宮益坂のドゥミグラス

Jerry Anastasio

読切(脚本)

宮益坂のドゥミグラス

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〇電車の中
  大学に入って
  あっという間に4回生の春が来た。
  そろそろちゃんと就活をしなくちゃだけど、
  3回生からインターンをしている
  IT系のスタートアップで就職出来たらな、
  と思ってる。

〇電車の中
  僕の両親は麻布十番で洋食屋をやっていた。
  父がシェフをして母がサーブをする、
  小さな店だった。
  大学に入ってから
  母が家事で忙しい時には
  店を手伝ったりして、
  3回生の春に就職の事を考え始めた時、
  両親の店を継ぐのもいいかな、と思った。
  両親が働く姿を子供のころから見ていて、
  特に父は早朝の仕入れから夜の片付けまで
  働き詰めだったし、
  僕が店を手伝うことで、
  少しでも父が楽になればと思ったのだ。
  
  その事を父に伝えたら、

〇レトロ喫茶
父「わたしがいつ、店を助けてくれと言った?」
マサヤ「父さんが忙しくて大変そうだから...」
父「気まぐれに たまにサーブを手伝うくらいで、 偉そうな口を聞くんじゃない!」
マサヤ「気まぐれにって...」
父「お前ももう3回生なんだから、 フラフラしてないで そろそろ真剣に就職活動をしなさい」
マサヤ「...」

〇電車の中
  それから、
  父とはろくに口を聞かなくなった。
  その3ヶ月後に父は急死した。
  脳溢血だった。
  母は店をたたんだ。

〇広い改札
  今日は渋谷にあるインターン先の会社で
  打ち合わせ。
  そろそろ真剣に就職活動しないとな...。

〇渋谷の雑踏
  今日の打ち合わせの後に
  切り出してみるか...。

〇宮益坂
  あれ?
  
  出口を間違えた。
  宮益坂?
  
  こっちの方には
  ほとんど来たことがないな。
  時間あるし、少し歩いてみようかな。

〇中東の街
  へえ、裏にはこんな路地もあるんだ...。
  朝から何も食べてないし、
  ランチをしたいな。

〇中東の街
  あれ?
  何だか急に薄暗くなってきた。
  
  雨?
  早く店を見つけないと。

〇店の入口
  ここがいいな。
  この店にしよう。

〇レトロ喫茶
店主「いらっしゃいませ! お好きな席へどうぞ」
マサヤ「はい」
  このシェフさん
  どこかで見たような...。
店主「メニューはそちらにございますので ご注文がお決まりになりましたら お呼びください」
  まだメニューが新しい。
  
  この店、出来たばかりなのかな...。
  ハンバーグやステーキ、オムライスか。
  
  王道って感じだ。
  どれも「当店オリジナル『ドゥミグラスソース』使用」って書いてある。
  
  「デミグラス」と違うのかな?
マサヤ「あの...」
店主「お決まりになりましたか?」
マサヤ「「ドゥミグラスソース使用」と メニューに書いてあるんですけど、 「デミグラスソース」とどう違うんですか?」
店主「同じです(笑)」
店主「あのソースはフランス語で 「demi-glace」と書いて、 ドゥミグラスと発音するんですよ」
マサヤ「そうなんですか」
  こだわりの強いシェフさんだ。
  
  何だか父さんに似てるな。
店主「私の師匠はとても厳しい人で 怒られてばかりだったんですが、 ドゥミグラスの味だけは 褒めてくれまして...」
店主「自分の店を出す時は ドゥミグラスをベースにした料理で 勝負をしていこうと決心したんです」
マサヤ「そうなんですね じゃあ、 そのドゥミグラスソースを使った ハンバーグのランチセットをください」
店主「かしこまりました」
  2001年のカレンダーが置いてある。
  
  何かの記念で置いてあるのかな?
マサヤ「古いカレンダーを 置いているんですね」
店主「「古いカレンダー」?」
マサヤ「この2001年のカレンダーです ずいぶんと昔のものですね」
店主「お客さん、面白いことをおっしゃいますね(笑)」
マサヤ「え?」
店主「今年は2001年ですよ(笑) 「ミレニアムだ」「21世紀だ」って、 大騒ぎしてるじゃないですか」
  えっ?
  今年が2001年?
  
  僕、ひょっとして...
  うちの店は昔渋谷にあったって
  母さんから聞いたことがあるけれど、
  もしかしてここは...
マサヤ「あの... こちらのお店、 お名前は何と言うんですか...?」
店主「「レストラン 並木」です」
  やっぱり!
  
  ここはうちの店だ!
  
  ということは、このシェフさんは...
店主「お待たせしました ハンバーグランチです」
  このハンバーグの形とソースの色...
  
  間違いなく父さんのだ。
  
  味も...
  父さんのだ...。
マサヤ「とてもおいしいです...」
店主「ありがとうございます!」
マサヤ「1人でお店をされるって大変ですね」
店主「いつも妻が手伝ってくれてるのですが、 子供が産まれたばかりで 子育てに専念してもらってます」
マサヤ「そのお子さんは男の子ですか?」
店主「そうです!男の子です! もう、可愛くて...」
  ...
マサヤ「将来息子さんにお店を継いで欲しいとは 思われないんですか?」
店主「まだ小さいですからね(笑) ちゃんと想像出来ないですけれど、」
店主「息子には 自分が心からしたい事を やって欲しいと思ってます」
  父さん...
店主「息子の人生ですから」
店主「お客さん、どうされました?」
マサヤ「あ、いや、何でもありません とてもおいしかったです」
店主「ありがとうございます! ぜひ、またいらっしゃってください!」
店主「お待ちしています」
マサヤ「はい...」

〇店の入口
店主「ありがとうございました!」
  数日後、
  もう一度父に会いたくて
  宮益坂に行ったら、
  あの店は消えていた...。

〇宮益坂
  僕は大学を卒業し、
  シェフの修行を始めた。
  父にレシピを聞けなかったあの味を、
  引き継ぐことに決めたのだ。
  それは、僕が心からやりたいことなんだ。

コメント

  • 親子の絆がつながっていくのっていいですね。
    もう行けないお店ですが、きっと彼が再び作ってくれるでしょう。
    おいしそうで、私も食べてみたくなりました。笑

  • 父さんは息子に自分の好きな仕事に就いて欲しいため、あえて厳しい言葉を言ったんだ。本当はありがとうの言葉を言いたかっただろうな。

  • 考えさせられるお話しでした、人の気持ちは本当にわからないものですよね、悪気がなくても悪気があるように聞こえてしまったり、、、それがコミュニケーションの醍醐味でしょうか。

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