読切(脚本)
〇事務所
〇事務所
〇事務所
とにかく、誰にも仕事内容を知られてはならない仕事なのだ。
だから身内や親しい友人にも仕事のことは話していない。
興信所ということにしてあれば、調査をしていて不審に思われたとしても、どうにか擬装工作ができるというものだから。
だから妻にも市場調査の仕事だと話してあった。
電話が鳴っている。社長の娘と高村、もうひとりの社員もなにやら話し込んでいて、誰もでようとしないので、俺が受話器をとった。
〇明るいリビング
〇明るいリビング
調査依頼の女性「あのぉ、タケダと言います。彼の浮気調査をしてもらいたいのですが・・・・・・」
〇事務所
と、受話器から聞き慣れた妻の声によく似ている女性の声が聞こえてきた。
タケダの姓もおなじだが、妻だとしたらなぜ、俺の浮気調査をしようなどと思うのだろう?
仕事柄、あまり話し相手にもなれないでいたが、妻だけを心から愛しているのだ。
部内の電話機はすべてディスプレイに相手の電話番号が表示されるのだが、依頼内容だけに非通知でかけてくる人も多い。
それで相手が誰なのかわからぬままに受話器をとりあげてしまうこともあるのだ。
俺はいつもより低い声色をつかって、それとなくほんとうに妻のヨシコか否かを慎重にさぐった。
生年月日や血液型、そして住所を訊いてみたが、そのすべてが妻のヨシコを示すものだった。
しかし、まだまだ妻だという確信が欲しい。
俺(部長)「あのですね、あなたのご趣味はなんですか?」
〇明るいリビング
調査依頼の女性「ええっ、それと調査とどう関係があるんですかぁ?」
調査依頼の女性「趣味はいろいろありますけどぉ、最近、サッカーのサポーターをやってますぅ」
〇事務所
あの語尾に甘えるような言い方は、まちがいなくヨシコの話し方だ。
それにサッカーのサポーターが趣味になるのかどうかはともかく、最近、ワールド・カップの影響で、
地元のサッカー・チームのサポーターになっていると話をしていた。まちがいなくヨシコだ。
妻とは話題があわず会話がとぎれたり、妻のわがままに困ってしまうことも多かった。
また、仕事柄、出張や泊まり込みで仕事することが多く、あまり、妻と一緒にいることができないでいた。
子供もまだいないので、ときおり妻には寂しい思いをさせているかもしれないと思うこともある。
しかし、給料は人並み以上にもらっているから、お金のことで悩ませたことなどいちどもないので、
妻が俺に対して、不満を抱いているわけがないと思っていた。
このままヨシコと話し続けていることが苦しくなってきた俺は、部下の高村に代わってもらった。そして耳元で、
俺(部長)「どうやら俺の妻らしい。ほんとうに妻かどうかをもういちどよく確認してからな」
俺(部長)「適当にあしらい調査したふりをして、後日、浮気などしていないことを伝えてやってくれ。この件は誰にも内密で頼むよ」
と、小声で言った。
〇事務所
応対を高村と代わった。高村は笑いそうになるのを抑えながら応対しているようだ。
妙にべとついた汗が、だらだらと流れ落ちてきた。
高村は俺とそりがあわないので、今月の末にちがう部署に移動させることにした男だった。
しかし、俺は高村の秘密も握っているので、高村がほかの者に他言することはないだろう。
〇店の事務室
俺は俺専用の部屋で高村の報告を待つことにした。高村が電話を終えたらしく、俺の個室に入ってくると、小声で、
高村「確かに部長の奥さんでした」
高村「ただ、部長の浮気調査ではなくて、奥さんの恋人の浮気調査でしたよ」
〇店の事務室
〇店の事務室
と、にやにやした顔で、情け容赦なく告げやがった。
額をしたたり落ちるなめくじのような汗が、熱湯のように熱い汗へと変化した。
〇店の事務室
fin
まさかのオチに驚き笑いました!浮気調査を依頼した奥さんが、今度は浮気調査の対象とされるのだろうなーというその後の展開も想像してニヤリとしてしまいますね!
なぜ?と読み進めていって、ラストでびっくりしたお話でした。笑
見に覚えのない自分の浮気調査なんて、いきなりきたらびっくりしますよね。
それにしても浮気相手の浮気調査って、奥さん泥沼に入ってますね。
これはつらい…!でも笑ってしまいました。雷に打たれたような驚きとはこのことですね。なかなか奥さんを構ってあげられないという事実が、奥さんが自由に過ごしている伏線だったなんて…。気の毒ですが盲点すぎて面白かったです。