読切(脚本)
〇田舎駅の改札
東京で公共機関に乗る度、少し息を呑む。今日も電車は人で溢れかえっている。
とにかく僕にはこれから「乗るぞ」と意気込む必要があるのだ。しかし今日は、別の理由で息を呑まねばならない。
最近、転職をした広告代理店では、毎月のノルマが設けられていて、今回は「心に残るキャッチコピー」を5つ用意することだ。
5つの中から最終的に1つ選び、それを社内スピーチで発表する。
僕はそれを聞いた瞬間「最悪じゃないか」と肩を落とし、自分に人の心を動かせるだけの能力なんてないと頭を掻きむしった。
それから数週間、4つ完成させ、残るは1つだけ。さっさと終わらせてネットでまとめ買いした少年漫画を読破すべく
僕は電車に乗り、アイデアが浮かんでくるまで降車しないと心に決めた。
ある駅に停車した。ここは有名な私立大学がある駅。──
その駅名標の下には、中小企業の広告が所狭しに並んでいる。そのうちの一つに目が入る。
「守りたい、その笑顔」と書かれた部品メーカーの看板だった。
その瞬間、僕は閃いたのだ。これから停まる各駅の広告から、1つずつヒントを得よう。
例えば、キャッチコピーの一言目は部品メーカーの「守りたい」からもらう。
次の駅の広告からは二言目をもらう。僕にしては賢い方法じゃないか?
それからのアイデアを探す旅は、本当に愉快なものだった。
僕が降車しない限り、この長く短い文学の旅は続く。どうしようもなく胸躍る瞬間だ。
〇駅のホーム
2つ目の駅に停車した。
同じTシャツを着た若い男女が20人ほど乗り込んで、車内が一気に汗臭くなり、思わず息を止めた。
この駅は小さなキャパのライブハウスの最寄駅で、恐らくライブがこのタイミングで終わったのだろう。
その駅名標の下には、「次世代アイドル」や「ボーカリスト」を募集する貼り紙が重なりあっている。
その内の広告に「写真には残せない景色、広がっている」という文字が大々的に印刷されていた。
これだ。すぐにそう思い、メモ帳に記した。
〇駅のホーム
次々にペンを走らせ、3つ目の駅では脱毛の広告から「願わくば、一緒ツルツル」の文字を見つけ、記録する。
熱中しすぎて時計も見ずに注力を続けていたせいか、こめかみ辺りが痛い。
〇電車の座席
クッションが軋み、自分が少しの間眠っていたと気づいた。
しまった、3つ目の駅から9つ目の駅まで進んでしまっている。僕の計画は台無しになった。
手持ちのメモ帳に目を落とすと、目的のものはそこになかった。
〇電車の中
「メモ帳がない」
僕は我を忘れて大声で呟いた。あたりを見渡すと
点々と離れた位置に座るサラリーマン、そして学校帰りのような若い人達が立ち話をしている。
他の乗客員にメモ帳の在処を知っている人なんていないだろう...。
唯一、出口側を向いて立っている中肉中背の男以外は。一刻も早く下車したい様子だ。
「あの、もしもし」
声をかけると、男は大袈裟に飛び跳ね、恐る恐る振り向いた。
「違います、たまたま隣に座っていたら、素晴らしい言葉の羅列を見たから」
「は?」
「これ、キャッチコピーってやつですよね。素敵だったから思わず取っちゃいました」
そう返され、渡されたメモ帳を見ると、見覚えのない単語や落書きがある。
4つ目の駅の近くには小学校があるから、乗客のイタズラな子達が残していったのだろう。
僕はメモ帳を開いたままにしていたから。
軽い溜息をついて、怯える男に一言。
「今逃げれば通報しないぞ」と恨めしく言うと急いで去っていった。
次の駅で降りよう。
残されたメモ帳には、こう書かれてある。
「守りたい、写真には残せない景色、願わくば、鉄棒で逆上がりできますよーに!」
何だコレ、頭をポリポリ掻きながら渋谷駅で下車する。
〇渋谷のスクランブル交差点
久しぶりにスクランブル交差点を歩く。数えきれない広告とキャッチコピーが溢れている。どれも素晴らしいものばかりだ。
「これじゃ、ダメだな。」
僕はすでに世に出たキャッチコピーをメモしていただけなのだ。
そうして、各駅で集めた言葉のカケラを鞄に仕舞い込んだ。
自分の言葉で心に残るキャッチコピーを考えるには、自分の目で見て、聴いて、感じるしかない。
僕は今日、きっと家には帰らないだろう。
インスピレーションが生まれる街、渋谷で、アイデアが降りてくるまで。
淡々とする中で、パンチがあって、24時間戦えますかと、自問自答する。懐かしい空気感に切なさを感じ、思い出に浸っている自分と出会えました、感謝。
セリフ枠を使わずあえて鉤括弧を使用して
物語が進んでいくのは珍しく斬新でした😌✨
キャッチコピーって、簡単そうで
なかなかピンとこなかったりしますよね🤔
これは面白いですね。私もやってみたくなりました。一駅で一つずつのアイデアを拾っていこう、と思いついた時点で彼のオリジナリティは既に始まっている気がします。都会に生きる楽しさがつまった作品でした。