切符泥棒の世直し

レオパード

エピソード1(脚本)

切符泥棒の世直し

レオパード

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切符泥棒の世直し
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〇公園通り
  ──右に左に誘導され、急階段を上下する
  路線が複雑に絡まりあい、解けていく様は縁日の宝釣りを想起させた
  そんな都会の要塞に辟易しながら、
  カズシは渋谷を奔走する

〇街中の道路
カズシ「渋谷引越センター、」

〇神社の本殿
カズシ「渋谷八幡宮、いかにも歴史が浅そう...」

〇広い改札
カズシ「パーパー渋谷、シネマ渋谷、 かーっ!多過ぎなんだよ渋谷の冠!」
カズシ「副都心がこの有様じゃあ霞ヶ関は迷宮か!?」
  携帯の充電も既に切れ、
  底無しの絶望感を覚える
カズシ「ここに居る人も人だよ。 何が楽しくてこんな場所に来るんだか」
  諦めて交番に頼ろうと足を踏み出す瞬間、
  彼の前には怪しげな男が現れた
???「世直し...」
カズシ「へ?」
???「世直しだッ!」
  パシッ
  男はカズシの携帯を掠め、高く掲げる
???「苦しみよ去れッ!」
カズシ「あっ!ちょっと!」
  携帯からはICカードが抜き出され、
  男の膝打ちで無惨にも粉々になった
???「少年!携帯は返す!さらばだッ!」
カズシ「あ、ありがとうございます」
カズシ「じゃなくて!アンタ何やってんだよ!」
???「定期券を処分したんだ!これで学校を休む大義名分が出来たな!少年!」
カズシ「はあ~?」
  突然の出来事に
  カズシは理解が追いつかない
おじさん「私は世直しおじさん」
おじさん「渋谷駅にて路頭に迷える民を救い 自由を与える者ッ!」
カズシ「俺、今日学校なんてないって! ここ!ここの渋谷に用があるんだ!」
おじさん「そ、そうなの?」
おじさん「ならばお暇させていただくかな!ドロン!」
  おじさんはそのふてぶてしい体に鞭打ち、全速力で逃げ出した
カズシ「待て!再発行とデポジットの費用を払え!煩わしい書類も全部書きやがれ! あと普通に110番するぞ!」
カズシ(おじさん、足遅いな...)
  小走り程の速さで
  カズシはおじさんに追い付く
おじさん「ご、ごめんなさい! あの!善意ですから!善意!」
カズシ(ちょっと気の毒になってきたな...)
カズシ「まあ、元々待ち合わせには遅れてたし... もうそこまで怒ってないんで」
カズシ「それと、どうしてこんな事をするんですか」
おじさん「私は、迷える民を...」
カズシ「...そういう設定じゃなくて、 こんな事してる経緯ですよ」
おじさん「私は...」
おじさん「私はリストラおじさん... 薄給でこき下ろされ、 かつて路頭に迷っていた者・・・」
カズシ「は、はあ...」
  沈みきった髭面と弛んだ腹が
  悲壮感を際立たせた
おじさん「でも抵抗はしなかった...出来なかった...」
おじさん「だから私は常識を捨てた。切符を捨てて、逃げた。それでも大分世界は見違えた...」
おじさん「私以外にも苦しむ人は大勢いる・・・ その苦しみから解放するのが、 世直しおじさん...」
カズシ(この人も...まあ色々あったんだろうな...)
カズシ(ん?何か忘れているような...)
カズシ「やべっ!時間に遅れる!すみません!」
  カズシはおじさんのもとから離れ、
  待ち合わせ場所へ急いだ。

〇田舎駅の改札
  ──カズシは再び駅を訪れる
カズシ「くそ...あの女に騙された...」
カズシ「"渋谷の大きめの建物で待ってます"」
カズシ「曖昧な文で冷やかしって 気付くべきだったかあ」
  カズシは途方に暮れていた
  すると、どこからともなく
  叫ぶ声が聞こえた
  「きゃあっ!」
  声に続き鼓膜を裂くような音が鳴る
  音源はカズシのすぐ傍であった
???「はあ〜い。犯罪者で〜す」
刑事「銃を下ろせテロリスト! その少年を離すんだ!」
カズシ「え?」
  気付けば不審な人影はカズシの背に
  銃を突きつけていた
カズシ「い、いつの間に...助けて...」
テロリスト「今から火薬で日本を浄化しま〜す!」
おじさん「そこまでだっ!」
  混沌とした状況を更に濁らせるか如く、
  現れたのは例のおじさんであった
おじさん「私は世直しおじさん!悩める民を救う者!」
おじさん「私もお前と似た境遇だ。支配者階級に 平伏し、社会の荒波に揉まれた者!」
カズシ「いや違いますよ! 結構ちゃんとした革命家ですよ!」
おじさん「ここにはそんな人々が溢れている!」
おじさん「しがない生の為に泥水を啜り、 権力者を悦ばせるだけの奴隷! 渋谷駅は屠殺場への連絡路なのか!?」
テロリスト「うっ...」
テロリスト「俺だって必死に公務員になったのに、 散々こき下ろされて人格否定までされて... クソっ」
  握った拳は拳銃の引き金を動かすに至った
  床のタイルには痛々しい銃痕が残る
おじさん「しかし! 我々は武器に手を取るべきではない!」
おじさん「力に力で対抗すれば、 それこそ我々が忌むべき存在と 目を合わせることになるのだ!」
おじさん「立ち向かうな!逃げるんだ! 切符を捨てろ! 電子カードは気合いで破れ!」
おじさん「我々には、 現実から目を背ける権利があるんだッ!」
テロリスト「その通りだ...」
  カズシの背中からは銃口が下され
  テロリストは床に崩れ落ちる
刑事「現行犯、確保!」
刑事補佐「あの...」
刑事補佐「こっちの不審者も捕まえときますか?」
刑事「よせ。駅中彼を祝福している」
刑事「彼は社会にも声を届けたんだ。 不審者呼ばわりするのは野暮だろう」
  ざわざわ...
おじさん「少年...無事だったか」
カズシ「はい...本当に感謝しています!」
おじさん「良かった。それより、待ち合わせは大丈夫だったのかな?」
カズシ「全然。しっかり遅れましたし そもそも騙されてました。 でも、別に気にしてません」
おじさん「その心意気だ!少年! 恋なんて砕けてナンボだ!」
  カズシは、何だか雑多に思えた渋谷に、
  陽の光が差し込んだような気がしていた
おじさん「ところで!」
カズシ「え?」
おじさん「現実から逃げて、おじさんと一緒になる という選択肢は、無いかな?」
カズシ「遠慮します!」
  その日労働者は一時的に重しを捨て去り、
  自由を謳歌した
  渋谷駅は祝日のような
  熱気を帯びていく──

コメント

  • 世の中のおじさん達が定年前にリストラで会社をクビになった時代を思い出しました。理不尽な解雇や困難な再就職にどれぼど心労を費やしたことか。でも、渋谷のおじさんは生き生きとしてましたね。

  • どう見ても不審者でアレなおじさん、普通でしたら通報モノですが、発する言葉の中には深い真実が込められていてヤミツキになります。決して近づかずに見ていたい存在ですw

  • おじさん、かっこいい!我らがヒーローです。他人に優しく、一生懸命取り組むものが報われるそんな世界であってほしい。なにかうまくいかないときに勇気がもらえるお話ですね。逃げたっておわりじゃない、きっとはじまりなんだと、おじさんから熱い想いが伝わってきました。

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