"女子高生ちゃん"(脚本)
〇ゲームセンター
これは昔々、SNSも未発達なガラケー時代の話。
一人の少女がいる。彼女はゲーム筐体の前に座っている。左手はレバーを握り、右手は六つのボタンの上にセットされている。
ゲームセンター。ここが彼女の戦場で、帰属世界だった。そして今――戦いが始まる。
女子高生ちゃん「・・・・・・」
キャラクター選択画面が表示されている。彼女はレバーを動かし、キャラクターを選ぶ。
フライデイ「『手早く、ね』」
『フライデイ』――彼女がこのゲームを始めた時からの、相棒だった。
女子高生ちゃん(相手キャラは・・・・・・)
ロリポップ「『お仕事、がんばります!』」
女子高生ちゃん(『ロリポップ』・・・・・・悪くない、"慣れている")
両者のキャラクターが、薄暗いストリートへと放り込まれる。画面の中、準備が整っていく。
女子高生ちゃん(格闘ゲームは一対一の戦いだ。助けてくれる仲間はいない)
女子高生ちゃん(勝っても負けても、言い訳の余地はない。試されるのはそれまで積んだ己の修練、そして存在。――だから)
女子高生ちゃん「お前を殺す!」
・・・・・・・・・・・・・・・
女子高生ちゃん「・・・・・・はあーーーー・・・・・・」
彼女は席を立つ。入れ違いに、順番待ちをしていた男性が席に座った。彼は即座にコインを投入、戦いを始めた。
煙草の煙が、漂っていた。
冷房は弱く、閉ざされた空間の熱気を感じる。人は多い。ほとんどが男性で、いくつもある対戦台に群がっている。
少女は男たちの群れから離れて、もう一度ため息をついた。
ルル「惜しかったね、女子高生ちゃん」
女子高生ちゃん「"対空"が出ねえンですわ」
女子高生ちゃん「私、もう半年とかこのゲームやってるのに、なんで基本的な技術も身についてないんですかね? 死にたい」
ルル「対空か。"前ジャンプしてきた相手を打撃で撃ち落とす”それだけの技術ではあるけど、難しいよね」
ルル「ま、ちょっと難しい局面だったよね。なんでもない飛びは落とせるんだから、そんなに落ち込むことないよ」
そう言って、彼女は少女の肩を叩いた。
ルル、という名の彼女は、少女が初めてゲームセンターに来た時からの先輩だった。
ルル「落ち込んでる暇があったら、練習した方が生産性あるよ、女子高生ちゃん」
女子高生ちゃん「・・・・・・・・・・・・」
女子高生ちゃん「"女子高生ちゃん"ってあだ名。私、今年で二十歳なんですけど・・・・・・」
女子高生ちゃん「ちょっと、恥ずかしくなってきた」
ルル「じゃあ、なんでセーラー服着てるの?」
女子高生ちゃん「・・・・・・・・・・・・」
女子高生ちゃん「・・・・・・可愛いかなって」
・・・・・・・・・・・・
女子高生ちゃん(これはつまり、大人になるのが怖いということなのだろう。いつまでも子供でいたいという願望の現れなのだろう)
女子高生ちゃん(高校を退学したあたりから、私の人生は具体的にだめになってきた。――現実を見るのは怖いし、未来を見るのも苦しい)
女子高生ちゃん(・・・・・・どこかにあるシェルターに引きこもりたい。だからきっと、私はゲームセンターにたどり着いたのだ)
女子高生ちゃん(この、うるさくて、煙草の煙が漂う、戦いの世界に)
〇ゲームセンター
女子高生ちゃん「二十歳の誕生日に自殺しちゃおっかな」
ルル「えー、お酒も飲めるようになるし、煙草も吸えるようになるのに? もったいないよ」
女子高生ちゃん「私、高校ドロップアウトしたの、煙草のせいなんですよね」
ルル「ああ、じゃあ死んだ方がいいかも。生きるのは大変だからね」
女子高生ちゃん「でしょ」
ルル「そう思う。・・・・・・怒った?」
女子高生ちゃん「ぜんぜん」
女子高生ちゃん「でも・・・・・・ゲームやってる場合じゃねえよな、十九って」
ルル「嫌いなの? 格闘ゲーム」
彼女は少女の目を覗き込んだ。
女子高生ちゃん「嫌いですよ。負けたら、自分の存在が否定された気分になる。練習しても、勝てないし」
ルル「ふーん」
女子高生ちゃん「・・・・・・」
女子高生ちゃん「でも、だって、でもこれ辞めたら、他にすることなんてないし。バイトしてごはん食べて音楽聴いて寝るだけ。だからやってます」
ルル「ふーん・・・・・・」
ルル「――哀川くんがいるから、だと思ってた」
女子高生ちゃん「!!!」
女子高生ちゃん「・・・・・・・・・」
女子高生ちゃん「それも、ありますよ。つまり──」
女子高生ちゃん「分からせたいやつがいる、ってことだからね」
・・・・・・・・・・・・
女子高生ちゃん(否定できない視点だ、彼がいるから私がこの場所にいるということは)
女子高生ちゃん(私が彼に――哀川という青年に抱いている感情は複雑だ。というより、自分でも整理できていない)
女子高生ちゃん(最初に言っておく。恋愛感情なんかじゃない。だって、あんな馬鹿でむかつく人間に恋愛感情を抱くはずはない)
女子高生ちゃん(初めて出会った時に、喧嘩を売ってきた男だ。性格が終わっているのだ)
女子高生ちゃん(そうだ、負け越している間は、哀川さんに私を認めさせることができない。あの男に勝って、勝って、叩きのめす)
女子高生ちゃん(――それがまあ、私の目標であることは、認めよう)
・・・・・・・・・・・・
女子高生ちゃん「哀川さん、会うたびに対空出ないって煽ってくるんですよね。お前こそぴょんぴょん跳んでんじゃねーよ」
ルル「君たちは仲が良いからね」
女子高生ちゃん「は?」
ルル「それはそうと――あ」
二人は視線を動かす。"彼"の姿が視界に映った。彼は、二人の方にやってきた。
哀川「よう、ルルさん」
ルル「ハロー、哀川くん」
哀川「それと・・・・・・"お姫様"。こんばんは」
女子高生ちゃん「こんばんは、哀川さん(変な声)」
女子高生ちゃん「相変わらず暑そうな格好ですね。七月ですよ?」
哀川「お前は相変わらずセーラー服なんだな。確か、今年で二十歳だよな?」
女子高生ちゃん(・・・・・・)
女子高生ちゃん(煽り方を失敗した・・・・・・)
哀川「まあ、何を着るかは個人の自由だろうよ。ところで、今日の調子はどうだ?」
女子高生ちゃん「ぼちぼちです」
哀川「じゃあ、負け負けってことか。格ゲーは難しいよな、本当に」
女子高生ちゃん「(不機嫌なオーラを放射する!!!)」
哀川「仕方ねえよ、半年で勝てるわけない――できることを一個ずつ増やしていくのが、上達だからな。対空とかさ」
女子高生ちゃん「(私が表現できる限界値の敵意をぶつける!!!)」
哀川「おい、お姫様。すごく変な顔をしてるぞ、体調不良か?」
女子高生ちゃん「・・・・・・哀川さん」
そう言って彼女は、空いてる筐体の元に向かい、反対側の筐体を指さした。
女子高生ちゃん「"座れよ"」
哀川「・・・・・・」
哀川は満面の笑みを見せると、誘いに乗った。筐体の元へと向かっていく。
"画面の中で、決着をつける"――これも、おなじみの光景だった。
ルル「・・・・・・青春だねえ」
二人は席に着き、コインを入れた。
〇川に架かる橋の下
女子高生ちゃん「・・・・・・」
左手でレバーを握り、右手をボタンの上にセットする。三日ぶりの対戦だった。
女子高生ちゃん(前回は私の負け・・・・・・前と同じ轍は踏まない・・・・・・!)
レバーを操作し、彼女は使用キャラクターを選ぶ。当然、『フライデイ』だ。
フライデイ「『手早く、ね』」
数秒後、哀川もキャラクターを選択する。『ハートイーター』。
ハートイーター「『始めるぞ、殺し合いを!』」
画面が切り替わる。フライデイとハートイーターは、夕暮れの河川敷に放り込まれる。
左サイドにハートイーター。右サイドにフライデイ。
このゲームは2D対戦格闘ゲームであり、戦いは奥行きのない一本のライン上で行われる。
ルールはシンプルで、画面上部の体力ゲージがゼロになると負けだ。
2ラウンド先取で1セットの勝利だから、相手を二回負かす必要がある。
女子高生ちゃん「・・・・・・」
女子高生ちゃん(なんだろうな・・・・・・何をやっているんだろう、私は。なんなんだ、この時間は)
女子高生ちゃん("これ"を続けて・・・・・・私はどこかに行けるのか?)
女子高生ちゃん(・・・・・・ごちゃごちゃ考えるな。戦いの前だぞ。そうだ、これが私のやることなんだ、きっと。だから──)
女子高生ちゃん「お前を、殺す!」
――戦いが始まる。
とても懐かしいです。煙草臭さも漂う騒然とした空間で、2D格闘ゲームを対戦プレイした記憶が蘇ります。格闘ゲームが彼女にとってのコミュニケーションツールになっているようですね!
哀川と女子高生ちゃんの間に漂う微妙な空気感や関係性に、クッションの役割をしているルルさんの存在がいい感じですね。ゲームinゲームの入れ子構造も面白い試みだと思います。
いいですね〜😆→↓↘+P
ゲーセンに通っていたあの頃を思い出します。あんなカワイイ子はいませんでしたが。笑
格ゲーというコミュニケーションを通じて彼女がどう変化していくのか? 楽しみです。