人生交差点編(脚本)
〇田舎駅のホーム
午前2時、踏切。望遠鏡、担がず。
夢破れて、山河無く、
百代の過客のごとき月日、見向きもせず。
目の前、広がるは地獄への暗夜行路。
夢ヶ咲麗華「私なんて、生きていても意味なんてないんや・・・」
女、一人。張り裂けそうな涙袋。枯れ果てた哀しみのダム。
遠心力の強い一日。かるくゆるめたはずの涙腺から、とめどなく溢れた涙とともに、限界を迎えた心。
罵詈雑言、性差別、容赦のないセクハラ。
無防備。世間に出るには何の武器もなかった女。
夢ヶ咲麗華。街灯の下、踏切の前、絶望とともに振り返る人生。
〇寂れた村
母親一人に育てられた一人娘。父の名も顔も知れず、知るは母の汗と笑顔。決して弱音を吐かぬ母の姿。
母を訓として、すくすくと育ち、
友に恵まれ、男にも恵まれ、順風満帆、かと思いきや友の裏切りに合い、四面楚歌、妬み嫉みの圧力鍋。息苦しさは深海のごとく。
それでも、必死に海面へと浮上するため、麗華は努力した。
めげぬ母、泣き顔を見せぬ母。ただ笑顔と勇気と、あたたかい眼差しで背を押してくれる母の姿を見つめながら、
必死に、必死に、もがいて浮き上がった海面。やっと掴んだ、不自由のない人生。さながら、王子に出会った人魚姫。
されど、声なく、愛授からず、どうしようもなく一人。
頼れる母、病に倒れて世を去り、天涯孤独の身。
されど、踏み出し続けた一歩。悲鳴を上げようとも止まることなき一歩。
前へ、前へ、前へと歯を食いしばって進み続けた日々。
しかし、世は辛く、運命は厳しく、麗華は足を掬われる。
セクハラ上司、万歳田山椒。憎き男。
この男に何度ののしられ、女の尊厳を踏みにじられたか、
万歳田山椒「まだ麗華ちゃんは一人なのかい?仕事ができないんだから、男でも作りなよ」
コンプライアンス無き世界。地獄のような毎日。
〇田舎駅のホーム
心を鉋で削られて、だしを取られて捨てられる毎日。
悔しい、悔しいと思えども、行くあてのない悔しさ、心に積り、ある日突然、動かなくなる体。呼吸の仕方すらも忘れた朝。
どうしよう、どうしようと焦りは焦りを生み、結果、救急車。
医師から言い渡された、
医者「鬱でござんす」
鬱。受け入れられぬ現実。
とぼとぼ、魂を入れた箱のような状態で、
ふいに視界の目の前、踏切。
飛ぼう
頭をよぎる言葉。
頭をよぎる母の顔。
夢ヶ咲麗華「かんにんな、かんにんなぁ、おかあちゃん・・・」
カンカンカンカン
赤い点滅は地獄の扉が開くサイン。
ガタンゴトンと軋むレール。
二つの、地獄行きの列車の目が光る。
刹那、飛び込む、自らの体。
カンカンカンカン
カンカンカンカン
カンカンカンカン
「なにをしとるとですかいな!!!!!!」
水を浴びせられたかのごとく、ハッとする麗華。
ぼやけた視界の向こうで、輝く二つの太陽。
午前2時15分。望遠鏡のいらぬ明るさの太陽二つ。
何が破れようとも、燦燦と輝く眼あり。
百代の過客のごとき月日、見ざるを得ない光。
目の前、広がるはまばゆいばかりの幻の光。
何を隠そう、我らが主人公。
いつか日の目を見る太郎、ここにあり。
夢ヶ咲麗華「へっ、あの・・・あたし・・・」
戸惑いの最中、麗華は目をこする。
か弱きなれど、確かに巡る血。細き腕に流れる血。
未だ、心臓の鼓動は止まらず、全身に血液を送り続けている。
いつか日の目を見る太郎「眠い時は寝ないとだめですな。お姉さん、寝てますか!」
いつか日の目を見る太郎。この男、どこまでも鈍感。
麗華が死のうとしていたことなどつゆ知らず、ただ目の前、通りかかった眠そうな女が、
眠ったように思えたので、走って抱きかかえただけ。
翻って麗華、永遠の眠りに入りかけた女。
いつか日の目を見る太郎の言葉に訳も分からず、ただ茫然として、
夢ヶ咲麗華「は、はあ。寝てないです・・・」
いつか日の目を見る太郎「酸素カプセルが効くらしいですな!あと、半身浴!」
夢ヶ咲麗華(なんだ、この人・・・)
類は友を呼ぶ。麗華はふいにバカバカしくなった。
こんなちっぽけな自分でも、誰かが声をかけてくれる。
道端に咲く花に声をかけるような人がいるのだ。
人生、どこで何が起こるか分からない。
打ち明けるなら、今しかない。
夢ヶ咲麗華「あの、どこのどなたか存じませんが・・・」
麗華の言葉を遮り、いつか日の目を見る太郎、ハッとして自己紹介。
いつか日の目を見る太郎「は!しまった!紹介を忘れておりました!ポク電公社の営業部門で社員をやっております」
いつか日の目を見る太郎「いつか日の目を見る太郎と申します。下総の国の生まれでして!」
夢ヶ咲麗華「え、ポク電公社って、あの、ポク電公社?」
いつか日の目を見る太郎「は、はいな!ブラック企業で有名ですけれども、ブラックが好きなもんで、コーヒーもブラック、ゴスペルもブラック、」
いつか日の目を見る太郎「ジャズもブラック。こいつはちょっとニガー重いなんつって」
麗華、いつか日の目を見る太郎のギャグ分からず。
夢ヶ咲麗華「あ、あの!私もポク電公社に勤めてます!事務員です!!!」
いつか日の目を見る太郎「な!なんですと!?まさかの社員さんだったんですかいな!?」
夢ヶ咲麗華(こんな人、いたっけ・・・)
脳内、記憶に刻まれない男。それもそのはず、事務員は地下2階で事務作業。
社員と会う時間なし。これも万歳田山椒の策略。
社内恋愛を起こさせないための策。社員に幸せの余地を与えぬ策。
自分は家で愛の仕置きを受けるパイオツの奴隷でありながら、
社員を奴隷扱いしながらアメを与えぬ鬼畜の所業。
万歳田山椒、許すまじ。
夢ヶ咲麗華「や、その、こんなの、はずかしいさかい、忘れてーなぁ!」
いつか日の目を見る太郎「あのっ!!!!」
いつか日の目を見る太郎。しゃきっと立って、麗華を見つめる。
夢ヶ咲麗華(え、なに・・・どきどきする)
図らずも、高鳴る胸の鼓動。届けたくない胸の鼓動。
なぜか踊る心。麗華、困惑。
いつか日の目を見る太郎「寝れるとき、寝ときや!!!!」
二つの眼、燦燦と輝かせて言い放つ、いつか日の目を見る太郎。
それを受けて、心の闇が晴れていく麗華。
説明のできぬ、快感に襲われて、麗華の涙袋、破裂。
とめどなく、ただとめどなくあふれる涙。
よくわからぬ、情緒。
夢ヶ咲麗華「あのっ、ぐず・・・あたし、ほんま・・・その・・・死のうて・・・」
いつか日の目を見る太郎「士農工商の時代は終わりましたな!日本はまだ農耕民族ですけども!」
夢ヶ咲麗華「いや、あの、ちがくて・・・」
いつか日の目を見る太郎「はいな、涙をお拭きなさって」
差し出されたハンカチ。パンダのハンカチ。上野動物園でしか買えぬパンダのハンカチ。
夢ヶ咲麗華(いや、パンダって・・・)
〇田舎駅のホーム
白黒付かぬ世の中。白黒付かぬ動物。麗華の情緒、わけわからず。
夢ヶ咲麗華「死のうって、おもっとったんです。眠いとかじゃなくて、その、死のうって・・・」
いつか日の目を見る太郎「しのうってのは、どの辺にあるんですかいな。山王なら知ってますけども」
夢ヶ咲麗華「いや、あの、しのうって言うのは、英語でDieの意味で」
いつか日の目を見る太郎「ダイ?ダイの冒険ですか?」
夢ヶ咲麗華「も、もうええわ・・・」
いつか日の目を見る太郎のアホさ加減が、麗華の哀しみを怒りに変えた。
夢ヶ咲麗華(男って、ほんと馬鹿・・・)
立ち上がり、ほこりを払って、挨拶をして、涙を拭いて、
麗華、にこっと笑って、
夢ヶ咲麗華「ほんま、おおきに」
いつか日の目を見る太郎「おおきに、ちいさきに」
夢ヶ咲麗華(ほんまもんの、あほや・・・)
なぜか、くすぐったい心。麗華、軽くスキップしたくなる。
プルルルルルル
携帯の音。いつか日の目を見る太郎、慌てて携帯を取り出す。
画面に映し出された名。万歳田山椒。
ポチっと、電話を取るマークを指で押す。
「何やってんだ!のろまがよぉ!!!!さっさと来いよ!!!!クビにするぞ!!!!」
いつか日の目を見る太郎「は、はいな!ちょっと道に迷ってしまいまして、今、行きます!!!!」
〇ホストクラブ
万歳田山椒。この男、キャバクラで豪遊。
両脇、とんでもない巨乳に挟まれてご満悦。
午前2時30分。望遠鏡とは別のものを担ぎかねぬ夜。
パンツ破れて、賛があり。
百代の恥のごとき月日、上塗りされて。
目の前、語られるのは人間の堕落論。
さて、それはまた次回のお話。
道端に咲く花を救う太郎さんがいい男ですね。
彼女を止めた後の太郎さんのお話もすごくよかったです。
ちょっと噛み合ってないところが、彼女の心の緊張を解きほぐしたのかもです。
自分が辛い環境にいるとき、自分より辛い環境にいる人を見ると助けるのか、助けないのか、人間性ってでますよね。
命を救えた意味でも…やっぱり優しいんですよね。
太郎さん本当はわかっててこそのあのすっとぼけだったんじゃないのかなぁなんて、、、優しいなぁ。いやそれとも正真正銘であんな感じだったのかな。
どちらにしてもひとつの命を救いましたね。素晴らしい。主人公が絶望から少しずつ太郎とのやりとりを通して光と心の軽さみたいなものを取り戻していく様子に、勇気をもらいました。