渋谷駅20:40ごろ

てぃお

大切な人を、大切にする。(脚本)

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てぃお

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〇駅のホーム
  小雨が降る夜の渋谷駅。
  雨とホコリで汚れたホームを、滑り止めのない革靴で歩くのは簡単ではない。
  「えっ?ワンちゃん!ワンちゃん!!」
  男の子の無邪気で大きな声が、駅のホーム内にキンキンと響き渡る。
  小学生だろうか。
  声の主の方向に目をやると。
  なるほど。
  『盲導犬か・・・。』
ご老人「ジェーン。ゴー」
  目をつむりっぱなしの男性が、犬の後に電車から降りてくる。
  最近の渋谷駅では珍しくない光景だ。
ご老人「うたさん、降りるよ」
うた「はい」
  ご老人から「うたさん」と呼ばれた方も、後について降りようとしている。
  足が悪いのだろうか。
  女性の足は、片足を少し引きずっている。
  少しの段差でも、降りることさえ難しいように見える。
  『誰も手をかさないのかよ』
  これも、渋谷駅では珍しくはない。
  みんな、結局面倒ごとは嫌なのだ。

〇駅のホーム
  『この位置からエレベーターは遠い。
  駅員を呼んだほうがいいかな。』
ご老人「ジェーン、ブリッジ」
  改札に向けて進みを続けていた夫婦の足が、前方にある階段で止まる。
ご老人「うたさん、大丈夫か?」
うた「えぇ、大丈夫よ」
  『目の見えないご老人には、階段は下りでも厳しいのかな。』
  階段を降りる際の先導を、うたさんにお願いしているように見えた。
  だけど、それは違った──。
ご老人「しっかりと掴まりなよ」
  そのご老人は、手探りでうたさんの手首を探しあて、自分の右側脇のジャンパーに掴まらせる。
  その後、左手で手すりを探しあて、茶色で謙虚な相棒に、前進の合図を出した。
ご老人「ジェーン、オーケー」
  ジェーンが一段下がって、止まる。
  そのあと、ご老人が先に、次に女性が
  一段下がって止まる。
  また、一段ジェーンが下がって止まる。
  その後に、二人が続く。
  ──どうしてこんなことが自然とできるのだろう・・・。
  ”大切な人を大切にする”
  いうのは簡単だし、誰しもがそうしたいと思ってる。
  ただ、それがどのような意味を持って、どうすればいいかなんて、誰か教えてくれるわけではない。
  だけど、この人は自分なりに、あたりまえに、実践している。
  ご老人の後ろ姿は、雄弁でいろいろな問いかけもしてくれた。
  『大きなハンディキャップを抱えた時に、自分はどのようになるのだろうか。』
  『目が見えないという障害があっても、大切な人の為に、自分ならここまでできるだろうか。』
  見せかけではなく、自然体で行われていく気遣いを見るうちに、次第に胸が熱くなっていくのがわかった。
  せめて、改札にたどり着くまで。
  見守らせてほしい。
  不自然じゃないよう、ゆっくりとした足取りで、階段を自分も歩こう──。

〇マンションの共用階段
  ──階段の踊り場に差し掛かったとき
  サラリーマンのブリーフケースが、犬の腹部にあたる。
  『あっ。すんません。』
  彼の手のスマホには、映画のワンシーンが写っていた。
  歩きスマホをしてた手前、気まずそうに、サラリーマンは、謝罪とも受け取れない言葉を言い残し、そそくさと改札方向に向かった。
ご老人「ジェーン?オーケー?ゴー」
  正直、ムカついた。
  ただ、それとは別に、嬉しくもあった。
  なぜなら、周りを歩いていた数人の人達が、ジェーンがぐらついた瞬間
  驚いた時の様な挙動をしたからだ。
  ご老人の役割は、みんな心得ている。
  それは、誰にも譲れない役割だということを、恐らくは知ってる。
  それを知った上で、本当に困った時は、いつでも手をかせる距離にいてくれている。
  見ず知らずの他人同士、アイコンタクトをし、ゆっくりとした歩調でまた歩き出す。
  不自然のないように。ゆっくりと。
  『なんだ、結局みんなやさしいのかよ』
  と、突然ひとりごとを呟いてみる。
  ゆっくり隣を歩いていた、白いパーカーの女性が、少し俯いて笑った顔がフードから見えた。

〇広い改札
  もうすぐ改札──。
  不自然さを嫌う私たちのチームはすでに、目標を通り越し、改札前で待機している。
  さわる必要のないスマホをさわり、見る必要のない天気予報見ながら、2人と1匹を心待ちにする。
  天気予報は、しばらく雨。
うた「切符は持ってるから」
ご老人「わかった」
  彼らの有人改札口到着が、チーム解散のサイン。
  遠目から、駅員に切符を渡し、改札を通過する手続きをしたことを確認し
  みんな、それぞれ、向かうべき方向に向かった。
  2人と1匹の後ろ姿は、しばらく続く雨という憂鬱を、清々しいものに変えてくれた。
  今日のことは、きっと忘れない。
  渋谷駅 20:40分ごろ の出来事

コメント

  • 目がいっちゃったり物語にとりあげたくなるのは殺伐としたシーンだったりすることが多いですよね。
    舞台が都市部だとなおさらです。

    でも、こういうやさしいシーンを拾い上げても物語になるんだ、そう思わせてくれる素敵なお話でした。

    とても温かい気持ちで読ませていただきました。

  • 老夫婦も素敵だし、見守っていた人々も素晴らしいですね。優しさにほっこりしました。
    唯一、ジェーンが怪我をしていないといいなといいなと思います。ワンコたちはとても優しくて我慢強いので……
    表紙のイラストが優しいタッチで、ストーリーにぴったりですね!

  • 描写がリアルだと思っていたら、実体験を元にしていたのですね! 優しい世界で心があたたかくなりました!

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