水時計

硯羽未

水時計(脚本)

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硯羽未

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水時計
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〇海底都市
  さらさらと私の頭上に降り注ぐ雨が、傘を濡らす。
ミナモ「相変わらずの・・・雨・・・」
  私が生まれてからの記憶で、
  この雨が止んだことは一度もない。
  歩きながら水で満たされた空を見上げ、
  すぐに前を向く。
ミナモ「カイト・・・ もう来てるかな」
  ここをまっすぐ行った突き当りの店で、
  幼馴染であるカイトと待ち合わせをしている。
ミナモ「──この雨って、 止むことあるのかな・・・」
  くだらないことを考えていたら何かにつまづいた。
ミナモ「あーあ・・・」
  履いた長ぐつの中に水が入り、
  ぽちゃぽちゃと音を立てた。
ミナモ「サイテー・・・」
  一度道の脇に寄って長ぐつを脱ぎ、
  水を捨てる。
ミナモ「びちゃびちゃ・・・ 気持ち悪い」
  ひややかなそれは私の足を濡らし、
  じめじめと不快な気持ちにさせた。

〇レトロ喫茶
カイト「遅いよミナモ」
  紅茶を飲みながら待っていたカイトは、
  ふるわない私の表情に気づいてその原因を瞬時に探し出した。
ミナモ「うん・・・ ちょっと」
カイト「・・・」
  足元を見て声もなく笑みを浮かべ、
  自分の鞄からタオルを取り出すと私へ寄越す。
カイト「拭いて」
ミナモ「──ありがと」
カイト「この雨の街で、 ミナモは何年暮らしているんだ?」
カイト「歩き方が下手だね」
ミナモ「ちょっと つまづいただけだもの」
カイト「ごめんごめん ・・・怪我はなかったかい?」
ミナモ「それは大丈夫。 タオル、綺麗にしてから返すね」
カイト「貸して」
  カイトは気にするなとでも言うように、私の手から使用済みの濡れたタオルを静かに奪い、ビニール袋に入れてから鞄に仕舞った。
ミナモ「・・・ありがとう」
カイト「いや、いい。 今日はどうしてもミナモに会いたかったから。 僕が呼んだせいで、足が濡れた」
ミナモ「何か用だったの?」
カイト「・・・」
  カイトはまた声もなく笑い、
  私にメニューを差し出した。

〇レトロ喫茶
カイト「まあ、のんびり話そう。 好きなものを頼んで」
ミナモ「・・・じゃあ、ホットパイン」
カイト「ここの人気メニューだね。 ──注文お願いします」
  奥に声を掛けると、メイドロボットがすぐにやってきて私の注文したホットパインのカップを置いていった。
  とてもシステマティックで、迅速な対応だ。
  ここに人間は客以外いない。
カイト「さてと本題」
カイト「僕が何故ミナモと会って話をしたかったのか、最後まで聞けばわかるだろう。 これからするのは、時計の話だ」
ミナモ「時計? 時計って、・・・時を刻む時計よね」
カイト「そう、その時計のことだ。 ただしそれは、ミナモの知っている時計とは少し違うかもしれない」

〇海底都市
カイト「・・・」
  カイトは窓の方に顔を向け、
  降りしきる雨を眺めながら何かを考えているようだった。
ミナモ(どうしたのかな・・・?)
  私は言葉を急かすことをせず、
  ホットパインに口をつけながら辛抱強く待つ。

〇レトロ喫茶
ミナモ(今日はやけに静かね・・・)
  店の音楽も途絶えている。
  
  外の雨の音がかすかに店内にも届き、単調な音を繰り返すのみだ。
ミナモ(でも心地よい・・・ ──まるで 胎内回帰するかのような)
カイト「この雨の街の外に、出ようと思ったことは?」
ミナモ「──外なんてないでしょう?」
  カイトの言わんとしていることがわからなかった。
  私は自然と首をかしげ、
  淡々とした表情の彼を見つめる。
ミナモ「この雨の街は閉鎖されていて、どこにも行くことなんて出来ない。 他に選択肢にないのよ?」
カイト「僕はずっと考えていたよ。 ここの外に出たなら、それはどんな世界なんだろうって」
ミナモ「馬鹿ね」
カイト「馬鹿かな」
ミナモ「出られるわけがないじゃない。 ・・・で、時計の話はいつ出てくるの?」
カイト「もう始まっているよ」
  きっと黙って聞いていればわかるのだろう。
  私は茶々を入れることはやめて、
  カイトの言葉を待った。

〇海底都市
カイト「あの空をよく見てごらん」
ミナモ「空・・・? 雨が降っているだけだわ」
カイト「そう。 雨が降っている。 ──空の中心をよく見て」
ミナモ「中心・・・」
  中心がどこだかわからなくてうろうろと目を彷徨わせていたら、
  カイトが時計台を指し示した

〇時計台の中
カイト「あの時計台の先が、空の中心」
  カイトの言う空の中心に視点をやる。
  
  降り注ぐ雨は、
  空の中心からばらまかれているように見えた。
ミナモ「・・・え、なあに。 あれってずっとそうなの?」
カイト「気づかなかったのか、ミナモ」

〇レトロ喫茶
ミナモ「だって・・・雨は降るものだから。 どこから降ってくるかなんて、気にしたこともなかった」
カイト「まあ、そうか・・・ 大多数はそう思うかもね。 授業でもそんなことを教えてはくれない」
カイト「疑問に思うほうが、どうかしているのかもしれない・・・」
  カイトは気難しそうな顔になって、
  カラになった紅茶のカップを置いた。
  メイドロボットがすぐにやってきて、
  カップを下げると同時に追加注文がないか聞いてくる。
カイト「ホットパインを」
  私と同じものを注文すると、メイドロボットは奥に下がっていった。
カイト「話を続けよう」
ミナモ「・・・うん。 いいけど」
ミナモ(これって・・・ もしかしてデートなのかな・・・??)
ミナモ(デートだったらいいな)
ミナモ(ううん よくわからない・・・ カイトの話が難しいんだもの)
カイト「ミナモ?」
ミナモ「あ、ううん。 続けて」

〇海底都市
カイト「僕たちが住んでいるこの雨の街。 ──ここは水時計の中なのさ」
ミナモ「水・・・時計・・・?」
カイト「もうすぐ雨は止む。 そうするとどうなると思う? ミナモは砂時計を見たことがある?」
ミナモ「あるわ」
  砂時計は、
  ガラスの中で砂がさらさらと移動し、
  すべてがなくなれば勿論砂も止まる。
  それをひっくり返して、
  また時間を計る道具だ。
カイト「水時計も砂時計と同じ。 雨が止んだら、 ──世界はひっくり返る」
ミナモ「・・・どういうこと?」

〇空
カイト「僕たちのいるこの世界は、 空になるということだよ」
ミナモ「カイト・・・ 言っている意味がわからないわ」
カイト「死ぬということだよ」
  死ぬ・・・?

〇海底都市
カイト「この降り注ぐ雨の正体を知っているか? ひっくり返った世界の住人の、 ──命だ」
  カイトの言っている意味が、まるでわからなかった
  彼は何か悪い夢でも見ているのではないだろうか。
  
  あるいは妄想に取りつかれてしまっているのか。
  けれど雨は確かに小降りになり、
  少しずつ止みそうにも思えた。
  
  このまま雨が、止むのだろうか。

〇レトロ喫茶
カイト「最後の日に、ミナモ。 ・・・君と一緒にいたかった」
ミナモ「・・・なぜ?」
カイト「なぜ・・・なぜって・・・」
ミナモ「私と一緒で良かったの? 他に、誰か・・・」
カイト「言わせるなよ」
  カイトはこういうの苦手なんだろうか?
  もし本当に死んでしまうなら──
  
  ううん。
カイト「・・・ミナモが、 良かったんだ。それだけだ」
  カイトは寂しそうに呟いて、メイドロボットが持ってきたホットパインをひとくち飲んだ。
カイト「酸味が効いてるな」
ミナモ「ホットパインだもの」
カイト「ほら空を見て。 もうじき雨が止む」

〇空
  カイトの手が私の手に伸びてぎゅっと握った。
  
  それを握り返して、私は空の中心を見つめる。

〇雲の上
  世界が揺れた気がした。
  水時計の世界が揺らぎ、
  
  私たちは空に

〇雲の上
  ──落ちた

〇雲の上
  私たちは新しい雨の街に降り注ぐ、雨となるのだ。
  最後にそう思ったのは私だったのかカイトだったのか、
  
  今はもう定かではない。
  私とカイトは混じり合う。
  水時計の世界の終わりが来るまで、
  空から地面へ降り注ぐ、
  雨となる。
  end

コメント

  • 水時計というタイトルと2人が繰り広げるストーリーがとてもぴったりで神秘的でした。もしかしたら2人は水の妖精なのかもと思わされるほど、繊細で美しさが溢れていました。

  • 表紙のイラストがストーリーのイメージそのままで素敵です。カイトはどうやってこの世界の仕組みを知ることができたんだろうか。生と死の反転が永遠に繰り返される水時計に終わりはくるのか…。残酷な運命でありながらもどこかホットパインのように甘酸っぱくて切ない、そして儚くも美しい世界観に酔いしれました。

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