君に会いたい(脚本)
〇見晴らしのいい公園
人気のない夕暮れ時、公園のベンチで、男は気の抜けた様子で新聞を読んでいた
政治問題、企業の不正、芸能人の不祥事・・・
男はそれらの見出しだけ見て、次々、読み飛ばして紙を捲っていたが、急に指が止まる
女子大生連続通り魔事件──
男「くっ!」
男は新聞紙を力任せに丸めると、近くのゴミ箱へ投げつけた。しかし、狙いは外れ、地面に落ちる
男はわなわな震える手をズボンの中へ突っ込むと、舌打ちして落ちた新聞紙を拾って、ゴミ箱の中へ叩きつける
そのまま、誰もいない公園を後にする
〇山中の坂道
笑い声が聞こえないところまでくると、男はポケットの中からナイフを取り出す
血と錆で赤黒くなったそれを、男は両手で握りしめ、祈るように額へ当てる
男「カナコ・・・ 君に会いたいよ」
笑い声に男が振り返ると、そこには夕日で伸びた女の影が伸びていた
男「え・・・?」
男(今のは・・・まさか)
男「ま、待ってくれ」
〇山奥のトンネル(閉鎖中)
男「待ってくれ」
男「確かに、こっちに来たはずなのに」
トンネルの入り口には、侵入を防ぐように奇妙な文言が書かれた立て札があった
男「御注意 ここから先、見ざる、聞かざる、言わざる 徹底願います?」
男「なんだこりゃ?」
???「また性懲りもなく来おったか」
男「い、いや、私は人を探しているだけで」
老婆「だから、来たのだろう?」
老婆「ここは人の縁を結ぶ言い伝えの残る地。愛する者に会いたいと強く願う者は、引き寄せられてしまうからの」
男「まさか・・・」
老婆「ここ最近は通り魔事件の遺族が、よくやってくるんじゃ」
老婆「だが、死者との再会はいかんのだ。条理を外れたことを願えば、悪縁もやってくる」
男(悪縁? 悪霊だろうか)
老婆「もし奴らと縁が繋がれば、そのまま死の国へ連れてゆかれる。悪いことは言わん、そのまま帰りなされ」
〇山奥のトンネル(閉鎖中)
見ざる
聞かざる
言わざる
男「これは何も反応するなということか」
男(昔から要領が悪く、皆と違うものを見てるなどと、よく馬鹿にされていた私を、彼女だけは受け入れてくれた)
男(彼女のおかげで窮屈な世界でも、私は生きてこられた。このまま、ずっと一緒にいられると疑いもしなかった)
男(なのに、君は私の前からいなくなった。いつからか、君を思い出そうとしても、目に焼き付いた赤に遮られてしまう)
男「私はどうなろうと構わない」
男「君にまた会えるなら。死の国だっていってやるさ」
男はナイフを握りしめ、隧道の奥へと歩き出す
〇暗いトンネル
隧道の中は明かりが乏しく、薄っすら湿っていた。長く使われていない為か、空気は重く、すえた臭いが鼻につく
歩くたびに、コツン、コツン・・・コツンと足音のエコーが響き渡る
その足音は、ここには自分しかないないのだと突き付けてきて、放り出されるような感覚に陥る
男(なんだ、何もないじゃないか)
コツ、コツ・・・コツン
コツ、コツ・・・コツン
コツ、コツ・・・コッコツン
男(足音がダブった?)
コツン、コツン・・・コッコツン!
耳を澄ませば、自分以外の足音は間違いなく近づいていた
男は呼吸が乱れる口元を手で押さえ、大きく息をしてから、おもむろにしゃがみ込み、解けていない靴紐を結び直す
コツ、コツ・・・コツッ!
ダブっていた足音は、止まることなく彼の隣を通り過ぎてゆく
コツン、コツン・・・コツ
靴音は構わず奥へと向かってゆく。男は靴だけを凝視して、音が聞こえなくなるまで、靴紐を何度も結び直した
二重、三重に結び直し、音が聞こえなくなってから、男は途中で何かを見ないよう、ゆっくりと頭を上げる
目は凝らさず、視界を狭め、目に入る情報を極端に少なくして、男は再び歩き出す
男(カナエが待っているんだ)
コツ、コツ・・・コツ
コツ、コッ・・・コツ、コッ・・・コツ、コッ!
視界の端に、黒い何かがちらちらと映る。男の肩のあたりに、誰かの髪が揺らめく
隣を歩いている──
男「はぁ・・・はぁ・・・!」
男(前だけを見ろ。焦点を合わせるな。呼吸だけに集中しろ)
何も見えない、聞こえないふりを続けて、一歩、一歩と進んでゆく
男(彼女に会うんだ、会うんだ、会うんだ! こんなところで止まってられるか)
男はナイフを握りしめる。隣からは、息遣いまで鮮明に聞こえていた
不意に何かが男を追い越した
見てはいけない、反応してはいけない。分かっていても、急に動くものがあれば、目が追ってしまうものだ
男はそれを見てしまった・・・
男「き、君は・・・!」
それは探し求め続けた、懐かしい姿だった
男「ま、待ってくれ!」
〇暗いトンネル
男は前を走る影を一心不乱に追いかけて、ついには後ろから抱きしめる
男「やっと、やっと会えた! 私だよ、分かるかい?」
抱きしめた影は、しかし、なんら反応を返さない
男「イヅミ・・・?」
男「違う・・・ お前じゃない」
右から、左から、クスクス、キャハハと笑い声が響き渡る
気配だけだった視線の主達は、影となって男を取り囲む
男「誰だ、お前は? 誰なんだ?!」
それはパーソナルスペースを無遠慮に侵し、嘲り、踏みにじる
男「やめろ、やめろ、やめろー!」
男はナイフを振り回し、誰も彼も切り裂いた。影は笑いながら地へ伏してゆく
男「はぁ・・・はぁ・・・」
けれど、男を取り囲む笑い声は止むことはない。視線はいつまでも男を見据え続ける
男「あ・・・あ・・・!」
男「うわぁぁー!」
〇暗いトンネル
男「やめろ、やめろ、やめろ!」
男「見るな、見るな、俺を見るな!」
タッ、タッ・・・タタッ! 逃げても逃げても、足音はダブる。隣から、後ろから、前から視線が集中する
男「やめろ、やめろ!」
どんなに逃げても、どこまで逃げても、影は男を取り囲み、笑い、見続ける
男「はぁっ・・・はぁっ・・・!」
男(嫌だ、嫌だ、嫌だ! 見るな、見るな、笑うな!)
影は切っても、切っても、消えることなく、男の心を不快で蝕んでゆく
男「そうだ、お前らが見るのを止めないなら、私が見なければいいんだ」
男は、手にしたナイフで自分の目を、耳を切り裂いた──
「ぎゃぁぁぁぁ!」
〇黒背景
男「は、ははっ! 目を、目と耳を潰したぞ! 痛い、痛い! けど、もう何も見えない! 聞こえない!」
男「こ、これでもう何も──」
男「・・・アケミ?」
男「この懐かしい気配・・・間違いない。そこにいるのか?」
男「応えてくれ! いるんだろ?!」
男「あ、あぁ、痛い・・・。何も見えない、聞こえないんだ。君が傍にいるのに、何も分からない」
男「誰だ、笑うのは・・・」
男「なんで、なんで君以外の声ばかり聞こえるんだ」
男「なんで、君以外の視線ばかり感じるんだ!」
男「私が会いたいのは、君だけなのに!」
男「あぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁ! 笑うなー!」
〇山奥のトンネル
刑事「見てきたか?」
法医学者「あぁ。酷い遺体だな」
刑事「で、あんたの見解は?」
法医学者「自殺だ」
刑事「鑑識と同じか」
法医学者「あの惨状じゃ、信じられないだろうけどね」
刑事「あいつは連続通り魔事件の犯人だ。世論は陰謀だ何だ騒ぐぞ」
法医学者「なんだ、他殺が良かったか?」
刑事「犯人は女の名を呼びながら背後から抱きつき、人違いと分かるとナイフでメッタ刺し。遺族の復讐の方がまだ納得できるだろ」
法医学者「条理がそうでも、私の見解は変わらないよ。痕跡は全て自殺を裏付けているんだ」
法医学者「犯人が超常的な完全犯罪者なら別だけどね」
刑事「そりゃいい。記者発表に使わせてもらいたいくらいだ」
法医学者「馬鹿なことを言ってないで何がどうなったか調べるのが、君達の仕事だろ」
刑事「調べても分からないから困ってるんだよ」
法医学者「犯人が捜してた女性はどうした? まだ見つからないのか?」
刑事「いねぇよ」
法医学者「死んでるのか?」
刑事「違う。交友関係を洗ったが、誰も女を知らないんだ。そもそも呼ぶたびに女の名前が違うって言うしよ」
刑事「こいつは一体、誰を探していたんだ?」
法医学者「妄想か、はたまた男にしか見えなかったか。興味深いね」
法医学者「だが真実を知る者は何も語らず、か。死者と話せれば、楽だったろうに」
刑事「違えねぇ」
刑事「あーあ、どっかにそんな話、ないもんかねぇ」
『オルフェ』のような感じからのひねりが素晴らしいですね‼
愛情深い男の狂気が見え、自らの目や耳を犠牲にしてでもトンネルを前へ進んでいくところに迫力を感じます。文章力もあって魅力的ですね。
私はエフェクトに頼ってあまり文章を磨いていないので、感じ入りました(^^;