盲目の神絵師

富士鷹 扇

蝶番 1(脚本)

盲目の神絵師

富士鷹 扇

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〇美術室
  母さんに褒めてもらえた
  家族以外にも認められた
  沢山の人が私の絵を求めてくれた
  ああ、頑張って絵を描いてきてよかったなぁ
  失望された! きっと失望された!
  飽きられる! 見捨てられてしまう!
  もう一年も経ったのに! まだ抜け出せない!
  早く、早く早くどうにかしないと!
  どんな手段を使ってでも!
  ・・・何に頼ってでも

〇黒

〇バスの中
桜庭 りん「・・・くぁ」
車内アナウンス「次は津賀守神社前 津賀守神社前」
車内アナウンス「お降りの方は押しボタンでお知らせください」
桜庭 りん「降りまーす」

〇田舎のバス停
桜庭 りん「んぅ」
桜庭 りん「池袋から4時間半・・・。さすがに遠かった・・・」
桜庭 りん「かなり自然が豊かな匂いがするね」
桜庭 りん「・・・それに」

〇神社の出店
  これは、屋台の準備をしている匂い?

〇田舎のバス停
桜庭 りん「今夜はお祭りかな?」
桜庭 りん「人が多いと面倒だけど・・・。まあ仕方ないか」
桜庭 りん「あっちだね」

〇屋敷の門
桜庭 りん「ここのはず、なんだけど・・・」
桜庭 りん「チャイムどこだろ?」
「おや?」
九曜「もしや画家の桜庭先生ですかな?」
桜庭 りん 「そうだよ。休業中だけどね」
桜庭 りん 「ちょうどよかった」
桜庭 りん 「この手紙の送り主は、貴方だね?」
九曜「ええ、たしかに」
九曜「あたくしが送り主の九曜と申す者です」
桜庭 りん 「会えてよかった。貴方を訪ねに来たんだよ」
桜庭 りん 「アポなしで来ちゃってごめんね、九曜さん」
九曜「それは全くかまいやしませんが」
九曜「まさか、お一人で?」
桜庭 りん 「うん」
九曜「連絡してくだされば迎えをよこしましたのに」
桜庭 りん 「大丈夫だよ」

〇黒
  目は見えなくなったけど
  鼻が利くようになったからね

〇広い和室
桜庭 りん「点字の手紙なんて初めて貰ったから驚いちゃった」
九曜「先生は視力を失われたとお聞きしましたので」
桜庭 りん「お気遣いありがとう」
桜庭 りん「でもごめんなさい」
桜庭 りん「私、まだ点字は読めないの」
九曜「読めない手紙の送り主に、よく会いに来てくださいましたな」
桜庭 りん「手紙の内容は分からなかったけど」
桜庭 りん「匂いが気になってね」
九曜「・・・匂い、ですか」
桜庭 りん「化け物の匂いがするんだ」
桜庭 りん「この手紙からも」
桜庭 りん「・・・貴方からも」
九曜「・・・ほお?」
桜庭 りん「半年前、スランプに苦しんでいた私の前に、化け物が現れたんだ」
九曜「・・・」
桜庭 りん「そうとしか言えない、不気味な奴だったよ」
桜庭 りん「そいつがね『人間を超えた画力が欲しくないか』って問いかけてきたんだ」
九曜「甘い囁きですな」
桜庭 りん「その時の私は、いや今もだけど、かなり追い込まれてたからね」
桜庭 りん「画力をくれるって言われて飛びついちゃった」
九曜「美味い話には、裏があるものです」
桜庭 りん「本当にそうだね・・・」
桜庭 りん「まさか画力の対価に視力を奪われるなんて、考えもしなかった」
九曜「その化け物と同じ匂いがする、と?」
桜庭 りん「そう。 ・・・会わせてくれない? いるんでしょ?」
九曜「・・・ふむ」
九曜「・・・こちらへ」

〇黒

〇古民家の蔵
九曜「これが先生の言う『化け物の匂い』その元となる物でしょう」
桜庭 りん「あれ? この匂いは・・・」
九曜「お分かりになりますか」
九曜「コレは、桜庭先生、アナタが描いた絵画です」
桜庭 りん「腕が八本ある化け物の絵?」
九曜「左様です」
桜庭 りん「あの絵、貴方が落札したんだ」
九曜「痛い出費でしたな」
桜庭 りん「どうして私の絵から、あの化け物の匂いが・・・」
九曜「この絵は、モデルを完全に写し取っています」
九曜「だからこそ、先生の言う『化け物の匂い』まで再現したのやも」
桜庭 りん「ふーん? よく分からないけど・・・」
桜庭 りん「とにかく、ここにアイツは居ないんだね?」
九曜「ええ、おりません」
九曜「手紙やあたくしからする『化け物の匂い』とやらは、この絵画から移ったものなのでしょう」
桜庭 りん「そっか・・・」
桜庭 りん「もう一度化け物と会って、色々と交渉したかったんだけどな」
九曜「それはまた危険な事を・・・」
桜庭 りん「居ないなら仕方ない」
桜庭 りん 「ごめんね、お邪魔しちゃって」
九曜「ああ、お待ちください」
桜庭 りん「んぅ?」
九曜「あたくしが先生に送ったあの手紙」
九曜「『他の絵も買い取らせて欲しい』といった内容だったのですが」
桜庭 りん「・・・そうなんだ」
桜庭 りん「悪いけど在庫はないよ」
桜庭 りん「私の絵は結構売れるからね」
九曜「残念な事です」
桜庭 りん「それに、貴方が欲しいのは多分」
桜庭 りん「化け物に画力を貰ってからの私の絵、なんじゃない?」
九曜「・・・ええ」
桜庭 りん「なら、その一枚しかないよ」
桜庭 りん「画力を貰って試しに化け物の姿絵を描いたら」
桜庭 りん「すぐに対価として視力を持って行かれたから」
九曜「・・・そうでしたか」
九曜「では、どうでしょう。桜庭先生」
九曜「ここは一つ、あたくしと取引をしてみませんか?」
桜庭 りん「・・・どんな?」
九曜「あたくしが先生の視力を取り戻せるように、段取りを組みましょう」
桜庭 りん「本当!?」
九曜「その対価として先生には、あたくしが求める絵を描いて頂きたい」
桜庭 りん「求める絵と言われても、目が見えないから・・・」
九曜「絵を描く際に必要な視力は、あたくしが用意いたします」
桜庭 りん「そんな事できるの!?」
九曜「できますとも」
九曜「あたくしは蒐集家でしてな」
九曜「妖しく便利な物も、所有しておりますので」
桜庭 りん「・・・描いて欲しいものって、なに?」
九曜「怪異です」
桜庭 りん「なにそれ?」
九曜「先生の言う『化け物』のことですな」
九曜「ああいった存在は存外、この世界におりますゆえ」
桜庭 りん「・・・どうして、怪異の絵を私に描かせたいの?」
九曜「先生の絵は怪異を完全に写し取れます」
九曜「それはつまり、怪異の依り代を作る事ができる、という事」
桜庭 りん「ん? え? どういう・・・?」
九曜「怪異は繊細な存在でしてな」
九曜「時代と共に削れ消えゆくものなのです」
九曜「しかし、この世に留まる起点となる依り代さえあれば」
九曜「怪異は存在を維持することが出来る」
九曜「あたくしは怪異たちをコレクショ・・・」
九曜「いえ、保護したいのです」
桜庭 りん(コレクションって言った)
桜庭 りん「正直まだよくわかってないんだけど・・・」
桜庭 りん「怪異を描くって事は、怪異に関わるってことだよね?」
九曜「大量の怪異と関わっていただく事になるでしょうな」
桜庭 りん「それ、危なくない?」
九曜「命の保証は、ありません」
桜庭 りん「・・・少し、考えさせて」
九曜「ええ、存分に」

〇田園風景
桜庭 りん「視力を取り戻す為に、命をかけるべきかどうか・・・」
桜庭 りん「・・・ま、悩む必要なんかないか」
桜庭 りん「絵が描けない私に、価値はない」
桜庭 りん「描けないまま生きるより、描けるようになる為の努力をして死んだ方が、まだマシだ」
桜庭 りん(取引に応じよう)
桜庭 りん 「うわっ」
「・・・いてて」
狗飼 みきお「おい、あんた大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫。慣れてるから」
狗飼 みきお「慣れるなよそんな事に」
狗飼 みきお「ほら、掴まれ」
「ありがと」
桜庭 りん 「助かったよ」
狗飼 みきお(目ぇ見えないのか?)
狗飼 みきお「あんた、見かけない顔だが、祭りの見物にでも来たのか?」
桜庭 りん 「違うよ」
桜庭 りん 「んぅ?」
桜庭 りん 「貴方からは、都会の匂いがするね」
桜庭 りん 「アスファルトや排気ガスの匂いが濃い。地元の人じゃないのかな?」
狗飼 みきお「すんげえ鼻してんな」
狗飼 みきお「確かに街から来たんだ」
狗飼 みきお「つっても、昔は俺もここに住んでたんだぜ?」
桜庭 りん 「ふーん? お祭りの為に戻って来たの?」
狗飼 みきお「いや。・・・人を探しに来たんだ」
桜庭 りん 「起こしてもらった借りもあるし、その人探し手伝ってあげるよ」
桜庭 りん 「警察犬より鼻が利く、この私がね」
狗飼 みきお「そりゃ心強い」
桜庭 りん 「探してる人の持ち物とかある?」
狗飼 みきお「これなんかどうだ?」
桜庭 りん 「匂いが薄い、けど」

〇古びた神社
  女の子の匂い、かな

〇田園風景
桜庭 りん 「んぅ。持ち主は女の子?」
狗飼 みきお「ホントよくわかるな」
狗飼 みきお「そう。俺の娘だ」
狗飼 みきお「五年前からずっと、行方が分からない」
桜庭 りん 「五年・・・。どうりで匂いが薄い・・・」
桜庭 りん 「最後に会ったのはどこ?」
狗飼 みきお「村の神社だ」
桜庭 りん 「わかった。もし匂いを見つけたら伝えるね」
狗飼 みきお「ありがとよ」
桜庭 りん 「・・・娘さんとは、仲が良かったの?」
狗飼 みきお「いんや? 無茶苦茶嫌われてる。なんなら、本気で憎まれてるかもな」
桜庭 りん 「・・・それ、普通に家出したんじゃ」
狗飼 みきお「違う!」
狗飼 みきお「・・・それだけは、断言できる」
桜庭 りん 「そう・・・ 深い事情は聞かないけど・・・」
桜庭 りん 「・・・」
桜庭 りん 「不躾な質問をしてもいいかな?」
狗飼 みきお「なんだ?」
桜庭 りん 「自分の事を憎んでいるような娘を、五年間も探せるものなの?」
狗飼 みきお「あいつが俺の事をどう思っていようが関係ねえ」
狗飼 みきお「俺はあいつの父親だ。諦められる訳がねえよ」
桜庭 りん 「・・・成人しても父親の事を本気で憎み続ける娘もいるよ」
桜庭 りん 「その親心は通じないかもしれない」
狗飼 みきお「だから、通じるとか通じないとか、そんなもん関係ねえんだって」
狗飼 みきお「あんたはまだ分からないだろうが、ガキこさえりゃ、きっと分かる」
桜庭 りん 「未来の私に分るとしても、今の私には分からないよ」
桜庭 りん 「・・・そんなに忘れられないものなの? 娘の事って」
狗飼 みきお「当たり前だ・・・!」
狗飼 みきお「産まれた時のシイタケみたいだったあいつの顔も!」
狗飼 みきお「ゲロ吐きまくってた汚ねえ赤ん坊だった事も!」
狗飼 みきお「しょっちゅう怪我するバカなガキだった事も!」
狗飼 みきお「一時だって忘れられやしねえ!」
狗飼 みきお「娘を思い出すこの田舎から逃げ出しても、毎年毎年、祭りの日には探しに来ちまう・・・!」
桜庭 りん 「そう・・・」
狗飼 みきお「・・・はぁ」
狗飼 みきお「・・・すまん。取り乱した」
狗飼 みきお「忘れてくれ」
桜庭 りん 「忘れてあげない」
狗飼 みきお「てめ・・・っ」
狗飼 みきお「まあいい。もし、娘の匂いがしたら教えてくれや」
桜庭 りん 「任せてよ。鼻だけはいいんだから」
狗飼 みきお「ありがとよ。んじゃ用があるから行くわ」
桜庭 りん 「起こしてくれてありがとね」
狗飼 みきお「気ぃつけろよ」
桜庭 りん 「はいはーい」
桜庭 りん 「・・・父親、ねぇ」
桜庭 りん 「・・・もし、私が死んだら、父さんも悲しむのかな」
桜庭 りん 「・・・分からないな」
桜庭 りん 「・・・んぅ」
桜庭 りん 「でも、まあ」
桜庭 りん 「ちょっと、気が変わっちゃったかも」
桜庭 りん 「怪異に関わるのは──」

〇屋敷の門

〇広い和室
桜庭 りん「ごめんなさい、九曜さん」
桜庭 りん「私、もう怪異に関わらずにのんびり生きていこうと思うの」
九曜「それは、残念です」
桜庭 りん「長々とお邪魔しちゃってごめんね。そろそろおいとまします」
九曜「む?」
九曜「どこか宿のあてがあるのですか?」
桜庭 りん「適当にホテルにでも泊まろうと思ってるけど・・・」
九曜「この村にそのような物はありませんよ」
桜庭 りん「そうなんだ。じゃあバスで街に戻って探すよ」
九曜「この時間では、バスはもう出ておりません」
桜庭 りん「んえ!? もうそんなに遅い時間なの!?」
九曜「今は18時過ぎですが、まあ、田舎ですからな」
桜庭 りん「ええぇ・・・。どうしよう」
九曜「泊まっていかれますか?」
桜庭 りん「いいの?」
九曜「構いませんとも。大したおもてなしは出来ませんがね」

〇黒

〇広い和室
桜庭 りん「ごちそうさまでした」
九曜「お粗末様です」
九曜「今夜は村の祭りがありますが、行かれますか?」
桜庭 りん「今日は疲れたからやめとくよ。ぐっすり眠ります」
九曜「そうですか」
九曜「・・・桜庭先生」
桜庭 りん「なあに?」
九曜「怪異を描ききる画力は勿論ですが、怪異の匂いを嗅ぎ取るその嗅覚もまた、稀有な物です」
桜庭 りん「そうなの?」
九曜「ええ。あたくしには、いえ、他の人間にも、怪異の匂いなど分かりませんとも」
桜庭 りん「こんなに分かりやすい匂いしてるのに」
九曜「その能力を遊ばせておくのはあまりに惜しい」
九曜「気が変われば、いつでもあたくしをお尋ねください」
九曜「怪異を描いてくださるのならば、協力は惜しみませんので」
桜庭 りん「・・・まあ、気が変わったらね」
九曜「お待ちしておりますよ」
桜庭 りん「・・・おやすみなさい」
九曜「よい夢を」

〇黒
  何も見えない!
  なんで!?
  どうして!
  これじゃ絵が描けない!
  描けない!
  描けない!
  描けない!
  嫌だ!
  だれか!!
  
  たすけて!!!

〇古風な和室
桜庭 りん 「っ!」
桜庭 りん 「・・・夢でも泣くのか、私は」
桜庭 りん 「・・・はぁ」
桜庭 りん 「もう、眠れそうにないな」

〇屋敷の門
桜庭 りん「お屋敷に九曜さんの匂いがなかったけど、お祭りに行ってるのかな」
桜庭 りん「・・・お祭り会場は、あっちか」

〇田園風景
桜庭 りん「田舎の夜道だと、きっと目が見えていても真っ暗なんだろうね」
桜庭 りん「私には関係ないけど」
桜庭 りん「っ!」

〇田園風景
桜庭 りん「この匂い・・・!」
桜庭 りん「あの化け物とは違うけど、どこか似てる、人外の匂いだ・・・!」
桜庭 りん「に、逃げないと!」

〇古びた神社

〇田園風景
桜庭 りん 「嘘でしょ!?」
桜庭 りん 「怪異の匂いに混じって、あのハンカチの匂いがする」
桜庭 りん 「まさか怪異に捕まってるの?」
桜庭 りん 「助けないと!」
桜庭 りん 「・・・いや、でも」
桜庭 りん 「もう私は怪異には・・・」

〇田園風景

〇田園風景
桜庭 りん 「うぅ」
桜庭 りん 「ああ、もうっ!」
桜庭 りん 「か、怪異に関わるのは、これが、最後、だからっ」

次のエピソード:蝶番 2

コメント

  • リメイク前も素敵な一話でしたが、リメイク版では登場人物の心情がより一層表現されていて感情移入してしまいました🥹
    特に、りん姐さんと狗飼さんの下りで父親の対比にそれぞれの想いが交錯して凄く印象的でした😆
    リメイク版でも、りん姐さんの「んぅ」が読めて安心しました😭
    全70話前後との事、続きがすこぶる楽しみにしておりますし、完結を心から応援しております✨

  • 最初のものも素晴らしかったですし、今回のリメイク版もスチルも詳細になっていたり、言葉に深みが増していたり、またさらに素敵になってますね✨
    父親としての心情を吐き出すところでは、思わずうるっときました✨(´;ω;`)
    続きも楽しみにしています✨

  • 大賞受賞作品のリメイク待ってました!
    それぞれの登場人物の心情が明確になってて、より緊張感が増してますね。
    続きを楽しみにしてます!

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