蝶と想い(脚本)
〇王宮の広間
蝶ケ夜胡桃「あ、曲が終わったわね。いよいよ私達の番だわ」
蝶ケ夜胡桃「頑張りましょうね、アル」
アレグラット「胡桃様・・・もしかして緊張してますか?」
蝶ケ夜胡桃「え・・・」
アレグラット「手が小刻みに震えて冷や汗も少し・・・それに顔が少し赤いようです」
蝶ケ夜胡桃「や、やだ恥ずかしいな・・・社交の場なんて慣れっこなのに、どうしていきなり...」
アレグラット「──胡桃様」
アレグラットは跪き、胡桃に手を差しのべる
アレグラット「大丈夫です。胡桃様は今日までたくさん練習を積みあげてきました。努力は報われます。たとえ望んだ形でないとしても・・・」
蝶ケ夜胡桃「アル・・・」
アレグラット「それに今日は僕もついています。僕がエスコートするので、どうか僕を信じてついてきてください」
アレグラット「一緒に踊ってくれますか?」
蝶ケ夜胡桃「・・・はい、よろこんで」
アレグラット「・・・では、いきましょうか」
蝶ケ夜胡桃「えぇ」
蝶ケ夜胡桃「──まったく、勘違いしちゃうよね、こんなの」
アレグラット「・・・?今なんて──」
蝶ケ夜胡桃「ん?なんにも言ってないわよ?あ、曲が始まるわ」
アレグラット「え?あ、はい」
アレグラット(何か誤魔化されたような気がするのは気のせいだろうか)
〇王宮の広間
蝶ケ夜胡桃(暫くはお互いに手をとって、ここら辺を上手い具合に回るだけ。でも学年混合の夜会に出たいのならもっと自由に踊りたいな)
蝶ケ夜胡桃(というより...)
アレグラット「・・・」
蝶ケ夜胡桃(アルって、こんなに横顔が綺麗だったっけ?それに睫毛も意外と長い・・・)
蝶ケ夜胡桃(瞳なんて、黄金をそのまま閉じ込めたみたいな綺麗な色・・・そしてその瞳に写っているのは、今は私だけ)
蝶ケ夜胡桃(今だけは、私がアルを独り占めしているんだなあ・・・)
蝶ケ夜胡桃(・・・って私ってばいきなり何を考えているの?!こんなにアルのことばっかり考えて、まるでアルのことが好きみたいな・・・)
蝶ケ夜胡桃(せめて今は、胸が高鳴る理由をアル以外のなにかにしたい)
蝶ケ夜胡桃(ダンスに感情を込めていれば、誤魔化せるかな・・・?アル、気づくかしら)
胡桃がアルを見つめると、アルはなにかを察したように頷いた
蝶ケ夜胡桃(ありがとう、アル。今だけは、ダンスの時だけは──)
蝶ケ夜胡桃(ローゼじゃなく、私だけを見ていて)
〇王宮の広間
ノンヴィティエス「大体の人達との挨拶が済んだね。ローゼさん、おつかれさま」
シャイローゼ「えぇ、おつかれさま。あとは私達が最後に踊って、そのまま城に帰るって感じだったわよね?」
ノンヴィティエス「うん・・・あ、そういえば今ってアルと胡桃さんが踊っているんだったよね?」
シャイローゼ「そうだったわ、えぇと、どこかしら──」
生徒「なぁ、見てくれよあの2人・・・」
生徒「あそこだけ世界が違うわ・・・なんて美しい2人なの!」
生徒「蝶の番が一緒に踊っているみたい、見とれてしまうわ」
生徒「蝶ケ夜様のドレスってただ黒いだけかと思っていたが、光に当たって小さく散りばめられた宝石が光っていて、まるで鱗粉みたいだ」
生徒「それに気のせいかしら?いつも明るく愛らしい胡桃様が妖艶な淑女に見えるのは。・・・いえ、気のせいではないようね」
生徒「アレグラット様はいつもシャイローゼ様の影にいたからわからなかったけれど、こんなにも美しい殿方だったのね・・・」
生徒「あぁ、まるで羽化したばかりの蝶のようだ。なのにあんなにも美しく胡桃様をリードして...」
生徒「もしかして、あのお二人も婚約なさっているのかしら?」
生徒「え?でもアレグラットはシャイローゼ様が好きという噂を聞いたことがあるぞ」
生徒「そんなの従者と一国の姫の恋愛を夢見ている誰かが建てた嘘でしょう。今は婚約していないとしても、いずれはなさると思うわ」
生徒「あんなにも胡桃様が楽しそうなのを私、見たことがないわ。なんだかお似合いね」
シャイローゼ(アルが・・・心なしか楽しそうだわ)
シャイローゼ(それにいつもよりも目が優しげになっている。その視線の先にいるのは・・・)
シャイローゼ(胡桃なのね)
シャイローゼ(うん、あの2人なら結婚しても上手くやっていけそうだわ。多少家柄の差があるとしても、アルはたくさんの才覚があるんだもの)
シャイローゼ(2人が婚約するならよろこんで祝福しましょう。私も嬉しいもの。でも──)
ノンヴィティエス「ローゼさん?ぼーっとしていたけれど大丈夫?」
シャイローゼ「ん?大丈夫よ。ただ、アルと胡桃のダンスがあまりにも綺麗で、見惚れていただけよ」
ノンヴィティエス「あー、それ凄くわかるなあ。あの2人はダンスが上手だったけれど、今日は特にいきいきとしているよね」
ノンヴィティエス「まるで蝶の番がお互いの名前を呼び掛けあっているみたい」
シャイローゼ「・・・えぇ、本当に」
シャイローゼ(今私、上手く笑えたかしら?それにこの心が締め付けられる感じ・・・これで”何度目”かしら)
ノンヴィティエス「──あ、曲が終わったね。次は僕たちだし、行こうか」
シャイローゼ「・・・えぇ」
今回の舞踏会ではシャイローゼ、ノンヴィティエスペアと胡桃、アレグラットペア含むその他数ペアが夜会への出場権を獲得した
〇屋敷の寝室
蝶ケ夜胡桃「今日は凄く楽しかったなあ。久々だったけどちゃんと踊れたし、そのうえ夜会の出席権利も貰えたし!」
蝶ケ夜胡桃「──それに」
蝶ケ夜胡桃「アルとまた・・・一緒に踊れるんだ」
蝶ケ夜胡桃(私、これ初恋なんだな。大事にしたいけど私はいつか婚約者を決められてしまうし・・・)
蝶ケ夜胡桃(──私がアルと婚約できるとしたら?でもそんな手段なんて・・・)
蝶ケ夜胡桃(この地方にはなくて、アルやアルの実家の家では長けているものがあれば・・・)
蝶ケ夜胡桃「うーん・・・」
蝶ケ夜胡桃(軍事力、なんてのはどうかしら)
蝶ケ夜胡桃(うちは家柄は確かにいいと言えるでしょう。ただそれに見合うほどの軍事力が未だにない。そのせいでこの前も子供たちが・・・)
蝶ケ夜胡桃(アルの家は既にアルの姉と夫が家督を継いでいる。つまり婿入りという形になるわ。それなら私にできることは──)
蝶ケ夜胡桃「なおさら頑張らないと、だよね」
蝶ケ夜胡桃「それにあの魔法もそろそろ完成しそうだし!」
〇大樹の下
アレグラット「──3000」
アレグラット「ああ、もうこんな時間か。明日は国王とミルェーツのことで話し合わなければならないというのに・・・」
アレグラット「・・・」
アレグラット(婚約のことが嫌なほど頭をよぎる。この胸は俺に"この想いを認めてしまえ"と言わんばかりに心をざわめかせる)
アレグラット「頭ではわかっているつもりなんだが、難しいな」
アレグラット「考えることを放棄したい。いや、これは逃げてるだけか」
アレグラット「それに、こいつに出せる"対価"がこれ以上は思い付かないしな」
???「ほう、面白いことを言うな」
ミゼ「対価がないなんてことはないぞ?例えば、そうだなぁ」
ミゼ「お前の記憶や血肉なんてどうだ?まぁ、魂を私に寄越せばなんでも願いを叶えてやれるけどなあ?」
アレグラット「・・・ミゼ、突然出てこないでくれるか」
アレグラット(ミゼと呼ぶこいつは俺の魔剣だ。人の姿に変えられるほどの強力な魔力を持つミゼは、対価を出せばなんでも願いを叶えてくれる)
ミゼ「なあに、自分の主が頭を抱えていたから助けてやろうと思っただけだ」
ミゼ「アルよ、お前次第ではあの女とお前を私の力で結婚させることだって可能だ」
アレグラット「結婚したい訳じゃない。ただ、俺はあの人が危険のない場所で幸せに──」
ミゼ「はいはい、その話は何度も聞いたぞ。ったく・・・。ただ、一つ予言してやろう」
ミゼ「そう遠くない未来で、2つの国が1匹の悪魔により崩壊させられるだろう」
アレグラット「!!」
ミゼ「そしてアルよ、お前はまた私の力に頼らざるを得なくなる。──ある意味ではお前の全てを捨ててな」
ミゼ「ゆめゆめ忘れるでないぞ」
アレグラット「待て、もっと詳しく・・・」
アレグラット「はぁ...」
アレグラット「突然来たかと思えば、またいつもの予言か・・・」
アレグラット「まあ、こいつの予言は当たらないことがほとんどだ。適当言っているだけなんだろう」
〇貴族の部屋
シャイローゼ「お母様、私ついに婚約したのよ。砂漠の王宮に住む本物の"王子様"と。砂漠のお姫様のお相手は平民だったけれど、私は違うみたい」
シャイローゼ「ほとんど地位に差なんてないわ。けれどとてもいい人だと思うの。これでお兄様や国民たちも安心させられるわ」
シャイローゼ「アルは・・・まだ私のことを心配したままだと思うわ。確かに私、抜けてるところがまだあるものね」
シャイローゼ「でも私が婚約したらあっちの国へ行くのよね。アルは私についてきてくれるかしら?アルの家は既にお姉さんが継いでるみたいだし」
シャイローゼ「ついてきてくれるのかしら?・・・いえ、私だけで決めることじゃないわよね。アルだって結婚するかもしれないし」
シャイローゼ「あ、そうだわ。相手は胡桃なんてどうかしら?今日の2人は凄く雰囲気がよかったわ。珍しくアルも楽しそうだったしね」
シャイローゼ「というより、胡桃の方はアルのこと好きなんじゃないかしら。あんなに幸せそうな顔は見たことがないもの」
シャイローゼ「きっと2人なら上手くやれるわ。まずは胡桃の方から気持ちを聞いてみましょう、それからなら私も手助けできるしね」
シャイローゼ「大切な2人になにか、最後に今までのお礼をしなくちゃね」
シャイローゼ「・・・不思議ねぇ」
シャイローゼ「どうして辛いのかしら」
シャイローゼ「お母様教えて、この気持ちはなんなの・・・?」
〇上官の部屋
ゼルベイク「今日はご苦労様、ヴィッツ」
ノンヴィティエス「ありがとうございます、ゼルベイクさん。正直、ローゼさんと結婚だなんて夢と勘違いするくらい嬉しいです」
ゼルベイク「それは結構。ローゼもすぐに婚約を飲んでくれたし、きっと君達は仲良くやっていけるだろう」
ゼルベイク「・・・そうえば、ヴィッツ君はいつ頃からローゼのことを好いていたの?」
ノンヴィティエス「確か・・・10年ほど前から?でしょうか。僕はこの国にはじめてのパーティーに来ていたんです」