身代わり人形の戀

消せない

或る小さな芝居小屋(脚本)

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〇小劇場の舞台
  大正7年(1918年)鎌倉
  初夏、深夜0時──
畠山「──今宵は”花菱屋旧館”にお越しいただき、誠にありがとうございます」
畠山「皆様のために、素晴らしい商品をご用意致しました!」
畠山「どうぞ心ゆくまでご覧ください!!!」

〇小劇場の舞台
  視界が急に明るくなり、目がくらんだ。
  いつの間にか、薄汚れた小さな芝居小屋の舞台に立たされている。
客の男1「もう少し若いほうが良いが、悪くはないな」
客の男2「しかし、田舎娘だね 野暮ったくて垢抜けない」
客の男3「その分素直だろうよ 色々と仕込むには都合が良かろうて」
客の男4「色々と・・・ねぇ・・・」
内田 わか「あ、あの・・・」
内田 わか(一体ここは何? どうなってるの?)
  私は戸惑い、立ち尽くすしかなかった。

〇小劇場の舞台
内田 わか「畠山さん、これは一体・・・」
  状況が飲み込めない私は、真横に立つ畠山さんに訴えた。
  私を舞台上に押し出したのは彼だった。
  ここまで連れてきたのも。
畠山「小娘のくせに生意気な口を聞くな!」
内田 わか「!?」
  ピシャリと拒絶されてしまい驚いた。
  普段はこんな物言いをしない人だった。
内田 わか「で、でも、おかしいじゃないですか 新しい仕事先を紹介してくださるってお話だったはず」
畠山「何がおかしいものか これがお前の仕事だ! 新しいご主人様に選んで貰うのだ」
  目の前の観客席には初老の男性が4人座っていて、舐めるように私を見ている。
客の男1「もっと近くで顔をよく見せなさい」
内田 わか「キャッ!」
  咄嗟に身を引くと、畠山さんが鬼の形相で私を睨み付ける。
畠山「お前は商品なんだぞ お客様の言う通りにしないか!」
内田 わか「商品!?」
畠山「無礼な態度は許されん まだ自分の立場が分からんのか!」
客の男1「全く躾のなっていない小娘だ 1から仕込まねばな」
畠山「お好きなように躾けてくださいませ」
客の男1「従順に奉仕をするように仕込んでやろう」
内田 わか「・・・・・・」
畠山「専属の女中でございます どうとでもお好きなように」
客の男1「君の言い値で引き取ろう この娘は私の好みだ」
畠山「ありがとうございます お気に召していただけて光栄です」
  ──ああ、ようやく分かった。
  私は騙されたんだ。
  仕事の紹介とは名ばかりに、モノとして売り飛ばされる。
  何てバカだったんだろう。
  疑いもせずにのこのこと付いてきてしまったなんて。

〇広い和室
  今日もいつも通りの1日のはずだった。
  何も変わらず、お屋敷で働いていただけ。
  よく晴れたお洗濯日和で、風が気持ちよくて──
奥様「ちょっと!! 庭の盆栽が割れてるじゃない!! 誰がやったのよ!! 一体誰なの!!!」
  お昼を少し過ぎた頃、お屋敷中に奥様の金切り声が響いた。
  普段からご主人様は不在がちで、奥様はとても厳しい。
  でも、贅沢は言えない。
  仕事があるだけでもありがたかった。
まゆ「・・・・・・」
内田 わか「暗い顔してどうしたの? ──もしかして、まゆちゃんなの?」
  まゆちゃんは私と同じ住み込み女中。
  歳が近くて仲良しだった。
まゆ「うん・・・ つい、うっかりしてしまって」
内田 わか「いつも奥様は厳しいけど、盆栽のことになると特に怖いよね」
まゆ「どうしよう・・・ 私、失敗ばかりで暇に出されてしまうかも」
まゆ「仕事がなくなったら生きていけないよ」
  まゆちゃんには田舎に残してきた幼い妹弟たちと、病気がちの両親がいる。
奥様「使えない女中は要らないのよ!」
まゆ「・・・・・・」
内田 わか「私が行って謝って来るよ」
まゆ「だ、駄目だよ そんなの」
内田 わか「大丈夫 心配しないで 叱られ慣れてるし、奥様だってちゃんと謝れれば許してくださるよ」
  私は奥様に頭を下げに行った。
  でも──

〇風流な庭園
奥様「全く使えない子だこと もういいわ、あなた 郷に帰って頂いて結構よ ご苦労様」
  突然、仕事を失ってしまったのだった。

〇屋敷の門
  お屋敷から叩き出されてしまった私は、行く当てもなくとぼとぼと歩いていた。
内田 わか(これからどうしよう)
???「どうかしたのかい? 浮かない顔をして」
内田 わか「あ、畠山さん」
  突然声をかけられて振り向くと、畠山さんが立っていた。
  彼は奥様が贔屓にしている呉服屋の店主で、日頃から私達使用人にも親切だった。
畠山「もしかして、何か悩みでもあるのかな?」
内田 わか「・・・・・・」
畠山「そんな悲しそうな顔して わかちゃんには似合わないよ」
内田 わか「・・・・・・」
畠山「良ければ話してごらん?」
内田 わか「・・・実は」
  私は事情を話した。
  すると、
畠山「それは大変だったね もしよければ私の知り合いを紹介しよう」
内田 わか「ほ、本当ですか!?」
畠山「「花菱屋」というホテルを経営している男がいてね 最近増築して従業員が足りないらしいんだ」
内田 わか「ぜひよろしくお願いします!」

〇小劇場の舞台
畠山「ほら、ご主人様に愛想良くしないか!」
内田 わか「畠山さん、どうして・・・」
畠山「黙れ!! 私には金が必要なんだ!!」
  あの優しかった畠山さんとは思えない豹変ぶりに、私は愕然とした。
客の男1「あんた、帰るところもないのだろう? 何も悪いようにはしない お互いにとっていい話さ ちゃんと手当も弾んでやる」
客の男2「相変わらず口が上手い人だ」
客の男3「そんな調子のいいことを言って また、無茶して壊す気じゃなかろうね?」
客の男1「なぁに、少しくらい壊れたところで使い道は幾らでもあるさ」
客の男4「おお、怖い怖い」
内田 わか(・・・・・・)
畠山「安心しなさい こちらの方はとても紳士的だ」
客の男1「ああ、その通りだとも」
  出来るのなら逃げ出したい。
  でも、
  私はお金を稼がなければならない。
  他に仕事のアテはないし、職業婦人になれるような技術もない。
  だから、どんなことだってしなくてはいけないと分かっている。
  ただ──
  私はまだ、たった一度の恋すら知らない。
  それだけは心残りだった。
「さぁ、これで話はついたな」
内田 わか(・・・・・・)
「クスクスクス」
  それに、たとえ逃げられたとしても行き場がない。
内田 わか(これからどうなってしまうんだろう・・・ 私に耐えられるのかな・・・)
  私はまさに蛇に睨まれた蛙のような気持ちで、心細さに身がすくんでいた。
  ──その時だった。
???「そこで何をしている!!?」
久我 準一「畠山、きちんと説明してくれるな?」
佐倉 山羊「・・・・・・」
  扉を開け放って2人の男性が現れた。
畠山「ど、どうして貴方が・・・」
久我 準一「随分見くびってくれていたようだな まさか気付いていないとでも?」
久我 準一「前々から察しは付いていたさ お前が何やら良からぬことを企んでいることくらいな」
畠山「ぐぬぬ・・・・・・」
久我 準一「それに先生が、今夜は何やら騒がしいとお気付きになられてね」
久我 準一「ねぇ、先生」
佐倉 山羊「・・・・・・」
  私は突然現れた2人を呆然と見た。
  1人はとても高貴な人。
  凛とした雰囲気を纏い、背筋がピンと伸びている。
  もう1人は、まるで空気に溶けてしまったかのように、存在感が薄くて儚く見えた。
久我 準一「お前たちのしでかしたこと、しっかりと説明して貰うからな しばらく自宅に帰れるなんて思うなよ」
客の男4「わ、我々は何もしていない 無関係だ 失礼させて頂く!」
客の男3「そ、そうだ もう帰るからな!」
久我 準一「まぁそれも構わない 明朝、警察同伴でご自宅に覗っても良ければだが」
久我 準一「先生も取り調べに付き合いますか?  暇潰しにはもってこいですよ」
佐倉 山羊「・・・・・・」
  その静かな人は小さく首を横に振り、無表情のままただそこに立っていた。
内田 わか(こ、この人たちは誰!?)
  私は混乱していた。
  今日は色んな事が起こりすぎて・・・
内田 わか(そ、そうだ 奥様にもう一度誠心誠意謝って、何とかお屋敷に置いて頂けるようにお願いてみよう)
内田 わか(奥様だって鬼じゃないはず 次の仕事が見つかるまでなら置いてくださるかもしれない)
内田 わか(ただ働きだって構わない とにかく、早く行かなくちゃ お屋敷に帰って、それで──)
  このときの私は焦っていて、知る由もなかった。
  しばらくどこへも行けないことを。
  そして、儚い蜉蝣のようなこの人に、
  恋い焦がれ続けることになることを──

次のエピソード:専属使用人

コメント

  • こんばんは
    時代背景、そこに現れた男性、凄く面白くてドキドキしました
    それにしても畠山さん、恐ろしい方ですね
    悪役としてはぜひ今後も出て欲しい悪役です👍

  • 何とも不穏で、時代を感じさせてくれる第一話で! このマイナスからのスタート、主人公には幸せになってほしいと感情移入してしまいますね!

  • 大正時代のシンデレラストーリーになるのでしょうか?
    楽しみですねっ!✨✨(((o(*゚▽゚*)o)))

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