身代わり人形の戀

消せない

専属使用人(脚本)

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〇黒
  「──なぁ、花菱屋の噂を知ってるか?」
  「あの洒落たホテルか?近頃じゃお偉いさん方の御用達で随分羽振りがよさそうだ」
  「豪華な本館や別館のことじゃねぇ。敷地の外れにある秘密の旧館の話さ」
  「はて?そんな建物なんぞあったかねぇ」
  「敷地の外れにあるらしいんだよ」
  「それが何だっていうんだ」
  「そこは一見うらぶれた小屋にしか見えねぇが、夜な夜な、怪しい見世物が行われているらしい」
  「秘密なら何故お前が知っている?」
  「あくまで噂だからさ。もし今後花菱屋の妙な話を聞いたとしても、それは噂だから本気にしちゃならねぇ」
  「噂ねぇ」
  「誰もわざわざ調べるような酔狂な真似はしねぇ──噂はあくまで作り話だからな」
  「・・・・・・」
  「花菱屋のお陰で観光客が増えてここらは商売繁盛。秘密の一つや二つ、どうでもいい──だろ?」
  「・・・・・・ああ、そうだな。単なる噂だもんな」

〇小劇場の舞台
久我 準一「──さて、お嬢さん 怖い思いをさせてすまなかったね」
久我 準一「もう何も心配はいらないよ」
  私は緊張の糸が切れ、その場にへたり込んでしまった。
内田 わか「あの、貴方は・・・」
久我 準一「今夜はもう遅いから泊っていきなさい 部屋を用意させよう」
内田 わか「いえ・・帰ります」
久我 準一「こんな夜更けだ 遠慮することはないよ」
内田 わか「でも、」
久我 準一「おっと、自己紹介が遅れたね 私は久我 花菱屋の関係者です」
久我 準一「今夜のことは悪い夢だと思って忘れなさい ゆっくりと休めば気分も落ち着くだろう」
内田 わか「悪い夢、ですか・・・」
  久我様は優しそうで誠実な方に見える。
  でも──
内田 わか(誰かを信じるのが怖い)
  今日は色々なことが起こりすぎて、素直にうなづくことが出来なかった。
畠山「相変わらず久我様は怖い方だ そんな小娘一人、貴方の一存でどうにでもなるでしょうに」
久我 準一「畠山、お前の処遇はこれから決める 今は黙っていた方が得策だと思うが」
畠山「ふん、貴方に目を付けられて無事でいられるなんて思っていませんよ どうせ私にはもう後がない」
畠山「わか、お前に一つ忠告をしてやろう この方には逆らうなよ 長生きしたければな」
内田 わか(・・・・・・)
久我 準一「言いたいことはそれだけだな お前たちはこれから取り調べをさせて貰う」
「・・・・・・」
  畠山さんたちは大人しくどこかへ連れていかれた。
内田 わか(私はどうなるんだろう)

〇黒
  ──わか、ごめんね。
  あなたは私がいなくても大丈夫。
  どうか幸せになって──

〇旅館の和室
内田 わか「ハッ!?」
内田 わか(──夢か いつの間にか寝ていたみたい)
  窓の外はまだ夜明け前。
  私は別館の離れに案内されていた。
久我 準一「今夜はゆっくり休みなさい」
内田 わか(久我様はそう言ってくださったけど、)
内田 わか(今まで女中仲間たちと雑魚寝だったから、一人は慣れないな)
内田 わか(それにこの部屋、湿っぽくて落ち着かない)
内田 わか(これからどうなるにせよ、少しは寝ておかないと──)
  私は再び目を閉じた。
  しばらく寝付けず微睡んでいると、
  ギシッ・・・
内田 わか「な、何っ!?  家鳴り?」
  どこからか妙な音がした。
  ギシッ・・・ギシッ・・・
  誰かが移動する足音が近付いてくる。
内田 わか「この音、どこから・・・!?」
  不意に、空気が冷たくなった気がした。
  背筋にゾクッと悪寒が這う。
  一瞬、目の前に何かががちらつき、
内田 わか「きゃああああ!!」
  私は弾かれたように廊下へ飛び出した。

〇風流な庭園
内田 わか「ハァハァ・・・」
内田 わか(何かいた あの部屋には絶対に何かがいた)
  気付けば、私は庭園まで走っていた。
内田 わか(まさか幽霊・・・?)
  パキッ
内田 わか「だ、誰!?」
  驚いて恐る恐る振り向くと、
猫「にゃあ」
  そこにいたのは一匹の三毛猫。
内田 わか「何だ、良かった こっちへおいで」
猫「にゃん」
  猫は私の足下に頭を寄せてきた。
内田 わか「いい子ね お前はどこから来たの? 毛艶がいいから野良ではなさそうね」
内田 わか(この子暖かい 何だかとても心が落ち着く)
  恐怖から解放され、私はつかの間の安堵を覚えた。
  ──しかし、
???「・・・驚いた」
内田 わか「!?」
  突然の声に肩が跳ね上がる。
  暗く低い、抑揚のない声だった。
佐倉 山羊「それは誰にも懐かないのに」
  暗闇の中から静かにその人は現れた。
  どことなく暗い空気を纏って。
内田 わか「わ、私、逃げる気なんてありません」
佐倉 山羊「・・・?」
内田 わか「見張っていたんじゃないんですか?」
佐倉 山羊「そんな面倒なことはしない」
佐倉 山羊「だいたい君に帰る場所はないだろう」
内田 わか「どうして分かるんです」
佐倉 山羊「身寄りのある人間なら標的にはされない 後々面倒になるから」
内田 わか「・・・そうですね」
佐倉 山羊「君は深夜の徘徊が趣味か?」
内田 わか「まさか! ただ、ちょっと・・・部屋が怖くて」
佐倉 山羊「・・・?」
内田 わか「信じて貰えないと思いますが、あの部屋には何かがいます」
佐倉 山羊「・・・そう」
  その人は興味なさげに踵を返し、歩いて行こうとした。
内田 わか「ま、待って下さい このままでは眠れないのです」
佐倉 山羊「・・・? 部屋に戻れば良い」
内田 わか「む、無理です! 幽霊がいるかもしれないのに」
佐倉 山羊「あれは別段悪さはしない 放っておけば安全だ」
内田 わか「知ってたんですか あの部屋に何かがいること」
佐倉 山羊「・・・・・・?」
内田 わか「・・・いえ、何でもありません」
内田 わか(泊めて頂いて贅沢は言えないけど・・・)
内田 わか「お部屋を代えて頂くことは出来ませんか? 物置でもどこでも構いませんから」
佐倉 山羊「物置で寝るのが好きなのか」
内田 わか「・・・そういうわけでは」
内田 わか(は、話が通じない)
佐倉 山羊「・・・・・・」
  その人は再び暗闇の中に消えて行った。
  いつの間にか猫の姿も見当たらない。
内田 わか(よく分からない方 何を考えていらっしゃるんだろう)

〇旅館の和室
  初夏とはいえ夜中は少し肌寒い。
  私は仕方なく部屋に戻った。
内田 わか(怖いけど、眠ってしまえば大丈夫よね 朝まで我慢すれば何てことないはず)
内田 わか(大丈夫 怖くない すぐ朝になるから)
  私は廊下に近い部屋の隅で横になった。
  ────────────
  ────────────
  ──────────ギシッ
内田 わか「!?」
内田 わか「やっぱり何かいる!」
「・・・けて ・・・・・・助けて」
内田 わか(か、体が、動かない)
霊「・・・・・・けて・・・助け・・・」
  徐々に濃くなり、形になっていく影。
内田 わか(女の人・・・? とても悲しそう・・・)
  黒い人影が私に迫り、覆い被さってくる。
  湿っぽく、重く、冷たい空気────
内田 わか「きゃあああああ!!!」
  ──私はそこで気を失った。

〇旅館の和室
???「そうか、あれが見えたのか」
???「・・・ああ」
???「それは嬉しい誤算だ あの子はとても役に立ってくれる」
  目を覚ますと天井が見えた。
  外は既に明るく、鳥の鳴き声が聞こえる。
内田 わか(ああ、何とか無事だったんだ)
内田 わか(あれは一体、何だったんだろう・・・)
  私はぼんやりとした頭で、答えの分からないことを考え続けた。
  部屋にはもう黒い影はなく、何もかもが夢のようだった。

〇旅館の和室
久我 準一「やあ、お嬢さん 昨夜はよく眠れたかい?」
  昼過ぎに久我様がやってきた。
内田 わか「は、はい お陰様で」
内田 わか(殆ど気絶していたけど・・・)
久我 準一「それは良かった 君には辛い思いをさせてしまったね」
久我 準一「花菱屋の関係者として詫びさせて頂く」
内田 わか「い、いえ、そんな 久我様に謝って頂くわけにはいきません」
久我 準一「畠山にはしかるべき罰を受けさせるから安心して欲しい」
内田 わか「畠山さんは何故私を売ろうと?」
久我 準一「借金で首が回らなくなっていたようだ 賭け事にのめり込んでいたらしい」
内田 わか「だからってこんなこと・・・」
久我 準一「畠山の父親は花菱屋の出資者で資産家 既に鬼籍に入られているが、それを良いことに放蕩の限りを尽くしていたようだ」
内田 わか(畠山さん・・・)
久我 準一「あいつは外道だ お嬢さんが気に病む必要はないよ」
内田 わか「もしかして、他にも私と同じ目にあった子がいるんでしょうか?」
久我 準一「余罪はまだ追及中だから何とも言えないね」
内田 わか「そうですか・・・」
久我 準一「もし他に被害者がいるなら必ず助けるよ こんなこと人道に反している」
内田 わか「・・・良かった」
久我 準一「そう言えば君は、畠山に仕事を紹介すると騙されたそうだね」
内田 わか「はい」
久我 準一「と言うことは、仕事を探しているんだね」
久我 準一「どうだろう これも何かの縁だ ここで働かないかい?」
内田 わか「えっ・・・でも・・・」
久我 準一「警戒するのは分かるよ でも、どうか信用して欲しい」
内田 わか「とてもありがたいお話ですが」
内田 わか(さすがにここからは離れたほうがいいかもしれない あまりにも変なことばかりだし・・・)
久我 準一「・・・私はこれでも華族の端くれなんだ」
内田 わか「!? そんな身分の方とは知らずに、気安く話したりして申し訳ありません!」
  私は慌てて頭を下げた。
久我 準一「お嬢さん、顔を上げて 畏まる必要はないよ 一応私の身元を明かしておいた方が、安心出来ると思っただけなんだ」
内田 わか「は、はい」
久我 準一「君を住み込みの使用人として雇い入れたい」
久我 準一「どうか私を信用してくれないだろうか」
内田 わか「も、もちろんです 私なんかで良ければ」
久我 準一「とても助かるよ ありがとう」
内田 わか(・・・私、どうかしていた)
内田 わか(怖がっている場合じゃない 仕事を頂けるなんて願ってもないこと)
内田 わか「何をさせて頂けば良いのでしょうか?」
久我 準一「君には──」

〇古めかしい和室
内田 わか「今日からお世話になります 内田わかと申します」
  私は膝を付き、目の前の相手に深く頭を下げた。
内田 わか「佐倉先生」
佐倉 山羊「・・・・・・」
  久我様は事もなげに言った。
久我 準一「お嬢さん、君には先生の身の回りの世話をして貰いたい」
久我 準一「先生は困った方でね 誰かの世話なしじゃ、碌に食事も摂れないんだよ」
久我 準一「給金は以前の奉公先の二倍払おう」
久我 準一「君には全てを任せたい ──生活の全てをね」
内田 わか「それって、もしかして・・・」
久我 準一「困ったことにあの方には愛人の一人もいなくてね 結婚する気もないようだ 男一人では何かと不都合なことが多い」
内田 わか「・・・・・・承知しました」
内田 わか(ああ、やっぱり 結局私は売られたようなものだった)
  でも大丈夫。
  どの道私に選択肢はなかった。
  どんなことだってする覚悟だった。
内田 わか「何でもお申し付け下さい、先生」
佐倉 山羊「・・・・・・」
内田 わか「精一杯勤めさせて頂きます どうぞよろしくお願い致します」
佐倉 山羊「・・・・・・きっと後悔する」
  こうして私は先生の専属使用人になった。
  この日、私の運命は決まった。
  このときはまだ、不安ばかりが胸中に渦巻いていたけれど──

コメント

  • わかさん、これから沢山の幸せが訪れますように
    霊とかが出てくるファンタジー要素もあるのでしょうか?
    続きが楽しみです✊

  • 心霊が現れるホラー展開、不安いっぱいのわかさんの心中と相まって印象的なシーンでした!
    ひとまず落ち着いたわかさん、今度は曲者っぽい佐倉先生のお世話!? また続きが気になります!

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