成仏!悲しき運命の女編(脚本)
〇村に続くトンネル
研鑽努力を積み重ね、流れ流れて知らぬ土地。
いつかいつかと夢見るも、雲が隠した日の光。
されど宿った太陽が、顔で燦燦輝く男。
誰が言ったか、根性一路。
いざ行かん、いつか日の目を見る太郎。
いつか日の目を見る太郎「お腹と背中がくっついてしまう~」
腹、ペコのペコにて底抜けにカラ。
脳、もとよりカラのカラにて良い音なりて、足、コツとコツより踏み鳴らす。
徒歩にして7時間を歩き続け、寝る間を惜しんでやってきた。
今宵は古宿にて安眠を望むも、体くたびれてもはや限界。
それもそのはず、この男。ポク電公社の命により、古美術品を買い占めて来いとの指令を受けて、どこの山とも村ともわからぬ、
仙人の住む宿へとやってきた。
何度道に迷ったことかわからぬ。
道中、熊に出会い、死んだふり。
マムシに睨まれ、蛙のごとく動けず、
鹿にあって体当たりをされ、
服はボロボロ、身も心も限界。
されど、持ち前のタフさ。底なしのタフさ。タフマン1000万本分のタフさ。
〇おんぼろの民宿(看板無し)
粉骨砕身、宿の扉をぶっ叩きながら、
いつか日の目を見る太郎「たのも~!たのも~!」
まさかの道場破り。されど致し方なし。
いつか日の目を見る太郎、常識を知らず。
知らぬ家の扉をたたくときはいつも、この掛け声。
バタバタと奥から物音。
現れましたのは、髭をたっぷり蓄えた老人。
老人「なんじゃ、道場破りか!!!???」
いつか日の目を見る太郎「いえ、どじょう掬いで!?」
老人「なんじゃ、貴様は!」
いつか日の目を見る太郎、ばったりと床に倒れこみ、
いつか日の目を見る太郎「飯を!食わして!くださいな!!!!!」
あまりにも、情けなき格好に老人驚き、
老人「あいわかった!!!!」
〇兵舎
死ぬほど飯を食って回復。いつか日の目を見る太郎、念願の飯。
いつか日の目を見る太郎「このお礼は、決して忘れませんな・・・」
老人「何者なんじゃ、貴様は・・・」
いつか日の目を見る太郎「はっ!これは大変な失礼を致しました! おら、いつか日の目を見る太郎と申しまして、生まれは下総の国」
いつか日の目を見る太郎「父を早くに亡くしまして、母は知らぬ男と出ていきました。祖父母の家に引き取られましたが、」
いつか日の目を見る太郎「貧乏暇なし、精出せば凍る間も無し水車というやつでして、マグロ漁船に乗り、海水で育ち、」
いつか日の目を見る太郎「苦労を買おうと入った会社で、大変な経験を積んでおります」
いつか日の目を見る太郎「今は、社長の秘書を務めておりますが、鳴かず飛ばずの閑古鳥。 いつか日の目を見る日を信じている男でございますな!」
老人「長いし、波乱万丈じゃないか。お前さん・・・」
あっけにとられて老人、しばらく考え込む。
老人「それで、なぜここに来たんじゃ・・・」
いつか日の目を見る太郎「飯を食うために・・・」
老人「なんじゃと!?ただそれだけのためか!?」
いつか日の目を見る太郎「いえ!ですが!忘れてしまいまして!飯を食べることに、脳のメモリを奪われまして!」
老人「と、とんでもない馬鹿じゃ・・・」
老人、くっくと笑って、すぐ傍にあった絵を見せた。
老人「どうじゃ、これはわしが書いた絵じゃ」
いつか日の目を見る太郎「えー・・・」
老人「つまらぬギャグは良い。どうじゃ、あーっと驚くじゃろう。アートだけに」
いつか日の目を見る太郎「そろそろ、引っ越しですかな」
老人「それはアート引越センターじゃ!誰が分かるんじゃ、そのボケ!」
すっかり意気投合の二人である。
老人「もうよい。事前に話は聞いておる。とんでもない馬鹿が来るから、覚悟しておけとな」
いつか日の目を見る太郎「な、なんですと!?」
裏で手引きをしていた男。それは徳野池どん床である。
辣腕を振るい、ポク電公社の中でも万歳田山椒に次ぐ実績を生む男。
されど、なぜそんな男が、いつか日の目を見る太郎の補助をしたのか。
老人「お前にもっていってほしいものがあるんじゃ」
いつか日の目を見る太郎「白米ですかな!?」
老人「違う!飯のことは忘れろ!」
いつか日の目を見る太郎「箸と茶碗!?」
老人「殺すぞ!」
いつか日の目を見る太郎「ひー」
厳しい言葉を放つも、老人、なぜか笑顔。
〇地下室
案内されたのは、暗い地下室。ぶるぶると震えるいつか日の目を見る太郎。
いつか日の目を見る太郎「なんですかな、千本のろうそくでもあるんですかな」
老人「落語の死神じゃないんじゃ、そんなもんありはせん」
案内されるがままに奥へと進むと、大きな大きな絵がかけられている。
老人「これじゃ」
いつか日の目を見る太郎「なんとまぁ、美人なお姉さんで・・・」
そこにあったのは、巨大な美人画。すらりと伸びた体。
まるで、天使の羽衣のようなやわらかく、さわりたくなるような衣服を身にまとい、
真っ白な顔は、どこかはかなげである。
老人「この絵はな、わしの夢に出てきた女なんじゃ」
いつか日の目を見る太郎「we are dream girls♪wow~♪」
老人「ブロードウェイのミュージカルじゃないわい!」
いつか日の目を見る太郎、内心、老人の引き出しの多さに心が躍る。
老人「不思議なもんじゃ。二度三度と夢に出てのう。必ず、こういうんじゃ」
いつか日の目を見る太郎「お腹すいた」
老人「違う!飯のことは忘れろ!というか、さっき食べたばかりじゃろうが!」
いつか日の目を見る太郎「おもしろい人ですな・・・」
老人、気を取り直して、
老人「父と母に会いたいとな。泣いてすがってくるんじゃ。わしもいたたまれなくなって、せめて絵にしてやろうと思っての」
いつか日の目を見る太郎「そんなことが・・・」
聞けば、つい数週間前から、老人はそのような夢をよく見るようになったという。
どこの宿かは分からないが、女たちの声がする宿で、階段を駆け下りたり、時には引き戸を開けて、
ひっそりと絵の女が顔を出しては、
「父ちゃんと母ちゃんに会いたい。父ちゃんと母ちゃんに会いたい」と
訴えてくるのだそうだ。年齢にして20そこそこ、綺麗な着物を着た女で、
当然のことながら、老人はそんな女に会ったことは一度もない。
老人「せっかくじゃ、お前さん。この絵の会いたがっているという両親に、合わせてやってはくれんかのう」
いつか日の目を見る太郎、二つ返事で、
いつか日の目を見る太郎「はいなっ!!!」
〇おんぼろの民宿(看板無し)
翌朝、丁寧に絵をくるんで背中に背負い、いつか日の目を見る太郎は宿を出た。
老人「気をつけてな。くれぐれも、風邪は引かんようにのう」
いつか日の目を見る太郎「はいな!ありがとうございます。そういえば、お名前をうかがっておりませんでして」
老人は照れ臭そうに、
老人「わしか、わしはな」
四角山落橋「四角山落橋と言う絵師じゃ」
いつか日の目を見る太郎「ラッキョウの壊死・・・」
四角山落橋「何かよからぬことを考えているようじゃな。邪念は捨てて行くがよい」
いつか日の目を見る太郎「はいな!ごはん、おいしかったですな!本当に、ありがとうございます!」
四角山落橋「ほっほっほ、どこまでも気持ちの良い男じゃ。それじゃあな」
四角山落橋「頼んだぞ!!!!!」
〇山中の坂道
それから約17時間、歩き続けて山下り。
背中に背負った絵を傷つけまいと、ゆっくりゆっくり歩んだ結果、
気が付けばあっという間。不思議と疲れない体。
何か、誰かが背を押している感覚に襲われ、いつか日の目を見る太郎、心地良く。
いつか日の目を見る太郎「こんなに歩いても、腹も空かない。体も疲れない。不思議ですな」
〇森の中の駅
あれよあれよという間に、駅に着く。
切符を買おうとしたところで、はたと気がついた。
いつか日の目を見る太郎「しまった!財布を忘れてきてしまったですな!?」
痛恨のミス。愕然としながら、駅のベンチに座り込む。
すると、どこからか声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん、あるよ。お財布、あるよ」
いつか日の目を見る太郎「へっ!?」
うとうとしていたのだろうか。はっと目を覚ます。
ぱっと腕時計を見るも、とくに時間が過ぎた気配なし。再び、ポケットの中を探ると、
いつか日の目を見る太郎「あれ、財布がありますな」
思い違いが、ポケットの中にある財布。免許証、保険証、近所のスーパーのポイントカード、全部ある。
訳も分からず、いつか日の目を見る太郎、切符を買って乗車。
タイミングよくやってきた電車に揺られて、ポク電公社のある支店までゆらゆら。
うっかりしていたのか、眠りに落ちるいつか日の目を見る太郎。
〇ホストクラブ
夢か現か、女たちの賑わう声。
女1「ザギンって言ったら、シースーでしょー」
女1「ほらほらお兄さん、ルービー、ルービー、イッキ、イッキ~」
女と男の騒がしい声。思わず耳を塞ぎたくなるほどの喧噪。
そんな喧噪の中で、汗水たらして働く女が一人。
女1「ちょっと、カナコちゃん。あっちのテーブル、お酒がまだよ!」
カナコ「す、すいません。ただいまお持ちします!」
女1「もういいわ。ほら、あっちのお客さんにピスタチオ持って行ってちょうだい」
言われて、カナコと呼ばれた女がピスタチオを席に持っていく。
しかし、何の拍子かつまずいて、ピスタチオをこぼしてしまうカナコ。
カナコ「すいません、すいません」
玄界灘シンジ「何やってんだよ~!!!!どんくせーなぁ!ちょっとママァ!」
女1「あら~ごめんなさいね玄界灘の社長さ~ん。この子、馬鹿な子なのよ~」
玄界灘シンジ「はっはっは、馬鹿な子で、カナコかぁ。悲惨だなぁ」
カナコ、無表情でピスタチオを拾いながら、
玄界灘シンジ「ったくよ~、もういいよ。こんなん、お前の餌にしろや」
零れたピスタチオを拾うカナコの手を、シンジと呼ばれた男が足で踏みにじる。
ピスタチオとともに、カナコの手が床に押し付けられる。
カナコ「痛い!痛い!」
玄界灘シンジ「おらおら、最近はやりのピスタチオチョコに負けじと、ピスタチオとお手手のミックスだぁ」
カナコ「痛い!やめてぇ!やめてえ!」
いつか日の目を見る太郎「やめるんですな!!!!!!」
全ての光景を見ていたいつか日の目を見る太郎、叫ぶ。
しかし、その声、響かず、届かず、聞こえず、どれだけ叫んでも、声が出ない。
「あっち行け、ブス。バカナコ!」
「あっはっはっは、バカナコ~」
「馬鹿な子~」
いつか日の目を見る太郎「やめるんですな!良くないですな!良くないですな!」
〇電車の座席
いつか日の目を見る太郎「やめるんですな!良くないですな!良くないですな!」
駅員「ちょっと、お客さん!どうされましたか?」
はっと目を覚ますと、電車の中。
いつか日の目を見る太郎、きょろきょろと目を回し、
いつか日の目を見る太郎「あれ?カナコちゃんはどこですかな?」
駅員「お客さん、終点ですけど・・・」
いつか日の目を見る太郎「へ?」
見れば、終着駅。目的地の駅である。
狐につままれたように、拍子抜けするいつか日の目を見る太郎。
いつか日の目を見る太郎「あれれ・・・」
さきほどの光景は夢だったのだろうか。
ぼんやりとした頭を抱え、電車を降りて駅を出た。
〇町の電気屋
とぼとぼと歩いていると、なぜだか両目から涙が零れる。
いつか日の目を見る太郎「なんですな。疲れているんですかな・・・」
ふいに、目の前を車が通り過ぎる。
あと一歩前に進んでいたら、轢かれていた。
「どこ見てんだ、バカヤロー!」
いつか日の目を見る太郎「す、すみませんですな!」
〇雑誌編集部
いつか日の目を見る太郎「いつか日の目を見る太郎、ただいま帰りました~!」
と言っても、本日日曜日。社員は出社しておらず、時刻は19時。人っ子一人いない。
ぐったりとして、背中に背負っていた絵を壁にかけると、近くにあったソファに寝転ぶ、いつか日の目を見る太郎。
そのまま、すやすやと眠りに落ちた。
〇ビルの裏
再び、夢か現か分らぬ場。
両手で顔を覆って、泣いている女がいる。
見れば、カナコである。
いつか日の目を見る太郎「どうしたんですかな。お嬢さん」
と、声をかけるも、いつか日の目を見る太郎の声、出ず。
カナコ「父ちゃんと母ちゃんに会いたい。会いたいよぉ」
女1「いつまで泣いてるのよ。さっさと働きなさい!」
どこからか扉が開いて、厚化粧の女が眉をつりあげて怒鳴った。
カナコ「ううう、女将さん。ちょっと、体の具合が悪くて」
女1「そんなの知らないわよ!ただでさえ人手不足なんだから!ほら!さっさと酒出して!」
カナコ「でも、もう、体が・・・」
女1「うぜぇな。使えないならクビよクビ!さっさと出てけ!」
カナコ「ううう、ううう・・・」
ぐったりと、お腹を押さえて倒れこむカナコ。
涙を流しながら、苦悶の表情を浮かべ、歯を食いしばっている。
カナコ「会いたい・・・会いたいよぉ・・・」
いつか日の目を見る太郎「会わせてやる、おらが絶対、会わせてやるから!!!!」
〇雑誌編集部
いつか日の目を見る太郎「会わせてやる、おらが絶対、会わせてやるから!!!!」
ぱっと目を開くと、目の前に男の顔。
徳野池どん床「おう。どうした。太郎君」
そこにいたのは、徳野池どん床であった。
いつか日の目を見る太郎「はっ、はっ、はいな!!!!どどど、どうして徳野池副社長が!!!???」
徳野池どん床「ふむ。ちょっと落橋さんから電話をもらってな」
いつか日の目を見る太郎「なななな、あのご老人からですか」
徳野池どん床「おう。なんでも、底抜けな馬鹿がやってきて、絵を盗んでいったとか」
いつか日の目を見る太郎「事実が湾曲されて伝わっておりますな!」
徳野池どん床「はっはっは、冗談だよ。いつか日の目を見る太郎くん。君に託したものがあるだろう?」
いつか日の目を見る太郎「絵のことですな」
徳野池どん床「ああ、その絵に描かれた女の人がね。落橋さんに手を合わせにきてこういったそうだよ」
いつか日の目を見る太郎「なんと、申されたのですか」
徳野池どん床「ありがとう、だとさ」
いつか日の目を見る太郎「いえ、まだおらは何も」
徳野池どん床「ふむ、確かにまだここに絵はある。だがね、その絵を飾る場所は決まっているのだよ」
いつか日の目を見る太郎「ど、どこですかな?」
徳野池どん床「玄界灘美術館だ」
いつか日の目を見る太郎「ど、どこですかな・・・」
徳野池どん床「まあいい。ちょっとその絵を持ってきてくれ」
〇町の電気屋
どん床に言われるがまま、絵を背負って支店を出る。
時刻は快晴の午後1時。
支店の前には、真っ赤なフェラーリ。
徳野池どん床「展示会があるんだ。飛ばすぞ!」
いつか日の目を見る太郎「は、はいな!」
フェラーリの快音を聴きながら、二人は玄界灘美術館へと向かった。
〇古い洋館
車で30分ほどのところに、玄界灘美術館はある。
かなり大きな美術館で、平日にも関わらず物凄い人の量である。
フェラーリを駐車場に止め、二人は玄界灘美術館に入った。
中へ入ると、若い男が出迎えた。
玄界灘シンジ「おやおやおやおや、これはこれはこれはこれは。ポク電公社の徳野池さんじゃございませんか」
徳野池どん床「お世話になっております。玄界灘社長」
玄界灘シンジ「ふははははは、そりゃそうよ。うちはかなり世話にしてる。赤ん坊のオムツを取り換えてるようなもんだけどね」
徳野池どん床「いえいえ、育ち盛りの我々には、大変にありがたいことでして」
玄界灘シンジ「だろうねぇ。だろうね~。ははは、徳ちゃん。それで、そこのゴミは?」
どう見ても、徳野池どん床よりも若手であるが、玄界灘の社長は横柄な態度である。
ゴミ呼ばわりされたいつか日の目を見る太郎は、にっこりと笑って、
いつか日の目を見る太郎「はっ、はいな!いつか日の目を見る太郎と申しまして、生まれは————」
玄界灘シンジ「ああ~~~~~、やめてやめてやめてやめて。聞いてもいないのに、ごみは喋らないで」
いつか日の目を見る太郎「す、すいませんですな」
玄界灘シンジ「それよりなにより、徳ちゃん。見せたいものがあるんでしょ?」
徳野池どん床「ええ、あの四角山落橋先生が書いた美人画でして」
玄界灘シンジ「え!!!!????????あの、落橋先生が!!!!????描いたの!!!???」
玄界灘シンジ「うっそぉおおおおお、ええええええ、マジ!デジ!マジデジマ!!!!???」
落橋の言葉を聞いた途端、大興奮の玄界灘。
玄界灘シンジ「やばいよやばいよやばいよやばいよ。バンクシーも、ピカソも、ゴッホも目じゃないよ」
玄界灘シンジ「あの円山応挙、田能村竹田、長沢芦雪の流れを汲む、天才が描いた絵でしょ。早く見せろ! 見せろ見せろ見せろ見せろ~~~~~」
徳野池どん床のネクタイにしがみつき、興奮した様子の玄界灘。
徳野池どん床「弊社のものが持っておりまして、さきほど、玄界灘様が仰られたあちらの」
玄界灘シンジ「はあああ?なんでゴミが持ってんだよ。くそ、ざこ、さっさと見せろやボケ!」
乱暴にいつか日の目を見る太郎につかみかかった玄界灘。
???「いやっ!!!!!!!!!!!!!」
ばこーんっと5メートルほど弾き飛ばされた玄界灘。壁に激突して気を失った。
徳野池どん床「お、おい。何をしてるんだ、いつか日の目を見る太郎くん」
いつか日の目を見る太郎「い、いえ、おらは何も・・・」
なぜか、玄界灘に触れられた瞬間、どこからともなく女性の拒絶する声が聞こえた。
気づけば、背中から物凄い力で風が吹いたようにいつか日の目を見る太郎は感じた。
徳野池どん床「と、とにかく。飯でも食うか・・・しばらく、起きなさそうだし」
いつか日の目を見る太郎「は、はいな・・・」
〇立ち食い蕎麦屋(看板無し)
玄界灘美術館のすぐそばに、うらびれた蕎麦屋が一軒。
『秋野蕎麦店』と書かれているのか、ボロい看板を掲げている。
中に入ると、げっそりとした店主が力なく微笑んで、
秋野カズタカ「はい~、いらっしゃい~」
なんともひ弱そうな店主であるが、いつか日の目を見る太郎、腹が減っていた。
徳野池どん床「じゃあ、オススメをもらおうかな」
いつか日の目を見る太郎「おらも、オススメで」
秋野カズタカ「はい~、それじゃあ、お二人さん、カナコ蕎麦で~」
不思議な名前だ、といつか日の目を見る太郎は思った。
いつか日の目を見る太郎「ちょっと店主。お尋ねしますが」
秋野カズタカ「はい~、なんでしょ」
いつか日の目を見る太郎「その、カナコ蕎麦っていうのは、どんな蕎麦なんですかな?」
秋野カズタカ「はい~、塩と蕎麦粉を良い具合に混ぜた蕎麦でして、実は昔、私と妻の間に、手塩にかけた娘がおりました」
秋野カズタカ「その娘の名前もカナコ言いまして、私の至らなさで、カナコに大変な迷惑をかけました」
秋野カズタカ「これでも、蕎麦屋をする前は、博打と酒に溺れておりまして、妻に愛想をつかされ出ていかれました」
秋野カズタカ「ですけど、カナコだけは、父ちゃんと母ちゃんに仲直りしてもらいたいと言って、」
秋野カズタカ「水商売で、一所懸命に働いてくれたんです。ですけどね、ですけど。。」
秋野カズタカ「つい数週間前です。亡くなりましてね。ストレスと過労もあったんでしょう」
秋野カズタカ「金が無いもんですから、葬儀もやれなくてね。そこに、玄界灘美術館がございますでしょう」
秋野カズタカ「元は私の土地でしたが、博打でえらい目にあいまして、全部、玄界灘さんに売ってしまいました」
秋野カズタカ「今は、猫の額ほどの土地で、こうして、娘のために、蕎麦屋をやっているわけです。情けない話で、すみませんねぇ」
???「父ちゃん・・・」
どこからか声が聞こえ、いつか日の目を見る太郎は抱えていた絵を壁に立てかけた。
いつか日の目を見る太郎「店主、ひょっとして、そのカナコさんというのは・・・」
はらりと、絵を包んでいた布を払う。
儚い顔をした美人画を店主に見せると、
秋野カズタカ「ああ!!!!!あああ!!!!!カナコ!!!!!」
蕎麦を茹でていることも忘れ、店主は絵に駆け寄った。
秋野カズタカ「ああ、そっくりだ。カナコだ。お兄さん、これはカナコですよ!!!!」
いつか日の目を見る太郎「やっぱり、そうでしたか」
ふと、絵を見ると、どこか嬉しそうに、絵の中の美人、カナコがほほ笑んでいる。
徳野池どん床「だけど残念だな。その絵は、あの玄界灘さんに売らないといけない」
いつか日の目を見る太郎「そんな!それはいかんですな。売るのはお止しになさって」
徳野池どん床「そうはいかんのだよ。これは契約だから。玄界灘美術館、夏の幽霊画展のためにその絵を展示しなくちゃいけないんだ」
いつか日の目を見る太郎「そうですかいな。だったら、直接交渉してきますな!!!」
そう言って、絵を持って蕎麦屋を飛び出す、いつか日の目を見る太郎
徳野池どん床「お、おい!太郎君!蕎麦がまだだよ!」
いつか日の目を見る太郎「信州信濃の新蕎麦よりも、この絵は店主の傍がいい!ですな!」
徳野池どん床「わけがわからんな・・・」
〇美術館
一方、美術館内で目を覚ました玄界灘。
玄界灘シンジ「あー、いてててててて。ちっくしょう。なんだあの、ゴミ野郎」
倒れこんだ玄界灘に、そっと手を差し伸べる女。
秋野ミサキ「ほら、シンジさん。そんなところに座ってないで」
玄界灘シンジ「ふんっ、座ってるわけじゃねぇよ。それよりミサキ。いいのか、お前」
秋野ミサキ「何が」
玄界灘シンジ「お前の店主がやってる蕎麦屋だよ。潰れるぞ」
秋野ミサキ「いいのよ。あんな馬鹿男。それに、あなたが彼を騙したんじゃない」
玄界灘シンジ「人聞きが悪いな。あいつが勝手に金を使っただけだよ」
秋野ミサキ「賭博の支配人はあなただったじゃない」
玄界灘シンジ「うるせぇな。俺は欲しいものは金で買うんだよ。お前も、金で買ったようなもんだ」
秋野ミサキ「サイテー」
玄界灘シンジ「まあいいよ。あの男に愛想が尽きたんだってわかったし、さっさと潰して、ホームレス生活させてやろうかな~」
秋野ミサキ「どうでもいいけど、わたし、早く夏の幽霊画展が見たいのよ。いい作品はあるの?」
玄界灘シンジ「あったり前田のクラッカー炸裂ポンポン丸よ。なにせ、あの四角山落橋が描いた絵がある」
秋野ミサキ「え、本当に?」
玄界灘シンジ「本当よ、本当。見たら腰抜かすぞ~。どうだ、今夜、先に腰を抜かしてみるか?」
秋野ミサキ「遠慮しとくわ~、早く絵が見たいな~」
ドンドンドンドン
「たのも~、たのも~」
どこからともなく、道場破りの声。
玄界灘シンジ「ん?なんだ?どこの道場破りだ」
玄界灘が声のする方を見る。絵を背負ったいつか日の目を見る太郎がそこにいる。
玄界灘シンジ「あの野郎。いい度胸してやがる」
玄界灘シンジ「開いてるぞ!さっき普通に入ってきただろうが、ゴミ野郎!」
いつか日の目を見る太郎「はっ、これは失念しておりました。ちょいと失礼いたしまして」
しっかと絵を背負いながら、玄界灘の前で仁王立ちのいつか日の目を見る太郎。
玄界灘シンジ「ほう。絵を持ってきたのか。さっさと出せ、ゴミ。そんで、さっさと焼却炉に行け」
いつか日の目を見る太郎「はいな。おら、生まれも育ちも下総の国。ゴミでもヘドでも屁でもないですな」
玄界灘シンジ「何が言いたい」
いつか日の目を見る太郎「絵を見る態度じゃないですな」
玄界灘シンジ「何を!?」
いつか日の目を見る太郎「ちょっと訳あり。この絵には、悲しい運命、ありまして」
玄界灘シンジ「何調子に乗ってんだこの野郎」
いつか日の目を見る太郎「博打にハマって、さあ大変。どじょうが出てきてこんにちは。ベベンベン」
玄界灘シンジ「ふざけてんのか、てめぇ!」
いつか日の目を見る太郎「カナコ蕎麦、食べたことはありますかな」
玄界灘シンジ「そんなん、あるわけ・・・」
秋野ミサキ「あるわ」
いつか日の目を見る太郎「失礼ですが、あなたは」
秋野ミサキ「秋野ミサキ。まあ、今は玄界灘ミサキだけどね」
いつか日の目を見る太郎「なんと!じゃあ、元は、蕎麦屋の店主の奥さんですかな?」
秋野ミサキ「ええ、そうよ。元ね」
???「母ちゃん・・・」
秋野ミサキ「初対面の人の母になったつもりはないけど?」
いつか日の目を見る太郎「い、いえ、今のはおらの言葉ではないかもしれないかもしれないかも」
玄界灘シンジ「おい、さっきから何の話をしてるんだゴミ!」
いつか日の目を見る太郎「ゴミゴミうるさいですな!ゴミっていうやつがゴミですな!」
玄界灘シンジ「うるせぇ、バカ!」
いつか日の目を見る太郎「馬鹿っていうやつが、馬鹿ですな!」
秋野ミサキ「ちょっと、お兄さん。その絵、早く見せてちょうだい」
〇美術館
ミサキは、いつか日の目を見る太郎の背負っていた絵が気になっていた。
いつか日の目を見る太郎「お待たせいたしました。これが目に入らぬか!」
玄界灘シンジ「印籠みたいに言うなボケ!」
いつか日の目を見る太郎「ボケっていうやつが、」
いつか日の目を見る太郎「ボケですな!」
はらりと包んでした布を払うと、四角山落橋の描いた絵が現れた。
一目見て、それが自分のお腹を痛めて生んだ娘だとわかるミサキ。
秋野ミサキ「カナコちゃん・・・・」
膝から崩れ落ち、絵の前で涙を流すミサキ。
カナコ「母ちゃん・・・」
玄界灘シンジ「んだよ、気持ち悪い絵だな。地味だし、味気もねぇ」
いつか日の目を見る太郎「だまらっしゃい!このすっとこどっこいしょ!」
大きな声で、いつか日の目を見る太郎は玄界灘を見る。
絵の中のカナコが、キッと玄界灘をにらんだ。
いつか日の目を見る太郎「おらはね。父ちゃんの顔を見たことはねぇ。母ちゃんの顔だって覚えてねぇ」
いつか日の目を見る太郎「だけども、この絵のカナコちゃんは、ちゃんと知ってるんだい。父ちゃんのことも、母ちゃんのことも、ずっとずっと忘れずに、」
いつか日の目を見る太郎「他人様の夢に出てくるくらいに、大切に思っているんだい!」
いつか日の目を見る太郎「おらはね。カナコちゃんが羨ましいよ。心の底から羨ましいよ」
いつか日の目を見る太郎「カナコちゃんは、絵になっちゃったけども、こうやって、父ちゃんにも会えた。母ちゃんにも会えた」
いつか日の目を見る太郎「そこには、何か意味があることだとおらは思うよ。夢に出て、立派な絵師さんに絵にしてもらって、こうやって、今、ここにある」
いつか日の目を見る太郎「おらは、なんか、カナコちゃんに背を押されて、ここまで来た気がする」
いつか日の目を見る太郎「それをなんだい!気持ち悪いだの、地味だの、味気がないだの!」
いつか日の目を見る太郎「本当に気持ち悪くて、地味で、味気がないのは、、、」
カナコ「あんたの方なんじゃないの!!!!」
バコーンっと再び弾き飛ばされる玄界灘。
涙を流し、絵に縋りつくミサキ。
秋野カズタカ「ミサキ!カナコ!!!!」
ふと、美術館の入口から、秋野蕎麦屋の店主が叫んだ。見れば、後ろに徳野池どん床が立っている。
蕎麦屋の店主は、ミサキの肩に腕を回し、カナコの絵とともに、三人で輪になった。
秋野カズタカ「ごめんな。俺が全部悪かった。許してくれ、カナコ、ミサキ・・・」
秋野ミサキ「いいのよ、あなた。ごめんなさい。わたしも、助けてあげられなくて、全部、カナコに背負わせてしまって」
カナコ「父ちゃん、母ちゃん。仲良く、いつまでも、元気でね。末永く、健康に、幸せに生きてね」
絵の中のカナコの表情は、いつか日の目を見る太郎がこれまでに見たどんな表情よりも、素敵な笑顔をしていた。
その後、玄界灘シンジの悪事暴かれて、玄界灘美術館、その他系列グループ全崩壊。
変わって、秋野蕎麦屋。絵の美しさが評判を呼び、大行列の大繁盛。
やがて、その土地は活気ある場へと様変わりする。
誰が呼んだか、『健やかな子が生まれる地』、『金の粉が降り注ぐ地』。
やがて近辺の村々と合併して、その土地の名『神子市』となって、後世にまで語り継がれるほどの活気ある場となる。
そして、秋野蕎麦屋は全国にチェーン展開。各地の支店にはマスコットキャラクターの『カナコ』が描かれ、
『カナコ』の名は全国に広まり、映画化、ドラマ化、グッズ化、漫画化。
このめでたき物語の裏で、ひっそりと活躍した男の名は、知る人ぞ知る。
その名を、いつか日の目を見る太郎。
しかし、この時の彼はまだ知る由もなかった。
いつか日の目を見る太郎「よかったねぇ、カナコちゃん」
家族そろって久しぶりの出会いにむせびなく姿を見つめながら、いつか日の目を見る太郎の目に溢れる涙。
いつか日の目を見る太郎「おらも、父ちゃんと母ちゃんに会いてぇな~」
大丈夫、いつか必ず日の目を見る日はやってくるであろう。
それはまた、次回のお話で。
太郎さんはどの作品を見ても自分のことより他人のことを優先して考える優しい人なんだなぁと思います。
たまに毒っぽいことを吐いたり、ボケを言ったり、そんなところも魅力的です!
ストーリーがしっかり構成されていて、読み応えがある作品でした。太郎が成長!?していく姿が何だか子の成長を見るようで、楽しかたったです。
涙が出た。読み進むごとに涙が出た。感動させるよ。太郎の人望は、あの世の世界まで伝わるのか?太郎も父ちゃん母ちゃんに合わせてあげて!