5話(脚本)
〇綺麗なダイニング
鈴木「ついに・・・・・・」
鈴木「ついに完成したよ!!」
鈴木「この薬なら恥ずかしがり屋の姉さんもきっと一言で相手を虜に出来るよ」
千花「あんた・・・本当にそんな薬が作れたの?」
鈴木「僕の錬金術師としてのレベルも、目に見えないだけで上がってるから」
鈴木「期待して大丈夫だよ」
パンドラ「こらあっ!」
鈴木「いったぁ・・・・・・」
鈴木「パンドラさん! 急になんですか? いい所なのに」
パンドラ「お前に付き合わされたワシの身にもなってみろ」
パンドラ「いいか? 錬金術には魔力が必要じゃ」
パンドラ「薬の調合には魔力を大量に消費する」
パンドラ「それはワシが行ってるんじゃぞ? 一体どれだけ魔力を消耗したと思ってる」
パンドラ「おかげでもうまったく力が出んぞ・・・」
鈴木(それにしては、腰の入ったパンチだった気がするけど・・・・・・)
パンドラ「千花も、千花じゃ。こんなに短期で作成するとは思ってなかったぞ」
千花「それは、そうだよね・・・・・・」
千花「パンドラちゃん、ごめんね」
千花「弟に相談するの恥ずかしくて・・・・・・もっと早く言ってれば良かったんだけど」
鈴木「確かに・・・・・・姉さんが僕に相談なんて初めてだもんね」
パンドラ「お前らは家族じゃろ。家族なら言いたいことはちゃんと言え」
パンドラ「ワシにはよくわからんが、それが良いと思うぞ」
千花「パンドラちゃん。私はその・・・姉だからさ」
千花「ずっと弟の前を歩いて来たの」
千花「外では勉強に運動、家では家事」
千花「弟に遅れを取るわけにはいかなかった」
千花「強い姉でありたかったの」
千花「弟は昔から弱虫だったから親も心配しててね」
千花「私が強くなることで弟の支えになればと思ってたの」
パンドラ「そうか」
パンドラ「その強さは、お前がそうするべきだと思い作っていた物だった」
パンドラ「それが長く続いていたわけだな」
千花「家族と離れて一人で生きる事になって、これからどうしようって思った」
千花「私は私の生き方を誰に見せればいいんだって、急に怖くなったの」
鈴木「姉さん・・・・・・」
千花「そんな時だった・・・あの人に出会ったのは」
千花「あの人は私を見て言ったの」
千花「『君は無理して笑ってる。自然なままの方が素敵だと思うよ』って」
千花「自然なんて考えた事なかった。というより私はずっと自然に接してると思ってた」
千花「でも違った・・・・・・ずっと仮面を被ってたってやっと気付いたの」
千花「姉としての強い私、弱みを見せちゃいけない私って仮面にね」
千花「それから自分について改めて考えるようになって、その言葉をくれた人にも興味を持つようになった」
千花「それが・・・いつの間にか特別な気持ちになってた」
パンドラ「なるほどのぉ。それもまぁ一種の魔術・・・じゃな」
鈴木「そっか。姉さんがそんな気持ちになるなんて相当凄い人なんだろうなぁ」
千花「まぁ、あくまで私にとってはね」
千花「じゃあそろそろ話は終わり。もう出ないと」
千花「二人ともありがとう。頑張ってみる」
パンドラ「おう、気を付けて行ってくるんじゃぞ」
鈴木「姉さん、恋愛には『フラグ』ってものが付き物なんだ油断しないように」
鈴木「っていたぁっ」
パンドラ「──お前はまた意味の分からんことを・・・・・・素直に送り出さんか」
鈴木「・・・・・・分かりましたよ」
鈴木「姉さん、幸運を祈ってる」
千花「うん。ありがとう」
千花は家を後にした
かばんには例の薬を詰めて
彼女にとって、人生の転機となる一日が始まろうとしていた
〇池袋西口公園
鈴木「・・・・・・というのは建前でね」
鈴木「僕はあくまで配信者なので」
鈴木「こんなシーン・・・撮り逃す手はないでしょ!」
パンドラ「鈴木よ・・・・・・お前、最低じゃな」
鈴木「そんな事言って、パンドラさんだって実は気になってるんでしょ?」
パンドラ「だからといって、尾行までしようとは思わん」
鈴木「じゃあなんでついて来たんですか。家で待ってれば良かったのに」
パンドラ「わ・・・ワシは単に、薬の効果が気になっただけじゃ!」
鈴木「ふーん」
鈴木がいやらしい笑みを浮かべてパンドラを見る
パンドラ「また殴られたいのかのぉ。鈴木よ」
鈴木「ひぃ!?」
握り拳を顔面に突きつけたパンドラに、思わず鈴木は飛び退く
鈴木「や、やだなぁ、僕も薬の為ですよぉ」
鈴木「あはははははは」
パンドラ「・・・・・・それで、あの薬は結局何が変わったのじゃ?」
鈴木「それは実際に効果が出てから説明しますよ」
鈴木「あっ・・・・・・男の人も来ましたよ!」
すでに約束の場所に来ていた千花の前に
一人の男が現れる
柊「・・・・・・・・・」
鈴木「・・・・・・・・・」
パンドラ「・・・・・・・・・」
二人の心臓は共鳴したように高鳴り続ける
そして興奮を抑えるよう、より低い姿勢で物陰に隠れた
〇池袋西口公園
千花「私ってば少し早めに来ちゃって、あはは」
柊「千花ちゃん、遅れてごめんね」
千花「気にしないで。待ってるのもさ、それはそれで楽しいし」
柊「だとしても、遅れたのは悪いからさ」
柊「千花ちゃん、これはお詫びに」
男はそう言って、千花に缶コーヒーを渡した
柊「休憩所でよく飲んでるでしょそれ。だから好きなのかなって」
千花「ありがとう柊さん。嬉しい」
千花「でも、これじゃあ遅れたお詫びとしては足りないかも」
柊「ははっ、そっか」
柊「つまり、これからが大事だってわけだね」
千花「うん、そういう事」
千花「それじゃあ行こっか?」
そう言って千花が先導し、二人は公園の中を歩き始めた
パンドラ「ふむ・・・・・・これはなかなかよい雰囲気なのではいか」
パンドラ「薬なぞ使わずとも、このまま行けば恋は成就するように思うが」
鈴木「いやいや、姉さんは僕以上に恋愛初心者ですから」
鈴木「恋愛って単語すら、姉さんからは聞いたことがなかったんです」
鈴木「それが、あそこまで訴えて来たんですよ! きっと薬使いますって」
パンドラ「・・・・・・・・・・・・」
パンドラ「・・・お前、なんだか楽しんでないか?」
鈴木「いえいえ、そんな事は」
鈴木「僕、姉さんのデートなんて生まれて初めて見るので」
鈴木「なんかこっちまでソワソワするというか緊張するというか」
パンドラ「・・・・・・お前が緊張してどうする? あとその気持ち悪い顔はやめんか」
鈴木「───あっ、二人が行っちゃいますよ」
パンドラと鈴木は互いに目配せをしつつ
足音を殺して二人を追いかけて行った
〇遊園地の広場
千花と柊はその後昼食を取り、電車で遊園地に向かった
気さくに冗談も交えつつ話す二人の様子は続いていて
鈴木は姉が薬を使うタイミングはいつ訪れるのかと
昨日までの姉の自信の無さは嘘なのではないのかと、段々違和感を覚え始めていた
千花「私、次はあれに乗りたいな」
柊「千花ちゃんまだ乗るの?」
千花「うん。せっかく来たんだし楽しまないとね」
柊「そっか。相変わらず元気だね」
千花「柊さんが体力ないんだよ」
千花「営業ってもっと大変なんだから」
柊「分かってるよ。君が凄いのは十分知ってる」
千花「ありがとっ。でも私が上手くいってる半分は柊さんのおかげでしょ?」
柊「ふふっ、そうかな」
柊「そう思ってくれてたなら僕も嬉しいよ」
千花「そんなに謙遜しないでよ。今は楽しもう」
柊「うん。そうだね────」
二人は互いに目を合わせて笑いあうと、ジェットコースターの列に並びに行った
パンドラ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
パンドラ「・・・・・・時に鈴木よ」
鈴木「・・・・・・なんでしょう」
パンドラ「お前は・・・あの男の事を知っていたのか?」
鈴木「僕は知らないですよ」
鈴木「姉さんは自分の事は話さないんです」
鈴木「ずっと、僕には強がってたんですよ」
鈴木「勉強も運動も姉さんの方が良く出来たけど・・・一度だけ成績が僕より悪かった時があって」
鈴木「姉さん自分の部屋で泣いてたんです。僕はたまたまその時姉さんと鉢合わせちゃって」
鈴木「泣きながら姉さんは言ったんです」
鈴木「『私は姉だから、泣いてなんかいない』って」
鈴木「当時は姉さんがどうして嘘を付くのか分からなかったんですけど」
鈴木「ずっと無理してたんですよね」
鈴木「姉さんは仮面を被ってたって言ってたけど、ホント色々と迷惑かけたと思います」
鈴木「・・・・・・昔の僕は弱虫でよく姉さんに泣きついてましたから」
パンドラ「ふむ・・・・・・お前は今も弱虫だと思うが。それはそれとして」
パンドラ「鈴木、千花はいい姉だと思うぞ」
パンドラ「──お前を見てると、さぞや千花は苦労したと思うがな」
鈴木「ちょっと、からかわないで下さいよ」
鈴木「せっかくこっちもいい話をして、穏やかな雰囲気に持っていこうとしたのにっ!」
パンドラ「何が穏やかな雰囲気じゃ」
パンドラ「ワシはいい加減隠れているのに飽きた」
パンドラ「鈴木、何か食べに行くぞ」
パンドラ「もちろん、いい値の物を、な!」
鈴木「えぇ・・・・・・ちょちょちょ、ちょっと待ってくださいよパンドラさん!」
鈴木「デートはもう終盤なんですから最後まで見守りましょ」
パンドラ「まったく、今日は寿司じゃからな」
鈴木「・・・・・・はいはい」
鈴木とパンドラは話しながら、二人がジェットコースターから出てくるのを待った
〇遊園地の広場
鈴木「──あっ!?」
鈴木「ちょっとパンドラさん見てください」
鈴木「二人が観覧車に乗ろうとしてますよ」
鈴木「しかも、姉さん手を後ろに回して薬を隠してる・・・・・・」
パンドラ「やっと本番か・・・・・・」
パンドラ「しかし鈴木よ。『かんらんしゃ』とはなんじゃ」
鈴木「うーん、そうですねぇ」
鈴木「この国では古より定番の・・・・・・告白スポットというところでしょうか」
パンドラ「なにっ!? それはつまり」
鈴木「──急ぎましょう」
鈴木「このカメラ望遠機能もあるんで、ある程度近づけば二人の様子も見れるはずです」
鈴木はそう言って早足で観覧車に近づいた
〇観覧車のゴンドラ
柊「千花ちゃん、今日は楽しめたかな?」
千花「楽しめたって、なんだか他人行儀じゃない?」
柊「そうかな」
千花「一日一緒に柊さんと過ごすのは初めてだったけど」
千花「とっても楽しかったよ」
柊「それは何よりだ」
柊「ねぇ千花ちゃん、もう今日も終わりだ」
柊「そろそろ本題に入ってくれてもいいんじゃない?」
千花「本題・・・・・・ね」
柊「話って何だい? また仕事の事かな」
柊「僕で良ければいつでも相談に乗るよ」
柊「この観覧車が回り終えるまでに解決できるかは、約束出来ないけどね」
千花「・・・・・・ねぇ、柊さん」
柊「ん?」
千花「どうして柊さんはそこまで、私に優しくしてくれるの?」
柊「どうしてって・・・それが本題?」
千花「ううん、違うんだけど話に入る前に聞いておきたかったの」
千花「大事な事だから」
柊「そうか・・・・・・うーん」
柊は顎に手を当て考え込むような様子を見せてから
千花から目を反らし答えた
柊「大事な・・・仕事仲間だからだよ」
千花「・・・・・・・・・・・・」
柊「僕にとってあの仕事は天職なんだ」
柊「僕は仕事を楽しく真剣に取り組んでいる」
柊「でもそれは僕以外の人が成果を上げているからこそ、成り立っていると思ってる」
柊「もちろんそこには君も入ってる」
千花「・・・・・・つまり、私はその中の一人でしかないって事かな」
柊「千花ちゃん、君はそれだけじゃないよ」
柊「君を見てると僕も頑張らないとって思うんだ」
千花「私を見てると・・・・・・?」
柊「最初は怒られてばかりだったけど、毎日夜遅くまで残業して、慣れない業務を必死にこなそうとする姿」
柊「君の頑張りは、周りからも一目置かれていると思う」
柊「だから僕は、千花ちゃんが悩んでいるなら力になりたい」
柊「それは君のためだけじゃない。僕自身のためにもなると思ってる」
千花「・・・・・・そう、なんだ」
千花「ありがとう」
柊「いや、別に感謝しなくても大丈夫だよ」
柊「これは僕のエゴだから」
千花「わかってる・・・最初からわかってはいたの」
柊「千花・・・ちゃん?」
千花が後ろに忍ばせておいた薬を手にしそれを飲み干す
千花「それでも・・・そんな答えは聞きたくなかった」
〇観覧車のゴンドラ
千花「うっ」
千花(すごい甘さとドロドロ感に食道が拒否してる・・・この香りは・・・レモン?)
薬の強いインパクトに千花は身体をふらつかせた
千花(頭がふわふわして気持ちわるい・・・あの子、なんて物を作ったのよ)
千花(でも・・・感じる。私の身体に薬の力が満ちていく)
千花(今の私ならきっと、この気持ちを言葉に出来るはず)
柊「千花ちゃん大丈夫。急にどうしたの」
柊「何か飲んでたみたいだけど・・・・・・」
千花「すぅー・・・・・・はぁー」
千花は全身に広がっていく薬の存在を感じながら
一度大きく深呼吸をして
その言葉を口にした
千花「風岡柊さん。あなたの全てを私のものにしたいの」
柊「千花ちゃ・・・・・・・・・・・・・・・」
柊「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
〇遊園地の広場
鈴木「──あの薬は『自分の思いを相手に伝えると相手の心を支配できる力』があります」
パンドラ「なんじゃと? お前いつの間そんな力を」
鈴木「恋愛シミュレーションゲームをやっててずっと不満だったことがあるんですよ」
鈴木「僕は画面の女の子に精一杯愛を伝えている筈なのに、どうして伝わらないのかって」
鈴木「だから気持ちのこもった告白は、相手の心を動かすべきなんです」
パンドラ「鈴木、お前・・・・・・」
パンドラ「相変わらず気色悪いな」
鈴木「・・・・・・・・・・・・」
鈴木「いやいやいやいや、パンドラさんここ真面目な場面だから!」
鈴木「パンドラさんだって協力してるんですよ」
パンドラ「いやこれはあくまでワシの素直な感想じゃ」
パンドラ「気色悪いとは思うが、お前は千花の求める薬を確かに作った。それは評価しておる」
鈴木「珍しい。パンドラさんが僕を褒めるなんて」
パンドラ「いいか。錬金術師の薬は、使う者の意思を反映できる物でなければならない」
パンドラ「この薬では実現できなかったとなっては、ワシらが居る意味はない」
鈴木「どうしたんですか?・・・急にそんな」
パンドラ「要は、ワシらがしてやれるのはここまでという事じゃ」
パンドラ「だから後は・・・千花がどうしたいのか」
パンドラ「それ次第じゃな」
〇遊園地の広場
観覧車が一周した時
鈴木とパンドラの前に現れた千花と柊は腕を組んでいた
ふいに千花が柊の頬にキスをする
驚愕する鈴木とパンドラ
それは
一瞬時が止まったかのような場面で
しかしテーマパークというカップルが多い場所では
自然な光景でもあった