フロントメモリー(脚本)
〇川に架かる橋の下
二人の意識が、画面の中にダイブする。
左サイドにハートイーター、右サイドにフライデイ。制限時間は99秒。――対戦開始。
Ready, Go!
開幕、両者3秒の様子見。すぐに試合は動き出す。
先に仕掛けたのはフライデイ。距離を詰め、打撃技『シュガーアタック』を放つ。
フライデイ「『甘い!』」
薙ぎ払うような蹴り。打撃の先端を"当て"に行く動き。ガードされても問題ない、牽制気味の行動。
ハートイーター「・・・・・・!」
ハートイーターは攻撃をガード。直後、接近するフライデイをキックで追い払う。フライデイは被弾、僅かに体力が削られる。
フライデイはやや後ろ下がり、そこにハートイーターが掌から飛び道具の『ダークボール』を撃つ。
ハートイーター「『焼けろッ!』」
フライデイは『ダークボール』をガード。
ハートイーター「『焼けろッ!』」
ハートイーター、弾を続けて撃つ。フライデイは再びガード。
フライデイ(・・・・・・ここだッ!)
弾をガードした直後、フライデイは前ジャンプ。頭上からハートイーターを襲う。
『ダークボール』などの"弾"は、飛び道具という点で、格闘戦に置いて非常に強力な武器だ。ただし、弱点がある。
弾を撃つのと同時に相手が前ジャンプしていた場合、弾を撃った隙に攻撃が確定する。
しかし、それは弾を撃っていた場合の話。弾を撃っていない時、相手が跳んできたら──
ハートイーター「『ライジングタイド!』」
――跳んできた相手は、"対空"で撃ち落とせる。『ライジングタイド』は、ハートイーターの対空打撃技だ。フライデイはダウン。
フライデイ「・・・・・・!」
ダウンしたフライデイを、ハートイーターは追撃。"EXゲージ"を支払った"ラン"で急接近する。
ハートイーター「『逃がすかよ!』」
ハートイーターの攻め。数秒のやり取り。フライデイは被弾を抑えながら、反撃の機会を伺う。
ハートイーターの投げが防がれる。しかし彼は止まらない。EXゲージを使った強化必殺技を使い、強引に有利継続。
相手にガードを強要し、じわじわと"画面端"に追いやる動き。
フライデイ(くっ・・・・・・!)
フライデイは意を決し、反撃に出る。――しかし。
ハートイーターは、やや後ろ下がりしていた。フライデイの打撃が空ぶる。その隙に、打撃が叩き込まれる。
ハートイーター「『死んじまいな!』」
フライデイ(痛った・・・・・・!)
相手の攻撃が空ぶった隙を突く"差し返し"は、基本的な行動ではあるが、実戦で成功させる難易度は高い。
フライデイはダウン。そして、逃げ場のない"画面端"に追い込まれた。
画面端の攻防、ハートイーターは"投げ"でガードを崩した。ダウンを奪い、再び"投げ"。
通った。再びダウン。
フライデイ(ヤバイ・・・・・・!)
ハートイーター「『死んじまいな!』」
とどめの一撃。ハートイーターの必殺技が、フライデイの体力をゼロにした。まずは、ハートイーターがラウンド先取。
ハートイーターの体力は9割残っている。圧勝だった。
フライデイ(・・・・・・)
フライデイ(・・・・・・一方的だったけど。最低ではなかった。こんな負け方もある。読み合い負けすぎ、運がないな)
フライデイ(あー、いや・・・・・・だいぶ"読まれてる"感はあったか。こっちの択を。弾を二発見てから飛んだのはアリ。次への抑止力になる)
フライデイ(一瞬で負けたせいで、相手の立ち回りがよく見えなかったな。まあ、強引に行くべきなのだろう。キャラ的にこっち不利だし)
フライデイ(・・・・・・よし、次は殺す)
フライデイ(――それにしても)
『短い付き合いだけど、この男には苛々させられる、心を乱される』
・・・・・・・・・・・・
〇ゲームセンター
春の頃。少女がゲームセンターに通いだして、二か月が経っていた。その日、彼女は脳がびりびりするような出会いを経験する。
ルル「――あ。見なかった人が来たね」
女子高生ちゃん「――ん?」
二人は、自販機のある休憩スペースで駄弁っていた。そこに、一人の青年がやってくる。
哀川「・・・・・・こんばんは」
ルル「こんばんは、哀川くん」
女子高生ちゃん(哀川・・・・・・)
女子高生ちゃん「こんばんは(とりあえず言っておこう)」
初対面ではある。二人は会釈し、互いを軽く観察する。
女子高生ちゃん(なんだ、この感じ・・・・・・んー・・・・・・)
女子高生ちゃん(雰囲気。妙に魅力ある人、ではあるな。ダウナー系?)
『第一印象は、悪くなかった』
ルル「珍しいね、ゲームセンターに来るなんて。半年ぶりじゃない?」
哀川「そんなには経過していないよ。一か月前にも、ちょっと顔を出した」
ルル「ふうん?」
哀川「あー。・・・・・・バンドは、解散したんだ。ボーカルが自殺してさ。もう終わり。哀川さんは晴れてゲームボーイに逆戻りってわけ」
ルル「・・・・・・」
ルル「ごめんね」
哀川「なんだよ、別にどうでもいいよ。人生なんて、死ぬだけじゃんか」
女子高生ちゃん「・・・・・・」
『人生なんて、死ぬだけじゃんか』
その言葉を、彼女は今も覚えている。
哀川「それで!」
女子高生ちゃん(おおう!?)
哀川「金髪少女。君が噂の"お姫様"かい」
女子高生ちゃん「お、お姫様?」
哀川「だって、人気者なんだろ? ゲームボーイたちの華じゃんか。"女子高生ちゃん"って。いいよな、みんなから愛されて」
女子高生ちゃん「な──」
哀川「みんなのアイドルだ。気持ちいい? 気持ちよさそうだな」
女子高生ちゃん「な――なんだ、その言い方・・・・・・」
『なんで初対面の人に攻撃されているんだ?』
『なんなんだ、この男は』
哀川「責めてるわけでも、喧嘩を売っているわけでもない。だって、他人に愛されることは生きる意味、みたいなとこあるじゃんか」
哀川「だからその為にゲームをやることは、俺は肯定できるね」
哀川「貴重な青春時代を、ゲームなんてものに費やすことも、肯定できる」
女子高生ちゃん「!!!」
女子高生ちゃん「・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・
女子高生ちゃん(・・・・・・脳を攻撃された気分だった)
女子高生ちゃん(好意を集めていたことへの図星をつかれたのもそうだし、なにより)
女子高生ちゃん(この頃の私が否定された。私がゲームに打ち込んでいるのは、青春を浪費しているだけ、なんて)
女子高生ちゃん(『いや、きっと意味があることなんだ』――そう信じて、毎日打ち込んでいたのに)
女子高生ちゃん(・・・・・・)
女子高生ちゃん(ああ、だから。この人は、敵だ。そう思う)
・・・・・・・・・・・・
ルル「――哀川くん、言葉が少し尖っているね。不安定な気持ちは分かるけど、君たちは初対面なんだぜ」
哀川「んん? 俺が何か変わったことを言った? フツーの意見を言っただけだぜ、攻撃なんてしてないよ」
ルル「・・・・・・君の言葉は誤解を招くんだ。特に、嚙み合うとさ」
女子高生ちゃん「哀川・・・・・・さん」
哀川「ん?」
少女は筐体の列を指さした。
女子高生ちゃん「時間あります? 一戦、やりましょうよ」
哀川「初心者狩りは趣味じゃない」
女子高生ちゃん「逃げるの?」
哀川「・・・・・・ふうん」
哀川「じゃあ、やるか」
二人は、歩き出した。
・・・・・・・・・・・・
女子高生ちゃん「くそっ・・・・・・!」
対戦は、哀川の勝利。
哀川「一戦、だよな。これで終わり。なんつーか・・・・・・」
哀川「まだ、俺の敵とは言えないな」
そう言って、哀川は別のプレイヤーとの対戦を始めた。
女子高生ちゃん「負け方・・・・・・ってのがあるだろ・・・・・・!!」
少女は小さく叫ぶ。負け方。
それは屈辱的な負け方だった。様子見を経て、ハートイーターは前ジャンプを仕掛けた。フライデイは対空失敗。
そこからだった。対空が出ない。そう分かった瞬間、哀川は死ぬほど跳んだ。
絶対落とす、そう思った心の隙に"ラン"を通されての負けだった。未熟を、晒された。
女子高生ちゃん(負けた。私の敵に、負けた・・・・・・!!)
ルル「負けちゃったね」
女子高生ちゃん「・・・・・・」
女子高生ちゃん「まだ終わってません。あの男は、絶対に殺す。練習して、練習して、いつか絶対に、ボコボコにする」
ルル「・・・・・・そうかい」
ルル「良いモチベーションだね。がんばりな」
『それがきっと、私が格闘ゲームにハマった瞬間だったんだ』
『だから、彼は――彼だけには』
〇川に架かる橋の下
Round 2
フライデイ(この男だけには、負けたくない・・・・・・!)
格ゲーという飛び道具的なコミュニケーションで男を落とす……?
→←↙↓↘→+P 違うか。笑
ダウン際の攻防は燃えますね〜😆