へそくりとお年玉

市丸あや

へそくりとお年玉(脚本)

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市丸あや

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〇狭い畳部屋
棗絢音「──よし!」
  ──豚の貯金箱に500円玉一つ入れて、絢音はそれを持ち上げる。
棗絢音「そろそろ頃合いね。明日銀行に行って両替してもらって来よっと」
  そうして、お小遣い帳ととあるカタログを見つめて、絢音は小さく微笑む。
棗絢音「喜んでくれるかな?藤次さん・・・」

〇狭い畳部屋
棗藤次「ん?」
  ──夜。
  小腹が空いたので戸棚の中を漁っていた藤次は、奥に隠すように置かれた豚の貯金箱を見つける。
棗藤次「なんやこれ。貯金箱?」
  持ち上げてみると、結構な重量があるので、藤次は瞬く。
棗藤次「アイツ・・・一丁前にヘソクリなんかしとんかい。 欲しいもんあるなら、言えば買うてやるし、小遣いかて上げたるのに・・・」
  呟き、藤次は徐に背広の内ポケットから財布を取り出すと、一万円札を小さく折り畳み、貯金箱の中に押し込む。
棗藤次「もうすぐ正月やし、お年玉や。 欲しいもん、買えるとええな」
  そう言って小さく笑い、藤次は貯金箱を元の場所に戻して、戸棚の戸を閉めた。

〇銀行
棗絢音「あれ?!」
  翌日、銀行で貯金箱の中身を両替してもらったら、お小遣い帳の記帳金額より一万円多いので、絢音は瞬く。
棗絢音「おかしいな。昨日は合ってたのに・・・何処かで記入間違えた?」
  お小遣い帳をめくってみるが、思い当たる節はなく小首を傾げたが、これならもっと良い物が買えると、絢音の頬は上気する。
棗絢音「名入れも、しちゃおかな・・・」
  呟き、大事にお金を鞄にしまいながら、絢音は街中へと消えていった。

〇狭い畳部屋
  ── そうして目まぐるしく師走は過ぎていき、時節は1月1日・・・元旦を迎える。
  初詣を済ませて帰宅し一服していると、藤次が徐にポケットからポチ袋を取り出す。
棗藤次「ほら。 今月分のお小遣い。 正月やからお年玉も込みや。 年末よう働いてくれたし、奮発したさかい、なんか楽しい事に使い」
棗絢音「う、うん・・・ありがとう」
  そうして受け取ると、かなりの厚みがあるので中身を確認すると、生活費と見紛う程の金額だったので、絢音は目を見開く。
棗絢音「な、なによこれ!こんなお金貰えない!!いつもの2倍・・・ううん、3倍はあるじゃない!!」
棗藤次「せやから、お年玉込みやて言うてるやろ?ボーナスも殆ど貯蓄やし、ワシも今はスーツくらいしか買うもんないしな」
棗絢音「け、けど・・・」
棗藤次「それに、渡しとる生活費でやりくりしてくれとるから、たまには派手に使うてもなんも支障ない。せやから、遠慮のう受け取って?」
棗絢音「で、でもこんな・・・」
  それでも躊躇う絢音に、藤次は優しく笑いかける。
棗藤次「しっかり働いてくれてる嫁さんに、相応の報酬渡しとるだけや。給料はおろか、ボーナスもない労働するんも、つまらんやろ?」
棗絢音「そんな・・・ 私はお嫁さんとして普通に・・・」
棗藤次「せやから、それはその感謝や 張り合いつけるためにもしまっとき。 その代わり、リフレッシュしたらなんか美味いもん、食わせて」
棗絢音「う、うん・・・」
  優しく頭を撫でてくる藤次にそう諭され、絢音はポチ袋をちゃぶ台におく。
棗絢音「こんな大金もらった後じゃ、出しにくいじゃない・・・」
棗藤次「ん?なんや、おせちもお雑煮も食ったし、まだ何か用意してくれとんか?」
棗絢音「・・・・・・・・・・・・・・・」
  不思議そうに自分を見つめる藤次に、絢音は徐に立ち上がり、戸棚の奥に隠していた、青いリボンのついた箱を取り出す。
棗藤次「絢音?」
棗絢音「藤次さんに、お年賀・・・ 余った毎月の生活費やお小遣い貯めて、買ったの」
棗藤次「あ!」
棗絢音「?」
  不意に、藤次の脳裏にあの豚の貯金箱が頭をよぎる。
  あれは、自分の為だったのか・・・
  目を丸くして彼女を見つめていると、絢音が不思議そうに小首を傾げるので、藤次はハッとなり微笑む。
棗藤次「なんや、随分可愛いことしてくれてたんやな。めっちゃ嬉しい。なに選んでくれたんや?見して?」
棗絢音「ん」
  差し出された箱を受け取り開けてみると、「T.NATUME」と刻印が施された、ハイブランドで有名な、一本の万年筆。
棗藤次「おまっ、 こ、こんな高級なもん買えるような金、いつの間に・・・」
棗絢音「だって藤次さん。毎月のお小遣いもだけど、生活費だって充分過ぎるくらいくれるから・・・」
棗藤次「やからって・・・ 第一、ワシのあの薄給で毎日飯も何もかんも豪華やからいつも驚いてる言うのに・・・」
棗絢音「そんなの、この辺物価安いし。 でも、だから、日頃の感謝を込めて何かしたくて・・ でも結局また、私ばっかりもらっちゃって」
  そう言ってポロポロと泣き出すので、藤次は複雑そうに笑って彼女を抱き締める。
棗藤次「泣きなや。まさかお前が、こんなにやりくり上手やなんて、思ってもみいひんかったんや。それに・・・」
棗絢音「それに?」
棗藤次「それに、そうやって貯めた金使う理由がワシのためやなんて、めっちゃ可愛いし嬉しい。大事にするな?」
棗絢音「ホント?」
棗藤次「うん。お前や思うて、肌身離さず持っとく。そんでここぞと言う勝負の時には必ずこれで書く。せやから仕事中も、ずっと一緒やで?」
棗絢音「嬉しい・・・」
  忽ち破顔して笑う彼女を愛しそうに見つめて、藤次は目尻に残った涙を指で拭ってやる。
棗藤次「これからも、やりくり頼むで?ほんで今度は貯まった金・・・2人の為に使お?」
棗絢音「2人の、ため?」
棗藤次「ああ、ちょっとエエレストラン行ったり、遠出のドライブに使ったり、ゆくゆくは旅行出来るくらい貯めて、いっぱい思い出作ろう?」
棗絢音「藤次さん・・・」
棗藤次「2人の思い出。 ワシにはそれが、なによりも嬉しいプレゼントやから・・・ せやから、今年も宜しくな。 絢音──」
棗絢音「うん・・・」
  そうして見つめ合い、キスをして、絢音は藤次にもらったお年玉で、更に大きな豚の貯金箱を購入した。

〇狭い畳部屋
棗絢音「・・・よし! 今日からまた、頑張るぞー!!」
  藤次と選んで買った貯金箱に、必要な分だけ除けて、残りの全てをその中に入れて、絢音は真っ新なお小遣い帳を開く
棗絢音「次の目標金額は・・・ 出産費用・・・かな?」
  なんてねと苦笑しながら、絢音はお小遣い帳に、新たな思い出への1ページを、書き記したのでした。

コメント

  • 仲良きことは美しきかなですね‼
    これシリーズだったのですか?
    男女のすれ違いは楽しいですね‼

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