従者である彼女、『シリン・スィ』はチルクラシアの部屋に入ろうとするフリートウェイの片腕を掴む。
  女子にしてはやけに力が強かったため、フリートウェイは、後ろを振り向く。
フリートウェイ「──ん?」
シリン・スィ「チルのお部屋に男が入るなんて、何を企んでいるの?」
  『何か企んでいるのか?』、と聞かれたフリートウェイは呆れたような表情をした。
フリートウェイ「・・・オレは別に、まだ何もしてねぇよ」
フリートウェイ「オレは目覚めたばっかだ。 ・・・で?お前こそ、チルに何するつもりなんだ?」
  フリートウェイが寝ている間、チルクラシア・ドールの世話をしていたのは、人間の少女だった。
シリン・スィ「んー? 別に、やましいことじゃないけど・・・・・・」
シリン・スィ「ただのお世話よ。 ・・・・・・といっても、やることはいっぱいあるんだけど」
フリートウェイ「是非とも、オレにやらせてくれねぇか?シリン」
シリン・スィ「え~・・・・・・ 嫌だけど」
  乗り気のフリートウェイに、シリンは思わず否定と拒絶の反応をしめした。
シリン・スィ「よく分からない貴方に、あの子は任せられないんですけど」
フリートウェイ「お前こそ、自分のことはあまり言わねぇくせになぁ・・・・・・」
  フリートウェイは、シリンの態度にイラつくことは無いが、チルクラシアを独占していると思ったのか、心底不機嫌になる。
フリートウェイ「レクトロから、オレの話は聞いているんだろ? もっと、お前とチルクラシアの情報をくれよ」
  フリートウェイの有無を言わさぬ迫力を感じたシリンは、呆れたような表情を浮かべる。
シリン・スィ「ま、まぁ・・・・・・確かに、話は聞いているけどさ・・・・・・」
シリン・スィ「あの人は、あまり詳しく話さないの。 貴方の事は、『機密情報』扱いされてるからね」
フリートウェイ「何故・・・ 別に、オレは保護されるような奴じゃねぇのに・・・・・・」
  自分のことが『機密情報』扱いされていることに、困惑と不服さを感じたフリートウェイだが、それよりも気になることがあった。
フリートウェイ「・・・・・・チルは? オレよりもチルの方が機密情報扱いをされてそうだけど、なぁ・・・・・・」
シリン・スィ「あー、うん。それは分かるわ」
  考えだけはフリートウェイと一緒だったシリンは、間を置いて、チルクラシアのことを話始めた。
シリン・スィ「あの子には、色々な事情があるみたいなの」
シリン・スィ「レクトロが言う、『殿』・・・っていう人に、情報の一切の開示をするなって言われているらしいのよ」
フリートウェイ「『殿』・・・? 名前は知らないのか?」
シリン・スィ「うん。私は知らない。 レクトロなら知っているんじゃないかしら?」
シリン・スィ「一度、レクトロの部屋に忍び込んで、資料を見たけど・・・私の知らない言語でかかれていたからね・・・・・・」
フリートウェイ「それじゃあ、こちらが調べ上げることは無理だな」
フリートウェイ(──チルクラシアが見せてくれたあのノートにかかれていたあれか)
  フリートウェイは、シリンが『殿』の存在を知っていることを把握し、あることを思い付く。
フリートウェイ「なぁ、シリン」
シリン・スィ「何?」
フリートウェイ「二人で、『殿』・・・っていう奴の情報を探ろうぜ」
シリン・スィ「はい!?」
  シリンは、フリートウェイの唐突な提案に驚愕する。
  名前すら知らない、とにかく謎が非常に多い『殿』という存在の調査をしようと誘ってきたのだ。
シリン・スィ「私はいいけど・・・手がかりはどうするのよ?」
フリートウェイ「レクトロの話を盗み聞きすりゃいいだろ、そんなの」
  『盗み聞き』、と聞いて、シリンは少し怒った表情を浮かべた。
  だが、フリートウェイは気にしていない。
シリン・スィ「不敬よ!」
フリートウェイ「ま、オレは欲しいものを得るための手段をとらないんだよ」
フリートウェイ「お前もオレも、知りたいことは一緒だ。 協力しないか?お嬢さん?」
シリン・スィ「ええぇ・・・・・・」
  シリンは、目の前の人外めいた存在との話にただただ困惑していた。
  表情が困ったまま、数分間考える。
シリン・スィ「分かった、乗るわ」
シリン・スィ「ただし、決して外部に漏らさないでよ・・・ 私と貴方だけの秘密よ」
フリートウェイ「ん、分かった」
  フリートウェイは了承の返事をすると、チルクラシアの部屋に入っていく。
シリン・スィ「あ、ちょっと・・・!」
  その動きがあまりにも早かったため、シリンはフリートウェイを止めることは出来なかった。
  チルクラシアの部屋の前で大声を出すわけにもいかず、シリンは立ったまま呆然としていた。
シリン・スィ「はぁ~・・・・・・」
シリン・スィ「あの人、急になんか雰囲気が怖くなるなぁ・・・」
シリン・スィ「最近、チルクラシアにすごい接触しているし、何しているんだろ・・・・・・ 私の仕事が盗られちゃうんだけど・・・」
  シリンは諦めたように、チルクラシアの部屋のドアの前で頭を抱えた。
  フリートウェイという、不思議な雰囲気の人物が協力者になったおかげで、自分の知りたいことが分かりそうになったのはいいが、
  チルクラシアのお世話をすることだけは完全に盗られまい、と思っていた。

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