がっかりマスク

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〇線路沿いの道
  毎朝の通勤

〇電車の中
  通勤電車の密かな楽しみ・・・
  それは、アノ人に”逢う”こと。
  東急田園都市線、池尻大橋駅から乗ってくるマスク美女。
  名前も素顔も何も知らない。
  当然、話したこともない。なのに・・・
  その理知的な雰囲気に、
  僕はたまらなく惹かれてしまったんだ。
  でも、渋谷で降りてしまう僕にとっては、
  ひと駅かぎり、僕だけの”秘密の逢瀬”。
  そんなある日・・・

〇駅のホーム
アスカ「あの──落としました!スマホ!」
カズキ「えっ!」
  僕の胸に飛び込んできたのは、なんと!!
  あのマスク美女!?
  コロナ禍とはいえ、
  朝の田園都市線は人が多い。
  僕のスマホを拾い上げてくれた彼女は、
  押し出されるように、
  車内から弾き出されてしまったのだ。
  僕の目の前数10センチの至近距離に
  マスク美女!!
カズキ「あっ・・・ありがとうございます!!」
  思いもよらぬディスタンス破り!!
カズキ「すっ、すみません、電車が・・・」
  僕たち二人を吐き出した電車は、あっという間に走り出してしまった。

〇地下鉄のホーム
カズキ「これはチャンスか?チャンスなのか?」
カズキ「あの・・・御礼にと言ったら月並みですが 何か、御礼を・・・」
カズキ「あれ?言ってること変ですよね? えーと・・・」
アスカ「(笑) じゃあ、お茶しましょうか? と言ったら月並みですが、 お茶しましょうか(笑)」
カズキ「えっ!!いいんですか?」
アスカ「ええ、朝の渋谷なんて、超久しぶり なんか楽しそうじゃないですか?」
カズキ「でも、あの、お仕事は・・・」
アスカ「テレワークに切り替えます! 仕事環境も多様性の時代ですからね」
カズキ「じ、じゃあ、僕も・・・」
  天真爛漫なマスク美女に
  誘われるように、僕たちは・・・

〇テーブル席
  渋谷のカフェへ
  朝から美女と、テレワークと称したサボり。ちょっとした背徳感。
カズキ「・・・」
  とは言ったものの、
  何を話したらいいのやら。
  コーヒーが運ばれてくる。
  2人はおもむろにマスクを・・・
  そうか!
  彼女の素顔が見られる!
カズキ「・・・」
  マスク美女の素顔は・・・
アスカ「アスカです・・・」
カズキ「・・・・・・」
  一瞬の間が、2人の空気を微妙にする。
  アスカさんは、
  僕のイメージしていた顔とは、
  ちょっと違っていた。
アスカ「あっ、よく言われるんです。 マスク美人って。 これじゃ、がっかりマスクですよね(笑)」
カズキ「いや、そんな・・・」
  アスカさんに気を遣わせてしまった。
  彼女は決して不美人ではない。
  僕が勝手に思い描いたイメージと違っただけ。
  僕は、気まずい空気を振り払う様に饒舌に喋り倒した。
  アスカさんも合わせるように笑ってくれたお陰で、なんとかその場を乗り切ったものの・・・。

〇電車の中
  翌朝---
  どうしよう。気まずい・・・
  そうこうしているうちに、池尻大橋。
  アスカさんが乗って来る!
アスカ「おはようございます。 がっかりマスクです!」
カズキ「・・・いや、そんな・・・」
アスカ「いいんです、嘘つかなくても。 私からひとつ言ってもいいですか?」
カズキ「はい・・・」
アスカ「昨日、マスクを外した時、微妙な間ができたでしょ。 あの時、私もカズキさんのこと 自分のイメージと違うなって思ったんです」
カズキ「!!️」
アスカ「あれ、お互いに勝手な妄想とのギャップが埋めきれなくて「がっかり」しちゃうんじゃないですかね?」
カズキ「・・・はい、実は・・・」
アスカ「でしょ! でも、私はカズキさんの素顔、イメージとは違ったけど爽やかでかっこいいと思ってますよ」
カズキ「・・・」
  僕が、なんて返事すればいいんだろうと、まごまごしていると・・・
アスカ「ほら、渋谷ですよ。早く降りないと!」
  促される様に、僕がホームに足を掛けた瞬間・・・
アスカ「もしよろしければ、これからもマスク越しの会話続けていいですか?ひと駅だけですけど」
  僕が返事を返す前に、無情にも電車のドアが閉まる。
  アスカさんは、マスク越しでもわかる、にこやかな笑みで、手をひらひらと振っていた。

〇地下鉄のホーム
  僕の胸の奥は、ツンと縮む様な、くすぐったい様な、なにか温かい塊と化していた。

〇電車の中
  そして・・・
  それから毎日、僕は池尻大橋から渋谷、たったひと駅に全精力を傾けた。
  好きな映画のこと、犬派か猫派か?目玉焼きには何をかける?他愛もない3分間は僕にとってかけがえのない時間になっていた。

〇電車の中
  ひと月後のある日・・・

〇駅のホーム
  いつもの3分が終わり、渋谷駅で電車のドアが閉まるその瞬間、思わず僕はアスカさんの腕を引っ張り・・・
アスカ「えっ!」

〇地下鉄のホーム
  驚いているアスカさんに、僕は意を決して・・・
カズキ「マスク外してくれませんか!ちゃんと距離を取りますから」
  何も言わず黙ってマスクを外すアスカ。
カズキ「もう、ひと駅だけでは我慢できないんです!」
アスカ「!?」
カズキ「あなたは・・・ あなたは・・・ がっかりマスクなんかじゃありません! ほっこりマスクです!」
アスカ「・・・・・・」
カズキ「・・・」
アスカ「なんですか? ほっこりマスクって(爆笑)」
アスカ「がっかりとほっこりって、 駄洒落にもなってませんよ(笑)」
カズキ「僕も正直に言います。 最初は、がっかりだったかもしれません。 でも今、僕はアスカさんとのひと駅が、 ほっこりなんです!」
アスカ「・・・」
カズキ「だから、僕と、ひと駅以上の関係になってくれませんか?」
アスカ「・・・はい。 私も、いま、カズキさんに、 ほっこりしてます(笑)」

〇渋谷のスクランブル交差点
  マスクの魔法が取り持ってくれた縁。
  たったひと駅が繋いだ、
  そんな恋の話。

コメント

  • 今はマスクのある生活が当たり前になって、皆が妄想の中で美化するので、美人のハードルがあがったような気がします。がっかりマスクの場面で終わっていたら、なんだか絶望的な気分になりそうでしたが、最終的に、中身を含め性格でお互いひかれ合い、ハッピーエンドで終わりを迎えられてよかったです。

  • ずっとマスク姿しか知らなかったけど、ある日ちょっとしたきっかけで、マスクの下の素顔を見たときに思ってたのと違うなという感覚、すごく共感しました。お互いになんですね笑

  • 世間に美人の女性が多くなりました。決してマスクのせいではありません。マスクの彼女を電車の中で一目惚れして、その後、彼女と仲良くなって良かったですね。

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