6話(脚本)
〇綺麗なダイニング
鈴木「おぉ、再生数10万キタ!」
千花「なにあんた一人で興奮しているの。気持ち悪い」
鈴木「姉さん。ついに来たんだよ」
鈴木「僕の時代がね」
鈴木「『本物の惚れ薬が登場!? 姉の恋愛を成就させてみた』」
鈴木「これを投稿してから、登録者数は8000人までいったし僕のチャンネル知名度は凄い事になってるよ」
千花「それでもまだ8000でしょ」
千花「よく言うじゃない。動画投稿ってほぼ毎日やるものだって」
千花「それに比べたらあんたはまだまだね」
鈴木「それは・・・・・・まぁこれからだって」
鈴木(姉さんのデートから二週間。あれから大きく状況が変わった)
鈴木(僕のチャンネルは爆速的な伸び率で、1万登録者も見えてきた)
鈴木(姉さんにも無事恋人が出来た)
鈴木(じゃあ全部順風満帆に事が進んでいるかというと)
鈴木(・・・・・・実はそうでもない)
千花「じゃあ二人とも私は出かけてくるから」
鈴木「はーい。泊まるようなら連絡してよ」
千花「分かってる」
千花「でも、泊まりは多分ないと思う」
鈴木「あぁ・・・・・・そう、なんだ」
千花「それじゃあね」
そう言って千花が家を出て行く
鈴木(なんだろう・・・なんか楽しそうじゃないんだよなぁ)
鈴木(でも一応デートはしてるみたいだし)
鈴木(もう別れ話が進んでるとか・・・ないよね?)
パンドラ「──鈴木よ。ちょっといいか」
鈴木「うわぁ!? 居たの。パンドラさん」
パンドラ「ワシはずっとここにおったわ」
パンドラ「それより見ろ! これを」
鈴木「ん? 何ですか」
パンドラが見せて来たのは鈴木のスマートフォン画面
それは、鈴木が投稿している動画サイトにある一つの動画だった
鈴木「奇跡の・・・パンケーキ」
パンドラ「うむ!」
鈴木「あのーパンドラさんもしかして・・・」
鈴木「パンケーキ、好きなんですか?」
パンドラ「お前っ! パンケーキをバカにするでないぞ!!」
パンドラ「雲のように柔くフワフワしてるんじゃぞ!」
パンドラ「なのに触っても崩れない。そして甘くて美味ときておる」
鈴木「それはまぁ、パンケーキですからね・・・」
パンドラ「こんな食い物ワシは見たことがないのじゃ」
パンドラ「これは食せねばならんぞ鈴木」
鈴木「いやでもそのお店結構遠い」
パンドラ「──ごちゃごちゃうるさい。行くぞっ!」
鈴木「あーちょっとパンドラさん! 引っ張らないで下さいよっ!」
パンドラは興奮した様子で鈴木を引っ張っていく
二人はパンケーキの有名店に向かい家を出て行った
〇レトロ喫茶
鈴木「パンドラさん。もうちょっとだけ背を低くしてくださいー!」
鈴木「あと声も大きいですから。もう少し静かにお願いします」
パンドラ「ええい! どうしてワシがこんな事をっ」
鈴木「言う事聞いてくれたらまたお寿司食べてもいいですからっ!」
パンドラ「鈴木! それは本当じゃな? 大トロもいいんじゃな?」
鈴木「わかりましたから。静かにお願いします」
パンドラ「ふむ・・・仕方ない」
鈴木「・・・・・・・・・・・・」
柊「あれ? そのネイル新しいやつだよね。かわいい」
千花「あっ、そうなの。気づいてくれて嬉しい」
柊「僕は千花ちゃんの色々な所を見てるからね」
柊「小さな変化でも分かるよ」
千花「なんかそれ・・・ちょっと言い方怖いかも」
千花「というか、少しやらしい」
柊「あはは、そんなつもりはないんだけどね」
柊「とりあえずほら、せっかくだし食べようよ」
二人は運ばれてきた食事に手を付ける
千花「うん、美味しいっ!」
柊「ホントだ。評判通りフワフワだね」
千花「パンケーキを食べると身体から幸せ成分が出てくるんだよね」
柊「幸せ成分? 女の子って本当にカフェとかパンケーキとか好きだよね」
柊「そういうのってすごく可愛らしいと思うな」
千花「ちょっと、なんかその言い方バカにしてない?」
柊「バカになんてしてないよ。僕も素直にいいなって思うんだ」
柊「このパンケーキだけじゃない。お店の雰囲気っていうのかな」
柊「癒される感じがするじゃない」
柊「こういう素敵で落ち着いた空間の中で食べるスイーツだから、また良いんだよね」
千花「まぁ・・・・・・そうだね。それに柊さんと一緒だしね」
柊「ありがとう。でもそろそろ柊さんは卒業でいいんじゃない」
千花「あぁ、そうだったね。その・・・柊くん」
柊「うん。その方が自然でいいよ」
〇レトロ喫茶
鈴木「・・・パンドラさん。一つお伺いしたいんですが」
鈴木「あのパンケーキの動画ってどうやって知ったんですか?」
パンドラ「千花が見せてくれたんじゃ」
パンドラ「この世界にはワシの知らない食物がまだたくさんあるとな」
鈴木「はぁ・・・・・・なるほど。そういう事か」
鈴木(それで今日のデートと同じお店に。しかもよりによって姉さんの後ろの席になるとは思わなかった)
鈴木(店内がまだ少しざわついてるからいいけど、大声なんか出したら一発アウトだよなぁ)
パンドラ「にしても千花のやつ。上手くやっておるようじゃな」
鈴木「え? あ、ああ・・・そうですね」
鈴木「思ってたよりは普通でなんか安心しました」
鈴木「パンドラさん。見るのは良いですけどバレないように頼みますよ!」
パンドラ「分かっておるわ」
パンドラ「ワシは鈴木のような間抜けではないからの」
鈴木「間抜けって・・・・・・もう、ひどいなぁ」
パンドラ「それに、そろそろアイツら店を出るようじゃぞ」
千花「・・・・・・次はどこに行こうか? まだ帰るには少し早い時間だけど」
柊「確かにそうだね。そういえば今日はカフェに行ってからの予定は話してなかったな」
千花「そうだよね。どうせなら少し運動でもする?」
柊「確かに食べた後は少し動きたいかもしれないね」
柊「千花ちゃんどうだろう。ちょっと行きたい場所があるんだけどいいかな?」
千花「うん、いいけど・・・この近くにそんな遊べる場所なんてあったっけ?」
柊「あるよ。きっと楽しい場所だから付いて来て」
柊はそう言うと千花の手を掴み会計に向かった
鈴木「パンドラさん。僕たちも行きましょう」
パンドラ「あぁ? なんじゃ鈴木、まだお前のパンケーキは残っておるぞ」
鈴木「僕には今動画のネタがないんですよ」
鈴木「何か面白い映像がとれるかもしれないじゃないですか」
パンドラ「お前・・・・・・薬も最近作っとらんし千花に渡してもいないんじゃろ?」
パンドラ「それではお前が求める物は撮れんと思うがな・・・・・・」
鈴木「姉さんはそもそもまだあの薬を使い切ってないんですよ」
パンドラ「なにっ?」
鈴木「僕のイメージですけど、恋愛って楽しい事もあれば修羅場もあると思うんですね」
鈴木「だから何かあったときのために、予備の薬を持たせてあるんです」
鈴木「まぁこれ以上プライベートで撮影すると怒られそうだから、遠慮してたんですけど」
鈴木「柊さんのさっきの言葉、気になるじゃないですか」
鈴木「『楽しい場所だから付いて来て』って」
パンドラ「いや、ワシは別に気にならんが」
鈴木「いやいやいやいや、怪しいですって」
鈴木「と・に・か・く、お寿司は約束したんですから。行きますよ!」
パンドラ「まったく・・・仕方のない奴じゃのう」
鈴木は手早く会計を済ませると
椅子にだらんと腰かけるパンドラの腕を掴んだ
〇ラブホテル
パンドラと鈴木がたどり着いたのは
夜はピンクのネオンが光るであろう建造物だった
鈴木「・・・・・・・・・」
鈴木「ここって・・・・・・まさか」
パンドラ「まさか?・・・・・・なんじゃここは」
パンドラ「ほ・・・・・・ホテ」
鈴木「──あーっちょっと言葉には出さない方が」
パンドラ「なんじゃ! いきなり」
鈴木「あのーいやー。何と言いますか・・・」
パンドラ「いいから説明しろ」
パンドラ「その顔は・・・・・・何か誤魔化しておる顔じゃな」
パンドラ「話さんならワシは帰るぞ」
鈴木「ぐっ・・・はぁ、仕方ないなぁ」
鈴木「パンドラさん。軽蔑しないで下さいね」
鈴木はもう一度深くため息をすると、パンドラに説明し始めた
鈴木「という感じです・・・・・・」
パンドラ「なっ、なっ、なっ!?」
パンドラ「お前はなんて事を言うのじゃ!!」
鈴木「ぐえっ!?」
パンドラの強烈な一撃が鈴木の腹に入る
鈴木「なんで、僕がぁ・・・・・・」
パンドラ「お前が急に変な話をするからじゃ。身をわきまえんか」
鈴木(だから話したくなかったのにぃ・・・)
鈴木「はぁ・・・わかりましたから、殴るのはもう勘弁してくださいよぉ」
パンドラ「お前が変な事を言わなければ良いのじゃ」
鈴木「そっ、そんな事よりあれ、見てくださいよ!!」
パンドラ「ん・・・あれは、千花と連れの男が建物の中に・・・・・・」
鈴木「そうです。さっき教えたから分かると思いますけど」
鈴木「――あの中に入るって事は、そういう事です」
パンドラ「あの男・・・千花をあんな場所に連れて行きおって」
パンドラ「鈴木、毒薬の準備をしろ!」
鈴木「わかりました!」
鈴木「ってするわけないでしょ」
鈴木「二人は付き合ってるんですからまぁ一応、自然な流れではあるんですよ」
鈴木(正直身内のこんなシーンは見たくなかったけどね)
鈴木「それとも、パンドラさんにはまだそういうのは刺激強かったですか?」
パンドラ「うるさい!! わっ、ワシはもう帰るぞ」
鈴木「帰るって、まだ一人じゃ帰れないでしょパンドラさん」
鈴木「せっかくここまで来たんだし僕の撮影に付き合って下さいよ」
鈴木「久々にいい物が撮れる気がするんです」
鈴木「ネタもない事だしこれはチャンスですよ!」
鈴木「出てくる二人を撮影し終わったら、お寿司連れて行ってあげますから」
パンドラ「鈴木よ・・・お前ワシを馬鹿にしてるのか?」
鈴木(ヤバッ。流石に寿司の力に頼りすぎたかな・・・・・・)
パンドラ「この件は寿司程度では足らん」
パンドラ「土産にケーキも買うのじゃ」
鈴木「・・・・・・は、はぁ」
鈴木(よ、良かったぁ。パンドラさんが食べ物で満足してくれる人で)
そして二人は、千花と柊がホテルから出てくるのを待った
〇ラブホテル
鈴木「ん?」
パンドラ「どうした鈴木」
鈴木「あれ・・・・・・柊さん、ですよね?」
パンドラ「ああ、確かにそうじゃな」
ホテル前を張っていた二人の前に現れたのは柊だった
パンドラ「それがどうかしたのか」
鈴木「その僕は・・・よく知らないんですけど」
鈴木「二人で入ったんなら、普通二人で出てくるものなんじゃないですか?」
鈴木「なのにどうして姉さんは出てこないんだろう」
パンドラ「まぁ待ってればそのうち出て来るじゃろ」
しかし
何十分待ってもホテルから千花が出てくることはなかった
鈴木「さすがに遅すぎる」
鈴木「忘れ物にしては時間かかり過ぎだし、そもそも柊さん帰っちゃったじゃないですか」
鈴木「喧嘩でもしたのか・・・あるいは・・・」
鈴木「僕、ちょっと様子見てきます」
パンドラ「ワシも行くぞ」
鈴木はホテルのフロントに身内である事を説明し
千花の居る部屋の前に立った
〇黒
鈴木「姉さん! 僕だけど大丈夫?」
パンドラ「千花よ。今日はコイツが寿司を奢ってくれるようじゃぞ」
パンドラ「出てこないと損じゃ。ワシと一緒に食べよう」
鈴木とパンドラが互いに呼びかけるが部屋から音沙汰はない
二人は見合ってうなづくと部屋の鍵を開けた
〇ラブホテルの部屋
パンドラ「なっ・・・・・・」
鈴木「姉さんっ!!」
千花は着の身着のままベッドに横たわりぐったりとしていた
バスタオルの片方が千花の首に巻き付けられており
もう片方はベッドの足に括り付けられている
千花はベッドから足を投げ出し、自重で首が絞まるような体制になっていた
パンドラ「鈴木!! すぐに下ろせ」
鈴木「分かってます!」
鈴木は千花の首にあったバスタオルをほどき、姉を抱え上げてベッドに寝かせる
鈴木「姉さんっ! 大丈夫? 姉さん!!」
鈴木は千花の肩を揺らすが反応がない
鈴木の顔色が青くなっていく
パンドラ「どけ、鈴木」
パンドラが固まってる鈴木を押しのけ千花に近づく
パンドラ「息はしているが、呼吸は浅いな」
パンドラ「鈴木、急いで人を呼んで来い」
鈴木「・・・・・・・・・・・・」
パンドラ「鈴木!! しっかりせんかっ!」
鈴木「す、すいません。わかりました」
鈴木「パンドラさん。ここは頼みます──」
鈴木は慌て壁や扉に身体を打ちつけながら
フロントまで走った
〇黒
千花はその後救急車で病院まで搬送された
二人は病院まで付き添い姉には緊急手術が行われた
鈴木「パンドラさん。姉さんの手術が終わったみたいです」
鈴木「行きましょう」
〇綺麗な病室
千花の命に別状はなく、手術が終わり個室に運ばれていた
鈴木「すぐには目を覚まさないみたいです」
鈴木「でも良かった」
鈴木「本当に・・・・・・勘弁してよ」
鈴木の目から涙があふれる
鈴木はやっと現実に起こった事を飲み込もうとしていた
パンドラ「鈴木・・・・・・」
鈴木「姉さんは強いんだ」
鈴木「強いからそこに傷が入っても目立たない」
鈴木「姉さんは傷を隠すのが上手いから」
鈴木「でも・・・僕は気づかなきゃいけなかった」
鈴木「家族である僕が気付かなきゃ、一体誰が気づけるって言うんですか!」
パンドラ「・・・・・・・・・・・・」
パンドラ「・・・・・・そうじゃな」
鈴木「くっ・・・・・・」
パンドラ「であれば、ワシも同罪じゃ」
鈴木「え?」
パンドラ「ワシだって今は、千花の家族じゃ」
パンドラ「短い間ではあるが、ワシも千花の事は見てきたつもりじゃ」
パンドラ「ワシは、ここでの生活に慣れ過ぎておった」
パンドラ「人生など何が起こるかわからんのにの。この日々がずっと続くような気がしておったのじゃ」
パンドラ「それで千花がこんな目に合うようでは」
パンドラ「ワシもまだまだじゃな」
鈴木「パンドラ・・・・・・さん」
パンドラ「鈴木よ。まだ出来る事があるはずじゃ」
パンドラ「違うか?」
鈴木「それは・・・もちろん。姉さんの治療には付き合うつもりです。でも──」
パンドラ「そうではない。ワシが言いたいのはそうではない」
鈴木「それは、えっと・・・何が言いたいんですか?」
パンドラ「お前は気づかなかったのか?」
鈴木「気づくって何がです?」
パンドラ「千花の持っていた薬は消えていた」
鈴木「薬ってまさか・・・・・・」
パンドラ「あぁ、ワシとお前で作り千花に渡した薬が無くなっている」
それは明らかな違和感だった
薬の中身ではなく薬そのものが消えていた
いつなくなったのか、なぜなくなったのか
この時点の二人には、まだ分からなかった
しかし、その答えにたどり着いた時
二人、そして千花にとっても大きな試練が待ち受けている事になるとは
まだ知る由もなかった