うみからなる(脚本)
〇黒
・・・
村の端の入り江には、行ってはいけないよ
あの海は、ずうっと昔に
神様の膿からできたんだ
そのおかげか、怪異が起こるんだよ
あの海に死人を流すと、生き返るんだ
それって
死んだ人とまた会えるってこと?
そうだねぇ
でも、絶対にしてはいけないよ
・・・
〇海辺
そんな話を二人で聞いた、帰り道だった
汐音「航太」
航太「何?」
汐音「もし私が死んだら、海へ流してよ」
航太「・・・」
僕は否定も肯定もしなかった
汐音がいなくなるなんて嫌だ
おばあちゃんに言われたからダメだ
その二つの気持ちで揺れていたのだ
今となっては
おばあちゃんの話の続きも
覚えていないけれど──
〇教室
僕らは中学生になっても仲がよかった
汐音は歌がうまく、よく褒められていた
汐音「私、将来は歌手になりたいな」
汐音「聴いたら幸せになれるような歌を みんなに届けたいんだ」
航太「汐音ならなれるよ」
汐音「ふふ、ありがと」
しかしその声は、もう誰にも届かない
ある夏の夕方に、過ちを犯したからだ
〇堤防
汐音「ねえ、少しだけ 入り江の方に行ってみようよ」
航太「やめた方がいいよ・・・」
汐音「怖いの? 神様がいるかもしれないよ」
航太「・・・ちょっとだけだよ」
〇海岸の岩場
入り江へ向かう途中の岩場は
荒れた波が寄せては返していた
汐音「わぁ、見て すごい波だね」
航太「足場も悪い・・・ 汐音、気をつけ──」
汐音「わっ──!」
航太「汐音?」
突然、目の前から汐音が消えた
航太「汐音!」
汐音は、波にさらわれて
岩の隙間に打ち付けられた
〇黒
汐音は、即死だった
村の習わしに従って
汐音の遺体は神社に安置されていた
海の神様へ魂を捧げ
残った体は土へ還すらしい
航太「・・・何が神様だ」
”航太”
”私が死んだら、海へ流してよ”
航太「・・・汐音」
〇海辺
航太(人の体って、こんなに重いんだな・・・)
航太「汐音、君の魂はまだここにあるかな・・・?」
汐音はもう、喋らないし動かない
〇海岸の岩場
入り江の波は、穏やかだった
航太「汐音・・・」
航太「気をつけて、帰ってこいよ・・・」
たゆたう波は、汐音の体を
ゆっくりとのみ込む
それが、僕と汐音の別れだった
〇黒
僕は大人達に散々怒られて
村中が敵になった気分だった
僕は高校生になると
逃げるように村を出て
やがて大人になり
十年ぶりに村へ帰ることにした
〇実家の居間
航太「母さん」
母「航太、おかえり 久しぶりだねぇ」
航太「うん、久しぶり 今日は、会わせたい人がいてさ・・・」
夏帆「はじめまして」
母「あらあら、素敵なお嬢さん」
航太「実は、結婚しようと思ってるんだ」
母「よかったねぇ おめでとう」
母「天国のおばあちゃんも喜ぶよ」
〇村の眺望
夏帆「いいところね」
航太「ああ」
夏帆「綺麗な空気も吸ってリラックスできたし ・・・来てくれるといいなぁ」
夏帆は、子どもができにくい体らしい
それをずっと気にしていて
子どもができるのを願っている
航太「そうだね、いつかは・・・」
夏帆「ね・・・星が綺麗」
航太「海も綺麗だよ 明日、見に行こうか」
ふいに海の方角を見ると
歌声が聴こえた
航太「え・・・? これって──」
夏帆「どうしたの?」
航太「聴こえないの?」
夏帆「なんのこと?」
航太(・・・夏帆には聴こえていないのか?)
航太「ごめん、ちょっと潮風を浴びてくる」
夏帆「あ、航太!」
〇海辺
航太(こっちの方から聴こえたと思ったんだけど)
誰もいない海辺で聴こえるのは
懐かしく美しい、歌声だった
航太(この声は、確かに汐音の・・・)
歌声がより大きく聴こえる方へと歩く
〇海岸の岩場
たどり着いたのは、あの入り江だった
航太「汐音、いるのか・・・?」
航太(何をしてるんだ、僕は・・・)
航太(汐音はあの時、死んだんだ・・・)
僕が帰ろうとしたときだった
〇海岸の岩場
風と共に、歌声が止む
そして──
〇海岸の岩場
目の前に、汐音が現れた
航太「汐音・・・?」
航太「本当に、汐音なのか・・・?」
汐音はうなずいた
航太「・・・僕を、恨んでる?」
汐音は首を横に振る
航太「汐音、君は本当に生き返って──」
夏帆「航太!」
航太「夏帆! そんなに慌ててどうした?」
夏帆「いつまで経っても帰ってこないから 探しに来たのよ」
航太「そんなに時間が経ってたのか・・・ ごめん」
夏帆「何してたの? こんなところで」
汐音に視線を送ると
汐音はただ微笑むだけだった
夏帆「そっちに何かあるの?」
航太(夏帆には 汐音の姿も見えていないのか・・・)
航太「いや、何もないよ 昔を思い出してただけさ」
夏帆「そっか 気が済んだら帰ろ?」
こっそり汐音に手を振って
立ち去ろうとしたときだった
汐音が夏帆に近付く
そして、夏帆の腹を撫でた
夏帆「どうしたの? 早く帰ろうよ」
航太(夏帆は気付いてない・・・)
航太「あ、ああ・・・帰ろう」
その場を離れる前に見た汐音は
相変わらず穏やかに微笑んでいた
〇明るいリビング
それから3ヶ月が経った頃
僕の平坦な日常は夏帆の一言で壊れた
夏帆「赤ちゃんができたの」
航太「ほ、本当に?」
夏帆「もちろん本当だよ!」
航太「よかった・・・!」
〇明るいリビング
やがて生まれた子を
僕らは『凪』と名付けた
凪は元気な女の子で
あっという間に五歳になった
凪「~♪」
航太「凪は歌が上手だね」
凪「えへへ」
どこか懐かしく感じる歌だった
歌といえば、汐音を思い出す
あの日、汐音が夏帆の腹に触れたことで
凪が生まれたんじゃないかと思うことがある
”聴いたら幸せになれるような歌を
みんなに届けたい”
それが汐音の夢だった
きっと汐音は
凪という幸せを届けてくれたんだ
〇ホテルの部屋
ある日の夜、親子三人で寝ていたとき──
「ぐす・・・ぐす・・・」
航太(・・・ん?)
「ぐす・・・うぅ・・・」
航太「・・・凪? 泣いてるのか?」
凪「・・・~♪」
航太(泣きながら歌ってる・・・?)
航太「凪、どうした?」
凪「~♪」
航太(・・・聞こえてないのか?)
航太「凪!」
凪「・・・」
航太「怒ってごめんな どうして泣いてたんだ?」
凪「だって・・・」
凪「だって、みんなが 私の名前を間違えるんだもん・・・」
航太「間違える? 凪の名前を?」
凪「凪じゃないよ」
〇ホテルの部屋
”私、汐音だよ”
〇ホテルの部屋
航太「汐、音・・・?」
汐音「うん、私」
汐音「汐音だよ」
航太「本当に、汐音なのか?」
汐音「そうだよ、航太 私、帰ってきたよ」
嬉しいのか、悲しいのか
怖いのか──自分でもわからない
ただ、涙が溢れてきて──
汐音は僕の頬を優しく撫でる
僕は思わず汐音を抱きしめて
そして、次の瞬間、汐音は──
〇ホテルの部屋
〇ホテルの部屋
航太「うぅ・・・ぅぅぅ・・・」
夏帆「ん・・・? 航太?」
航太「うぅぅぅ・・・」
夏帆「こ、航太!? なっ、な、何よ、それ──!?」
僕の脳だけがやけに冷静で
ばあちゃんから聞いた話を思い出す──
〇黒
”あの海に死人を流すと、生き返るんだ”
”でも、絶対にしてはいけないよ”
うみから成った人はね
もうヒトではないんだよ
死人を流せば
もう彼岸の存在なのに帰ってきてしまう
彼岸の存在が此岸に来れば
必ず腐り落ちてしまうんだ
だから絶対に、してはいけないよ
〇ホテルの部屋
今さら思い出したところで
もう僕の罪は消えない
僕は今になってようやく
罪の重さを理解した──
かつて凪だった、かつて汐音だった、
かつて僕の幸せだった、
”それ”は僕の腕の中で
滴り落ちる血と肉となって
僕に
僕の罪の重さを知らしめていた──
人の命というのは1度きりだからこそすばらしい。可愛い凪が生まれ、凪の歌で彼女を思い出し主人公が回想する場面では、皆幸せそうでいい話だなと思ってました。あんな結末になるとは!やはり、人の命を無理やり蘇らせるというのは罪深い行為だとよくわかりました。
最後のところ「ひぃっ」ってなりました!怖かったです。
「なぜやってはいけないか」はちゃんと理由があったんですね。
でも、まだ幼い少年がそれを理解するのは難しいですよね。
短編の中に情報や舞台背景がギュっと詰め込まれており、充実した読み応えでした。禁忌を犯してしまった航太の気持ちと、その後の心情の展開が細やかに描かれていて引き込まれます。