蛇地獄

YO-SUKE

第1話 『彼女のペット』(脚本)

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〇綺麗な一人部屋
  ガチャ──
  薄暗い室内に、坂下道雄(さかしたみちお)が入ってきた。
坂下道雄「・・・七瀬、いるんだろ? 言われた通り冷凍のヒヨコ買ってきたぞ」
  電気をつけようと部屋のスイッチを切り替えるが、なぜか灯りはつかなかった。
  スマホのライトをつけると、床にゼリー状の液体がこぼれていることに気づいた。
  液体の跡は点々と、浴室まで続いている。
坂下道雄「これは・・・? 風呂場から?」
  坂下は恐る恐る浴室のドアを開いた。

〇清潔な浴室
  浴室に入ると、足元にビニールのようにザラザラした物体が落ちていた。
坂下道雄「・・・これは?」
  それは人間の女の形をした"抜け殻"だった。
坂下道雄「な、な、なんだこれ・・・!?」
  取り乱した坂下は、踵(きびす)を返して逃げ出そうと駆け出す。
  しかし次の瞬間、浴槽から伸びた何かが坂下の胴体に巻き付いた。
坂下道雄「うわぁぁぁぁぁ!!」

〇黒
  ・・・・・・
  静寂の中、赤い二つの目が光る。
  これは、僕と、蛇になった僕の彼女の、
  半年間の記録である

〇渋谷のスクランブル交差点
  半年前──
  寒々とした冬の街。
  身体を縮めながら信号待ちをする人々。
  街頭の液晶モニターではニュースキャスターが天気のレポートをしていた。
  師走に入り、猛烈な寒波が日本列島を襲っています
  今夜は積雪の予報も出ており、12月の上旬として珍しく東京でも雪を──

〇パチンコ店
  坂下は上機嫌でパチンコを打っていた。
  パチンコ台からは次々と玉が溢れている。
おばあちゃん「にいちゃん、今日も当たってるねえ」
坂下道雄「この台と相性いいんすよ」
おばあちゃん「あんた、毎日いるけどプーか?」
坂下道雄「まあそんなもんす」
おばあちゃん「軍資金はどうしてる?  あたしみたいに年金ってことはないだろ?」
坂下道雄「ハハ、実は蛇の世話をして小遣いもらってるんすよね」
おばあちゃん「蛇?」
坂下道雄「おっ、またいいリーチ来た!」

〇綺麗な一人部屋
  パチンコ屋から戻った坂下は、沸騰する鍋の前で説明書を読んでいた。
坂下道雄「えーと、温度は・・・どうすんだっけ?」
坂下道雄「しかし、よくこんなもんを食べられるよなぁ」
  鍋の中には、透明のビニールに入った冷凍ネズミが横たわっている。

〇綺麗な一人部屋
  坂下は解凍したネズミを持って、爬虫類用のゲージの前までやってきた。
坂下道雄「飯だぞ」
???「・・・・・・」
  坂下はネズミを蛇の前に差し出すが、蛇はじっとしたまま動く気配がない。
坂下道雄「ほらっ、喰えったら」
  坂下はイライラしながら、なかなか餌を食べない蛇を割りばしで追い回した。
  蛇はガサガサとゲージ内を動き回る。
坂下道雄「くそっ! こいつ思ったよりすばしっこいな!」
「ただいまー」
坂下道雄「!」
  坂下は慌ててゲージから離れると、割り箸を背中の後ろに隠した。
坂下道雄「は、早かったな」
  片岡七瀬(かたおかななせ)は坂下に返事も返さず、蛇のいるゲージを覗き込んだ。
片岡七瀬「モリー! 会いたかったよ。 寂しくなかった? 元気にしてた?」
坂下道雄「・・・・・・」

〇綺麗な一人部屋
  坂下と七瀬は向かい合ってお弁当を食べる。
片岡七瀬「ねえ、道雄。 モリーはちゃんとネズミ食べた?」
坂下道雄「さっきな。それより飯食ってるときによくネズミの話ができるな」
片岡七瀬「飯って言ってもお弁当じゃん」
坂下道雄「バカ、お前。これ、松坂牛だぞ。 一つ二千円すんだぞ。ただの弁当じゃねえ」
片岡七瀬「そういう問題じゃなくて」
坂下道雄「わかってるよ」
片岡七瀬「今日も一日パチンコだったの?」
坂下道雄「5万勝ったぞ。仕事と言え」
片岡七瀬「はぁ・・・」
坂下道雄「なんだよ、その溜息」
片岡七瀬「まあいいや。約束さえ守ってくれれば」
坂下道雄「・・・・・・」
片岡七瀬「ここにいる間、モリーの世話だけはちゃんとしてね」
坂下道雄「ああ、わかってるよ」
片岡七瀬「その言い方」
坂下道雄「あー、悪かったよ」
片岡七瀬「最近モリーの調子がおかしいの。 温度管理とかエサとか慎重にね」
坂下道雄「わかったわかった」
片岡七瀬「だからその言い方・・・もういい!」
  席を立って台所に立つ七瀬。
  坂下は慌てて七瀬を追いかけると、後ろから彼女を抱きしめた。
坂下道雄「七瀬ちゃん、怒っちゃった?」
片岡七瀬「超怒った」
坂下道雄「ごめん! いい子にするから許して」
片岡七瀬「・・・・・・」
坂下道雄「あれ、ちょっと肩凝ってる?  マッサージしようか?」
片岡七瀬「もうー。いつも調子いいんだから」
坂下道雄「へへへ。ごめんごめん」

〇ペットショップの店内
  人気(ひとけ)のないペットショップの店内。
  レジ前でぼーっとしている七瀬の元に、店長の増田忠司(ますだただし)がやってきた。
増田忠司「順調?」
片岡七瀬「もう三十分お客さん来てないですね」
増田忠司「そっちじゃなくて、彼氏のこと」
片岡七瀬「あー、そっちか」
増田忠司「七瀬ちゃん若いんだし、ヒモなんて飼うのはどうかと思うよ」
片岡七瀬「飼育は得意な方ですから」
増田忠司「・・・七瀬ちゃんが言うとリアリティあるなぁ」
片岡七瀬「私、ダメな人ってほっとけないんですよ」
片岡七瀬「母性が芽生えちゃうっていうか、妙に可愛くなっちゃって」
増田忠司「そうは言ってもねぇ」
片岡七瀬「でも期間は半年って決めてるんです」
片岡七瀬「それまではモリーの世話を必ずやる約束で、お小遣いも渡してます」
増田忠司「本格的だなぁ」
片岡七瀬「高校生に毛が生えたくらいのお小遣いを、パチンコで必死に増やしているみたいですけど」
増田忠司「あのさ、七瀬ちゃん。 変なこと聞くけどいい?」
片岡七瀬「?」
増田忠司「モリーと彼氏だったら、どっちが大切?」
片岡七瀬「もちろんモリーです」
増田忠司「即答か・・・」
片岡七瀬「彼氏も好きですけど、ちゃんと向き合って、愛情注いで、応えてくれるのはモリーです」
片岡七瀬「モリーのことを考えるとドキドキするし、胸が締め付けられるんです」
増田忠司「・・・そういうのは店の外では言わないようにね」
片岡七瀬「え? なんでですか?」
増田忠司「それはまあ、その・・・健全なる社会生活のためにね」
片岡七瀬「?」

〇マンションの共用廊下
  坂下が玄関の鍵を閉めていると、横から何者かの視線を感じた。
  振り返ると、全身黒い服を着た不気味な老人が坂下をじっと見ていた。
坂下道雄「あ、隣に住んでいる・・・」
  上野毛信子(かみのげのぶこ)は意味深に坂下を見つめながら小さく呟いた。
上野毛信子「あんた、何かに憑かれてるね」
坂下道雄「え?」
上野毛信子「気を付けたほうがいいねぇ」
坂下道雄「・・・なんだあのババア。キモ」

〇パチンコ店
坂下道雄「憑いてる・・・確かにツイてるなぁ!」

〇店の休憩室
  シフトを終えた七瀬が帰り支度をしていると、慌てた様子の増田が入ってきた。
増田忠司「七瀬ちゃん、ごめん! 今日残業頼める!?」
片岡七瀬「え? なんでですか?」
増田忠司「これから勤務予定の子が風邪引いちゃったって」
片岡七瀬「でも私、早く帰ってモリーに──」
増田忠司「俺これから子供の保育園へ、お迎えに行かなくちゃならないんだよ」
片岡七瀬「・・・・・・」
増田忠司「延長保育すると、保育士さんに嫌味言われるしさぁ」
増田忠司「ほんと申し訳ないけどお願いできないかな?」
片岡七瀬「・・・まあ、仕方ないですね」
増田忠司「ありがとう! それじゃあ」
片岡七瀬「・・・・・・」

〇ペットショップの店内
  七瀬は再び店頭に立つ。
  窓の外を見ると雪が降り始めていた。
片岡七瀬「雪か・・・」
  レジカウンターの下でこっそりとスマホを取り出すと、坂下宛にメッセージを打つ。
  「今日冷えるから、モリーを冷やさないようにね」
片岡七瀬「・・・・・・」

〇パチンコ店
  その頃、坂下は夢中になってパチンコを打っていた。
  坂下の台からは大当たりが続き、次々に大量の玉が溢れてくる。
  台の前に置かれたスマホには、七瀬からのメッセージが何通も送られていた。
  坂下はメッセージに気づくが、素早くスマホの電源をオフにして台に向き直る。
坂下道雄「今はそれどころじゃねえ・・・!」
  窓の外ではしんしんと雪が降り積もっていた。

〇通学路
  その日の夜、坂下は千鳥足になりながら上機嫌で帰路についた。
  空を見上げて高笑いする坂下。
坂下道雄「雪よ! 俺を祝福しろぉぉ!!」

〇綺麗な一人部屋
坂下道雄「ごめんごめん。 ちょっと勝ちすぎちゃってさ、今日は10万」
坂下道雄「ハハハ。気分よくてついつい飲み屋に──」
  坂下が声をかけるが部屋からは返事がない。
坂下道雄「ってあれ、七瀬帰ってないのか」
  坂下はフラフラとゲージに近づくと、割りばしでモリーをつついた。
坂下道雄「おい、蛇。ご主人が帰ったぞ」
  ・・・・・・
坂下道雄「おい!」
  坂下は何度もモリーを突くが、モリーはピクリとも反応しない。
坂下道雄「・・・おい。なんだどうした?」

〇中規模マンション
  自転車から降りた七瀬は、前カゴからモリーの遊び道具を取り出して嬉しそうに眺めた。
片岡七瀬「残業のお詫びか・・・」
片岡七瀬「こういうところは、あの店長もよくわかってるよね」

〇綺麗な一人部屋
坂下道雄「くそ! なんでだ! どうして!? 暖房器具を付け忘れたせいか!?」
坂下道雄「昨日のエサ!? いや棒で突いたから!?」
  机の上にはモリーの遺体が横たわっていた。
坂下道雄「七瀬が帰ってくる前になんとかしないと・・・!!」
  そのとき、部屋の外からカンカンと階段を登る足音が聞こえてきた。
坂下道雄「!?」

〇黒
  これは、僕と、蛇になった僕の彼女の、
  半年間の記録──その一日目である

次のエピソード:第2話 『モリー』

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