〇通学路
　　車一台分ほどの小さな通り道。
　　所々に桜が咲き誇り、
　　心地良いそよ風が花びらを連れて行く。
八王子拓馬「ふぁぁぁぁ・・・。学校めんど・・・」
　　俺はあくびを片手で覆いながら
　　気怠げに愚痴をこぼす。
　　本当なら春暁に倣い、
　　ぬくぬくの布団でもう一眠りしたかった。
　　そんなことを考えながら
　　Ｔ字路に差し掛かった時だった。
八王子拓馬「え・・・っ!?」
早乙女夢姫「あっ」
　　驚く俺の目には美少女が映っていた。
　　艶やかな黒髪、黒いソックスと柔肌で
　　形成された絶対領域（コントラスト）。
　　このまま行けば漫画の如くぶつかって
　　運命の恋が始まるかもしれない。
　　でも俺は――。
八王子拓馬「あってたまるかあああ！」
　　一瞬で己の妄想を壊し、
　　体を捻って彼女をかわした。
八王子拓馬「ふんぬぅうううう!!」
　　勢いそのままにロンダート、
　　バク転を決めて宙を舞う。
　　俺、こんなに飛べたんだな。そんな事を
　　思いながら迫り来る地面に目を瞑る。
八王子拓馬「ぐふぁっ!!」
　　鈍い音と共に体の前面から着地。
　　特に右頬と鳩尾のダメージがでかい。
　　のたうち回る俺に彼女が
　　慌てて駆け寄って来た。
早乙女夢姫「ごめんなさい!! 大丈夫ですか!?」
　　俺は悶絶したまま顔を上げた。
　　だが彼女は俺では無く、
　　すぐ脇の電柱に頭を下げていた。
八王子拓馬「それ違う・・・」
早乙女夢姫「へっ？ あれ!?」
　　ポケットからメガネを取り出し、
　　ようやく間違いに気づいたようだ。
早乙女夢姫「ご、ごめんなさい！ 大丈夫ですか!?」
八王子拓馬「だ、大丈夫大丈夫」
早乙女夢姫「そうですか・・・。本当にごめんなさい。 まだこの辺に慣れてなくて」
　　言いながら何故かメガネを仕舞う。
八王子拓馬「あの・・・、メガネかけてた方が──」
早乙女夢姫「と、ところで！ 白馬高校がどちらか ご存知ではありませんか？」
八王子拓馬「え？ あぁ、この先の交差点を左に曲がって──」
早乙女夢姫「そ、その制服！ 同じ白馬高校の方ですよね？」
八王子拓馬「そうですけど」
早乙女夢姫「も、もしよろしければ、 案内していただけないでしょうか!?」
　　彼女がグイっと詰め寄って来る。
八王子拓馬「へ!?」
早乙女夢姫「お恥ずかしながら、 道を覚えるのが苦手でして・・・」
早乙女夢姫「一緒に行っていただけると 大変嬉しいのですが・・・」
　　彼女は何故かモジモジしている。
　　顔も赤い。
　　やめてくれ。
　　こっちもドキドキしてしまう。
　　勘違いしてしまう。
早乙女夢姫「あ、あの・・・」
八王子拓馬「かくなるうえは・・・！」
　　俺は鞄からノートを取り出し、
　　瞬時に地図を描いてページを破いた。
八王子拓馬「ハイ！ これ地図！ じゃ！」
早乙女夢姫「え!? あの！」
　　俺は地図を押し付け一気に走り去った。
八王子拓馬「運命の出会い!? バカか俺！ 勘違いすんな！ あんな思いは２度と・・・」

〇体育館の舞台
　　壇上では校長の退屈な話が延々と続く。
　　あちこちからあくびが聞こえてくる。
　　俺は眠気よりも痛みに耐えていた。
　　まだ鳩尾の辺りがジンジンする。
司会「続きまして、新入生代表の挨拶」
　　一瞬周りがザワつき、
　　つられて俺は顔を上げた。
　　壇上には今朝の美少女が立っていた。
　　ちゃんとメガネをかけて――。

〇体育館裏
　　ぞろぞろと新入生が教室へ戻る。
　　俺もその列の中にいた。
　　人垣の間から例の女子と目が合う。
　　思わず俺は顔を背けた。顔が熱い。
男子高校生１「なあなあ。あの子可愛くね？」
男子高校生２「あれでしょ、さっき挨拶してた」
男子高校生１「そうそう。同じクラスかあ。 運命の恋始まっちゃう？」
男子高校生２「いや俺だな。席隣ですから！」
　　そんな話を耳にして、
　　俺はグッと拳を握った。
八王子拓馬「漫画みたいな恋愛、 そうそうあってたまるか・・・」

〇教室
　　幼い俺は天狗になっていた。
　　何度も学芸会で主役を任されては
　　拍手喝采を浴びていたからだ。
　　いつからかラブレターやバレンタインを
　　貰うようになり、
　　どこか芸能人気分だった。
　　卒業アルバムには将来の夢に
　　人気俳優なんて書いたりもした。
　　俺は何も知らなかったんだ。

〇黒背景
　　そう。子供だったのだ――。

〇学校の体育館
　　中学に上がって後輩もできた頃だった。
　　体育の授業でバスケをする中、
　　俺は一人の女子から目を離せずにいた。
　　栗色のポニーテールと可愛らしい笑顔。
　　他の男子達の視線も同じ方を向いている。
男子中学生１「やっぱ真由ちゃん、いいよなあ」
男子中学生2「あの眩しい笑顔」
男子中学生１「人懐っこい性格」
男子中学生2「そしてあの豊満なバディ・・・」
　　彼女の胸はたわわに揺れていた。

〇学校の体育館
　　授業が終わり、カゴにボールを
　　集めて運んでいた時だった。
真由「まだあったよー」
　　俺のすぐ横から、彼女がひょっこりと
　　腕を伸ばしてきた。
　　運動後でこの近さ。
　　彼女から香水か柔軟剤か良い香りが漂う。
八王子拓馬「ど、どうも」
真由「どういたましテ」
　　茶化しながらウィンクする彼女。
　　すぐに友達の元へ去ってしまう。
　　その後ろ姿を見つめながら俺は思った。
八王子拓馬「これが運命って奴か・・・」

〇教室の外
　　俺は彼女を呼び出した。
　　当然、告白する為だ。
　　緊張はあったが自信もあった。
八王子拓馬「気付けば君の姿を追ってしまう。 その眩しい笑顔を」
八王子拓馬「この出会いはきっと運命なんだ。 だから、僕と付き合ってほしい！」
真由「・・・は？」
　　脳内シミュレーションではここで
　　「オウジ君！」と目を輝かせながら
　　抱きついて来るはずだった。
　　だが彼女は眉間に皺を寄せている。
真由「え、何今の？ クッサ。 え、待って告白じゃないよね？」
八王子拓馬「え!? あれ・・・」
　　普段とは全く別人の口調に語気。
　　俺は思わず委縮してしまう。
真由「運命とか意味不なんだけど。 てかアンタが見てたのって私じゃなくて 私の胸でしょ？ マジきもいんですけど」
八王子拓馬「そ、そんなこと・・・」
真由「てか私好きな人いるからこういうの 迷惑なんですけど。もう話しかけないで」
　　ため息交じりに彼女が去って行く。
八王子拓馬「あ・・・、はい・・・、すいません・・・」
　　そう返すので精一杯だった。
　　そんな俺に彼女が振り返る。
真由「あ、自信があるのと 自意識過剰は違うからね？」
　　俺はただ立ち尽くしていた。

〇教室
　　席に戻ると俺はすぐに顔を伏せた。
　　昔を思い出して気が滅入る。
　　あと腹もいたい。
　　すると周りから「え!?」とか「何!?」と
　　声が聞こえてくる。
　　そして原因（カノジョ）は
　　俺の元にやって来た。
早乙女夢姫「あ、あの！ 先程はありがとうございました！」
八王子拓馬「あの・・・。近いです」
　　その気になれば
　　キスできそうな程の至近距離。
　　突っ伏す俺に目線を合わせる為か、
　　かがんで覗き込む感じになっている。
早乙女夢姫「へっ!? ご、ごめんなさい！」
　　慌てて離れ、眼鏡をかける。が、距離を
　　掴んだのかまたすぐに外してしまった。
早乙女夢姫「まさか同じクラスとは思わずつい・・・」
八王子拓馬「俺もです・・・」
早乙女夢姫「もしかしたら私たち、赤い糸で 結ばれているのかもしれませんね」
　　彼女は小指を立てて見せる。
八王子拓馬「そんなことは無いと思うけど・・・」
　　妬みの視線を感じ、やんわり否定した。
担任「はーい、HR始めるから席ついてー」
早乙女夢姫「あの！ これからよろしくお願いしますね」
　　そう言って去って行く彼女のあとには、
　　シャンプーのいい香りがした。
　　彼女の笑顔、赤い糸、匂い。
　　全てがあの時と重なる。
　　俺はまた机に顔を伏せて呟いた。
八王子拓馬「運命の出会いなんかあってたまるか・・・」