蓬莱事変(3)(脚本)
〇雑踏
はっきり言おう。僕は『持っている男』だ。
恥の無い生涯を送って来た。人間合格。
もとは商家のしがない三男坊。だが、この『商家』『しがない』『三男坊』が自由を謳歌できる土壌となった。
商家でなければ学べず、しがないからこそさしたる重責を追わず、三男坊だからこそ個性を尊重された。
加えて、容姿。
まさに帝都浪漫を満喫するために生まれて来たと言っていい。
もし僕に責務があるならば、それは一流のパートナーと共に大衆を導き、感動させること。
或いは一流の同志とともに新たなる知識を学び続け、大衆に広めること。
そう、僕こそがこの物語の主人公。
誰よりも自由な男こそが革命王だ!
それなのに・・・
〇華やかな裏庭
来栖川義孝。
むくつけき権力の亡者。時代遅れの蛮族。汚らわしい悪党の分際でこの主人公に恥をかかせた男。
絶対に許さない。
〇ファンタジーの学園
主人公の幸運は続く。
醜悪な軍部にも、新たなる才能は存在していた。
憲兵大尉天粕公彦氏は来栖川を追い落とし軍事参議となり、新時代の秩序を築かんとする野望の男。
つまりはユートピア―ド計画。
〇兵舎
それはどう見ても怠惰を貪っているようにしか映らぬ紛い物共とは一線を画すもの。
まあ、その紛い物の首魁が時代に捨てられたのも頷けるが。こればかりは僕の預かり知らぬこと。
〇古い大学
逆木理。
上京組の田舎者にしてはかの腑抜けた結社の中でひと際気骨のある秀才。
僕は帝都大学で化学を専攻する彼と天粕氏を引き合わせた。
『混ぜるな危険』というヤツかな?
少なくとも来栖川にとってはね。
爆弾製造のノウハウを手に入れた逆木は、時限式爆弾を開発。
一方、天粕氏は大芸能博覧会視察に来栖川をおびきよせた。
〇怪しい実験室
あとはご存じの通り。
芸能博の舞台奈落に設置した爆弾によって観客もろとも来栖川を爆殺することに成功した。
逆木「否っ!」
校倉「え?」
〇川沿いの道
逆木「何故、爆弾の数を減らした?」
逆木「僕の計算だと、舞台ごと引き飛ぶはずだ。あれではただの火災じゃないか」
逆木「来栖川が巻き込まれたそうだが、最早奇跡と言っていい」
逆木「貴様、怖気づいたな」
校倉「ははっ、でもまあ結果的に最小限の被害で目的を達成できたんだから良かったじゃないかね」
逆木「相変わらずぬるい男だ」
逆木「どうします?天粕大尉」
天粕「・・・」
逆木「こんな小心者が一緒だと先が思いやられる」
逆木「まあ、これからも何でもお言いつけ下さい」
逆木「やっと僕の才能で時代を動かせるんだ」
天粕「コードネーム『BOMER』と言ったところか?」
逆木「ひゃはは!爆弾魔か!そりゃあいい!」
逆木「新時代の為なら幾らでも魔物に・・・」
逆木「え?」
逆木「な、何で・・・?」
天粕「大望を抱く凡愚こそ最も足を引っ張る」
天粕「ユートピアに狂人など、いらぬ」
校倉「ひいっ!」
校倉「ぼ、僕はそんな!時代を変えるなんて畏れ多いこと・・・」
天粕「百も承知」
天粕「お前は引き続き私の手駒として革命ゴッコを続ければいい」
校倉「革命・・・ゴッコ?」
「気に障ったかね?」
校倉「あなたは・・・」
実朝「ならば、こう言おう」
実朝「桜子を導いてほしい」
実朝「新たなる時代の新たなる女性に」
校倉「新たなる女性?」
実朝「君、そういうの得意でしょ?」
実朝「心配いらないよ。事が大きくなったら君は逃げればいい。逃げ場所は私が用意する」
実朝「例えば、新時代の官僚。なんてどうだね?」
天粕「ゴロツキのボンボンが女遊びと革命ゴッコをするだけで親兄弟に誇れる官僚になれるんだ」
実朝「いい時代を生きてるね~羨ましいよ」
天粕「それとも私を相手に本気の革命を起こすか」
校倉「め、滅相もない!ご提案お受け致します!」
天粕「いざと言う時は憲兵隊に駆け込め。もう、鬼の憲兵司令はいない」
そう、僕は持っている男だ。
この幸運を逃さぬ為に努力するべきはただひとつ。
〇雑踏
根室「馬鹿にならないこと」
根室「新時代の主人公はダークでもいい」
根室「ただ、馬鹿になったらお終いさ」
〇おしゃれな居間
未来子「つまり、全部官僚になるための方便だったってわけ?」
根室「まあ、何もかもがそうとも言いきれない」
根室「アーティストとしての使命を放棄するのは非常に心苦しいが・・・」
根室「僕の最高傑作が現代のジャンヌダルクだとすれば万感の極みだ」
未来子「来栖川桜子」
根室「僕がそだてた世間知らずの乙女が『革命の殉教者』となる」
未来子「『革命の魔女』でしょ?」
根室「彼女が作った時代はユートピアへと繋がり僕達はそこで生きてゆくんだ」
根室「紡いで行こう。二人で・・・」
未来子「随分と手前勝手な主人公さんだこと」
未来子「そう思いませんか?盟主」
根室「・・・盟主?」
桜子「根室先生」
根室「さ、さ、さささささ・・・くら~~こ~」
未来子「『さ』が多い」
根室「違うんだ桜子君!僕は天粕と実朝氏に騙されて・・・い、いや脅されて仕方なく」
根室「お父さんを殺すつもりなんてこれぽっちも」
根室「ああいや、むしろお助けしようと爆弾の数を減らしてだね・・・」
桜子「有難うございます」
根室「・・・へ?」
桜子「あの爆破事件がなければ私は一生籠の中の鳥でした」
桜子「次は他の鳥達を空に解き放つ番です」
未来子「私のようにね」
桜子「貴方が組織を抜けるのは構わない。もはや憲兵と繋がろうと問題はない」
桜子「ただ松音未来子の歌声は必要です」
桜子「彼女の歌は人の心を動かす力がある」
桜子「人々を革命を奮い立たせる力が」
未来子「死地へ。でしょ?」
桜子「言い方!」
未来子「ごめんあそばせ」
桜子「貴方達には感謝しかありません」
桜子「これまで私達を愛し、慈しみ、時に鍛え、時に弄んだ男達。貴方がたの時代は終わりました」
未来子「新時代は女が作るから、あなたは引っ込んどいて」
未来子「あ、離婚はしないわ。安心して。ただちょっと家の中で邪魔にならないようにしてて欲しいだけ」
未来子「ゆくゆくは子供も産んだけるから、子育ての方全面的に宜しくね」
桜子「これから女は忙しくなるんです。ご協力のほど宜しくお願い致します」
桜子「もう二度とお会いする事もないでしょう」
桜子「お元気で。校倉さん」
根室「・・・ふざけるな小娘」
根室「女ごときに何が出来る!」
未来子「男が出来ることも出来ないことも全部よ」
根室「お前達の革命は『蓬莱事変』と呼ばれ軍部による秩序態勢成立のプロパガンダに組み込まれている」
根室「乞食の反乱という負け戦なんだぞ!」
未来子「だからなに?ママとして第二の人生に向かう前の火遊びには丁度いいわ」
根室「お、お前・・・」
未来子「『松音未来子引退公演』頑張りま~す♪」
根室「クソが・・・」
根室「主役は僕だ・・・」
根室「俺が主役なんだよクソ女どもがあああッ!」
「まあまあ落ち着けよ。とりあえず大人しくしててほしいとの女神からのお達しだ」
モヒカンズ「くれぐれも憲兵にチクんじゃねえぞ」
モヒカンズ「何が高等遊民だ。精液くせえんだよ。ゴミ野郎が」
根室「ゴミ・・・」
モヒカンズ「あ?」
モヒカンズ「何か言ったか?」
根室「・・・なんでもないです」
根室清濁、退場。
つづく