一人旅、宇宙旅行、そして。(脚本)
〇公園のベンチ
仕事帰り。残業後、帰り道にて。
僕「もう22時か・・・」
鈴虫が鳴き、秋の涼しい風が僕の髪の毛を軽く揺らす。
都会の喧騒よりも、これくらい落ち着いてるのが僕の性に合っている。
僕「家まであともうちょい!」
早く寝たいだとか、その前に夕飯をつくらなきゃだとか、せわしない思考が頭の中を交差していたそんなとき。
白衣を着て足早にかけていく青年が物珍しく、彼のことを目で追いかける。
僕(あの姿、どこかで・・・)
僕「!!」
僕「おーい!!」
友人「?」
僕「よ!久しぶり」
友人「・・・!!」
友人「っ・・・!!」
友人「・・・あぁ!久しぶり! どうしたのさ、こんなとこで」
僕「ここら辺、僕の家に近いからさ。 今仕事から帰ってきたところ」
友人「仕事帰りか。どうりでやつれた顔してるわけだ」
僕「僕の顔、そんな分かりやすい?」
友人「あぁ。1時間くらい粘ったけど契約取れなかった営業マンみたいな顔してる」
僕「なんだそれ!僕の仕事はしがないプログラマーだっての」
僕(彼は僕の小学生からの友人だ。 奇想天外な話が面白く、よくつるんでいた)
僕(でも、なんで白衣を着て走っていたのかが気になる)
僕「そういやお前って今、仕事何してんの?」
友人「・・・聞いてしまった、か。 白衣着て走ってたらそりゃ気になるよな」
突如として強い風がなびいた。
草木がガサガサと音を立てて揺れる。
思えば鈴虫はとうに泣き止んでいた。
緊迫した雰囲気が僕たちを包み込む。
友人「・・・・・・だ」
僕「え?」
友人「俺の職業は、宇宙旅行ツアーガイド兼宇宙旅行ツアーコンダクター兼宇宙旅行開発者だ!!」
僕「っ!?」
僕「ごめんもう一回言ってくれない? ちょっと長すぎて聞き取れなかった」
友人「雰囲気作ってカッコつけまでしたのに?」
僕「長すぎるんだよお前の職業名が。 何回”兼”付けてんの?」
友人「要するに凄いことやってるんだ。 俺の職場に来れば話がつく」
僕「まぁお前の頼みなら行くけど、部外者の僕が行っても大丈夫?」
友人「もちろん。 むしろ、お前なら大歓迎だ」
僕「そりゃありがたいね」
友人「それじゃ、黙って俺について来い!」
僕「それは分かったけどさ、その職場に人が寝れるくらいのソファとかある?」
友人「そりゃあるけど何で?」
僕「眠いからちょっと寝たいんだよ」
友人「これだからブラック企業勤めは・・・」
僕「22時に走って職場に行こうとする奴がブラック企業勤めじゃないって?」
友人「ありゃ急いでたから・・・」
友人「ヤバっ!!そうだ急いでたんだよ! ほら、走るぞ!!」
僕「残業疲れの僕に少しは気をかけてくれないのかね」
友人「後で寝りゃいいだろ!」
僕「はいはい、分かりましたよ」
そうして僕たちは友人の職場へと走って向った。
僕にとってそのときの感覚はどこか妙に懐かしく、おかしくもあった。
でも、なぜだか僕はこんな感覚を知らない。
とても違和感がある奇妙な出会いだった。
〇病室
深夜、病室にて。
薄暗い病室に、青年が2人。
友人「・・・」
友人「必ず、お前を・・・」
〇地下実験室
ゴウンゴウンという何かがうごめく音のせいなのか、クーラーが効きすぎているからなのか分からないが辺りに冷気が漂う。
それに、友人の同職者が僕の方を何やらジロジロと見つめてくる。
俺の顔に何か付いてるかもと心配になったので、顔を袖で拭いた。
それでも不自然に見つめてくるから、僕は突き刺さる視線を無視して友人の後に付いて行く。
僕(付いて行くけど・・・)
友人「ここが俺の職場だ」
僕(職場にしては怪しい雰囲気を放ち過ぎている気がする)
僕「これは・・・職場じゃないでしょ」
友人「いーや、職場だ」
僕「マッドサイエンティストの研究室の間違いじゃ?」
友人「酷い言い様だな・・・。 こんだけの機材を集めるのに何円したと思ってるんだよ」
僕「何円したんだよ?」
友人「1億」
僕(予想を軽々と越えたその金額を前に僕は言葉を失った)
僕「お前ヤバいな」
友人「そんなド直球のストレートぶちかまされたら流石の俺でも萎えるって」
友人「・・・で、本題なんだけど」
友人「なぁ、宇宙旅行とか興味ない?」
僕「旅行なら興味あるけど宇宙旅行・・・?」
僕「あ、さっき言ってたやつか」
友人「そ。俺は今、前人未到の宇宙旅行を実現しようとしてんの」
僕「でも宇宙旅行ってもう誰かがやってなかったっけ?」
友人「ああ、やってるとも。ただし、庶民には到底払えない価格でな」
友人「でも俺はもっと手軽に、もっと安く宇宙旅行ってやつを提供したいんだ」
僕「つまり、こんな僕でも行けるようにするってこと?」
友人「もちろん」
僕「お前、僕が大の旅行好きだって知ってて俺にそんなこと打ち明けたのか?」
友人「そうだ。その上で言ったんだよ」
僕「んじゃさ、お前の宇宙旅行の旅行者第一号。それ僕でもいい?」
僕(まただ。友人が今になって時折見せる苦悶の表情はなんなんだろう)
友人「ああ。元からそのつもりだ」
友人「実はな、お前がどうこう言おうとお前を旅行者第一号にしようと思ってたんだよ」
僕「なんだよそれ。元から俺に拒否権なんか無かったってこと?」
友人「そうだ。お前には拒否権なんか無ぇよ」
僕「なんだよ、その何やら含みのある言い方は〜」
友人「何でもない、気にするな!」
僕「だったらいいけどさ」
友人「よし、それじゃ・・・」
友人「今からだ!」
僕「何をさ?」
友人「何って決まってんだろ。 宇宙旅行さ」
僕「いい・・・い・・・・・・」
僕「今からああぁぁぁ!?」
〇地下実験室
友人「・・・」
研究者「どうしたんですか?博士」
友人「いや、何でもない」
研究者「そうですか。私でいいなら何でも聞きますからね」
友人「・・・」
友人「じゃあお言葉に甘えて。 ちょっと相談に乗ってもらいたいんだが・・・」
友人「君は多元宇宙論を信じるか?」
研究者「宇宙は1つだけじゃなく、他に多くの宇宙があるという考えですね」
研究者「少なくとも私は信じています。 私がそれを信じていない世界があるかもしれないので」
友人「そうか。なら話は早い」
友人「俺はこれから、別宇宙とこの宇宙を旅できる装置の研究を始める」
友人「さしづめ、”多元”宇宙旅行とでも言うべきかな」
研究者「宇宙を!? いくら博士でもそんなこと・・・」
友人「やるしかないんだ。 他に方法がない」
研究者「・・・一体なぜそんなことをするのですか?」
友人「もう一度。会いたい人がいるんだ」
〇研究装置
僕「なぁ、これ大丈夫なんだよな?」
友人「僕の研究に失敗という結果は無いから大丈夫さ」
友人「君は宇宙旅行後の感想でも考えていたまえ」
僕「まだ旅行してないってのによく言う」
友人「じゃあ準備が終わるまで、装置や宇宙旅行について少し復習しようか」
僕「まずはカプセルみたいなベッドに寝転んで、そっちの準備を待つ」
僕「その後、こんな感じのボタンとスイッチをオンにして、あとはレバーを下げればいいんでしょ?」
友人「レバーを上げて、スイッチをオンにしてからボタンを押すんだよ」
僕「あっあれ?」
友人「言っとくけど、俺の研究に失敗は無い。 でも俺以外の手が加わったら話は別。 最悪死ぬからちゃんと覚えろよ?」
僕「肝に銘じておきます」
友人「よろしい」
友人「じゃ、次は宇宙旅行についての注意事項とかその他諸々を・・・」
数十分後・・・
僕「流石にこれ全部覚えろってのは鬼畜だろ・・・」
友人「お前のためを思って言ってあげてんだから感謝してほしいくらいだけど?」
僕「はいはい、ありがと」
友人「もうこんな時間か」
友人「・・・」
友人「またな」
僕「今なんか言った?」
友人「「楽しんでこい」って言ったんだよ! ほら、早く乗れ乗れ」
僕「そんなせかすなって」
友人「実は早く乗りたいクセに?」
僕「お見通しだったか」
友人「はは、んなこと言ってないで乗れ乗れ」
僕「りょーかい!」
僕はそそくさと友人の言う宇宙船へ乗り込んだ。
中は1人で過ごすにはもったい無いくらい広かった。
僕「いつか、みんなで宇宙旅行出来る日が来んのかな」
僕「そのためにも俺がちゃんと帰ってこないと!」
そう意気込んで、僕は事前に指示された通りカプセルみたいなベッドに寝転んだ。
もしかして、友人が言っている「人が寝れるソファみたいなもの」ってこれのこと何だろうか?
だとすれば、「これソファじゃなくてベッドだろ!」とか言ってやりたいな。
僕「こっちは準備できたけどそっちはどう?」
友人「ああ。こっちも準備OKだ」
僕「よし、じゃあボタン押すぞ!」
友人「レバーが先だ!!」
僕「危ね!ありがとありがと」
僕「レバーを上げて、」
僕「スイッチをオンにしてから、」
僕「このボタンだな」
友人「そうだ。気をつけて行ってこいよ!」
僕「りょーかい。じゃ、行ってきます!!」
カチッという音と共にベッドが大きく揺れ始めた。
少し恐怖を感じたが、これからの楽しみに比べたらこの程度の恐怖は無いも同然だ。
僕(宇宙ってどんな感じなんだろうな・・・)
なんて考えている内に、僕は意識を失った。
〇研究装置
まばゆい光が辺りを照らし、カプセル内に置かれていたリンゴが消失する。
友人(これでリンゴが戻ってくれば・・・)
友人「やった・・・!! ついに完成した!!」
友人「別宇宙との往復が成功した!!」
友人「これで俺は生き返らせるんだ。 絶対に・・・」
〇病室
深夜、病室にて。
薄暗い病室に、青年が1人。
そして、遺体が1つ。
友人「待たせたな」
友人「少し体借りるぞ」
夜、病室にて。
亡き友人を持ち去る青年が1人。
〇研究装置
研究者「こんな実験、人道的にどうなんですか?」
研究者「今まで黙ってましたけどこれって・・・」
友人「ああ、犯罪だ」
友人「その覚悟がある上で俺はやっている」
友人「さぁ、始めるぞ」
研究者「・・・分かりました」
友人「・・・」
友人「本当は分かってんだ。 こんなこと、お前は望んでないって」
友人「──っ!!」
友人「ごめん・・・!!」
友人「──っ!!」
友人「・・・」
友人「・・・?」
友人「何で・・・何で帰ってこない?」
友人「俺が何か間違えたのか?」
友人「クソッ!!」
研究者「博士!!」
〇研究装置
友人「・・・」
友人「俺は・・・耐えられなかったよ」
友人「お前が存在しないはずなのに、俺のせいで存在してしまうこの世界に」
友人「・・・ダメだな、俺は」
友人「そっちの世界でも頑張れよ!!」
友人「さて、と」
友人「目的も果たせたし。 研究は成功かな」
研究者「博士・・・」
友人「ごめん!俺のわがままに付き合わせて!!」
友人「これ、壊そっか」
研究者「しかし、いいんですか?」
友人「ああ──」
友人「俺がこれを持つには、少し傲慢過ぎた」
研究者「そうですか」
研究者「では、そうチームに伝えてきます」
友人「今までありがとう」
友人「・・・」
友人「またな」
きっと友人に再会したばかりの時点でも何かしら違和感を抱いていたのかもしれませんね。それでも彼の研究を真摯に受け止めてしまった結果がなんともさみしいです。
一般に私たちがイメージする「宇宙旅行」ではなくて、マルチバースの「平行宇宙」に友人を旅立たせるということか…。「一人旅」という言葉が違う意味を帯びてくる仕掛けに唸りました。大切なのは友人なのか自分の研究なのか、境界線が曖昧になってきた博士が最後に下した結論には納得です。繰り返されてきた「またな」という言葉で締めくくるラストが切ない。