澁谷は止まったけど、歩いた方が良い。(脚本)
〇渋谷駅前
止
止止
〇ハチ公前
通行人1「この辺って川が流れてるらしいよ」
通行人2「そうなんだー!探してみる?」
人と会話が行き交うハチ公前で僕は止まっている
集合時間である13時の10分前
「約束の時間は守った方がいい」と世間では言う
「こうした方がいいよ」
「こうの方がよくない?」
そういった他人や世間が言う「方がいい」に僕はめっぽう弱い
周囲の意見に合わせて生きてきた
その結果、自分で選択するという事が苦手になってしまった
そして僕は「就活」という岐路の前で止まっている
就活ともなると「方がいい」がバラバラなのだ
大手の方がいい
資格を取った方がいい
説明会に行った方がいい
だが最後に、決まってこう言うのだ
「色んな人に相談した方がいい」
僕は親友の「嶺」に相談する事にした
僕は誰かが「これが良い」と道を示してくれるのを無意識に待っている
〇ハチ公前
突然、周囲の喧騒が聞こえなくなった
耳と音をつなぐ糸が切れた感じだった
何か起きたのかと思い交差点の方に向かった
歩いているのに僕の足音は聞こえなかった
僕が感じたのは足から伝わる振動だけだった
そこで気が付く
音が止まっているのだ
〇渋谷の雑踏
人が動いていない交差点
信号で止まっている訳でもない
まるで時が止まったようだ──
という比喩表現はあるが
本当に止まっていた
〇渋谷駅前
交差点からは多くのビジョンを見ることができる
止
止止
「止」の文字が3つ表示されていた
僕は一瞬、既視感を覚えた
交差点の先の巨大ビジョンだけ、表示が違った
____
||
 ̄|
上下逆になった「止」
逆だから「進」という意味でいいのだろうか?
止まっていた方がいいのだろうか?
わからないが
時と音が止まった状態ならば
自分で選択した方が良い
いや、選択しなければならない
止まった人達の隙間を歩き
巨大ビジョンに相対する
僕は横断歩道の白線の上を歩みだした
〇渋谷駅前
止
止` 、
〇渋谷駅前
対岸にたどり着く
ビジョンを見上げると
逆文字は消えていた
向かって右側、甘栗屋のそばにある赤いビジョンに
_____
||
 ̄|
先程の逆文字が表示された
そちら側に向きを変える
コツ、コツ
僕の靴音が聞こえた
音が戻っていた
僕は正解を確信し横断歩道の白い部分を歩く
まるで川の流れに背中を押されているような感覚で横断歩道を歩んだ
〇渋谷駅前
止
止` 、
 ̄
〇高架下
赤のビジョンの前に辿り着く
____
||
 ̄|
──逆文字は消えなかった
僕は不安になり、周囲を見渡す
時は動き出していなかった
だが、赤いビジョン以外には変化があった
|
|| ̄
 ̄ ̄ ̄
止` 、
「止」が一つ消えて、点が増えていた
ふと、高架線に書かれた駅名に目が行く
渋 谷 駅
普段使わない文字を見て
一つの漢字が脳裏をよぎる
澁
〇高架下
「止」の逆文字は「進」を表してたのではなく、
澁谷の「澁」の一部だった
人生で立ち止まる僕と
時と音が止まったことで
「澁」が形成された
渋も澁も、上に「止」がある
これはハチ公前で止まっていた僕だ
「渋」の下の点は交差点を示している
「止」が自分の歩いた「` 、」と置き換わった
そして、音が戻った
ならば「, ’」の道を歩けば
時が戻るのではないか
〇渋谷の雑踏
「, ’」の道に相対する
この道は白線がない
正面に逆文字もない
道標と呼べるものは一切ない
それでも歩き出そう
「澁」の上の「止」が僕ならば
僕自身が歩き出さないと解消されない
僕が歩き出せば、渋谷に戻るんだ
僕は意を決して足を踏み出した
歩く
白線のない道を
歩く
他の誰でもなく、
僕が選択した道を
歩く
大丈夫
不安は進むごとに薄れていった
〇渋谷駅前
止
`,’、
 ̄
〇ハチ公前
気が付くと僕は元にいたハチ公前で立っていた
時計を見ると、13時ちょうど
自分だけ時間が止まっていたのだろうか
程なくして、嶺が集合場所に来た
挨拶もそこそこに嶺は
澁谷「この辺って、川が流れてるらしいんだ」
就活陣中見舞 渋谷殿
渋が旧字じゃないけど間違いではない
がそれ以上に彼の字は独特だった
澁谷「相変わらず字汚いな、書き順は守ろうよ」
嶺「読めるからいいだろ!」
嶺「それに漢字って書き順は絶対じゃないらしいぞ!」
澁谷「そうなんだ、なるほど・・・」
嶺「さて、どこ行くよ?」
澁谷「ちょっと付き合ってほしい事があるんだが」
澁谷「この辺って、川が流れてるらしいんだ」
嶺「そうなのか」
澁谷「探してみないか?」
嶺「構わないけど、最初に就活の話をした方がいいんじゃないか?」
澁谷「先に「氵」を見つけて完成させたいんだ」
「渋」の「止」はハチ公にお願いしよう
僕は歩き出す
見当はついている
まず宮益坂方向だ
「は?さんずい?完成?って、おい!待てよ!どう意味だ!?」
〇高架下
「澁」を構成していた「止」が逆だったのは
「渋」、「澁」共通の場所に「氵」を示すためだ
そうすると宮益坂辺りに「氵」が示される
その周辺にきっと川がある
僕はこの「氵」を歩いて「渋」を完成させたいと思っている
氵は点が3つ
書き順が関係ないならどこから探しても良い
すぐに見つからなくても良い
余計な道を歩いたって良い
あの不思議な出来事での経験が、僕の背中を強く押してくれている気がした
自分の行きたい道を自分で選ぶんだ
〇渋谷駅前
止
ξ `,’、
 ̄
不思議なお話でした。
時が止まった渋谷で、自分がなんとかしなくては!と動き出した主人公を見ていたら、これも何かの理由があったのかも…と思いました。
おもしろい発想でした。彼がこの不思議な体験にまきこまれたのは、人の意見ばかり伺って、道標がないと進めなくなっていた彼自身に、自分自身で、自分ひとりで考えて選択していけという神様からのお告げだったのでしょうか。
漢字の成り立ちについて、あまり気に留めることもなくなっていたのが、お話をよみながらなるほどと思わされました。『澁』の中に自分を照らし合わせ、指標を定めた主人公はすごいです。