第10話「来年も、一緒に」(脚本)
〇花火大会の観覧席
夜の海は、間もなく始まる花火大会の
見物客でごった返していた。
葵に指定された通り、ビーチと海岸通りを繋ぐ階段の一番上に向かうと、そこに葵が座っていた。
大和要「葵さん」
姫野葵「っ、要くん! 来てくれたんですね」
大和要「葵さんが呼んだんでしょ ・・・隣、座っていい?」
姫野葵「ええ。狭いですけど、どうぞ」
階段付近にも見物客が大勢いるので
余分なスペースはない。
要は葵に体を寄せるように腰を下ろした。
大和要「・・・で、用は何?」
姫野葵「あ・・・はい。あの・・・」
大和要(なんでこんな言い方しちゃうんだよ 葵さん、困ってるじゃないか)
葵からの呼び出しが内心嬉しかったのに
昼間のことが喉に突っかかったようで
素直になれない。
それを怒っているのだと勘違いしたらしい葵が、しょんぼりと眉を下げる。
姫野葵「ごめんなさい、突然呼び出したりして 今日のこと、説明させてほしくて ・・・驚かせちゃいましたよね」
大和要「驚いたっていうか、別に・・・」
大和要「ていうか、何なの? あの人」
姫野葵「彼女は・・・」
姫野葵「ああ、その前に、私がどうして熱海に いるかをお話しないといけませんね」
姫野葵「実は今、この街の旅館で行われている 出版社主催の交流会に参加しているんです」
大和要「交流会? 交流会って、何をするの?」
姫野葵「今回は、国内の作家が集まって交流を 深めながらお互いに作品の案を出したり 共同制作をしたりしています」
姫野葵「彼女・・・浜崎さんは、その交流会で 知り合った作家仲間なんです」
大和要(紫の言ってた通り、仕事関係の 知り合いってことか。でも・・・)
大和要「それにしては ずいぶんベタベタしてたんじゃない?」
姫野葵「浜崎さんは、わりと誰にでも あんな感じなんですよ」
姫野葵「奔放というか、自由というか・・・ 他意はないんです」
大和要「ふうん。あの人のこと、よく知ってるんだ」
姫野葵「お互い名前だけは知っていましたが 顔を合わせるのは今回が初めてですよ」
姫野葵「それにそのくらいのことは 交流会の様子を見ていればわかります」
姫野葵「その、お酒が入るともっと すごいことになりますし・・・」
大和要「もっとすごいこと? 例えば?」
姫野葵「ええと・・・いわゆる キス魔というか・・・」
大和要「キ、キス魔!?」
思わず大きな声を出してしまい
周りの人が一斉に振り向く。
それを見た葵が慌てて顔を寄せ
小声で囁いた。
姫野葵「要くん、しーっ! 声が大きいです」
大和要「ご、ごめん。でも・・・」
大和要(キス、なんて・・・)
葵の顔が近づいたことで
要の意識が葵の唇に集中する。
薄く形の良い唇は触れたら
きっと柔らかそう──
けれどそれを想像してしまったことで
かえって鼓動が跳ねる。
大和要(お、俺っ・・・何を想像してたんだ!? 今・・・)
あらぬ妄想を振り払うように頭を振ると
要は葵に向き直る。
大和要「葵さんも、したの? その・・・あの人と、キス」
姫野葵「す、するわけないじゃないですか!」
姫野葵「あくまで酔うとそうなる、という話ですよ」
大和要「本当? だってさっきはあの人 あんなに葵さんにベッタリだったじゃない」
大和要「気に入られてるってことでしょ? なら・・・」
姫野葵「たとえ浜崎さんに言い寄られても 私にだって意志がありますから」
姫野葵「私は、本当に好きな人としか そういうことはできません」
姫野葵「だから、浜崎さんと キスはしていないんです」
姫野葵「・・・なのに、どうしてそんなふうに 言うんですか」
大和要「えっ」
姫野葵「たしかに 今日は驚かせてしまったと思います」
姫野葵「でも、要くんだって私に黙って こんなところで女の子とデート していたじゃないですか」
大和要「なっ・・・だからあれは別に デートじゃ──」
姫野葵「私だってデートじゃありませんし 浜崎さんとは何もないんです!」
姫野葵「なのにそんなふうに責めるのは お門違いじゃないですか」
大和要「なんだって!」
姫野葵「なんですか!」
鼻先がくっつき合うほど至近距離で
2人が睨み合っている、その時──
「あ・・・」
真っ暗な夜の空と海を明るく照らす
大輪の花が打ち上がる。
周りからは歓声が湧き上がり、先ほどまで
2人の喧嘩の様子を見ていた人々も、今は
全員が空を見上げている。
要と葵も、しばしその見事な花火に
見惚れて言葉を失っていたが──
大和要「ぷっ」
姫野葵「ふふっ」
気づけば2人で顔を見合わせ
同時に笑い出す。
大和要「あはははっ。あー、何やってんだろうね 俺たち。馬鹿みたい」
姫野葵「ふふっ、本当ですね。お互いを疑って 責め合って・・・何の意味もない行為です」
姫野葵「要くん、ごめんなさい。さっきは頭に血が上ってしまって・・・言い過ぎました」
大和要「ううん、俺こそ。なんだか面白くなくて 子どもみたいに葵さんを責めちゃった かっこ悪いよね」
姫野葵「いえ、そんな・・・」
大和要「あーあ。言い争いなんてしてなければ 記念すべき一発目を見逃さずに済んだのに」
姫野葵「もったいないことをしましたね。そうだ 私ちょっと飲み物を買ってきます 要くんはここで待っていてください」
大和要「え、いいよ。俺が行ってくるよ」
姫野葵「いえ、すぐそこですから」
〇海辺
自分の分と要の分、2人分の缶ジュースを持ったまま、葵はしばし1人でぼんやりと花火を見上げていた。
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