読切(脚本)
〇ファストフード店の席
仕事が終わり、
私はファーストフード店でコーヒーを飲んでいた。
なんとなくすぐに帰る気になれず、
毎日寄り道をしている。
別に家に帰るのが嫌だと言う訳ではない。
先月、女房から
女房(これからお互いの事を名前で呼ばない?)
と、提案された。
去年、娘が高校卒業後地方の会社に
就職した為、夫婦二人っきりになった
からなのか?
別に断る理由もないのでOKしたが
これが思った以上にハードルが高い事だった
今まで20年近く
「おい!」とか「なぁ!」
と呼んでいたのに
今更名前で呼ぶのは照れ臭かった。
何度も挑戦してはみたが、一か月も経つのに未だに呼べていなかった。
それについて女房は責めたりしなかったが、なんとなく俺は申し訳ない気分に
なっていた。
そんな訳で家に居ても落ち着かないのである
今夜こそ呼ばないと・・・・
そんな事を考えていると
どんどん憂鬱になる。
友人「今日って、佐藤の日なんだって」
隣のテーブルに座っていた女子高生の会話が耳に入ってきた。
アキコ「佐藤の日? あぁ・・3月10日だから・・」
友人「そうそう友達の友達が言ってたんだけど、 佐藤の日には何人かの佐藤さんに 小さな奇跡が起きるんだって」
アキコ「なにそれ?本当なの?」
友人「私、佐藤じゃないから分からないけど・・」
アキコ「それじゃダメじゃん!」
そう言って女子高生達は大笑いした。
佐藤の日?小さな奇跡?
なんだそれ?!
私は佐藤だけど今まで、そんな奇跡起こった事無いぞ。
そんな事思っていたら女子高生たちは
唐突に話題が変わっていた。
友人「うちのお父さんとお母さん、 仲良し過ぎるのよねぇ・・・」
友人「それって悪いの?」
友人「別に悪くは無いけど・・・」
アキコ「じゃぁ何で?」
友人「だって・・いい歳したオジサンとオバサンが名前で呼び合うのって気持ち悪くない?」
アキコ「何言ってるのよ! あなただっていずれオバサンになるのよ!」
友人「ならないも~ん。 わたしは永遠の18才なのよ!!」
アキコ「それってオバサンになったら オバサンっぽくしろって事? だいたいオバサンっぽいどうすれば良いの?」
友人「わたしがオバサンになったらか・・・ 考えた事無かった」
アキコ「歳をとってもラブラブでいる お父さんとお母さんって素敵じゃない」
友人「まぁねぇ・・ でも、自分の父親と母親ってなると ちょっと複雑」
アキコ「それは分かる!」
友人「でしょ!!」
アキコ「でもまぁ・・ お互いオバサンになっても名前で 呼び合うようなラブラブな夫婦を 目指しましょ!」
友人「その前に素敵な彼氏を見つけるのが 先でしょ!」
アキコ「確かに・・」
女子高生たちは大笑いしていた。
思わず彼女たちの話を聞き入ってしまった。
歳をとってもラブラブな夫婦は
素敵かぁ・・・
ふと時計を見ると結構な時間になっていた。
さて、そろそろ帰るとするか。
今夜こそラブラブな夫婦の最初の一歩を
目指すかな・・・なんてね・・・
そんな事を思いながら俺は席を立った。
女子高生たちの横を通って出口に向かった。
ふと彼女たちの足下を見たら
今時珍しいルーズソックスを履いていた。
未だに女子高生ってルーズソックスを
履いてるんだな。
そんな事を思った。
友人「きっとアキコの旦那になる人は、歳を取っても名前で呼んでくれるでしょうね」
アキコ?女房と同じ名前だな。
背後の女子高生たちの会話が
やけに良く聞こえた。
アキコ「どうかしらねぇ・・・」
アキコ「呼んでくれるの?」
アキコと呼ばれた子が私に
聞いてるような気がして振り返った。
しかし、女子高生が居た席に
誰も居なかった。
???
狐につままれた様な気分だった。
とりあえず俺はファーストフード店を
後にした。
〇大衆居酒屋
今夜こそ女房を名前で呼ぼうと決心した。
あの女子高生たちは何者なのか
分からないけど、彼女達が
後押ししてくれた様な気がしていた。
ただ素面では難しそうなので
軽く一杯呑んで帰ることにした。
おわり
物語の空気感がとてもステキですね。中年世代の感情や葛藤も細やかに描かれていて。小さな奇跡も、背中をちょっと押してくれるちょうど良い具合で!
佐藤さん、今日こそは、サトウの日でラッキーデーなので、勇気をだしてよべたんじゃないかな〜と想像してニタニタしてしまいました。奥さま、名前でよんでほしいって可愛いなぁ。
ずっと名前を呼ばないと、恥ずかしくなるものなんですね。
それでも、妻の望んだとおりに名前を呼ぼうとする佐藤さんがかっこいいです。