雑踏の中のわたし

神宮要

読切(脚本)

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〇改札口前
  ――混雑した駅の中。

〇駅のホーム

〇駅のホーム
  ――人でごった返す駅のホーム。

〇渋谷のスクランブル交差点

〇渋谷のスクランブル交差点
  ――雑踏の中、きっとあなたはこう思う。
  『僕/俺/私/自分なんて、群れの中のただのモブに過ぎない』のだと。

〇渋谷のスクランブル交差点
  ――朝が来る。

〇渋谷のスクランブル交差点
  ――昼が来る。

〇渋谷のスクランブル交差点
  ――夜が来る。人は、途切れることなくわたしの横をすり抜けていく。
  大きな交差点。信号待ちをしていると、忙しそうに歩くサラリーマンの男の人と肩がぶつかった。

〇渋谷のスクランブル交差点
サラリーマン「・・・ちっ」
  ごめんなさい、と言おうとした口を開く前に、サラリーマンは背後の人混みへと姿を消した。

〇渋谷のスクランブル交差点
  どこにでもいるような、普通のサラリーマン。そんな彼を追いかけることはこの人混みでは出来そうもない。
  そもそも、こちらは立っていただけだ。
  相手がぶつかってきた、ただそれだけだというのに、なぜだか無性に落ち込んでしまう。
  ――当たり前に過ぎていく日常。
  こんなにも味気ないものだったっけ。

〇渋谷のスクランブル交差点
  青になった信号。
  歩きだそうとした足がすくんだ。
  『わたしは・・・』
「わたしは、ここにいて、いいのかな・・・」

〇雑踏
  人々が、立ち止まるわたしを邪魔そうに避けて歩いていく。ちらちらと目線が寄越される。わたしはそれを、黙って見ている。

〇雑踏
  ――急に、恐ろしくなった。
  わたしが消えても、みんな誰も気付かないのではないか?
  ・・・そんな馬鹿げた考えが、ふと頭を過ぎったのだ。
  けれども。
  私はその馬鹿げた考えを、否定することが出来なかった。
  この大勢の人々の中から『わたし』が消えても、きっとこの世界は変わらない。
  『わたし』が消えても、きっと誰も気付かない。
  『わたし』が消えても、また明日は来る。
  ・・・そんな『当たり前』が、怖くなった。

〇雑踏
後輩「せ~んぱいっ」
  ふと、声がした。
  振り向くと、制服姿の可愛らしい少女がいた。
  同じ文芸部に所属している、わたしの後輩だ。
後輩「先輩、何してるんですか? ぼ~っとしちゃって」
後輩「あ、さては先輩、らしくもなくセンチメンタルになってたり?」
  いじわるく笑いながらそう言う後輩に、そうかもしれない、と返すと、後輩は少しだけ驚いたように目を見開いた。
後輩「・・・先輩がセンチメンタルなんて珍しい。 明日は雪でも降るのかな?」
  わたしだってたまにはセンチメンタルになるさ、と返すと、少女はそうですかと少し笑った。
後輩「センチメンタルなのはいいですけど、本当に大丈夫ですか? なんだか先輩、明日にでも死んじゃいそうな顔してますよ?」
  不吉なことを言うな、と返すも、思い当たる節はある。先程まで考えていたことだ。
後輩「まあ立ち話も何ですし、ちょっとお茶でもしましょうよ。 珈琲、好きでしょ先輩?」
  そうだね、と返し、わたし達は揃って大通りを歩き始めた。

〇ファミリーレストランの店内
  夜のファミレスで、ふたり、それぞれドリンクバーを頼む。
  それだけしか頼まない客は迷惑だろうが、幸いにも店内は空いていた。
後輩「いなくなっても誰も気付かない・・・ですか。 文芸部っぽい考えですけど、ちょっとだけ暗い考えですね、先輩」
  わたしは先程まで考えていたことを後輩に話していた。確かに文学的ではあるが、冷静になってみればうつ一歩手前の考えだ。
  少しだけ恥ずかしくなってしまう。作品として世に出すのは何とも思わないのに、自分がいざ思うとなると、そわそわする。
後輩「それに、先輩」
  少女は言う。
後輩「現に、こうやって見つかったじゃないですか。あたしに」
  ――度肝を抜かれた。
  普段、飄々としていて真面目にしているときがあるのかと思うほどに天真爛漫な少女から、そんな台詞が聞けると思わなかったのだ。
後輩「む。失礼な。あたしだって、ちゃんと考えるときは考えますよ~だ」
  正直にそのことを話すと、むくれながらストローを指先でいじりだした。
  よっぽどお気に召さなかったようだ。
後輩「・・・でも、ほんとですよ先輩。先輩がいなくなったら多分わんわん泣いちゃうし、先輩が死んじゃったら、立ち直れないかもです」
後輩「だから、先輩。 いつだってあたしが見つけてあげますよ。 何度だって、今日みたいに」
  それは、根拠のない言葉だった。
  だというのに、どうして心がこんなにも動くのだろう。
後輩「・・・へへ。感動しちゃいました?」
  そんなことはない、と告げると、また少しむくれてしまう。だが、不思議と漠然とした不安は消え去っていた。
  ――それからは、他愛もない会話を続けた。
  不安を拭い去るように、明日の話をし続けた。
  あたしはこれがやりたいと言う。
  わたしはあれをやりたいと言う。
  希望に満ち溢れたやりとりだった。
後輩「ところで先輩」
  少女は言った。
後輩「いつになったらその癖直るんです?」
後輩「『わたし』なんてかしこまっちゃって。 一度、電話口で『俺』って言ってたの聞こえてましたよ? ――賢治先輩?」
  実家では、そうなんだけどね。
  そうわたし――いや、俺は後輩の少女に照れ笑いをした。

コメント

  • どうしようにもないことなのに、こうやって堂々巡りな考えをしてしまうことってありますよね🥲
    その時の感情がとても如実に表れておりました😢
    後輩ちゃんの存在、とてもありがたい存在です😌

  • 誰でも一度くらい集団の中で無力な自分に築き愕然とすることはありますよね。一億人のうちの一人という発想が、彼のように落ち込んだり悩んでいたりすることをさらっと解決してくれたりってあると思います。

  • 確かに住んでる街が都内になればなるほど人と人の繋がりは希薄でたくさんの中のほんの1人に過ぎないなんて考えちゃう気持ち分からなくもないなと共感しました。後輩ちゃんの存在に感謝ですね!

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