〇駅のホーム
　　――今話には暴力的、残酷的シーン、犯罪等にあたる行為等、過激な表現が含まれています
　　――気分を害する恐れがありますのでご注意ください。また、犯罪にあたる行為を絶対に真似しないでください
広瀬静流「ふー。電車に乗るなんて久しぶりだわ」
広瀬静流「それにしても明美に娘がいるなんて初耳だったわね」
広瀬静流「息子の一樹くんのことはよく聞いてたけど、娘の話は一度も聞いたことなかったわ」
広瀬静流「あの姉妹は養子か何かかしら？」
広瀬静流「とにかく明美が元気そうで良かった」
広瀬静流「学生時代の友達と会うなんて久しぶりだったから楽しかったわ」
広瀬静流「さてと、遅くならないうちに帰って晩御飯の支度しなきゃ」
広瀬静流「最近のパパ昔みたいに元気になったから困っちゃうわ」
広瀬静流「精力が減退する料理を食べさせないとこっちの身が持たないわね」
広瀬静流「電車が来たみたいね。たまにはデパ地下で買い物でもしようかしら」

〇電車の中
広瀬静流「平日でもこの時間だと混んでるのね」
広瀬静流「そういえば学生時代に通学してたときもこんな感じだったかしら」
広瀬静流「パパが迎えに来てよく一緒に学校へ行ってたわね。懐かしいわ」
独活山国男「こくりこくり」
広瀬静流「立ちながら寝てるなんて器用な人。仕事でお疲れのようね」
広瀬静流「うちのパパも仕事にヒーローと頑張ってくれてるし、労わってあげないとね」
広瀬静流「そうだ。今度家族みんなで温泉旅行なんて良いかも」
広瀬静流「それくらいならヘソクリを使えば行けるし、たまには骨休めも必要よね」
　　きゃー!!
広瀬静流「な、何！？」
ギャル「痴漢！　この人痴漢よ！」
独活山国男「えっ、いや、私は何も──」
ギャル「惚けないでよ！　私のお尻触ったでしょ!?」
独活山国男「誤解だ。私は何もしてない。ただ立ってただけで──」
世直し系WhoTuber？「なになに、どしたん？」
ギャル「このおじさんが私のお尻を触ったんです！」
世直し系WhoTuber？「えっ、マジ？　ラッキー！　再生数爆上がりいいねいっぱいチャンネル登録アゲアゲよいちょー！」
世直し系WhoTuber？「いやいや、じゃなくて──」
世直し系WhoTuber？「実は俺痴漢を撲滅する活動もやってるWhoTuberなんだけど、詳しく話聞かせてもらえるかな？」
ギャル「お願いします。このおじさんやってないってウソ吐いてるんです！」
独活山国男「いやいや、本当に私は何も──」
世直し系WhoTuber？「この子がウソ吐いてるってのかよ！　観念しろよおっさん！」
世直し系WhoTuber？「次の駅で降りんぞ！　駅員とマッポで囲んで締め上げんべ！」
ギャル「ありがとうございます！　助かりますぅー！」
世直し系WhoTuber？「いいっていいって！　これも世の中を良くするための活動だからさ！」
世直し系WhoTuber？「痴漢者トーマス発見！　交番まで出発進行しゅぽぽー！　次は裁判所に止まりまーす！」
世直し系WhoTuber？「撮った動画モザイク無しでWhoTubeに上げっから覚悟しろよ！」
独活山国男「放せ！　誤解だ！　私は何もやってない！」
独活山国男「誰か見ていた人はいませんか？　私は本当に立ってただけで──」
ギャル「何それウケる！　誰があんたみたいな冴えないおっさんの味方すんだよ！」
世直し系WhoTuber？「痴漢しそうな見た目してんだろうが！　あとでスマホも見せろよ！　どうせ盗撮とかもしてるんだろ!?」
世直し系WhoTuber？「話は交番で聞かせてもらうかんな！　オラ降りろ！」
広瀬静流「大変！　あの人何もしてないのに誤解されてるみたい！」
広瀬静流「こういうのを痴漢冤罪って言うのよね？　誤解を解いてあげないとあの人が可哀想だわ！」
広瀬静流「うちのパパもいつああいうのに巻き込まれるかわからないし、こういうときは誰かが助けてあげないと！」

〇駅のホーム
独活山国男「何度も言ってるだろ！　私はやってない！」
世直し系WhoTuber？「やった奴はみんなやってないって言うんだよ！」
ギャル「往生際悪すぎだし！　人のお尻触っておいて言い逃れとかマジキモイ！」
世直し系WhoTuber？「私人逮捕の用件満たしまくりぽんぽーん！　即確保でマッポ行き待ったなしのバズり確定いえーい！」
独活山国男「うぐっ、いきなり取り押さえるなんて横暴だ！　暴行罪じゃないのかこれは？」
世直し系WhoTuber？「おっさんには暴行罪より育毛剤が必要なんじゃね？」
ギャル「あはは！　何それ超ウケるー！」
世直し系WhoTuber？「俺に任せておけば万事解決！　俺はバズって君は慰謝料がっぽがっぽでWin-Winうぇーい！」
ギャル「いやーん！　お兄さんカッコイイー！」
広瀬静流「ちょっとあなたたち！」
独活山国男「!」
広瀬静流「その人はやってないわよ。私見てたんだから」
ギャル「何このおばさん急に。私がウソ吐いてるっていうの？」
広瀬静流「そうは言ってないけど、少なくともやったのはその人じゃないわ」
ギャル「は？　じゃあ誰が私のお尻を触ったのよ？」
世直し系WhoTuber？「あっべー！　超面白い展開じゃん！　これ再生数百万回行くんじゃね？」
独活山国男「いい加減にしなさい。誰の許可を取って撮影しているんだ？」
世直し系WhoTuber？「おっさんが肖像権とか気にしてんのマジウケる。正義執行の名目があれば何しても許されんだよ」
独活山国男「そんなわけないだろう。君には道徳やモラルというものはないのか？」
世直し系WhoTuber？「痴漢に何言われても説得力ねえから！」
世直し系WhoTuber？「犯罪者に人権ナッシング！　正義棒でぶっ叩けば周りが賞賛してくれるし金になる！　承認欲求も満たせてマジボロいシノギっしょ！」
広瀬静流「私はこの人がやってないのを見てた。いざというときは証言もするわ」
ギャル「何このおばさんマジキモい。こんな冴えないおっさんのためにそこまでするとかバカじゃないの？」
広瀬静流「外見で人を判断して優劣を付けるあなたのほうがバカなんじゃないの？」
ギャル「ババアにバカとか言われたくないんだけど!?」
広瀬静流「先に言い出したのはあなたのほうよ」
世直し系WhoTuber？「そこまでするとかおばさんもしかしてこのおっさんの知り合いなんじゃね？」
ギャル「そうかも！　だから庇ってるんでしょ！　こんなおっさんと知り合いとかマジあり得ないんだけど！」
世直し系WhoTuber？「今の世の中おっさんとおばさんとかマジ生きてる価値ねえから！」
世直し系WhoTuber？「ジジババとまとめて間引いて社会良くしていかないと加齢臭えぐみぴえんでこの国お終いっしょ！」
ギャル「少子化であたしら若者は貴重なんだから丁重に扱ってよね！　きゃはは！」
独活山国男「いい加減にしないかお前たち」
世直し系WhoTuber？「痛っ！　何だよいきなり！　放せよおっさん！」
独活山国男「私を悪く言うのは我慢できたが、関係のない彼女まで悪く言うのは何事だ」
世直し系WhoTuber？「ち、ちょ!?　何だこのおっさん握力強っ！　マジ痛え！」
独活山国男「今すぐ彼女に謝りなさい。それができないと言うなら──」
世直し系WhoTuber？「い、痛い！　マジ痛いっす！　本当すみませんでした！　だから放してください！」
独活山国男「素直でよろしい」
世直し系WhoTuber？「痛え。マジ痛え。何なんだよこのおっさん」
独活山国男「撮影を止めて動画も消しなさい。君の活動を否定するつもりはないが、やり方を間違えてはいけない」
世直し系WhoTuber？「そ、そんなことしたらバズりが──」
独活山国男「何か言ったかな？」
世直し系WhoTuber？「ひぃ！　け、消します！　今すぐ消します！」
世直し系WhoTuber？「こ、これでいいっすよね？」
独活山国男「結構。この子とは私が話をする。無関係の君は引っ込んでいなさい」
世直し系WhoTuber？「か、勝手にしろよ！　良い動画撮れねえならこんなとこもう用ねえし！」
ギャル「う、ウソ？　あのお兄さんあたしを置いて行っちゃった」
広瀬静流「これでようやく話ができそうね」
ギャル「も、もういいし！　勘違い！　あたしの勘違いだった！」
広瀬静流「そんなこと言って、あなた本当はこの人を痴漢に仕立て上げようとしてたんじゃないの？」
ギャル「ち、違うし！　もういいからさっさとどっか行ってよ！」
広瀬静流「それで見逃すと思って──」
独活山国男「まあまあ。私としては疑いが晴れたのならそれでいいですから」
独活山国男「誰かが彼女の傍を通ったときに鞄が擦れて、それを痴漢と勘違いしたのかもしれませんし」
ギャル「そ、そう！　そうかも！　おじさん本当ごめんね！」
独活山国男「構わないよ。泣き寝入りする子が多い中で声を上げるのは勇気が必要だ」
独活山国男「君はとても勇敢な子なんだね」
ギャル「あ、あははー。じゃああたしはこれで」
広瀬静流「本当にこれで良かったんですか？」
独活山国男「いいんです。これであの子も懲りたでしょうから」
広瀬静流「それじゃやっぱりあの子あなたを──」
独活山国男「言いっこなしです。若者は間違いを犯して学んでいくものです」
独活山国男「これに懲りないようならいつかどこかでしっぺ返しを受けることになります」
独活山国男「そのときに改めて反省すればいいんです」
広瀬静流「優しいんですね」
独活山国男「どうでしょう。優しいと言うより甘いと娘たちにはよく言われます」
独活山国男「本当に優しい人は、見ず知らずの私の無実を証明しようとしてくれたあなたのような人のことですよ」
広瀬静流「いえいえ、そんな。当然のことをしたまでですから」
独活山国男「本当にありがとうございました。それでは私はこれで」
広瀬静流「はい。お気を付けて」
広瀬静流「どうにか場が収まって良かったわ」
広瀬静流「それにしてもさっきの二人とんでもなかったわね。最近の子はみんなああなのかしら？」
広瀬静流「何てね。そうじゃないことはうちの子たちを見てればわかるわ」
広瀬静流「レッテルを張って決め付けるのは考えなしのすること。ちゃんと見聞きして判断するようにしないとね」
広瀬静流「何かどっと疲れちゃった。早く買い物済ませて帰ろっと」

〇川に架かる橋

〇おしゃれなリビングダイニング
広瀬静流「──何てことがあったのよ。もう本当びっくりしちゃった」
広瀬英雄「へー、そんなことが。そのおじさんも大変だったな」
広瀬静流「私が声をかけなかったらどうなってたことか」
広瀬静流「私も若い頃に痴漢されたことがあるからああいう活動をしてくれる人がいるのは助かるけど、行き過ぎた正義感は問題だわ」
広瀬静流「女の子のほうはもっと悪質よ！　無実の人を痴漢にでっち上げようとしたんだから」
広瀬英雄「何か美人局みたいだな。電車乗るときは俺も気を付けないとな」
広瀬静流「英雄は気を付けてれば大丈夫だろうけど、パパが心配よ」
広瀬静流「ああいうのは気が弱そうな人が狙われるみたいだし、もっとビシっとしてもらわないとね」
広瀬英雄「最近の親父なら大丈夫だと思うぞ」
広瀬英雄「姉貴並みにオラ付いてるし！」
広瀬久美子「誰がオラ付いてるって？」
広瀬英雄「げえ！　あ、姉貴！？」
広瀬久美子「人をゴロツキみたいに言いやがって。やっぱりジムで性根を鍛え直してやらねえとダメみたいだな」
広瀬英雄「冗談じゃねえ！　姉貴の相手なんてゴリラにしかできねえよ！」
広瀬久美子「何だとコラ！　もういっぺん言ってみろ！」
広瀬静流「この子たちったら、まったくもう」
広瀬静流「あの人は無事に帰れたかしら？　何事もないと良いけど」

〇公園通り

〇ビルの裏
ギャル「もうマジ最悪！　あのおばさんのせいで全部台無しだし！」
ギャル「気が弱そうなおっさん脅してちょっと金巻き上げようとしただけなのにさ！　何なのマジで！」
ギャル「こんな恥ずかしい格好までしたってのに成果無しとかあり得ないんですけど！」
〈邪恋〉のサレンダ「こんばんは。ご機嫌斜めのようね」
ギャル「な、何よあんた。あたしに何か用？」
〈邪恋〉のサレンダ「ええ。あなたに落とし前を付けてもらおうと思って」
ギャル「落とし前？　何の話してんの？」
〈邪恋〉のサレンダ「あら惚けちゃって。何をしようとしてたのかもう忘れたの？」
〈邪恋〉のサレンダ「おじさんを陥れて金をせしめる。この行いを否定するつもりはないわ」
〈邪恋〉のサレンダ「うちとしてはそれで男女間の溝が深まってくれれば願ったり叶ったりだしね」
ギャル「さっきから聞いてれば人を悪者に決め付けるとか何様！？　何の証拠があって言ってるのよ！」
〈邪恋〉のサレンダ「あら、証拠ならあるわよ」
　　きゃはは！　さっきのおっさんマジウケるんだけど！
　　この世の終わりみたいな顔で警察沙汰は勘弁してくださいって泣きついてきちゃってさー！
　　ちょっとだけ可哀想だから示談で済ませてあげるっていったら有り金全部置いていってマジ笑えたし！
　　痴漢やってそうな見た目してるから目を付けられるんだし！　きゃはは！
ギャル「な、何その動画！　そんなのどこで──」
〈邪恋〉のサレンダ「これを証拠にあなたを警察に突き出したらどうなるかしら？」
ギャル「ふ、ふざけんなし！　それ捏造したんでしょ！　そんなの証拠にならないから！」
〈邪恋〉のサレンダ「他にもたくさんあるけど、もっと見せてあげましょうか？」
ギャル「えっ、そ、それは──」
〈邪恋〉のサレンダ「これから警察署に行ってくるわね」
ギャル「ま、待って！　それだけは勘弁して！　お願い！」
〈邪恋〉のサレンダ「どうしてもって言うなら条件があるわ」
ギャル「じ、条件？」
〈邪恋〉のサレンダ「私に忠誠を誓いなさい」
ギャル「は、はい。私はあなたに忠誠を誓います」
〈邪恋〉のサレンダ「ふふっ。良い子ね」
〈邪恋〉のサレンダ「あとでモテナインダー様を虚仮にした報いをたっぷりと受けてもらうわよ」
〈邪恋〉のサレンダ「そこのあなたもね」
世直し系WhoTuber？「うげっ！　気付かれて──」
世直し系WhoTuber？「あなたに忠誠を誓います」
〈邪恋〉のサレンダ「そう。それでいいのよ」
〈邪恋〉のサレンダ「まったく、モテナインダー様の甘さには困ったものね」
〈邪恋〉のサレンダ「この手の輩は一度痛い目を見なければ学ばないのに」
〈邪恋〉のサレンダ「もっとも、私は一度で済ませてあげるほど優しくないけどね」
〈邪恋〉のサレンダ「ふふっ。あははははは!!」

〇塔のある都市外観
　　──水面下で進行している〈邪恋〉のサレンダの思惑は果たして何なのか
　　──今回はそれとはあまり関係がなさそうであった
広瀬英雄「いらんナレーションすんな！」