私たちはまだ歌にはなれない(脚本)
〇渋谷のスクランブル交差点
空を見上げるのは、次に進むための準備だ。
建物に切り取られた空は、絵の具を塗りつぶしたみたいな晴天で。
でも、スクランブル交差点の雑踏が雨音みたいに響いてる。
建物の液晶では新人の歌手がゲストとして紹介されていた。
〈SNSで大反響し、デビューを果たした、しゅがーさんでーす〉
しゅがー「みんないつもありがとう!」
私はイヤホンをする。
雨音が止んだ。
そして、私は空を見上げたまま過去への追憶と共に口ずさむ。
まだ歌になれない出来損ないの詩を。
〇教室の教壇
汐留あおい「・・・・・・」
佐藤あかね「あおい、授業中また空ばっか見て。 どした?」
汐留あおい「将来何になりたいのかなって」
佐藤あかね「進路のプリントの話? そんなの好きなことしたらいいじゃん」
汐留あおい「そうなんだけどさ。 あかねは?」
佐藤あかね「私は歌手かな! ほら、私ってカラオケ上手いじゃん?」
汐留あおい「そういうのは自分で言わないけどね」
佐藤あかね「東京でスクール通って、そのうち事務所にスカウトとかされちゃって」
佐藤あかね「そうだ! あおい国語の成績いいし、やりたいことないなら歌詞作ってよ!」
汐留あおい「普通に無理だから」
佐藤あかね「やってみないと分かんないじゃん! だから、ねっ?」
〇黒背景
少し廃れた田舎の港町
君はまるで真夏の遠雷で
まだ見えない光が私には眩しくて
〇中庭のステージ
佐藤あかね「文化祭おつかれ! 盛り上がったね!」
汐留あおい「歌詞は身内ネタだったけどね」
佐藤あかね「楽しかったからいいの!」
佐藤あかね「まぁ、私が歌ったから成功は約束されてたけどね」
汐留あおい「調子乗んな」
佐藤あかね「でも、気持ちよかったでしょ?」
汐留あおい「なんか体が熱くなった」
佐藤あかね「でしょ!」
〇黒背景
始まりのステージを青春のせいにして
私は君を追いかけていた
〇渋谷のスクランブル交差点
汐留あおい「本当にきちゃった・・・」
佐藤あかね「上ばっか見てると田舎者だと思われるよ。ほら、ハチ公さんも呆れてる」
汐留あおい「なんか人が多すぎて雑踏が雨音みたい」
佐藤あかね「雑踏? 難しい言葉使うね。 でも、その感性なんか好き」
佐藤あかね「あおい、東京きてから言うのもあれだけど。 ・・・ついてきてくれてありがとね」
汐留あおい「無理やり連れてきたくせに」
佐藤あかね「せっかくいい雰囲気つくったのに!」
汐留あおい「ふふっ 迷惑かけない程度に頑張るよ」
佐藤あかね「よろしくね 私のパートナー」
〇黒背景
まだ見えなくて まだ遠くて
君のいる空は私には分からなくて
私はまだ君の歌にはなれないみたいだ
〇ビルの裏通り
汐留あおい「ライブあんまウケなかった」
佐藤あかね「大丈夫。なんとかなる!」
汐留あおい「来週はオーディションだし、なんとかクオリティー上げたい」
佐藤あかね「スクールで声優とかから歌手になる先輩もいるし、私たちの可能性は無限大だよ! 楽しむの忘れないようにしよ」
汐留あおい「楽観的だね。でも、少し救われた 私も歌詞のコンペとか出してみようかな」
〇黒背景
隣に並びたかっただけなのに
君の声は眩しくて羨ましくて
私も失くした好きを叫びたくなってしまった
〇アパートのダイニング
汐留あおい「あかね、新曲の打ち合わせ今日できる?」
佐藤あかね「ごめん。スクールのあと深夜バイト」
汐留あおい「そっか、帰るの朝?」
佐藤あかね「そのままスクール行くから、明日の夕方でもいい?」
汐留あおい「うん」
佐藤あかね「あと、生活費厳しくてバイト増やす」
〇黒背景
好きなことを好きにやるのが
難しいなんて考えたことなくて
〇アパートのダイニング
汐留あおい様
応募いただいた作品を大賞と──
汐留あおい「えっと、私が大賞? あかねに電話しないと」
佐藤あかね「なに?」
汐留あおい「あかね? 私の歌詞が大賞に選ばれた」
佐藤あかね「・・・そう。 おめでと」
汐留あおい「反応悪くない? もっと喜んでくれると思ってた」
佐藤あかね「喜んでるよ。 あおいは才能があっていいよね」
汐留あおい「なにそれ。才能あるとか思ってないし」
佐藤あかね「ごめん。 今のはただのやつあたりだった」
佐藤あかね「私の才能はさ、ただの勘違いだったみたいだから」
汐留あおい「ちょっと、あかね──」
佐藤あかね「あと、しばらく彼氏の家泊まる ほんとごめん」
〇黒背景
過去の遠雷は綺麗だったのに
現れた嵐は激しくて
〇土手
空を見上げる。
どしゃ降りだ。
また分からなくなってしまった。
自分が何になりたいのか。
〇黒背景
どこで間違えたんだろう
何を間違えたんだろう
〇土手
あかねが全力だったのを知ってるから。
きっと誰も悪くないんだ。
だから責められなくて・・・・・・。
でも、どうしようなく悔しくて。
ただ、受け入れるしかないのは、
・・・今は一緒には進めないみたいだ。
〇アパートのダイニング
汐留あおい「ただいま」
私は唇を噛み締めた
溢れる涙が我慢できなくて、
でも、走らせるペンも止められなかった。
〇黒背景
バラバラの文字と曲のスコールと
正解のない虚数の空間を
君のいた世界を
私は知った
〇アパートのダイニング
苦しい。苦しいよ
追いかけていた背中はもうない。
隣には誰もいない。
でも、私はもう立ち止まらない。
そう決めたから。
私は空を見上げるのを止めた。
〇黒背景
それでも叫びたい 歌いたい
君に感じた眩しさを
だから先に行くね
遠い空で君を待ってるから
〇渋谷のスクランブル交差点
空を見上げるのは、次に進むための準備だ
詩を口ずさむ私は、久しぶりに空を見上げている
隣に誰かが立つ気配がして、イヤホンを外した
渋谷の雨音が聞こえ始める。
初めてここに立ったあのときのように。
建物の液晶から音が聞こえる。
〈──本日のゲストは歌手のシュガーさんでした〉
液晶の映像が切り替わって薬品の広告になった。
佐藤あかね「・・・おまたせ。 待った?」
汐留あおい「・・・うん。 すっごく待った」
〇黒背景
季節が何度も変わって
嵐の果ての過去の光
〇渋谷のスクランブル交差点
前を向く。
しばらく空は見上げなさそうだ。
目の前に人の波とスクランブル交差点。
隣には追いついてくれたあかねがいる。
〇黒背景
私たちはまだ歌にはなれない
出来損ないの詩は
私たちの歌はこれから始まるから
同じ夢を追いかけてたのに、片方だけが先に進んでしまった時の、お互いの寂しさを感じました。
先にいった方も寂しいんですよね。
お互いの夢が夢だった時には、お互いに励ましあえたのに、どちらかが先に前に行ってしまうと嫉妬とか焦りでギクシャクしてしまいますね…あかねが追い付いてまた二人で頑張れるようになって、二人とも成長したのかもしれませんね☆次に何かあったときにはまた乗り越えられるのかもしれません
思いがけずお友達より先に行ってしまったところで、彼女がどういう選択をするのかハラハラしました。孤独に負けずに、自分のやりたいことにしっかり向き合っていてかっこよかったです。どんな壁でも乗り越えられそうな、勇気をもらえる二人でした。